7:祝勝会 その1

「それ、抹茶色まっちぃろのやつ。要らないならちょうだいよ」

 鋤灼驗スキヤキシルシの目の前のテーブルに、鎮座在ちんざましましている、盛り塩みたいなフォルム。


 姿勢正しく椅子に腰掛けた、笹木禍璃ササキマガリは、ロングヘアーをケーブルクリップで、まとめている。

 見方によっては無骨な髪留めバレッタに見えなくもない、1個900宇宙ドルやくひゃくえん。この大きな洗濯バサミは、VR教室でケーブルをさばくときに便利なので、学園βベータの生徒全員が、鞄に付けて持ち歩いているものだ。長髪を邪魔にならないようにして、気合いを入れて食べる気満々である。


「要らん子扱いは、可哀想じゃねーか」

 ピピチュイ♪

 羽ばたく、半透明の小鳥。


「なあー」

 と、シルシは、VR・AR両対応のマイ箸で、小鳥の頭をつく。

 ビョビョビョーォン♪

 謎の効果音が発生する。


 町中の、蕎麦屋そばやといえど、ここはゲーマー特区内だ。AR非対応のテーブルに出くわす方が難しいかもしれない。

 デジタルペットや、スターバラッド準拠じゅんきょのNPC在中ざいちゅうの、”画素対応メモリ”を乗せれば、内容物が勝手に起動オートブートして、天板上を闊歩かっぽしだす。


「ちがう! そっちの、面白NPCビョビョビョン♪じゃなくって、薬味やくみの方!」

 コッチと、小皿に乗ってる抹茶色を、箸先で・・・指し示した。

 禍璃マガリひゃぁん、を行儀ぎょうぎ悪ひへふほぉー、とのたまう特別講師は、口一杯くちいっぱい蕎麦そばくわえており、行儀ぎょうぎの悪さでは引けを取っていない。


「要らなく無えよ、俺ワサビ大好きだっつの!」

 小皿をマイ箸で引き寄せる、シルシ

 振るだけで付着した汚れが剥離はくりする、この箸や付属の箸入れには、画素表示による、ナノ構造が出現している。肉眼ビジュアルチェックでも、超抗菌を果たす積層パターンいろのちがいを見ることが出来る。在来技術外の、試験運用中の、謎の材質工学&ナノ技術は、お土産品として販売されてもいるが、”画素”が稼働かどうするのは特区内のみ。ぎりぎり稼働したとしても、特区外周から、せいぜい10メートルが関の山せきのやまだ。画素を利用した謎の技術部分が無ければ、ふつうの抗菌&耐熱耐爆耐冷凍の高機能箸となる。


「この本山葵ワサビ、超ー美味しいですよー」

「何だってー!? 益々、笹木にゃやらんぞ、俺が食う」

 シルシ白焚シラタキ女史の、お墨付きを受け、小皿に伸びる、禍璃マガリの小さい手を、箸で迎撃し突っついている。


 ここは、学園βベータ最寄もよりの駅に入ってる、駅蕎麦屋えきそばや

 立ち食い専用のカウンターを抜けた、奥に用意されている、結構な広さの部屋だ。大きなテーブルが並んでいて、やや本格的な、……お値段的にも本格的な”せいろ蕎麦そば”などを提供している。

 特区内の食堂で出される蕎麦・うどんも全てここの本店が、まかなっており、”自動学食”や、”自動屋台”への提供も行われている。


 ずぞぞぞっ。

「こりゃ、イケるぜ!」

 大量に付いてきた小皿の薬味を、次から次へと試していく刀風カタナカゼ

「ほんと、どすなあ。……薬味の種類も……仰山ぎょうさんおうて、一つ一つも、……どれもがおいしゅうて、……たまらんどすなあ」

 蕎麦そば好きと公言していた、項邊コウベ歌色カイロいたっては、泣きながらはしを進めている。


 小柄な女子生徒は、シルシからワサビを、せしめるのを諦め、すでに刀風カタナカゼからガメていたワサビをいていく。大きめのテーブルに対し、妙に椅子の数が少ないため、食卓という感じがせず、さながら、書斎の長机で遊ぶ子供のように見えなくもない。


