7:祝勝会 その2と、そのころのMΘNΘCERΘS

「ずるずるるっ! ……戦闘管せ、い? ……戦うための指示を出す人? ……セコンドとか、トレーナーみたいなも―――んっつーっ!」

 小柄な女子生徒ササキマガリが、ワサビにツーンとなっている。

 ワサビの入れすぎで、麺汁めんつゆの色が白っぽくなっている。

 大柄な少年が、少女の手元を覗き込み、顔をしかめた。


「強いて言うなら、全自動型の観測手スポッターとでも言った方が近いかもしれませんね」

 ずるずるずるるっ! 


「ス、スポッタぁー? ……姉さんが、よくアタシの部屋の椅子いすに、スポってハマって抜けなくなったりしてるけど、―――」

 鼻腔びこうを抜ける衝撃辛みに涙目になりながら、首を傾げる禍璃マガリ

 余計なことを言うんじゃありませんよぉと、環恩ワオンが箸の先を禍璃マガリに向けて抗議している。


「……狙撃手スナイパーの補佐要員の事です。スナイパーの能力を最大限に生かすために、敵の情報を集め、場合によってはスナイパーを死守しますね」


 ”死守”と聞いた一同が、抹茶色の和菓子のようなフォルムを見てから、首を横に振った。


「”略”と”戦術”に特した、2系統から成るシステム形態であると思われますが、そう単純な話ではない・・・・・・・・・・のですよー」

 話を続けた、システム管理者シラタキが、渦中かちゅうのVR設計師に続いて、重い表情で箸を置いた。


「ずぞぞぞっ! ……もぐもぐ……そ、そうですねぇー。FCS……戦闘管制と言うことは、おそらく、”作戦立案プランニング実行権限オペレーションオーダー”だけでなく、”各兵装の使用権限トリガコントロール”も、小鳥ちゃんが所持していたと思われますがぁ」

 VR専門家にして、特別講座『VRエンジン概論』講師が、テーブル上の”小鳥騎士メジロナイト”共と目を合わせる。


 ピッチューイ♪

 VR専門家ワオン推察すいさつした、小鳥じぶんの機能を肯定するニュアンスの鳥声。


 そして、特別講師はササキワオン、やや静かになった周囲に気がつき、慌ててほかの社会人達にならい、箸を置いた。


「ふぅー。行動決定の権限が、……自分以外の所にある……状態というのは、……人格を構成する上で、……あんまりよろしい……案配あんばいじゃ……あらしまへんでしてなー、……本当は申請せんと、……使つこたら……あきまへんのや」

 うなだれる美少女VR設計師の、細いあごから冷たい汗が落ちる。その覇気のない笑みは、やや、悲痛な色をたたえている。


「ぱくぱくぱくっ! おい、こりゃ、なんだぜ? ……もっぎゅもっぎゅ……大事おおごとなんかよ?」

「ずるずるずるっ! ……もぐもぐ……わかんねーっ……けど……ほんとうまいな、この蕎麦そば!」

 男子生徒組が、様子をうかがいながらも、箸を進めていく。


 VR専門家、笹木環恩ササキワオンテーブル上てもとで、じゃれ合っていた小鳥が、背中をよじり、小さな女子生徒を、振り落とした。

 どん! いてっ! しゅたっ。なにすんだっ!?

 忍者のような受け身を取る、小さな女子生徒。


 ばさっ!

 自由になった抹茶色まっちゃいろは、羽を持ち上げ、くちばしで、羽毛をさぐりだす。小さな女子生徒相方から、執拗なローキックを食らいながらも、何か小さい板のようなもの・・・・・・・を取り出した。

 よく見れば、それは4つに折り畳まれたメモ書きだった。


「あらあ、ソレ、前にもぉ見た気がぁー」


「ありゃ、たしか、バトルレ……むぐっ、っと、危ねー。白焚シラタキ居るんだったぜ」

「おう、何が、特区外秘の機密事項に抵触するかわからねえし、”バトレン”関連かんれん焦臭きなくさい感じするからなー……」

 白焚シラタキ女史達の居るテーブルの島から、離れた席に座るシルシ刀風カタナカゼが、少し顔を寄せて話している。


 小鳥がくちばしで、なんとかメモ書きを広げる。

『小鳥へ。君がピンチの時はぁ、米沢首ヨネザワコウベに〝危ない〟って3回言って切り抜けてください』

 負けじと、小さい女子生徒も、制服のポケットから、同じようなメモを取り出して広げる。

『何か困った時には、設計師の意向で押し通しなさい』


 自分たちの”専門性スペシャライゼーション”や、設計思想の断片をアピールしたかった訳では無く、ひょっとしたら、自分たちを設計した、項部歌色たこやきだいすけのピンチにさいし、手助けになればと思ったのかもしれなかった。

