3:蘇生ランゾウ その2

「ファッ―――!? どこだここはっ!?」


 一本だけ敷かれているレールを掴んで降りていく、”自動機械じはんき”。

 周囲を、表面処理されたコンクリートブロックで囲まれたチューブ状の通路は、地下モノレール線路のようにも見えるが、レールも通路も、その規模サイズはとても小さい。

 そして、レールは水平になる事はなく、垂直のままだった。


 辰田乱雑トキタランゾウ少年は、ゲーマー特区の中枢に迫りつつあった、―――物理的・・・に。

 量子データセンターを常態稼働・・・・させる為の、地下都市空間ジオフロント。その全ての建築作業は、作業BOTによる自動化の元、執り行われた。

 竣工しゅんこう後、国家レベルでの潜入がこころみられ、未だにただ一人の侵入も許していない非公開空間・・・・・―――へ、無許可で進入した最初の人間・・となった。

 彼は産業スパイでもなければ、ゲーマー特区、ひいては量子データーセンターにまつわる特ダネを追う記者でも無い。ごくごく普通の、成績優秀なだけの一般生徒である。ソレがどれほど希有けうな事だろうが、彼には興味が無かった。


 ごぅごぅごぅわっ―――!

 吹き抜けていく風、あおられる少年。

 手すりの一つもないカーゴの上では、アームの先の看板に、へばりつくしかできない。

「―――こ、こらおっまえ! ボクをどこへ連れて行くつもりっだっ!」

 只でさえ早口な彼の言葉が、更に早まっていく。

 いろんな角度の急勾配を乗り継ぎ、レール付きの通路は開けた空間へ合流した。


 螺旋を描き降りていく、”自動機械じはんき”。

 レール一本で連結されている、非常に心許こころもとない足場。

 (◎_◎)じはんきが少年の乗る天板部分を、水平に保ってくれているおかげで、彼は振り落とされずに済んでいる。

 ゆっくりと回転する光景。恐る恐る顔を出して、進行方向を盗み見る。

 何キロ続いているか分からない広さの、天井と下層構造。おそらくは特区地表面と、下層のジオフロントを隔絶かくぜつしている、何もない空間。


「駅ビルの屋上から、と同じくっらいか!? 怖っ!」

 6階建ての駅ビル最上階からの光景と同じ程度ということは、この空間の直線距離は、25~30メートル程度と思われる。


 その何もない空間には、地表の表面都市上部を支える構造と、大深度地下のジオフロント地下都市下部を繋ぐ経路がひしめいている。

 メカメカしい巨大な柱構造や、上下を繋ぐ各種構造物や、縦横斜めの昇降機らしき移動体。それらは一定の距離が保たれているため、角度によっては遠くまで見渡すことが出来、それほど圧迫感はない。


 ごんごんごんごん。

 その中の、作りかけのブロック細工のような、水平で平たい構造物の一つへ向かって、一定速度で落ちてゆく。


「そういや、なんっで、ここはこんなに明るいっんだ?」

 見上げれば、底面や側面部分が、煌々こうこうと光を発している。

 遠くにそびえているであろう、地下空洞の壁面へも目を凝らしてみるが、光に霞んで見ることはできない。


 シュゴッ―――!

 ぬぅおわっ!

 構造物の中へ入る。


 ゴンゴンゴ……ガッゴン!

 レールが急激に斜めになり減速、すぐに停止した。


「おい。止まっちまったぞ!? 僕はどうっすりゃいいんっだいっ!?」

 上部にあいた穴からの光で、わずかに周囲の様子は見える。


『この表示面を足場としてお使いください。ご搭乗誠に有り難うございました。』

 パッ。

 しがみついていた看板を手放すと、そう表示され、アームが動いて、盤面を水平に保った。

 その高さは、彼が床面へ降りるのに、ちょうど良かった。


「ふんっ! 君はー”乗り物・・・”では無いっだろう?」

 自販機の側面に描かれているのと同じロゴ入りの、オレンジ色のレジ袋を抱きかかえ、彼は前人未踏の非公開空間へ降り立った、初めての人類となった。


 プルリリリリリリ♪

 あわてて、手首を押さえて、姿勢を低くする。


「だっれだ!? こんな時に!?」

 押さえた手をすり抜けて、さっきの見慣れない、白黒球が浮かんでいる。

 まるで、手の甲に埋め込まれた金属物体にみえる。「気持っち悪っ」と少年は両手をぶんぶんと振り回したが、白黒球は手首のリストバンドを軸にして、クルクルと回転しただけだ。


 白黒球は定位置で静止すると、ビッ―――♪

 と、大きな発振音と、床から広がっていく光輪を放った。

 やがて、薄暗い通路の数メートル先に到達し、何か壁についている、四角いものを光らせた。

 ガピュピーーーボフン!

