ワルコフに気をつけない3

14:ワルコフ爆誕!

1:ワルコフ爆誕!

「ワールーコーフー! どぉーこぉーだぁぁーー!?」

 鋤灼驗スキヤキシルシは、ボサ髪や配線ケーブルを振り回しながら、東京湾から上陸した怪獣のように、ゆったりとした動きで、薄暗い廊下を北上していく。


「ワルさぁーん! 怒らないからぁー、出てきてくださぁーい」

 シルシの背後を、推定年齢25歳からは想像できない、舌っ足らずが後に続く。


 チチチチッ♪ チチュチュン♪

 ギッギッ。キュッキュッ。

 さえずる鳥の声。床板を踏む足音。


 ここは首都近郊、電子防壁で囲まれた”VR拡張遊技試験開発特区”、通称ゲーマー特区。

 広大で円形な敷地の地中には、大規模な地下都市空間ジオフロントが有り、主に量子コンピュータによる研究開発が行われている。

 地上中央部分にも研究施設が存在し、”緩衝エリア”と呼ばれる広大な平地で区切られている。そして、その外周に生活圏があり、さらに最外周には、アミューズメント色の強い、各種のVR施設や、イベント会場が点在している。


「何言ってんすか! 今度という今度はしぼり上げてやらなきゃ!」

 と少年は、顔に張り付いているゴーグル部分の左側に付いてる丸いボタンを、押し込みながら、振り向く。

 ちなみに現在地点は、特区外周の住宅街にある、『The下宿』2階、最南端。鋤灼スキヤキシルシ少年の部屋の前。


「へっくち!」

 彼の目の前で鼻をこすっている、目鼻立ちの整った美女。縁なし眼鏡の両サイドにはキラキラ光る装飾が埋め込まれている。

 白のボートネックのプルオーバー、膝丈の青地に花柄のオーガンジースカート。

 教室で見る事務服とは違って、はなやかな大人の女性の格好をしている。

 放課後の通勤服とも、そう変わらないはずだが、休日と言うこともあって、いくらか余計に、オシャレしているのかもしれない。


「あ、大丈夫すか? 何か羽織はおってきた方が良いんじゃないすか?」

 少年は慌てて南下するUターン

 陽気の良い日が続いているが、今はまだ6月中旬だ。まだまだ朝夕は冷えるため、薄着では肌寒いだろう。

 美女の格好と比べると、ほぼ部屋着のままの学校指定の作業服のカーゴパンツに面白Tシャツという格好の少年。非常にラフなよそおいだが、コレはコレで、まさに休日仕様と言える……首から上以外は。


「へーきへーきー。デバイスでぇ首もとぉ少し暖ったかぁいしー」

 美女もとい、笹木環恩ワオン特別講師は、星形の帽子・・・・・の、放射状にとがったトコを、両手で引っ張って、目深まぶかに被りなおしている。

 スタイル抜群の、背格好には似合わない仕草だが、子供声には合っている。

 ハロウィンのような魔女帽子も、着こなしが、実にサマになっていた。

 ゲーム内の魔法系装備をイメージして、比較的安価で限定販売された、フルダイブVRHMDデバイスは、発売当初こそ、その派手さに生活空間での使用を躊躇ためらわれたが、今では日常的に散見するようになった。ゲーム特区最外周から流れてくる、お祭り気分の観光客も、各種ゲームプレイスタイルのままで、往来おうらい闊歩かっぽしているので、見慣れて仕舞えば気にならないのだろう。


鋤灼スキヤキ君の方こそ、大丈夫? ソレ・・、重くなぁいー?」

「見た目よか、全然軽いんで、大丈夫っすよ」

 パシンと、てのひらを拳で打ち付ける鋤灼スキヤキシルシ少年。中肉中背、やや猫背。


「じゃ、廊下の見張りお願いします」

 血気盛んに進もうとした少年に、たずねる声。

「了解しましたぁ、……けどぉ、鋤灼スキヤキ君ー、ワルさんのぉ悪戯なんてぇ、いつものぉ事じゃなぁい?」

 シルシが、ジト眼で突きだした手のひらを、人差し指でさわる、環恩ワオン


 2人の間の空中に格子状のグリッドが現れ、『パーティー共有金庫へ接続しました。』というダイアログが表示され―――環恩ワオンが手のひらを当てたまま、あごを落とした。


「特選おやつ、残数・手羽先2個・・・・・・これだけ!?」

 眼鏡のリムフレームの両サイドに付いた装飾が、ピカピカと明滅めいめつし出す。

 フルダイブVRHMD魔女帽子の、モード切り替えをすることで、AR対応の簡易型VRHMDとして使用できる。ゴーグルは帽子に付いているが、ソレを引き出すことはせずに、今はAR対応眼鏡を接続して、代用している。


