5:決戦! MΘNΘCERΘS 終盤戦その2

 ―――チカチカチカ。グォグォグォ。


 映像空間の中。

 少年の顔は見えないが、眼を閉じてはいない事が解る。

 すんでの所で上体を屈め、ボクサーのようなダッキングを披露したからだ。

 受講している特別講座の女性講師、笹木環恩ワオンの繰り出す、”頭なでなでいいこですね”攻撃、をかわす時と同じ動作で、味方攻撃フレンドリーファイアを避けた。

 かすっただけの、ハネ気味の灰色髪の先端が、ゾリッと持って行かれる。


「おまえら、何、―――」

 振り返りながら、飛び退く。目の前に浮く、分解されたパーツを反射的にひっつかむ。振り返った視線の中央では、コウベが、パーツを手放した手に、ナックルガードを装填している。


 コウベとワルコフの双拳ツインナックルが、たどる軌道の到達点。

 現れる、雷製の人魂ひとだま

 さながら、陽光を写す水面にも見える。

 急激に電荷が高まり、青い傍流ぼうりゅうが再度、大気を膨張させた。


 ドォォォォォォォン!


 ジジジジッ、パリッ。

 放電が無数に流れる、虎縞の入った藍色の毛皮が、宙に浮いている。

 たくましく効率的に、折り重ねられた筋肉が、躍動する。

 ついさっきまで、少年サイボーグの後頭部が有った空間座標。

 そこを、死角左後方から射抜くように、後ろ足を振り上げる、一角獣。

 回し気味にピンと伸びた、まさに羚羊かもしかの、足の先端。

 鋭角なひづめがロックオンしているのは、まのぬけた少年サイボーグの、あごだ。標的マーカー三角形のHUDがテカテカと、いている。

 後頭部に浮き出ていた、標的ロックオンマーカーが耳の下を通って、移動したのだ。

「ザザッ―――笹木みてえ! 脚癖悪ぃー!」

 率直な感想を漏らす、少年サイボーグ。

 なんだとう、と激高する海賊が、隣に座る、魔女っ娘の膝を、ゴツゴツと膝蹴りしている。


 そう、鹿の敵、じゃなくて、鹿てき死角しかくから、放ったのは、まさに―――

 ―――鹿ソバット・・・・・だった。


 たくましくもしなやかに突き出された、抜き身の後ろ足を、コウベとワルコフは、同時にナックルガードで、迎撃する。

 ただし、宇宙服ワルコフは、映像空間から見切れているため、ナックルガードぐらいしか写っていない。観客のほぼすべてが、ピタピタのSFコスチュームに身を包む、米沢首ヨネザワコウベの活躍を見たがっているのだ。特に問題はない。正直、シルシ少年も、見切れていたとしても、ブーイングは起こらなかったかもしれない。コウベのビジュアル、ひいては、項邊コウベ歌色カイロ現在の見た目初期スキャンボディは、人心を熱烈に引きつける性能を秘めている事が実証された。VRE研究部の美男美女率は、80%、いや、禍璃マガリは好みが分かれるところなので、75%となった。


 謎の白焚シラタキ女史のアドバイスで、2体とも、即座にシルシの背後へ最大攻撃を叩き込むべく、方向転換したのだ。

 ワルコフの最大兵装:電磁槍は、投げたまま回収できていないため使えない。

 それに、槍の奥義は、すでに使ってしまったのだ、もはや最大戦力にはほど遠いだろう。展開すると十メートルもの長さになる、謎の電磁槍の内部構造は、環恩ワオンもお手上げの、謎の科学力で埋め尽くされてるって話だ。今回の決戦が、これほど突発的でなければ、この科学力の一端でもシルシ式ペネトレイターへ応用が利いたのではないかと思われる。


 ゴゴン! バリバリ!

 チィーーーーー、ピピ♪


 閃光一閃。コウベの放った、パンチ式ブービートラップ。

 爆炎は拳が乗せたスピードのまま、先へ伸びていく。小型ボス最高峰は、その爆炎に包まれる。

 さらにワルコフの雷撃も爆炎の上に、スパークを重ねた。

 雷撃系最大容量を誇る、生体蓄電器コンデンサー相手に、雷撃効果は期待薄だが、観客ギャラリー向けに見た目が派手でよいかもしれない。


 ヒュルルルーッ、パンッ!

