1:ワルコフ爆誕! その3

 それは、褐色かっしょくの太いしっぽを器用に回転させ、ピタリと滞空。そのまま手ばたきで旋回、シルシへ向き直った。


 「当方には」

 ドン!

 明るい紺色のワンピース。


 「『ワルワラ=ミミコフ』という」

 ドドン!

 ポケットの付いた真っ白なエプロン


 「れっきとした正式名称めいしょう?があるコフーっ!」

 ズドドン!

 ヘッドドレスを押しのけるように生えている褐色の猫耳。


 「正式な捕虜ほ…りょ?としての待遇とく…ぐう?要求よう…きゅうするものであるコフーっ!」

 ドガァァァァン!

 血気盛けっきさかんんに、辿々たどたどしい日本語で宣言する全長約20センチの背後、何も無い空中にカラフルな爆煙ばくえんが立ち上る。


 回転しっぽを更に高速で回し、鋤灼スキヤキシルシの、目の前まで進み出た、自称『ワルワラ=ミミコフ』は、カラフルなピンク色のくせっ毛を振り回す。


 そして、遠くを見るときのポーズの両手版、両手で眉毛に手刀を当てるようなポーズ。腰を落とし、こつんとスエードのブーツの先を揃えて見せた。

 そう、数字の「8」にも見える、惑星ラスク宇宙軍式正式敬礼が炸裂したのだ。

 ちなみに、スターバラッドの世界に、宇宙軍は無い。無いのだが、設定上存在し、軍属であるNPCも数は少ないが存在している、とは環恩ワオンの談。

 相変わらず、「バカにしてんのか」と言いたくなるような、ポージングだが、本人はいたって真剣な表情。


 さっきの、爆発光を見た凸凹2人組が、階段を駆け上がってきたが、時すでに遅し―――。


「なぁにこれ? どういうことなのぉ? かわいいかわいぃいぃ~」

 『ワルワラ=ミミコフ』を、ガシリと抱きしめたまま、廊下にペタンと座り込む魔女帽子装着型美女。


「ワルさんの中身、こんなにかわいかったんでちゅか~!?」

 ぎゅーっと全身で抱きしめるように掴んで放さない。

 そうなのだ、この美人ワオンさんは猫耳とかフィギュアとかが大好物なのだ。

 『猫耳+環恩ワオン=ポンコツ美女』という計算式が完成した。


「笹ちゃん先生、今日は、……何か、すっげえ、決まってね!? 可憐だぜ!」

「ちょっと、鋤灼スキヤキ、何それ、気持ち悪いんだけど……、あと、そこの刀風も気持ち悪いわよ」

 などと、ポンコツ美女にも、全く動じず、ズカズカと寄ってくる、刀風カタナカゼと笹木禍璃マガリ

 大柄は、細身のデニムに、パーカー。そでに日本刀の意匠が入っている。

 小柄は、セーラー襟の付いた膝丈のワンピース。すそに、猫の図案が大量に刺繍ししゅうされている。


 鋤灼スキヤキシルシが、手に持ったままの、ワルコフの抜け殻。

 頭頂部を蝶番ちょうつがいにしてパカリと開いたままの、宇宙服。

 さっき、ポンコツ前の美人特別講師が、手にしていた、30センチ大の物のように、光の粒子になって消―――えない。

 時折、光の粒子が、きらめくが、一向に消える気配がない。


「消えねえー?」

 どうしたものかと悩み、一歩いっぽあるいて、禍璃マガリの方へ突き出す。


「ちょっと、気持ち悪いって言っっってんでしょーがっ!」

 シシシシッ。ドドドドッ!