「ええ、昨日の一角獣モノケロス戦で、かき集めた”特選おやつ”、ほとんど全部、食い散らかしたんですよ!」

 シルシと、環恩ワオン、それぞれの視界の隅に、表示されている半透明の、格子状のグリッド

 その中には、カタカナの『フ』みたいになっている、”特選おやつ:手羽先”のアイコンがポツンと格納されている。


 他にも、何個か並んでいるが、


『小型銃、残数・単発式:89丁』

一角獣モノケロスのツノ:1本』

一角獣モノケロスの毛皮:2枚』

『未鑑定鉱石:4個』

 壊れたアイコンと化している、使用不可の『ジャンクアイテム1個』

 鋤灼スキヤキシルシチームが、スターバラッド初戦にして、撃破した、戦利品などが並んでいる。


 いや、もう一つ、『歯車』が最下段に出現していた。

 設定アイコンのようにも見えるが、この形状からすると、おそらく、シルシが踏み抜いた、”初期フロア”の床板と思われる。


 VR空間内の広場を埋め尽くすほどの盛況を見せた、『鋤灼スキヤキチームVSモノケロス戦』の観戦料として、提示した『”小型銃”又は”特選おやつ”』。

 決戦開始前に、必要な数の小型銃と、NPC達への報酬として十分な”特選おやつ”が集まった。その後も、観戦希望者が後を絶たなかったため、そのままにして置いたのだが、コウベの孤軍奮闘に対する、おひねり代わりの、”特選おやつ”も相当投げ入れられてしまう事になった。

 白焚シラタキが、軽く確認し、「結構まとまった収入ですねえ」と目を丸くする程度には、集まってしまったのだ。

 標準的な”特選おやつ”、1個3000宇宙ドルとして、300個くらい有ったのではないかと、試算した結果が、シルシのデータウォッチに表示されたままになっている。


『@3、000SPD × 300 = 900、000SPD』

 表示部分を、何度も流れている、演算結果。


「あらぁー!? つまみ食いって聞いたから、10個くらい食べちゃったのかと思ってたんだけどー」

 ひたいに手を当て、環恩ワオンが今まで見せたことのない、ひきつった笑いを浮かべた。

 何せ彼女は、昨日”高課金量子演算ぜいたく”をしてしまったため、懐具合が非常に寂しげな事になっているのだ。まとまった額の金銭には、どうしても反応してしまう。キーワードは『水』だ。


「たしかに、昨日、VR教室の引き出しに仕舞ったまま、置いて来ちまったのは、悪かったけど……」


「そうねー。でも、白焚シラタキさん、ダイブアウトするなり、鋤灼スキヤキ君のスグ後ろに背後霊みたいにして居たしー、ひとまず、あの場は、仕方なかったんじゃないかしらぁー!?」


「そう、アイツ―――じゃなかった、白焚シラタキ……さんが、俺の後ろに張り付いてなきゃ、ワルコフの入った”VOIDチャージャー”を、かばんに忍ばせるくらいは出来たんですが、……ぐぐっ」


「まあー、ワルさぁんーがぁー、白焚シラタキさんにー、見つからなかったぁだけぇでぇー、良しとぉしましょおー」

 意気消沈する、教え子を励ます、特別講師。


「そうっすね、それに、結局、今日は、コウベ達の”中型”試験で部活どころじゃねえからって、始発でワルコフ入りの”VOIDチャージャー”取りに行ってて大正解でしたしね」


