1:ワルコフ爆誕! その2

「さっきー、鋤灼スキヤキ君に追いかけられてぇ、飛び出してきたのがぁーワルさんよねぇ?」

 先行する生徒の、面白長袖シャツながそでを指先でつまむ。シャツのがらは、手の込んだ食品サンプルみたいな”ナポリタン”のイラスト。

 皿に乗ったパスタがフォークで巻き上げられている。


「ええ。先生に驚いて、奥に逃げていきましたが……」

 担当講師にシャツのすそつままれ、行進が鈍るシルシ

 首から上を、不格好な黒いかたまりで覆われた少年が、首をかしげる。黒い塊の下から伸びた、ボサボサの髪が揺れる。


「もぉー! ワルさんはぁ当分おやつ無しー! 禁則事項箱おやくそく破って、ホログラフィー規格にー、介入ハッキングするなんてぇー!」

 環恩ワオンが言っているのは、『The下宿』の階段を上がってきたとき、彼女はまだ、魔女帽子も、AR対応眼鏡も、装着して無かった・・・・・・・・って事だろう。

 廊下だって”画素非対応・・・”だ。裸眼AR表示・・・・・・なんて、規格・規約的に出来ない。

 ”画素ホログラフィー規格対応”の平面があって初めて、制限付きの立体映像が再生できるのだ。


宇宙服ワルコフは、逸脱いつだつするのが、芸風みたいなもんすからね」


「ソレはソウなんですがぁ、……ところでワルさぁん、妙に小さくなかったぁ?」


「俺がパーティー金庫開けたとたんに、作業台の上から”確認サイズサムネイル”のまま、逃げ出したから、小っさいままだったんじゃ―――?」

 返事をしながら、開いたドアから部屋の中を覗き込む。


「”確認サイズサムネイルゥ”……? ワルさんのぉ……”禁則事項箱リストボックス”、開いてたわよねぇ?」

 少年の背後から、部屋の中をうかがうVR専門家。

 ”禁則事項箱リストボックス”と言うのは、VRE研究部顧問として環恩ワオンが、ワルコフが滅茶苦茶しないようにと、取り決めた約束事だ。

 具体的には、『箱の中に入れた物は、使用せず、触れない、持ち出さない事』。

 これを守らないと、ワルコフは”バトルレンダ使用の起動承認”と”オヤツ”を貰えない事になっている。


「どうだったかな? いきなりバーニアかして飛び降りたから、見てはないですけど、多分、開いてると思いますよ。……実際、眼鏡無しで、先生にも見えてたんだし」

 いぶかしむ環恩ワオンにあわせて、深刻な表情で振り返るシルシ


「そうよねぇー、でもそうしたらぁ、何回か見たことある、実物大・・・でぇ逃げた方がぁ、早くなぁい?」

「確かに、……慌てたのか、んじゃなけりゃ、小さい方が、隠れやすいと思ったのかも」

「あぁー! なるほどぉー。ソレはぁあるかもぉしれませんねぇー」

 どちらかと言えば、のんびり屋、似たようなペースの2人。美女の腕に付けられた開発者用デバイスは、刻々と表示ときを進めていく。

 『22:45:18SBT』『07:35:06UTC+9』


 少年は開いたドアをのぞき込み、部屋の壁に手を伸ばして、明かりを点けた。

 部屋の中の大きな姿見に写った出で立ちは、ココが、ゲーマー特区でなかったら、通報物の怪しさだ。


 前衛:

 フルフェイスのヘルメットにゴテゴテした機械をくっつけたようなのを、頭に装着しているため、顔はほとんど見えない。重ったるい印象だが、よく見れば、口元と襟足えりあしの機構が左右に開いていて、見た目よりはゆったりしている。

 両耳で金色に光るリング部分の下から、細いケーブルと太いケーブルが垂れ下がっている。後部からはボサボサの長髪が垂れ下がっている。

 しまりのないくち、中肉中背。

 パスタの絵の付いた面白長袖Tシャツに、学校指定の白線がデザインされたカーゴパンツ。真っ黒なグローブに怪獣の足のスリッパ。

 シワの入った服装から受ける、だらしない印象以外、特に評する所はない。


 後衛:

 オレンジと赤でデザインされた派手な魔女みたいな帽子。廊下を見張っているため帽子の後頭部に金色に光るリング見えている。その下のあたりから、無骨で黒い衛星アンテナが短く伸びている。

 縁無し眼鏡のフレームには、小さなLEDが前方に向けてふたつ、不規則に明滅している。

 髪型はおしゃれなナチュラルボブ。絶えずにこやかな口元。やや細身ながら健康的な体つき。化粧メイクは薄く、目を引くほどの美人。前衛シルシから見れば立派で華やかな装い。

「……それにしても、鋤灼スキヤキ君……その長袖Tシャツ……すっごく良いわねぇー」

「えっ!? そっすか? 結構、高かったんですよー」

 きゃっきゃ!


