3:蘇生ランゾウ その3

「戦闘フィールドは、上下5階層まで有るので、床が抜けたら本当に・・・穴あいてるし、天井が落ちてきたら、本当に・・・瓦礫代わりの代替物・・・が降って来ますよーー!」


 亀裂が到達し、マッチョ王子様の、お足下が崩落なされた。

 ―――つっっおおうりゃあぁぁぁぁぁぁっ!

 跳ぶ王子カタナカゼ! ポケットから短いARコントローラーが落ち、マグマの煮立つ穴へ吸い込まれていった。


「あまりの臨場感に、つい逃げといて、助かったわっねっ!」

 宙に投げ出されながらも、飛び散る小さな瓦礫ガレキを、横泳ぎのフォームで的確に蹴っていく禍璃マガリは―――

 はぁぁ!

 ―――落ちていく刀風カタナカゼの頭を踏み、華麗に前方へ降り立った。


 踏まれた勢いで、完全に失速したイケメンは、抱えていた最愛の特別講師を、思い切り投げた。

「重っもっ!」


「なぁんですっ―――」

 重くないですと怒る特別講師は、空中で振り向こうとして、姿勢を崩す。どったんばたり。

 受け取ろうとして、一緒に倒れ込む小柄な少女達を、見届けたあと、彼は、マグマの照り返す亀裂へ飲み込まれていった。

 当然、親指を立てたままだ―――刀風曜次カタナカゼヨウジよ永遠なれ。

 (キャーッ、カッケー!)

 ここには居ない、気の抜けた少年声が、聞こえてきたのかもしれない。

 放たれたばかりのボウガンの矢のように、すっ飛んでいたNPC米沢首ヨネザワコウベが後方を振り返る。


 環恩ワオンは、倒れた姿勢のまま、匍匐ほふくUターン。刀風カタナカゼ少年が親指の先まで飲み込まれるのを、きっちりと待ってから、もう良いかしらと、亀裂の中へ手を差し出した。