 シルシの投げておいた、小さい棒が爆炎へ、一直線に落下し、コンボ数を増やした。

 現在71。『418666 DAMEGE! 71HIT COMBO!』。


『MΘNΘCERΘS__/LV52』

『HP_5981334/6400000』


 ビビロ♪

 HPゲージの緑色を、結構な割合で削り始めている。

 現在、数値上は7%削ったことになり、わずか、0.2%のコンボ累計が真価を発揮している。

 あとたった15発・・・・・・で、藍色の獣は毛皮とかアイテムになるのだ。


「ザザッ―――ゴアァァァーーーッ!」

 ボゥワッ!

 放電スパークも、雷撃鞭らいげきべんも無く、その咆哮ほうこうだけで、爆炎をはらう四つ足のけもの

 それでも、シルシの与える攻撃ダメージが、大きくなってきたので、確実に戦闘状態がちんこへ移行している。


「……瞬間移動テレポート使って来ましたねー」

 やや縦に長い”特選おやつ”のパッケージから、突き出た瓶の口。

 足を組んで、シャンパンボトルのコルク栓を、スポンと発射した。


「どうしました、皆さん?」

 普段と変わらない姿の、白焚シラタキ女史を、いぶかしむ面々。

 歌色カイロだけは、あのう、こちら……どちらさんどすか? とか言ってる。


 小さい玩具みたいな軽いグラスを、2個差し出す、赤く小さい自動機械一人用ディナーベンダー


「ささ、どうぞ先生、まずは駆けつけ一杯」


駆けつけてきた・・・・・・・のはぁ、白焚シラタキさんじゃぁないですかぁー」


「そうだぜ、そんなカッコで、どっから・・・・入ってきたんだぜ!?」

 現在、土曜につき、特別講座『VRエンジン概論アウトライン』教室は、部活動や、生徒個人の自主学習のために、解放されている。が、そのVR空間との接続形態は、やや限定的である。


「今日って、外部からの・・・・・接続は遮断されてるはずじゃ……」

 単純に言うと、そう言うことになる。

 目の前の広場に群がっている、有象無象のプレイヤー共は、一人残らず、学内、もしくは、学術ネット経由で接続している。学術ネット経由の接続先も、物理的に別のVR特化型の、教育機関や類する施設内部に限られているはずだ。コレは、利用許諾ライセンスの関係上、毎週土曜日、朝のHRで、黒板に表示説明されている。


「ええ、私は、外部の人間ですから、ちゃあんと内部から接続・・・・・・していますよ・・・・・・

 そう言った白焚シラタキ女史の顔を横目で見て、歌色カイロは、細く長い腕に付けられた、真っ白い腕時計型の、VR・AR両対応の開発者用デバイスに指を走らせる。

 その表示面を指でつつき、新しい映像空間を出した。


 その映像空間は、今、並んで、座席に座ってる生徒たちの姿、第珊VR教室の俯瞰ふかん映像を映し出した。


「わ、こんなんなってんだぜ?」

 ずいっと、映像に張り付く刀風カタナカゼ

 カメラを操作し、教室内部を見渡す歌色カイロ

 長身の男子生徒、小柄な女子生徒、中柄でボサ髪の男子生徒、他にもチラホラと、生徒が座席に着いている。


 教卓の横、天井から吊り下がる、戦艦の艦橋に有りそうな、カッコイイ座席。座ってる、やたらとスタイルの良い女性も、かっこよかった。

 映像空間に掴みかかる魔女っ娘を、その逞しい力こぶで、どつく海賊。


 隣の映像空間に頭から突っ込む魔女っ風。そっちの映像空間の中では、サイボーグ少年が、美少女と、宇宙服の間を、お手玉のように放り投げられていた。

「あっれっ? 鋤灼スキヤキの奴、ちょっと眼、放したら、変なことんなってんぜ?」


「コンボは続いてるみたぁい」

 サイボーグ少年は、宇宙服に、抱えられながらも、投擲を続けている。

 ヒュルルルルルルルルッ、バッガン! グゥギャオオオウ!


 現在78。『1500158 DAMEGE! 78HIT COMBO!』。


『MΘNΘCERΘS__/LV52』

『HP_4899842/6400000』


 一撃の重みが、すでに宇宙戦艦による砲撃クラスだ。

 単純なダメージ加算分だけで見れば、一発の攻撃力が、既に、100万ダメージ7桁を越えている。


 ウオォォォォォォォォォォォォッ!