 ”筆舌に尽くしがたい”程度には、逆効果かつ、意味が無かったが、項部歌色たこやきだいすけの顔に、わずかな頬笑ほほえみが戻る。


「君達ー、聞こえてますよー。心配しなくても、”バトルレンダ”自体・・は、機密事項・・・・じゃありませんよ」


「でもぉー、私もぉー、VR専門家としてもぉー、プレイヤーとしてもぉー、長いことそこそこやってますがぁー、ワルッ……じゃなくってぇー、えーっとー、昨日見た・・のが初めてでしたようー」


「VR空間構築及びNPC設計に従事しただけでは、ふつう”バトルレンダ”という、キーワードには届かないのは確かですよ。あと先生、ソレ・・、本当はダメですよ、歌色カイロさんとは、まだ、NPC登用契約しか交わして無いのですから」


「……もぐもぐっ……”自動屋台ディナーベンダー”の野郎は、自分から”バトルレンダ”って言って起動してたけどな」

 大きな海老天にかじり付く、シルシ発言こえに、一瞬巻き毛を震わせる白焚シラタキ


「なんかややこしいわね……もっぎゅり」

 禍璃マガリも、半分になった海老天に食らいつく。


「まあ、歌色カイロさんには、NPC設計関連ツールを、ご利用いただいてますので、この場は問題ございません。で・す・が、使用許諾条項の中の、”余剰リソース運用のための特約条項”に締結ていけつしていたいている上での、会話とご理解ください」

 ヒューン、シッ、ヒュゥン、シシッ。

 白焚シラタキの尻の下で、”自動機械レッド・ノード”が、カメラアイの周りを回っている光点動作ランプを、小刻みに逆回転させている。


「”余剰リソース・・・・・”って、あの、キリがない奴・・・・・・のこと?」

「あら、禍璃マガリさんは、本質・・をご理解していらっしゃるようですね」

 ―――巻き毛の目尻と口角こうかくが上がる。


「け、けけけけ、……契約違反は、開発者ライセンスID、……とととバババ取り上げられBANされちゃうって、……き、ききき、聞いたこと、……あ、ありますえ、……えええぇえぇ……えぇええぇ」

 項邊コウベ歌色カイロ。美少女成人高校生にして、『たこ焼き大介』、の異名も持つらしいVR設計師。

 昨日、完成作品である、”試作コード65と68”がそろって、念願のスターバラッド公式NPCへ登用され、順風満帆のサクセスロードを歩む……事なく―――。


「―――基本的には、プレイ不介入・・・・・・が運営の基本方針ですので、単にゲームプレイ上の、レギュレーション違反が、あるかどうかの問題なのですよ」

 オレンジジュースの瓶の開いた口切っ先を、項邊コウベ歌色カイロへ向けた白焚シラタキ留外ルウイ


白焚シラタキさぁん。何とかなりませんかぁ?」

 おずおずと、進言するVR専門家兼、生徒を預かる身の担当講師。


「要は、”バトルレンダ”という”余剰リソース”の運用法方を、所持するに足りうる実力や、資質をお持ちであるかどうかの証明を、していただければ事はすみます」


「どういうこったぜ!?」

「わからんがー、なんか、手は有るみたいだな」

 男子生徒達も箸を置いて注目する中、小柄な女子生徒が、大きな海老天をむ音だけが続いている。


 現状:なにやら、申請漏れをしたらしいが、運営のはからいで、首の皮一枚で、繋がりそうな気配である。


「じゃあ、こうしましょうか」

 やや涙目の、歌色カイロ環恩ワオンを、見据える白焚シラタキは、靴の踵ソールで、危険な色の椅子を軽く蹴った。


 ジジジーッジジッ!