 腰の入ったローッキック連打で応戦する禍璃マガリ嬢。


「そも、そも、鋤灼スキヤキも、何その、真っ黒い、HMD! キモッ!」

 禍璃マガリの、ローッキックの打点が、上へ上がっていく。

 威力を増す、本気の蹴り。舞い上がる、白地に映える猫の刺繍ししゅう。チラチラと、ワンポイントの猫の図案が見え隠れする。すっぽ抜けて、廊下の奥へすっ飛んで行った来客用スリッパを、1/6ルフトがトタタタタと追っていく。


「痛って! それ…見せてんの―――痛ってーな! やめろ、ケーブルが絡まるだろっ!」

 追い払われた少年は、長身の旧友に助けを求めるが、刀風カタナカゼ少年は環恩ワオンの前に正座中。

 かわいい、かわいいー♪

「そっかな、どっちかっつうと、綺麗っつうか……」


 足癖のよろしくない、小柄な女子生徒から距離を取った真っ黒ゴツゴツ頭スキヤキシルシ

 ワルがらを小脇に抱えたまま、自分の頭HMDから生えた、ケーブルをサバいて、ねじれを、ほどいていく。


「―――よし。仕方ねえな、共有金庫にしまっとくか」

 そのシルシ声を聞いた、刀風カタナカゼ及び禍璃マガリは、数日前に環恩ワオンから貰った簡易型のAR眼鏡を、取り出して顔に掛ける。

 どんなに、立て込んでいようが、AR主観視界を確保するのは、ゲーマー特区に生きる者の習性なのだろう。

 抜け殻宇宙服元ワルコフ内容物ミミコフは、裸眼視らがんし出来ているようだが、ワルコフがハッキング介入していない、シルシ環恩ワオン主観の、AR表示は見ることは出来ない。

 シルシ環恩ワオンが主接続となるため、簡易AR眼鏡が有れば、仮想空間を視認できる。この場合の”画素対応平面”は、簡易眼鏡のレンズ部分と言うことになる。


 共有金庫にワルコフの抜け殻をしまっておこうと、指先でポイントして掴む。アイコン化した、”抜け殻”を金庫に持って行くと、……エラー表示が出た。


 ボゴン♪

『ブロック占有40個:空きスペースがありません。』

 ピロン♪

『アイテムの整頓・売却を行いますか? <はい/いいえ>』


「なんだこの! ブロックサイズ、デカすぎだろっ!?」

 指先から、アイコンがれ、ひつぎのようにパカリと開いた宇宙服が、足下に復元された。


「よっと! どうした? 鋤灼スキヤキィ?」

 ようやく、笹木環恩ワオン私服大鑑賞会コレクション”を大好評のうちに閉会した刀風カタナカゼが、立ち上がり、奇声を発した。


「なんだそりゃ!? ワルコフ割れてんじゃんっ! 気色わりぃー!」

 今更ながら、長身の少年も、事態の異常さに気づいた。

 仮にもワルコフとパーティーメンバーである生徒達は、揃いもそろって、宇宙服ワルコフの安否に興味は無いようだ。


「それがっさー、”特選おやつ”大量に食い散らかしやがったから、とっ捕まえたんだけどさー」


 かわいい、かわいい♪ ギニャーっ!

 座り込む担任講師を、一瞥いちべつし、会話に戻る生徒たち。


「それで?」

 眉間にシワが寄っている禍璃マガリが話の続きを促す。

 腕組みして、仁王立ちであるが、すそ猫刺繍ねこししゅうが乱暴さを緩和かんわしている。


「で、捕まえたら、妙にっせえんだよ。おやつと一緒に、何か悪いもんまで喰ったみてえでよ、下痢いや、脱皮? を2回して、アレ・・が飛び出た。で、今ココ。俺にはさっぱりわかんねえから、これ以上は説明できん」

 ”物議ぬけがら”と、ミミコフを順番に指さした。


「姉さんが買ってくる、猫耳フィギュアが入ってる、パッケージみたい」

 ”玩具”の入っていたパッケージのようなソレ・・をじっと見る3人。

 普通パッケージは動かないし、ゴミとして捨てるまでは存在し続けるものだ。

 ぞんざいな作りとはいえ宇宙服の、関節や、気密性やなんかの、重要な一切合切を、側面の綺麗な切断面・・・で、二分にぶんされているのだ。

 顔を見合わせる3人。この、ゴミ・・どうするよ? と言わんばかりである。


 チッ♪

 シルシのデータウォッチが、『08:00:00UTC+9』を告げる。

 いけねっ! もう、マジで何とかしねーと、100万宇宙ドルだ!