 その背後、ふわっふわに広がるスカートを押さえる禍璃マガリ。自分のワンピースの裾が盛大にまくれたままだが、気にならないようだ。


 灼熱地獄へ堕ちた、少年は、足下を見て、それから燃えさかる炎を、ガシャガシャと蹴散らしていた。

「熱くは無えぜ、面白れー」

 炎を踏んで、登ってきた刀風カタナカゼ少年は、パーカーで手を綺麗に拭いてから、手を恐る恐る差し出した。その端正で整った顔が、マグマの照り返しで赤く染まっている。

「なんてスベスベした、―――子供みたいな小さな手なんだ」


「握りながら、指先で撫で回すんじゃないわよ! 気色悪い!」

 環恩ワオンを押しのけ、手を出していた禍璃マガリ

「てめえの手かよっ! らねーぜ!」

 フンッと手を振り払う筋肉質カタナカゼは、後ろへ倒れそうになるが背筋だけで耐えた。

 彼の背後には灼熱地獄マグマが広がっている。炎は作り物でも、あの、映像のどこまでが本当に落磐・陥没らくばんかんぼつしているのかは判らない。


 たし、たし、たしっ。忌々いまいましげに、踏みしめるような足音。

「まったく、死ぬかと思ったコフにゃ」

 環恩ワオンに放り投げられ、壁まですっ飛んでいった”ミミコフ”が、短い手で頭に張り付いた十字の絆創膏ばんそうこうを払い落としながら、亀裂近くまで戻ってくる。


 穴から這い上がってきた刀風カタナカゼと、ちょうど眼の高さが合った。

「あ、ミミコフ! あとで、ちゃんと俺のゲーム返せってんだぜっ!」


「何のことかにゃコフ」

 フンと鼻であしらわれ、「てめえ」と眉間にしわを寄せた彼の、あごの辺りに、半透明の赤い三角錐ロックオンマーカー現れるポコン♪


 即座に頭を引っ込めた刀風カタナカゼ

 紙一重で、通過していく”狛▼丑こま うし”。スターバラッド準拠じゅんきょの戦闘システム上、必殺技の軌道は地形変化の影響を受けない。

 青い残像を残し、幾重にも軌跡を描く超高速突進タックル

 遠間で見ていたよりも、かなりの高速で、接近し遠ざかっていく、水平の双角。

 その背後、あまり熱心ではない足取りで、すたたたたと、蒼い軌跡をショートカットして追っていく、赤色のトカゲサラマンダー

 しっぽには再び、”オウガ▲▲ニャン”がかじり付いている。


 環恩ワオンは、トカゲのしっぽと、足下の間を、何度も何度も視線を泳がせた後で、足下に居た”猫耳メイド《ミミコフ》”を捕まえた。


「ニャォッ―――!?」

 ぬふふふふぅー、油断ちまちたねぇー?


 環恩ワオンに抱えられたミミコフは、再び意気消沈。

 耳をペタリと倒し、「ご主人ーご主人ー」と力なく、歌色カイロを呼び続ける。


 ゴガガガガッ!

 第一標的カタナカゼに避けられた、蒼い特急は、第二標的コウベへ路線を切り替えた。散乱する瓦礫ガレキを粉砕しながら、ドリフト気味に突き進んでいく。


 ポポポッ♪

 第二標的の胸に追加で咲いた、赤い4つひらの大輪。

 第五標的までを、予告ロックオンし、全てコウベに叩き込むつもりらしい。


「もう、スタバの戦闘バトルシステムに対応してるな! コウベの野郎は大ジョブなんか? ―――っても、まあ試験ったってゲームだし、撃破されてもロストする死ぬ訳じゃ無ぇーんだったぜ……」


「やーだー、もー! そんな訳無いじゃないですかー! ケラケラケラッ!」

 自棄やけ気味の白焚シラタキ女史が、宣言。


「今ここに居る、実像化しているNPC・・・・・・・・・・達は、撃破されたら、お終い・・・に決まってるじゃないですか」

 なにバカ言ってるんですか? と刀風イケメンの軽口を一蹴する。


「AR完全対応の”実像定位(ホロマトリクス・ローカライゼーション)”ってこれ、非公開情報だった。 ……なんて言えば……えーっと、フルスペックのリアルタイム完全ホログラフィー実像化の為に、NPC人格を構成する全要素・・・を、直接・・、”画素・・”上で走らせているのですから、当然ですよ。扱いとしては、そうですね、実行中の”別名で保存ディーピコピー”と同じですよ?」


「え? なんなのさー!? ”見えねー?”って何がー? ―――はぁ? ”止まれー”?、”逃げろー”?、もう、シルシうっさいよー!?」

 遠間から、おそらくはシルシと会話している、米沢首ヨネザワコウベの声が届く。


鋤灼スキヤキにも、今の話は、聞こえたみたいね」

「なんとか、鋤灼スキヤキ達もこっちに来れねーのかってんだぜ」

 禍璃マガリ刀風カタナカゼは思案する。

「えっと、ココに来るだけ・・なら、姉さんと歌色カイロさんの道具とか全部置いてくれば良いだけの話じゃなかったっけ?」

 禍璃マガリは、環恩ワオンの抱える、うなだれ大明神ミミコフに聞いてみた。


 環恩ワオンは、はらはらはらはら。

 まだ崩れていない遠くの方の戦闘フィールドへ、かっ飛んでいった、コウベを心配している。心配するあまり、うなだれ大明神ミミコフの頭を、しきりに良い子良い子している。

 AR物体を表現する手法として、”気圧操作による、局所的な気温コントロール”がある。謎の技術を総動員し、ミミコフの実体映像じつぞうに、+5℃の暖かみを与えている。笹木特別講師は、暖かい空気を境にして、抱き抱え、撫で撫でしているのだ。