 ―――テーブルの大きさに対して椅子が少ないのには訳があったらしい。

 小さいおひつに入った混ぜご飯などが、全て並べられた頃には、なんだかんだと、1人前に付き1メートル四方が、埋め尽くされてしまったのだ。

 ”天せいろ蕎麦御前そばごぜん”、2万3千宇宙ドルは、伊達ではなかったようだ。

 シルシのデータウォッチの、次々と切り替わる表示の片隅が、キーワードに反応して、自動的に日本円で算出表示されたままになっている。

 『※2016年6月18日(土)現在―――YENJPY=7・748S$SPD

 それによれば、”天せいろ蕎麦御膳そばごぜん”は、約3千円と、結構良い、お値段である。


 環恩ワオンの前だけ、ドンブリ1つで、テーブル上のスペースが空いている。そこに、NPC”米沢首ヨネザワコウベ”と、NPC”小鳥”の入った、”画素対応メモリ”代わりの、”VOIDチャージャー”が置かれている。


鋤灼スキヤキはん、……なんか、試作コード65と、……仲よろしおすなあ」


「ずぞぞぞぞっ! ……鳥は好きですよ。なんかカワイイし」


 たたた。小さな足音をたて、シルシと小鳥の間に割り込む、小さな・・・清楚系美少女。つい一時間前に、スターバラッドの戦闘記録を多数塗り替えたMVPNPC。シルシの手元に立ちふさがる、その姿は、制服を着こなす成人女性にしてVR設計師の、項邊コウベ歌色カイロと、瓜二つだ・・・・

 これほど、小さくて、美少女フィギュアみたいなのがウロツいてたら、約一名、喜々として飛びかかりそうなものだが、ここ数日で、いい加減、免疫が付いたのかもしれない。


 美少女フィギュアは、ガシリと抹茶色のズングリしたボディーをひっつかんで、シルシから奪うように持ち運んでいく。

 小鳥は、スケールサイズが”15センチ”に満たないため、実寸大で出現している。

「あらあらぁ? 焼き餅かしらぁ?」

 全員が特上ざる蕎麦をすすっている中、一人、蕎麦の上に乗ったコロッケを、つついている笹木特別講師。

 白焚シラタキの目の前のテーブルの開いたところに、伝票が表示されてるところをみると、遠慮・・したのかもしれない。


 とたたたた。

 小鳥は、相方ヨネザワコウベから向けられた、想定外の好意に戸惑ったのか、頬を染め、大人しく持ち運ばれている。

 テーブル上には、薬味小皿、せいろ、麺汁めんつゆの入った蕎麦徳利そばどっくりに、蕎麦猪口そばちょこや、天ぷらの乗ったかごなど、美味しそうな、障害物が敷き詰められている。

 それらを華麗にけ、時には、めり込みながら、小さなサムネイル、清楚系美少女はテーブルのへりに到達した。


 クルリと振り向き、抱えている洋梨のようなフォルムを、シルシに突き出してみせた。


「やっぱりお前等、仲良いーんだな、安心したぞ」

 シルシは笑いながら、蕎麦そばを、蕎麦猪口そばちょこに垂らす。


 怒号一発どっせいっ!。美少女は、さっきまで繰り広げられていた戦いの中で何度も見せた、”回転する動き”を見せた。

 ―――具体的には、上半身をひねり、たいを入れ替え、抱えた抹茶色をテーブルの上から投げ捨てた・・・・・


 ぼちゃん!

 シルシは、つまんだ蕎麦そばはしから落とした。

「わっ! 鋤灼スキヤキー! 麺汁めんつゆが跳ねたぜ!」


わりぃ! コウベのやろうが、小鳥を投げたから、ついあせっちまった」

 なにやってんのよと、禍璃マガリが、布巾ふきんを手に寄ってくる。


 小鳥は光の粒子と共に、環恩ワオンの目の前に再登場リスポーンする。

 撃破・・されたわけではないので、インターバルもなく即座に登場した。


「見事なうっちゃり・・・・・ですねぇー。……モノケロス戦もぉ、そうだったけどぉ、回転技・・・が多いのはぁー、コウベちゃんのぉー、オリジナルな格闘特性スタイルなのかしらぁー?」


 ピチチッチ♪

 小鳥が羽ばたき、離陸テイクオフ小鳥ほんにん的には、空中を旋回しているつもりなのだろうが、表示可能なのは、高度15センチまでだ。環恩ワオンの抱えるドンブリの斜め前に置かれた、”画素メモリ”代わりの”VOIDチャージャー”の周囲を、くるくると回り出す。


「どしたんだせ? 鳥?」

 ピチチッチ♪


 布巾ふきんを手に、環恩ワオンの背後を通る禍璃マガリも、小鳥をいぶかしむ。

「ん? 何よ、その旋回くるくる、何の自己主張アピール?」

 すさまじい勢いで、くるくると旋回し続ける小鳥。


「……ひょっとしてぇー、回転技・・・ってぇー、小鳥ちゃんのぉーアイデア・・・・ぁー?」


 ビビビヂヂヂッ!