 なにそれ、どういうことよ。

 なんだぜ? 今日は、コウベ等の何かの試験テストじゃなかったのかよ。

 少年は、環恩ワオンに見せた赤色の平面を、再び表示させる―――。


「ワルちゃん、いえ、ワルにゃん~!」「ギニャニャ!」

 約1/8スケール差を考えず、かじりつかんばかりに、ほおずり攻撃中。


「―――姉さんを、落ち着かせて、専門家の知恵を、借りないとダメねーっ」

 ため息混じりに、1/6ルフトが拾ってきた来客用スリッパを、ありがとうと言って履き直す小柄な少女。セーラー猫柄ワンピが異常に、背丈に似合っている。


 ぎゅーっ! ギィニャアァァァァァァァァ!

 謎の存在。自己申告によれば『ワルワラ=ミミコフ』。

 状況から考えれば、ワルコフが変化したもの。

 違ったとしても、ワルコフに由来するのは確かだろう。


「なんか、可哀想だぜ?」

 環恩ワオン魔女帽子フルダイブ・デバイスは、S4規格センシングフォーまでのAR対応がなされている。シルシのようにデータ・グラブが無くても、意識せずに自身のシルエット・・・・・をコントローラー化できる。どう言うことかというと、つまり彼女のアナログ入力のハグぎゅーっには、AR側ミミコフへのシステム的な安全弁・・・が効き難いってことだ。


「―――助けてやるか」

 真っ黒いゴツゴツ頭VRHMDを、少女へ向けるシルシ少年。


 禍璃マガリは、環恩ワオンの頭から、魔女帽子をスポンと引っこ抜いた。

 強烈なハグから解き放たれた自称ミミコフは、環恩ワオンの腕をすり抜けたあと、ゆっくりと、滑空し始めた。

 そのまま少年たちの足下を尻尾フル回転で通り抜けようとしたが、面白長袖の少年に、苦もなくデータグローブの片手でつかまれた。


 背中を鷲掴わしづかみされた、内容物ミミコフは、再び宣言する。


 「当方には、『ワルワラ=ミミコフ』という、れっきとした正式|名称めいしょう?があるコフーっ!」

 ズドドン!

 「正式な捕虜ほ…りょ?としての待遇とく…ぐう?要求よう…きゅうするものであるコフーっ!」

 ドガァァァァン!

 何も無い背後にカラフルな爆煙ばくえんが立ち上る。


 シルシは、ミミコフをひっつかんだまま、自分の部屋へ、取って返すUターン。とにかく今は、

 『ポンコツ美女マイナス猫耳=VR専門家ササキワオン』という計算式を完成させなければならない。


「コフコフ言ってるし、オマエ、れっきとした、ワルコフなんだろなあ」

「でも、その割には、難しい漢字が苦手見てーだぜ?」

 シルシに追従する刀風。

 どうも、ミミコフIME日本語入力機能は、ワルコフのと比べると、余り高性能とは言いがたいらしい。いや、ワルコフIME日本語入力機能も、記号の候補順が変更予測学習されなくて、難儀なんぎしてたが。


とくぐう・・・・じゃなくて、たいぐう・・・・なー」

 シルシは、間違った読み・・を、訂正してやる。

 こつんと、再び、スウェードのブーツの先を揃えて見せるミミコフ。

 少年の手の中で、感謝の意を表す、『惑星ラスク宇宙軍式正式敬礼』が、炸裂する。

 

「あらぁ? ワルにゃん! ワルにゃんが居ないっ!」

「姉さん、落ち着いて、そろそろ、出ないと試験キャンセルになっちゃうわよ」

 薄暗い廊下に座りこむ美人姉妹。立ち振る舞いが雑だが、禍璃マガリも、十分、顔立ちは整ってる。


 キャンセル!? キャンセル料金!? と慌てて我に返った、笹木環恩ワオン特別講師の腕に光る、開発者用デバイスは、刻々と表示ときを進める。

 『24:28:36SBT』『08:03:32UTC+9』

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