 盛り上がる、薄暗い廊下に、部屋の明かりが漏れている。


 フッ!

 姿見の中、背後、足下を、横切る白いもの・・・・


「うわっ」「きゃっ」


 振り向いたシルシ少年の、視界の隅。

 パーティー金庫を表示している側とは逆の方。


 突き当たりの閉じたドアの方から、何か長い物が少年の顔めがけて飛んでくる。

 その何かの先端が、青白くスパークした。


 ぱりぱりぱりッ!


「うぉおおっ!?」

 少年は叫び、すんでのところで、上体を沈ませるダッキング


 放物線を描き、白い棒が、環恩ワオンの魔女帽子にスカーンと命中。定規程度の長さの棒が、光の粒子と化した。


 AR空間映像からの攻撃に、物理的性質ぶっせいは無い。


 ゲーマー特区全域、つまり量子データーセンタージオフロント周辺領域内で使える、量子演算の副産物、”画素・・”。

 最大スペックを発揮すれば”白昼堂々、影さえ投影可能”な完全ホログラフィー技術。

 そして、その物理解像度の投影技術えいぞう如何いかに、実物にしか見えなくても、現実には髪の毛一本揺らす事は出来ない。

 学園βベータ校舎内の”VR教室”に内蔵されているような、各種の仮想現実感増幅用の設備がなければ、視覚以外の仮想感覚をねつ造することは、ワルコフにだって出来ない。


 出来ないのだが、VRHMヘッドマウントディスプレイには、仮想空間内の物を触る事が出来る、『センシング規格』という仮想現実AR入出力系統I/Oが有るため、ワルコフの攻撃を直接ダイレクトに受けてしまう。

 簡単に言うと、”当たりコリジョン判定”が有る・・のだ。


 一昨日の夜、項邊歌色コウベカイロが、受けたのと同じ攻撃を、笹木環恩ワオンも食らった。装着者に当たっても、入力を触覚に変える機構があるわけじゃないので、全く害はないのだが、―――


索敵スカウティングモード緊急停止、パススルー機能解除。Sレベル設定最大変更センシングフォー再起動リブート


 環恩ワオンのかけている眼鏡が、ミラーグラスのように鏡面化した。

 ”画素演算”という、ホログラフィー規格を総動員し、大規模演算を行うと発生する、各種表示の鏡面化と同じことが起きた。


 電磁槍ワルコフアタックを受け、過負荷に耐えきれなくなった魔女帽子が、自動的に再起動したと思われる。


 屈み込んだシルシの足下。

 なにか、モコモコした物が凄まじい勢いで飛び上がってきた。


 フゥォォン!


 写実的な光沢をたたえる、丸いヘルメット、丸いバイザー。少年の顔面へ、飛びかかる宇宙服。大きさは、確かに小さい。全長30センチもないだろう。

 それでも少年は、ひっ! と小さい悲鳴を上げて、宇宙服ワルコフの頭突きをかわした。屈み込んだ状態から、ウィービングする様は、面白い動きをするカニに見えなくもない。


 少年は知っている。

 あの、宇宙服のバイザー部分まるがおは、―――何でも呑み込んでしまうことを。


 ・刀風カタナカゼのゲームデータ。

 ・たこ焼き大介謹製のNPC、試作コード1から64まで。

 ・工作クラフトのレベル上げに使った、板切れ。


 たたた、とたたた、どたたたた。板張りの廊下を駆け寄る新しい足音。

 それは、少年目掛めがけて、槍を構え突進する宇宙服たち・・だった。


 閉まったドアをすり抜けてきた1体。

 ついさっき何もないことを確認した、姿見のある部屋から1体。

 環恩ワオンの背後からも1体。

 そして、シルシへの頭突きに失敗した、スラスター全開の1体―――

 ……が廊下上空で、バックパックに残るもう一本の電磁槍をつかみ、スラスターOFFカット。頭が重いのか重力に引かれ、上下反転。”自動屋台ディナーベンダー”の”別名保存ディープコピー”を撃破した時のように、槍を伸ばした。


 カニのような姿勢の少年の視界のすみ、四方から青白い雷撃が迫る。

「うわわっ! 勝手に増えるな! 出来の良い心霊映画ホラーかっつの!」


「音声入力」「パーティーメンバー検出」「ボイスメモ」「ホラー映画」「アトラクション」「実用新案」「一攫千金」

 環恩ワオンの子供のような声が、廊下に響く。


 ビビッビビッ!

