3:蘇生ランゾウ その1

 『辰田乱雑トキタランゾウ様。全国模試の特別報償金リワードをお受け取りになりますか?』


「はいっ」

 交差点に面したビルの一角、2人入れば満員の小さなスペース。

 その中で、乱雑かれは、自動両替機ACMに向かって返答する。


 『どうぞ、お受け取りください。ご利用ありがとうございました』

 特区内の主要な駅ビルに数台ずつ設置されている、”外貨を買い取ってくれる機械”は、パネルに表示されている文面を読み上げた。

 この両替機は、該当機関窓口へ申請する事で、得られる給付金・還付金・報奨金などの金銭を、即時、払い受けできる機能をあわせ持つ。

 入室にゅうしつ時に本人認証はクリアしている。あとは、自動的に電子申請書類が作成され、リアルタイムに受理されるだけだ。この、”自動申請システム”で、特区の経費削減、ひいては経済効果が、神憑かみがかる事となった。


 左腕の、細身のリストバンドを確認する。

 手の甲へフリック入力。手首に浮かぶ、ダイアログ。

 『全国順位:115位』

 『特別報奨金:62,000円』

 『特別報奨金の入金がありました。確認いたしますか? はい/いいえ』


 選択肢への応答はせず、手首を振って、ダイアログを閉じる。

 ※2016年6月19日(日)現在―――YENJPY=9・806S$SPD―――壁を流れているレート表示によると約60万宇宙ドル。

 高校生のお小遣いとしては、十分な金額だ。しかつめらしい彼の、口元が一瞬ゆるんだ。


 この”即時払い・・・・”を受ける条件として、支払いは宇宙ドルのみ・・・・・・となっており、そのための両替手数料も必要となる。

 ここ特区では、宇宙ドルで困ることは、ほとんど無い為、宇宙ドル決済の輪はますます盤石ばんじゃくなものになっていく。


 防弾対爆マークがついた自動ドアを通り抜け外へ出た、デニム生地のハンチングに柄シャツ、ぴったぴたの極細テーパードスキニーパンツ(黄色)に、真っ赤な革靴、という、やや、落ち着きのない・・・・・・・服装スタイル

 彼の目の前を、”箱”が時速1キロで横切―――らずに、目の前で停止した。


 三叉さんさ歩道橋の支柱が有るため、自動ドアの前は道幅がとても狭い。

 人一人も通れないほどの接近状態のまま、停止する”自動機械じはんき”。


「おいっ、通ーれんぞ」


 プププブ、ブピピューン?

 タンジェリンオレンジの、”自動機械じはんき”が、音声以外の方法内蔵モーター音で、少年に話しかける。ハッチ部分が開き、スットボケた◎_◎かおが出現する。


「……何か言ったか? 妙にハッキリしっない自動機械ヤツだな、……なんか、昨日廊下でぶつかったみってえだ―――音声入力:優先権行使」


 ギッガションガッションガガッション!

 とスローな速度のまま進んでから、ドキャドキャっと素早く横にずれて道をあける、地縛型オレンジ色の”自動機械じはんき”。まるで、最初からそこに設置されてたようなたたずまいで、筐体から延びるアームが看板を掲げた。


『BreakfastBurrito.』

『スターバラッド・オンラインユニバース TM:中ボス昇格試験ライブ中継中!』

 看板の文字が切り替わり、今、行われているイベント中継を流し始めた。

 看板の盤面が映像に切り替わり、『LIVE』の大文字が中央に出現。

 右上に小さくなりながら移動する『LIVE』。

 左上の時刻表示が『09:37』から『09:38』へ進む。


スターバラッドスタバっのイベントクエストイベクエっ?」


 映し出されている映像は、リアルタイム通信の複製ミラーだ。何か、ボス戦が始まってる。

 スターバラッド関連の、”軸策ちゃんオープンchまとめ”で後からも誰でもみることができる。

 ”軸策ちゃんオープンchまとめ”と言うのは、個人制作の情報公開サイトフレームを、各種オープンチャンネルと体系的に関連づけ、自動的に編纂されたものだ。


 サイトフレーム、俗に言う”フレーム”というのは、原始的なウェブサイトを、本文から自動作成された構文AIに管理させ、オンラインデータベース化したものをいう。

 自動管理を続けることで、内容を最新の状態に維持し続けることができる。そして、ロボットAI”軸策さん”に拾われれば、データーベースの上位スレッドに位置することになり、集客UPの連鎖に乗ることもできる。