「本当ねー、普通の時間に行ってたら、校舎の中に入れなかったかもしれませんしねぇー」

 薄暗い廊下の真ん中で、会議を始める、VRエンジン研究部、部員及び、顧問。


「それにしても、量子データセンター直轄ちょっかつの施設が、軒並み、使用禁止になるなんて、そんなに大がかりな”画素演算”が必要なのかしら、”中型”試験って」


「えっ? コウベ達の試験とは、関係ないんじゃないすか? 試験会場の、VRーSTATI◎Nは、貸し切りみたいになるのかもしれないっすけど」


「そうかしらねー、まあ、ひとまず、白焚シラタキさんにあったら聞いてみましょう」


「そうしてください。今は、とにかく、ワルコフをとっ捕まえて、―――」

 少年は、早朝の校舎内で邂逅エンカウントし、そのまま自分の下宿先までついて来てくれた担当講師をマジマジと見つめた。

鋤灼スキヤキ君ー、そ、そういうのはぁー、マ、禍璃マガリちゃんとしたら良いとおもうのぉー」

 目をそらし、クネクネし出す、担当講師、笹木環恩ワオンさん。


「え? 笹木? 妹さんがどうかしたっすか?」

 少年は真顔のままで、手の甲に、指先を走らせるフリック入力

 ビロロロロッ。

 表示された明るい赤色の平面。彼はこの表示を見せたかったらしい。

 あら、先生、勘違い? なんでもないなんでもないと、小さく両手を振りながら赤い平面に、赤い顔を寄せる環恩ワオン

 そこに書かれている白い文面は、以下の様なものだ。


 ーーー ーーー ーーー

 ~『キャリア中型』試験を受験される皆様へ~


 1.受験されるNPCの入った『画素対応メモリ』等(※)。

 2.『必要書類』への記入、及び電子捺印なついん

 3.ソレと受講料として、『特選おやつ』100個。又は、『余剰リソースに類するもの』を特選おやつ換算で100個分。

 4.パーティーメンバーどなたかお一人ひとりのID登録済みの『空間認識用アダプタドングル』1点。


 上記4点、試験当日までに用意してください。

 ※『画素対応メモリ』等は、試験日の前日までに提出して下さい。

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 ーーー ーーー ーーー


「先生、コレ、特に注釈部分・・・・読みましたか?」

「昨日、白焚シラタキさんに書かされた契約書と、一緒に渡された、”中型試験”の受講案内でしょう? 読みましたよぉ?」


「………………」

 少年は、無言で、書面の下の方を、指し示している。

 書面の最下部、模様か、何かのバーコードにしか見えない不規則なドットで横線ラインが引かれている。


「……んんーーっ!?」

 環恩ワオンは親指と人差し指で作った輪を広げるようにして、その部分を拡大した。

 ドットの羅列ラインは、最大限に拡大してようやく『小さな文字フォント』だと言うことが判明する。そして、その小さな文字は、追記された注意書き・・・・だった。


 ーーー ーーー ーーー

 ※ゲーム・スターバラッドオンラインユニバース内時間で、『28:30:00SBT』までに、上記の物を、ご用意できなかった場合には、試験キャンセル料金として、金100万宇宙ドルを徴収させて頂きます。

 ーーー ーーー ーーー


「きゃぁー!? 100万宇宙ドルですってぇ!?」

「……やっぱり、追記部分まで読めてなかったんすねっ。って、こんなの、通常サイズのままじゃ、読めるわけねーけど」

 ※2016年6月19日(日)現在―――YENJPY=9・806S$SPD―――によると約10万円。

 データウォッチを確認したシルシが顔を上げると、環恩ワオンの姿は無く、左右を見回すシルシ少年。


「何してるのぉ! 急いでワルさんをー、捕まえますよぉー!?」

 先行して、そでまくっている環恩ワオンの、腕に巻かれている、やけにゴツい腕時計型デバイス。

 『22:30:03SBT』『07:30:01UTC+9』

 スターバラッド内時間と、日本標準時が、交互に表示されている。

 日本時間で2時間ほどの猶予があるが、時間があった所で事態を収拾することは出来ない。彼女の寂しげなお財布、ましてや、万年金欠の学生達の全財産をかき集めても、金100万宇宙ドル約10万円には到底届かないからだ。


「はいっ! ワルコフ捕まえて”特選おやつ・・・・・”、か、”余剰リソース・・・・・・に類するもの・・・・・・”を、何とか用意させねーとっ!」

 少年の口から泡が飛び、普段は平坦でゆるーい表情が、やや焦燥しょうそうした様子を見せる。眼も血走っている。


 がちゃ。ぱたん。

 先行するシルシ少年がドアを開け、中を確認して閉める。

 環恩ワオン特別講師は、その間も、廊下を見張る。

 がちゃ。ぱたん。がちゃ。ぱたん。

 敵影なしクリア敵影なしクリア敵影なしクリア


 ワルコフが逃げ込んだ可能性のある、5部屋のうち3部屋を捜索。すべて空き部屋で物置と化しているので時間はかからなかった。残るは左手前の、ドアが開けっ放しの部屋と、奥の突き当たりの部屋だけになった。

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