4・5:悪夢その1

「そーすっかな……おーい。ワルコフー、居るのかー!?」

 俺は、なんか、床の模様がせり出したような、フラットで、格好良い椅子に座ってる。


 その真っ白い、30メートル四方はありそうな広い空間。ちょうど、『THE下宿』近くの野ざらしの運動用スペースが、そんなサイズだった気がする。高さは下宿の屋根より低いくらい……7~8メートルか? 結構高さも有る。

 斜め右の角が窓になってて、その向こうには、真っ黒い中に大小の宝石みたいな丸いのが、凄まじい解像度でゴロゴロ回転しながら浮かんでる。窓の角、垂直に交わる部分に繋ぎ目は無し。それなりの強度が有って、加工もできて、汚れ、曇り、そして一切の写り込みがない。

 先生が見たら「特許、いえ実用新案~」とか言って、のこぎりで切り出しかねないハイテク建材だ。


 たとえ作り物のVR空間と言っても、ここ、スターバラッドの中は、現存できる物質、たとえ一瞬でも現実に作れる可能性のある物質しか、存在できない。

 根幹となるV.R.IDシステムトポロジックエンジンが、分子構造を再現できなければ、そもそも、VR空間内に”レンダリング有る事”ができないからだ。


 窓以外は、フラットな家具が点在してるだけで、ジャングルも無ければ、対戦映像空間も、文字テキストチャットウインドウも、猫も、巨木も、音もなかった。


 眼の前には、最初に先生か誰かが開いたままの、映像空間パーティチャットが浮かんでる。30センチ×25センチ×15センチの定格サイズで表示されてる、正式名称リアルタイムLIVEスクリーン映像ショット空間。使い捨ての、非暗号回線オープンチャンネル経由だから、音が出ねえけど、ちょっとくらい不安定になったとしても、空いている経路を検索して、勝手に再接続される。ただ、この白い部屋っていうかフロアに来たときから、ザザザザッてノイズしか映して無えけどな。

 ザザザザッって言ったけど、音は出てねえ。周囲まわりからは、自分の体をよじった時の、装甲カーボンの軋む音くらいしかしなかった。効果音が無いせいか、窓の外を流れていく、巨大な小惑星に圧倒されはするけど、イマイチ迫力を感じ無ぇー。


 窓の外宇宙も見飽きたから、窓から、繋ぎ目がないまま続いてる、ガラスみたいに光を反射する、壁とか床とかを見渡す。鏡みたいにとはいかねえけど、窓と違って、はっきりと、近くにあるものが写り込んでいる。


 天井を見上げれば、ほぼ全面が床と同じ真っ白。直線的な黒基調の模様が、直線的に数本、走ってる以外は、照明をキラッキラ反射するだけのきれいな壁だ。

 いやよく見たら、天井を見上げる、人みてえのが写り込んでる。

 輪郭がハッキリしねえけど、”ガトリング・マシーナリー”一式をまとったハンサム・サイボーグだ。


「……ワルコフここには居ないみたいだし、一回教室に戻るよ」

 心配してくれたっぽい禍璃マガリに、戻ることを言って、データウォッチのVRメニューを押した。


 ピピ♪

 すると、どう言うわけか、目の前に浮かぶ映像空間砂嵐が、急にきやがった。なんか、VR関係の問題でも、解消されたんか?

 定格サイズで、見た目は小っせえけど、解像度自体はあるから、向こうの様子を知るには十分だ。


鋤灼スキヤキはん、……逃げなはれ!」

鋤灼スキヤキ君ー、逃げてぇー!」


 は? 逃げろ? え? なんか居んの!?

 はんなりした声と子供声に怒鳴られ、部屋の左右を軽く見渡す。

 けど、別に何も無え……?

 映像空間はまだ、距離の隔絶を演出してて、カクカクしてたけど、立体映像を別の角度から見るのは自由スムーズにできる。まあ、当たり前だけど。

 俺はちょっとだけ顔を横にずらして、カクカク動く人物を真正面にとらえる。


 映像空間のなかで、美人女性陣巨漢と猫耳が、たぶんガタガタブルブルしてる。

 俺を映してる、小さい映像入れ子になってる空間から、顔を背けてる。

 逆に、俺を映す映像空間にがぶりよる、魔女っ娘カタナカゼ

「ザザッ―――ん? なんだ、どした、そこが宇宙? ……なんか殺風景なペントハウスみてえな」

「ザッ―――ほんとね、なんか、真っ白くて、ワルコフの家? なのかしら? どうしたの姉さん。項邊コウベさんも……」

 音声チャットを通して、威風堂々とした女性マガリの声が、聞こえてくる。


 あいつ等が、見てるこっちの部屋の様子も別段変わったところは無い。流石に小っさくなっちまうから詳細デティールは潰れて見えねえけど、目を凝らして見れば、ちゃんと白っぽい、部屋の中が映し出されてる。遠景も書き割り表示になるけど、うっすらと見える。俺の目の前に見えてる”白い壁と、ちょっとだけ宇宙っていう、白黒の比率”も、まったく同じ。