 耳が痛いほどの重低音で、返事する・・・・小鳥。

 耳を塞ぐ一同。


「うっせーな。……コウベの回転技は、お前、発案なんか?」


 ビビビッ―――!

 再び重低音で、返事する・・・・小鳥の、くちばしを両手で掴んでふさぐ、小さい清楚系美少女。配膳された食器に隠れて忍び寄ってきていたらしく、馬乗りになって後ろから手を伸ばしている。

 はからずも”小鳥騎士メジロナイト”完成。


「なんか、そうみたいね」

 そう言いながら、環恩ワオンの隣へ着席したもどった禍璃マガリが、立派なサイズの海老天を、箸で切り分け、笹木特別講師の丼へ、乗せてやる。


 海老天を箸で掴み、満面の笑みを浮かべる、笹木特別講師。

「私の”にゃんばる”もぉー、連続技にはぁー、回転系がぁー、沢山ありますよぉー❤」


「まあな、回転技とか円の動きとか、よくマンガとかゲームで格闘家が使うしなー」

 筋骨隆々のイケメン男子生徒は、宝石箱のような、天ぷらの乗ったかご環恩ワオンに差し出している。まあ、普通、食べ盛りの男子生徒が差し出したところで、うら若い細身の美人講師が、無遠慮に受け取―――る。


 ハモの天ぷらっぽい奴、一切ひときれと、オクラ二切ふたきれを目敏めざとく、かすめ取られて、満足げな男子高校生が、疑問を口にする。


「あれ? 乱暴者※マガリを真似……じゃなくて、えっと、『勝利パターンを抽出して作ったコンボ』とか何とか言ってたヤツは、どこいっちまったんだぜ?」


「それは、……通常の戦闘の時に、……使うと思いますえ」

 VR設計師:たこ焼き大介。成人女子生徒、項邊コウベ歌色カイロの眼が泳ぐ。


「ボス戦でぇ、しかもぉ、……はぐはぐっ……こっちがぁ”レベルゼロ初戦”なんて不利な状態じゃー、……もぐもぐっ……普通の事・・・・してたらぁー瞬殺でしたからねえぇー」

 姉さん、落ち着いて食べて。ハモ梅肉コレつけて。と小柄な禍璃マガリは、手を思い切り伸ばして、自分の薬味小皿の一つを手渡している。


「……これでハッキリしましたね」

 ずそそっぞ。もぎゅもぎゅもぎゅ。

 巻き毛をかきあげ、蕎麦そばすす白焚シラタキ女史。

 顔を上げた視線が、泳いでいた項邊たこやき歌色だいすけの視線と交差する。


「……そうですねぇー。”深層学習ディープラーニング”がぁー実装ライブラリ化される前のぉー、”専門化スペシャライゼーション”の為のぉ人格設計レガシーコマンドでぇー組み上げてぇーありますねぇー」

 禍璃マガリからもらった小皿に、ハモけながら、かなり専門的なことをのたま環恩ワオン。システム管理者や、現場の教師陣から一目置かれるだけのことはあるのだろう。システム管理者同等の知識レベルを垣間かいま見せる。

 そして、本日午後、調子に乗って行った、”高課金量子演算ぜいたく”にる、低下した食糧事情も、そこはかとなく、垣間かいま見せていく。

 項邊コウベ歌色カイロ見据みすえた、その目尻に涙がにじむ。


 さきの戦闘における最大の疑問に、近づいている只中ただなかシルシ少年も目の前に居る、まるでワンセットで・・・・・・作られたかのような・・・・・・・・・、”小鳥騎士メジロナイト”達に疑問を投げかける。


「お前等、俺たちがやられた後、LV52の怪獣モノケロス相手に、2人だけで、よく勝てるって思ったな」


「だって、小鳥コイツが、多分勝てる・・・・・って、言うから」

 小鳥の首を絞める、小さな清楚系美少女ヨネザワコウベ

 ピピチュイ、ビビジュイ―――ッ♪

 小鳥も、何かさえずってたが、途中から断末魔に変わる。


 食器のぶつかる軽やかな音に混じる、断末魔ビビビビーー

 項邊コウベ歌色カイロは、観念した様子で、箸を置いた。


「そうどす。……”試作コード65”は、……戦闘管制システムAIFCS、……どす」

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