 ”軸策さん”自体も、規模が大きいだけでフレームの一種だ。ちなみに、名前の由来は”ニューロンの構成要素”から。脳内の伝達要素の最小単位、ひいては会話型システムAIが利用するAPI全般を指す。簡単に言えば、会話や語彙検索に重点を置いた人工頭脳AIが扱うことが出きる”データ形式”の事。スターバラッド内の全てのNPCも、コレに対応している。


 柱を避け、車道側のスペースへ移動した”自動機械じはんき”。

 アームの先の看板に、表示されているリアルタイム映像を、こんなの開催予定にあったっけ? と、袖をまくり、リストバンドを確認する。

 手の甲にフリック入力し、PLOT-ANプロトたんのアイコンを呼び出した。ツノの生えた魔女帽子のにこやかな笑顔。さすがはメインヒロイン、たとえ神出鬼没でレアキャラ扱いされていても、フルダイブVRRPGスターバラッドの、文字通りにアイコンなのだ。

 リストバンドから飛び出す半透明の盤面。

 中央に表示されている、その顔を指で押した。


 ススッ。


「ん?」

 押したはずのメインヒロインが、横へ移動している。


 ススススッ。

 指先でポイントすると、逃げていくアイコン。


 アプリの起動は、直接盤面を指先で押すか、音声入力で命令してやる必要がある。

 顔をしかめる少年。

「音声入力:スターバラッっド公式ニュース」

 バコン!

 起動と同時に、破裂するアイコン。


「うわっぱ!? なんっだこれ!?」

 壊れたのかと思った彼は、半透明の板を叩いて壊し、再描画させる。

 が、青白い爆発は収まらず、暗めの青で画面が一杯になる。


 ブツン。ブラックアウト。

 平面表示が壊れ、はじけた。

 シュワワワン。

 炭酸ジュースに飴玉でも落としたような、ちょっとした騒ぎ。

 光の粒子になって、殆どが消えていく中、残った黒い丸・・・

 2センチほどの黒い丸は、平面ではなく立体的だ。回転していて、後ろ半球は白かった。


 ゆったりとした立体的な旋回を見せていた、真っ黒い半球の部分。

『■』

 白い、何かのマークが、表示された。

「なっんだ? なんなんだ!?」


『今』、『1』、『人』、『の』、『小』、『女』、『が』、『窮』―――。


「窮地に……立たされっ……ています?」

 その動体視力のテストみたいな球を読み上げる、辰田乱雑トキタランゾウ


 半透明の球が、手首の上から転がり落ちそうになる。

 ジャイロに対応する動きで、バランスをとろうと、前に2歩すす―――。


「ツェッペシッ!」

 ”自動機械じはんき”の持つ看板に、顔面から突っ込んだ彼は、奇声を上げ、看板をにらむ。


 そこに映し出されていたのは、少し太めな眉毛、風になびく長いまつげ、細められた切れ長の瞳。短めの前髪は風圧で、横分けにされ、おでこがよく見えている。

 両耳の後ろでたばねられた、栗色の長い髪束おさげは暴れまくり、―――その先端をバチバチと閃光させていた。


 絶句するハンチング。

 なぜなら彼女の無茶苦茶な軌道は、常人の眼で追えるものではなかったし、

 瓦礫の下にはマグマが吹き出していたし、

 彼女をかすめる青い異形のツノはとてもねじくれていたし、

 4つのボルトで締められた無骨なアームガードが、今まさに、彼女の顔面をとらえようとしていたからだ。


「な、なぜ!? ”コウベ・・・さんが、あんっな所に!?」


 ブツン。とぎれたライブ映像は光の点になって消えた。看板の表示は切り替わり、この朝食の値段が如何いかにリーズナブルであるかを図解説明している。


「君ィーッ! ライブ中継っを! 映したっま―――!」

 はっと、気づいた彼は、自分の腕に指先を走らせる。

 表示は元に戻らず、丸い球を叩くが、いくら叩いてもすり抜けてしまい、再描画されない。


「君ィーッ! ライブ中継っを! 映したっまえよ!」

 ”自動機械じはんき”に掴みかかる細い少年は、カーゴ部分を旋回され、振り払われた。ヨロケた少年に、向いた◎_◎かおが、>_◎かおへと変化し、看板をくるりと一回転させた。

『全3種類! どれでも1コ、950SPDうちゅうどるダヨ!』


「うっぬううう!? か、買っえというのかっ!? ―――よし、買ってやる。全っ部寄越よこせ!」

 豪気な注文を出した少年は、早く、ライブ中継を見せろ! と声を張り上げていたが、”自動機械じはんき”は、チーン♪ と軽快な音を奏で、大きな袋に、次々と、細長い紙包みを投下していく。ええい、早くうつっせ!