 四角いものは、赤く発光したのち、怪音を発して煙を吐いた。


「おい、やめろ! 静かにしろっ! ここは、入ったらっ駄目な所じゃっないのか!?」

 ◐は答えない。


「……ひょっとして、僕をこっんな所へ連れてきたのはオッマエか!?」

 手首に浮かぶ、白黒球が、震え、赤い球へと変色した。

 ここ、通称ゲーマー特区では、禁忌・・とされる、明るい赤色。

 WEBカラーで言えば”#FF263E”。


 ひぃぃ!

 固まる少年。どうやら、彼は臆病な気質のようだ。


 ゴゴゴン!

 プルピピピ、プピピピッ♪

 ゴォッ―――ヴァリッヴァリッ!

 ”自動機械じはんき”は、レールに電磁推進リニアの放電をきらめかせながら、瞬間的に発車し、居なくなった。

 ジジジッ!


「おい!? 僕をっ置いてくなっ!」

 彼が伸ばした手の先には、一本のレールが―――を降りてきた、箱型カーゴタイプの”自動機械”。


 その筐体カウルカラーリングは手首の球と同じ色・・・

 足を一本ずつ床に接地させ、レールを掴んでいたアタッチメントを格納していく。


 少年は半狂乱になりながら、手首のリストバンドを投げ捨てる。


 ガッガッガッキュゥン!

 3メートルは有る、通路状の天井に頭をぶつけ立ち上がった”自動機械”。

 そのハッチが開き、せり出した平面。

 パッと、白い人影が表示されたが、目鼻口はなく、そのツルリとした顔に、へたり込んだ少年を魚眼に映し込んでいる・・・・・・・・・・

 ”自動機械”は少年の鼻先3センチまで接近し、そのノッペラボウかおを見せつける。

 違う、これは、単なる映像じゃ無い、双方向の主観を伴った、リアルタイム通信だ。それに気づいた少年は、肩をふるわせた。

 その宇宙服を着込んだ通信主の、バイザーかおが、魔術的なまでの奇跡の称号、凶悪で明るい赤色・・・・・・・・に塗りつぶされる。宇宙服ノッペラボゥのバイザーに、内側から鮮血が差したようにも見える。


 ランゾウは卒倒し、パタリと倒れた。


   ◇


「このバトルロイヤル戦に決着が付くまでは、設定を何一つ変えることが出来ませーん!」

 ヘッドセットの、作動状況を表す表示インジケーターが発声にあわせて点滅する。

 戦闘フィールドの有る、この広い部屋中に拡声される、白焚シラタキ女史の現状報告こえ

 それは、遅延ラグなく街頭モニタ前の、三叉歩道橋へも、届く。


   ◇


 ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤヤ。

「どうなってんのこれ!? 見えなーい」

「金返せ-! 真っ暗だぞー!」

 表示上の不具合を、訴える声がピークに達している。

 なお、街頭モニタは年中無料である。


「先輩戻ってこないね? ……居たら居たで、せわしなくて、落ち着かないから、別に良いんだけど」

「そうね。むしろ、……あの自販機じはんきだけでも、早く戻ってこないかな。なんかおいしそうな匂いしてたしー」

 キャッキャッキャ!


   ◇


 ゴゴゴゴゴッ!

 バンッ、ゴカン! ドドドドッ!


「先生ーーーっ! その戦闘フィールドの、物理的な、”仮想現実感AR”対応レベルは最上限・・・に設定してありますーーー!」


「姉さん、どういうこと!?」

 刀風カタナカゼの背中に、ぶら下がる禍璃マガリが、野生の勘を遺憾なく発揮して、横から飛んできた小さな瓦礫がれき蹴飛けとばしながら、聞いた。


「特区のー技術力が許す限りってぇ事だからぁー、事実上ぉー無限大って事ねぇー、何がぁ起こってもぉ不思議じゃないわぁー! ウッフフフフゥー❤」

 筋骨隆々の教え子にお姫様だっこされるがままの、やや、上機嫌な環恩ワオンが返答する。

 さすがに、”特選おやつ”は開けられ……ないみたいねと言葉を続け、レトルト食品っぽいのを開けようとしているが、確かに出来ない・・・・ようだ。開封口の切り込みが見当たらない。

 そして、小脇に猫耳ミミコフを抱え、腹の上で、特選おやつ”開封を試みる様は、―――。


 王子様の肩に、よじ登るようにしがみついた、”しがみつき魔神マガリ”は、「ラッコ……みたい」と、的確な感想を述べた。


「……魔法みて……えな事も、っはぁっ……起こり放題ってことかあ!?」

 俺にとっちゃ、今のこの状況自体が、魔法ゆめみてえだけどなっ! キャッホーイ♪

 満面の笑みで、担当特別講師を抱きかかえる、筋骨隆々の王子様は、……急激に減速していく。”しがみつき魔神マガリ”の、しがみつき攻撃で、体力を消耗したっぽい。

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