 俺が首をかしげると、急に刀風カタナカゼが、その小さめの手で、禍璃マガリの簡易宇宙服の腰のあたりを掴んで引っ張っていく。ザッちょっと延びちゃうでしょ。ザッ延びねえよ。ザザッ放しなさいよ。ぐいぐい。

 目の前の、規定の映像空間に映る、魔女っ娘と海賊が、消えていくフレームアウト


「どうしたー?」

 目の前に浮かぶ映像空間の、奥に張り付いてる公園の風景を、角度を変えて見たりしてたら、サイボーグの頭には生えてないはずの、襟足えりあしが、総毛立った。


「なんだ? ここんトコ、……なんだアレとか、……どしたこりゃとか、ばっかし言ってる気がすっけど、……こりゃ―――」

 イスから立ち上がり、振り返ったハンサムサイボーグスキヤキシルシ


 ソコには、美人女性陣巨漢と猫耳が目にした、光景が有った。


「ザザザッ―――ぎゃぁーーーーーッ! 何ソレッ!? 逃げぎゃー!!」

 鋤灼驗スキヤキシルシの代わりに、笹木禍璃ササキマガリが、大絶叫した。映像空間の反対側から、コレと同じものを見たんだろう。


 『危険色としての赤色。今でこそ危険色なんて言ってるけど、本来、物理法則をねじ曲げかねない、”奇跡の称号”とか言ってたっけ?』


 ぎゃあああぁぁぁ。

 背後からは、禍璃マガリの叫び声の続きが、かすかに届く。

 映像空間パーティチャット自体は、有る程度近くにいる限り、映像のある場所は固定されたままだ。カメラワークは数秒遅れで追従してくるけど。


 『いつだったか、兄貴が酔っぱらって話してた、”赤い色と魔法みてえな出所不詳の科学技術”の関連性。内容は、さっぱり解んなかったけど、なんか対処法があるって言ってなかったか?』


 悪いもんでも喰ったのか、ヤタラと肥大した、宇宙服のバイザーが奇跡の称号に染まってやがる。無重力に浮かぶ頭部。丸いはずのバイザーの輪郭が、隙間から止めどなく湧き出す鮮やかな液体で覆われてる。真っ白い宇宙服とのコントラストを見ているだけで、なんか倒れそうな気がしてくる。


 さっきまで壁だったはずの背後に、同じ間取りの部屋が出来てた。気づかなかっただけで、最初からあったのかもしれない。2つの部屋を仕切っているのは、透明な壁で、曇り一つ無いところを見ると、宇宙空間を切り取ってる窓と、同じ材質かもしれない。


 『えっと、えっと、”宇宙を実測値でシミュレーテッド試算できるリアリティ”規模の量子サーバーを、ジオフロントに埋めて、なんかやってる、ウチの兄貴みたいな科学者連中は、みんな持ってるって話だったっけ?』


 ポタポタ落ちる不可視の血流。無重力であるワルコフの頭を離れた血が、とたんに重力に引かれ、一瞬で、床を染め上げていく。

 ワルコフの足下を、次々に占領していく奇跡の称号危険色。その輪郭は解像度が荒く、一呼吸おいて、黒ずんだ静脈色へと変わってく。


 どばばばばっ!

 バイザーから大量に吹き出す血流。残像を残して消えた”奇跡の称号赤い液体”は、真っ白い床に、絨毯爆撃じゅうたんばくげきの跡を描いて、転写される落ちる

 吹き出す音も、したたる音も、禍璃マガリの叫ぶ声がうるさくて聞こえ無え。


 『何だったっけ? そんなモンが有んなら、今こそ、使いてえんだがー。せめて、覚えてりゃ、このドバドバ吹き出して、拡大中の、”真っ赤”にも、対処法ヒントが見いだせたかもしんねぇーのに』


 ぎゃあああぁぁぁ。

 禍璃マガリの声に顔をしかめてたら、何故か透明な壁一面が、波打った・・・・

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