 チョップ! 空っ手チョップ! 少年は手を痛め、涙目になりながら、”自動機械じはんき”を睨っみつけた。


   ◇


 VR-STATI◎N、2階の外壁全面に設置されている、巨大な街頭モニタ。

 ねーこれ、昨日、キャラ設計ルームの公園で配信してた娘じゃなーい?

 このゴツい、悪魔みたいなの、やっつけると、勝ちになんのー?

 えー、そうなんー、この娘かわいーじゃん。

 ガヤガヤガヤガヤ。モニタ前に集まる、人だかり。


 その注目の中、歩道橋の手すりに掛けられる、ロボットアーム。

「ふごぱー!? ききっ君! 落っちて怪我でもしたらどうしてくれるんどぅわい!」

 ひぎーぶひーもぴーっ!

 聞こえてくる少年の断末魔。

 下から登ってきた”自動機械じはんき”に、しがみ付いている少年。この交差点は大型車両も多いため、三叉歩道橋は必然的に結構な高さがある。恐怖の余り、わめき散らしても、仕方が無いかもしれない。

 ”自動機械じはんき”はアームの1本が自由になると即座に、柄シャツの後ろ襟を掴んで、彼を箱型筐体の天辺に乗せてやった。


「あれ? なんか見たこと有るー。誰だっけ?」

「えーっと確か、なんか頭の良い先輩」「あー、それだっ!」

 後輩らしき女子たちから、手を振られているが、本人はソレどころではないっぽい。


 歩道橋の上におり立ったオレンジ色の機械は、180度回頭かいとう


「おーっ! ツノ攻撃かわしたっ! スッゲーな、あのねーちゃん!」

 近くに居る、スポーツウェアの男性が、ビール片手に声援やじを飛ばしている。観戦する気満々だ。恐らく、こう言う客層向けに、”自動機械じはんき”は営業はいかいしているのだろう。

 ドドドドドドドッ!

 響きわたる爆発音。湧く、ギャラリー。巨大スクリーンの音声は、指向性スピーカーにより、この歩道橋の上にしか届かないようになっている。


 へたり込んでいた、辰田乱雑トキタランゾウは、閃光と爆音に、顔を上げた。

 その視界全てを埋め尽くす、大写しドアップになった前髪パッツンの美少女。

 か細い腕の先に付いた、鉄の塊のようなナックルガードが、何度も何度も、凄まじい速度で、巨漢へ到達する。

 彼女は、身の毛もよだつような青さの悪魔へ、連撃による爆発を叩き込んでいた。


「なんっーーーーーーって可憐なんっだ!」

 立ち上がり叫ぶ、その腕から決済音チャリーン♪

 手首にまとわりついている白黒球に連続して浮かび上がる、『@』、『9』、『5』、『0』、『×』、『4』、『9』、『=』、『T』、『O』、『T』、『A』、『L』、『4』、『6』、『,』、『5』、『5』、『0』、『S』、『P』、『D』、『/』、『P』、『A』、『Y』、『M』、『E』、『N』、『T.』の文字。日本円で5千円弱。高校生の朝食のお値段としては、最高に高上がりになってしまった。


 映像を隠すように差し出された、大きなレジ袋。

 見えっん!

 と、レジ袋ソレを引っつかんで抱え、ドカリと座り込む柄シャツ少年。

 足下オレンジ色から流れる「本日ノ販売ワ、終了イタシマシタ。マタノゴ利用ヲオ待チシテオリマス」。

 プルピピピ、プピピピッ♪

 ちょうどそこは支柱の上辺り。直下の階層構造ちかくうかんへ通じる、アクセスハッチが開く。

 ゆっくりと沈んでいく”自動機械じはんき”。

 ゆっくりと沈んでいく”なんか頭の良い先輩”。

 ゴンゴンゴンゴンッ。

 歩道橋の床よりも深く、沈んでいく。


「なんだ、見っえんぞ!?」

 スッと差し出された看板にライブ映像が映し出された。

 美少女の”コウベ・・・さん・・は、独楽こまのように回転し、青い巨漢の攻撃を相殺つぶしていく。


「いっけっ! いいっぞ、なんってなんって可憐な―――!」

 ガコン。ガッチャリ。

 後輩の女子たちが見守る中、ハッチは閉じられ、しっかりとロックされた。

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