 環恩ワオンの声に反応して、シルシ上空に陣取っていた、宇宙服ワルコフが、筆書きのような白い円で囲まれた。


「オマエかあ!」

 少年は、上体を伸ばしながら、シオマネキのように、腕を突き上げるが、宇宙服には届かない。


 ワルコフの槍の末尾に、噴射口ノズルが出現すると同時に点火された。

 シュドドドドドッドドドドドッ!


 廊下を照らす爆発。

 2階の窓という窓が怪発光し、『The下宿』へ向かっていた、長身と小身をかせる。


 少年は、伸ばしたままの手で、高速で落ちてきた電磁槍を粉砕した。

 シルシ少年が装着している真っ黒いHMDは、かろうじて、S1センシングワンを実装している。

 少年が手にはめているデータグローブは、接続リンク先から送られてくる仮想空間ARの情報を処理し、電撃に近い強めの衝撃を、正確に再現した・・・・


「痛ってぇー!」少年は情けない声を上げ、手を押さえてうずくまる。

 まだ、少年の上空に滞空している、宇宙服が、チュイーンンガチャリッ!

 使い切った電磁槍を、再生産リプロダクトし、両手に―――


 廊下の柱を蹴る来客用スリッパ。しなやかな痩身そうしんが三角飛び。

 こぼれ球を両手でキャッチする。宙を舞うバスケットプレイヤーのようだ。

 子供声や、普段の落ち着かない所作しょさに反して、基本的な運動能力は、低くはなかったらしい。


 スッタァーーーーン!


 両足で着地し、ふしゅるるうぅぅぅっっと、息を吐く特別講師。

 落ちる来客用スリッパの片方。

 はためき、ひるがえる、笹木環恩ワオン特別講師の着衣オーガンジー。ファサりと舞降りる花柄レースのスカート。

 ―――本日は、外見も中身・・も、―――大人のオシャレ装備だった。

「それ……見、……刀風カタナカゼには絶対見せられ無えーーーーっ!」


 宇宙服バスケットボールは、直立不動のまま、大人しくなった。

 残り3体も、光の粒子を残して、掻き消えた。

 『並列させた、”別名で保存ディープコピー”、×3基による、ワルコフ・クラスター』―――とかでは無く、単純にデコイ目的の、目くらまし映像だったようだ。


「よぉーーーーっし! つっかまえたわぁよぉうぅーーーっ!」

「ナイス! 先生!」

 ―――各種のショックから立ち直ったシルシが立ち上がる。

 環恩ワオンの魔女帽子は、最大でS4センシングフォーのAR対応がなされている。シルシのようにデータグローブが無くても、上手にAR物体をつかむことが出来る。


 ととととっ。

 シルシ部屋付きの1/6ルフトが、心配そうにやってきた。

 環恩ワオンの落とした、来客用スリッパを、足下へそっと差し出す、全長20センチ子ルフト

 彼は、『The下宿』の管理ロボ『ルフト』、の小型端末機ターミナルボットだ。


 少年は、小さな同居人子ルフトへ、安心させるように、語りかける。

「もう大丈夫。ちゃんと捕まえたから―――」


 大丈夫ではなかった。


 特別講師がドヤ顔で、突き出す、宇宙服。

 その側面から赤光せきこうが漏れる。


 ばしゅっ! すっぽーーーーーん!


 宇宙服が、ツタンカーメンの棺のように、パカリと開き、中から何か飛び出してきた。


 それは、驚いて両手をつきだしたシルシ少年によって再捕獲された。

 それは、型遅れで、どこか丸っこい船外活動用宇宙服フォルム。ワルコフに相違そういない。

 抜け殻を、どうしたものかと、環恩ワオンが、アタフタしていると、光の粒子になってかき消えた。


「やっぱり、オマエ、小さすぎだっ! 何か悪いモン・・・・・・でも喰ったか・・・・・・!?」

 30センチ大の物から、飛び出してきたのだ。

 さらに小さくなってしまっている。丸っこいフォルムはよけいに、ロシアの民芸品を彷彿ほうふつとさせる。


 急にじたばたと暴れ出す全長25センチ程度の宇宙服。

 シルシへ向けられている、丸いバイザーが危険色動脈色に、明滅。

 その側面から赤光せきこうが漏れる。


 ばしゅっ! すっぽーーーーーん!


 宇宙服が、ツタンカーメンの棺のように、パカリと開き、背中から・・・・何か飛び出してきた。


「ニャオーーーーーーーーーーン!」

 再び薄暗くなった廊下に、咆哮ホウコウ木霊こだました。

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