 かわいいかわいいぐりぐりぐりぐり。

「ご主じ……ガクリ」抱えられた猫耳メイドは、うなだれたまま、気絶した。


「姉さん、落ち着いて。それ・・泡吹いてるわよ!?」

 ぐりぐりぐりぐりぐり―――うなだれ大明神改め、”気絶猫”が粛々しゅくしゅくと爆誕する。到底、歌色カイロの言葉を、伝言できるような状態では無いのは、言うまでもない。


 ここで、白焚シラタキ女史の、ヘッドセットが、点滅する。

「え? 公開用の映像が、来てない?」

 作戦テーブル上の駒を、投げ捨てて、「音声入力」「赤点號レッド・ノード再接続リスタート」「バトル&キルカメラ追従オン

 やはり、その口調はどこか、というか全体的に、投げやりだった。


   ◇


「あ、来た」「ほんとやな、……助かりま……したわ」

 剥き出しの、電子基盤を幾重にも接続した末端、カードスロットへ、カード型バッテリーを、今まさに差し込もうとしていた、項邊コウベ歌色カイロは手を止めた。フーーーーッ、フーーーーッ。前髪ぱっつんの美少女は、肩で息をしている。

 見れば、環恩ワオンのボストンバッグの中から引っ張り出したであろう、面妖な電子パーツの数々が所狭しと並んでいる。

 映像途絶ブラックアウトしたままの、試験会場ライブ中継を、再会させるために、何か強引な策・・・・を講じていたあかしだ。

 隣へしゃがみ込んでいた少年シルシには、具体的な”さく”が、どんな物だったかは、解らないだろう。けれども、策を講じずに済んで・・・・・・・・・良かったと言う事だけは、専門家で無い彼門外漢にも、解かったようだった。彼らは、ほーーーーーーーーーーーーっっと、長い息を吐いた。


「なにか、映ったわ?」

「え、なにこれ? なんか始まんの?」

 ガヤガヤガヤヤ。

 普段は、人通りの全くないはずの、地下2階。シルシ達の背後に、人が集まり始めている。

 基本的に管理者サイドの、催し物は、おおむね大盛況で、特区と都市運営上に重要なファクターとして認知されているのだ。


   ◇


「接触したぜ!」

 刀風カタナカゼが、あごで指し示した戦闘フィールドの中央。


 ゴッ―――!

 ギュルルルルラ!

 ドドドン!


 ”狛▼丑コマ ウシ”のタックルからのストレート!

 コウベは肩胛骨けんこうこつくらいにまで、短くなってしまった、お下げを振り回し、水平に回転する。小鳥は飛び立ち、上空を旋回しだす。


 ゴッ、ゴゴッ、ドッゴン!

 水平に繰り出される3連撃、右・左・右の巨大なアームガード!

 左右にかわした直後、タイミングを計られ、最後のストレートが激突する。


 ビッチュイーッ♪

 ウルサく鳴く小鳥の、戦闘管制バトコンが響いて―――。

 ガチン! チッ、ピピッ♪ シュドドドドドドドドドドッ!


 ナックルガードを装填ロードしたコウベが、受け流すと同時に、オレンジ色の爆炎を炸裂させた。


 回転するまま、右太股ふとももに、流れ込む環状電流リップルスパーク。”電磁推進リニア”の反発力で繰り出される膝から下足払い

 巨漢が接地しているただ一点。逆算角形の下向きの頂点を、ピンポイントで蹴撃しゅうげきする。

 ”バトルレンダ”による、加速を加味した、下段足払いが、炸裂する。

 回転していた、火花髪の先端がどんどん短くなり、軸点コウベに追いつく。

 ボボッボッ―――プスン!

 それは、最終コーナーを曲がった所で力尽きたワークスマシンのごとき。

 美少女を包み込んでいたキラキラした加速エフェクト、が消失した。

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