 見た目のインパクトは、威力に比例する・・・・・・・

 観客は総立ち。どういう状況になっても、あと、数分と経たずに決着は付く。

 今盛り上がらないで、どうするのか。ウォーッ!


 一角獣の、HPバーの下のMPバーは、穴の開いた水筒だった。シルシの攻撃を受け続けることで、満タンになっていた水色のゲージ魔法の源は、コンボに割り込むたびに、盛大に減っていく。一撃食らう度に発生する硬直時間を無効化キャンセルするのに、魔法使用の機会フェイズを使うため、攻撃に転ずる事も難しい。


 それでも、ツノから生えた雷撃鞭を、自分の周囲に漂わせ、防御を固めている。

 一度でも、シルシの投げる小さい棒を、たたき落とせば、攻撃手段を無くしたシルシ達に勝ち目はない。

 一触即発? 違う、この”どっちに転ぶか解らない”状況は何と言えばいいのか。

 危機一髪。起死回生。一進一退。実力伯仲。乾坤一擲?


「あ、これ、……あんたはん……どすか? あてぇと同じ……初期ボディーそのまま使つこてはる」

 歌色カイロは自分が出した、映像空間の中に、奇妙な人物が写っているのを報告した。

 奇妙な人物は、真っ赤な樽のごとき円筒型の椅子に座り、カメラに向かって手を振った。


 VR空間内部でも、同じ姿で、同じく屋根の裏側へ向かって手を振っている、白焚シラタキ女史。頭には歌色カイロの使っているやつが、フルフェイスのヘルメットだとしたら、もっとライトな工事現場で使われていそうな感じの、VRHMDを装着している。


「器用ねー」

 あきれるように、腕組みする海賊マガリ

 映像空間の中の小柄な女子生徒の手が、わずかに持ち上がり、パタリと元に戻った。

「申し遅れました、私、システム管理者シスアド白焚シラタキと申します」

 片手で失礼、と環恩ワオンの背中越しに、名刺を渡す女史。


「か、管理者!?」

 声が上擦うわずる、駆け出しのVR設計師。

 コレはどうも、……あてぇ、いえ、……私は、名刺切らして……無いのか、と作業服ツナギのポケットを探り、名刺を差し出した。


 映像空間内の、座席の一つが、ジジジジッと、なにかプリントアウトしている。

 謎の白焚シラタキが、椅子にしてる円筒からも、なにかプリントアウトされている。


 そして、お互いに、貰ったばかりの名刺に、うやうやしげに目を通す。


『シラタキ《白焚》ルウイ畄外

「……フリガナ、でかっ!」


項邊コウベ歌色カイロ

「変な名前っ!」


「へ、変なのは、……お互い様やん!」

「あら? 失礼しました。ところで、あなた、これ、VR設計師ってなってますけど、きちんと登録はお済みですか?」

 ギシッ。


「ちゃんと、……ライセンス持って……ますえ?」

 それが何か? という挑戦的な声音こわねが混じる。

 ギシギシッ。


「それなら、良いんですケド、アナタ、初期ボディーをそのまま、NPC外装にされたんですか……自分の身体にとぉっても、自信がおあり・・・・・・なんですね・・・・・

 映像空間の中のコウベと、手の中の名刺を見比べている、白焚シラタキ女史。

 ギシギシギシッ。


「そちらはんも、……初期ボディーそのまま……使つこうとるやないどすか!」

 悪夢の処刑人コウベカイロが、白焚畄外シラタキルウイを指さす。

「私のは、服務規程ふくむきていのっとってるだけでして、フフフ」

ギシギシギシギシギシッ!


「あのぉう、今日は初対面ですしー、仲良くしませんかぁ? 鋤灼スキヤキ君もー、この通りーまだ奮闘中ですしー……おすしー」

 冷や汗をしたたらせながら、猫耳ヒューマノイドが、二人の腕をつつく。

 声はいつもの、環恩ワオンの地声なので、どうしても、なごやかなムードにならざるを得ない。


「……そうどすな、……何をムキになって……しもたんやろ……堪忍してや」

「……そうですね、私も、なんか、意地悪でしたね。ごめんなさい」

 官民の隔たりは、どこにでも有るものなのだろう。

 場に生じた軋轢あつれきが、消えた。特別講師の、人徳……というより、なごやかな声の賜物たまものだった。

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