型アブダクションマ律型NP、”米沢首ヨネザワコウベ”、そして、型アブダクションマ律型NP”小鳥”の2体には、―――”キャリア中型”試験を受けていただきます」

 自分が座っている、”赤点號レッドノード”が印字アウトプットした大きなレシートをびりーーーっつと、切り取ってテーブルに置いた。


 小さい米沢首ヨネザワコウベが、小鳥の背中に飛び乗る。

 そして、白焚シラタキが取り出したA4サイズのレシートの上まで歩いていく”小鳥騎士メジロナイト”。

 その頭の上に、並んで表示されるヘッド・アップD《ディスプレイ》。

『たこ焼き大介作成:米沢首ヨネザワコウベVer:2.5.0』

『たこ焼き大介作成:小鳥コトリVer:1.5.1』

 その数字は、細やかなマイナーバージョンアップが、自動的に行われている事を示している。


 ”小鳥騎士メジロナイト”、の騎士部分ヨネザワコウベが、足下に書かれた文言コピーを読み上げた。


『中ボス求む。応相談。

 ―――索敵さくてきな職場です。』



   ◇◇◇



 ジジジジジッ!


 鬱蒼うっそうとしたジャングルに、開けた空間の中央。

 電送されてくる、草食動物の輪郭アウトライン

 再登場リスポーンしたのは、藍色あいいろの鹿。


 ヨロヨロした足取りで、結構な時間を掛け、外周近くの巨木へ歩いていく。

 巨木のごつごつした根元に、頭がぶつからないように、大げさな首の動きを見せて、座り込む。

 その頭の上に存在していたはずの、巨大な一本つのは、すでにアイテムと化している。

 平らになってしまった頭で、巨木の根元をグリグリこすりだした鹿。

 無くなってしまったつのの生え際が、むず痒いのかもしれない。


 その背後、縦横無尽につたが絡む、薄暗い木々の間。

 うごめく、無数の小さな眼光。

 そのうちの2つが、チョロチョロと、明るい空間に飛び出す。

 シルシ少年と、意志疎通を果たした、一番大きいサイズの顔長猫だ。


 顔長猫は、まとわりつくように、青鹿の周りを徘徊する。


 ゴガアアアァァァ!

 発せられる獣声ハウリング


 飛ぶように逃げていく、顔の長い猫。

 しかし、顔の長い猫は、再び、一角獣いっかくじゅうだったものに、いどむように接近する。


 つののない彼には、衝撃波としての怒声を、発することは出来ない様だった。

 自分よりも小さな、顔の長い猫に、無造作に接近され、首をせわしなく動かしていた一角獣は、立ち上がる。


 そして、木々のない開けた空間かつてのけっせんじょう、へ戻っていく。


 その背後、巨木のふもとで、大きな顔の長い猫が、四つ足を踏ん張っている。


 ―――猫手から極太の爪が生え、ひづめのように一体化していく。

 ―――体を小刻みにうごめかせるたびに体格が肥大していく。

 ―――ひと回り大きくなった、頭や首の頭頂部。猫の額を突き破る、青白く輝く突起。


 生えたばかりの、10センチ程度の小さなつのは、ちいさな青白い放電を放った。


 鹿の1メートル先の2メートルくらい上空。

 丸く湾曲したジャングル。

 その中にちいさな青白い光が宿る。

 真っ白い人型の模型の様でもあり、船外活動用宇宙服EMUの様でもある。

 その丸顔に映り込んだ蒼光は―――鋭くとがった隻眼せきがんにも見え―――


 ―――鹿はおびえ、こうべれた。



   ◇◇◇



「あ、いけね! 帰りにもう一回学校に寄って、ワルコフの野郎を、拾ってくるつもりだったんだけど、思ったより遅くなっちまったし、どうすっかな!?」


「いいんじゃね? どうせ、明日も第珊VR教室に行くんだぜ?」


「そうね、お腹空かせて、何か食い散らかしたりしてなきゃいいけどー」

 脅かすなよ。と身構える鋤灼スキヤキ少年達が歩いているのは、駅蕎麦屋からスグの駅構内。


 先頭は、首根っこを捕まれた猫のように、歩かされている、美少女成人VR設計師、項邊歌色たこやきだいすけ

 続く2番手は、猫の首根っこを掴んでいる飼い主のような、システム管理者にして、スターバラッド運営サイドの、白焚畄外シラタキルウイ女史。


 3番手が振り返り、号令。

「みんなぁー、置いてくわよーぉ」

 へーいと小走りになる生徒一同。


 目的地は、当然、ふた駅隣の、VR拡張遊技試験開発特区直営アミューズメントパーク。カラーバーの意匠デザインで、お馴染みの、”VRーSTATI◎N”だ。

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