4:SIGN†OGRE爆◯!その2

「こらぁ!? ぺっしなさい! ぺって! 早く!!」


 猫耳環恩ワオンの舌っ足らずでかわいらしい、音声ライブラリ。

 その慌てふためく、問いかけ、いや、懇願に対するは、落書きみたいな宇宙服。


 ■コレハコレハ、ミス環恩、本日モ、ゴ機嫌ウルワシク_

 カタカタカタタタン。


 宇宙服落書きは、内部処理的には、遠長な距離をものともせずに、環恩ワオン見上げた目視確認。そして、開かれたままのチャット画面へ返答介入してみせたが、冷静ではない環恩ワオンは、それに気づかない。


 環恩ワオンが講座中にいつも使っている、ピンク色の髪色の猫耳キャラ。

 巨大な立体ドット絵ボクセルから、フォトリアルなポートレートまで、時には手書きのアニメーションだったりと、多彩な表現形態で特別講師に成り代わるネコミミ。軸索さんOchまとめに、専用ページが作られる程度には有名だが、隠れキャラ扱いされており、特に重視はされてない。

 今回は4頭身の彼女チャット用アバターを、自分のゴツい開発者用デバイスから、猫掴みで取り出して、対戦画面の中へ放り込んだ。

 ちなみに環恩ワオンの開発者用デバイスは、VR・AR対応の腕時計タイプ。色は、蛍光黄緑にブルーのロゴ入り。


 尻の所で若干の抵抗を受けひっかかりつつも、スルスルと、対戦空間の中へ入り込み、クルリと回って着地した、ピンク髪のネコミミ。若草色のツーピース。襟袖えりそでが白い折り返しで装飾されている。胸と手首を留めている、大きめのボタンは、突起2つの猫耳形。尻尾は無くて、皮製のミュールを履いている。とてもカワイらしく、利発そうな印象だ。

 ただ、全体的な形状が、データマテリアル対応紙粘土・・・製のような、どこか、作りの甘い印象を受ける。この辺は、VR設計師に軍配が上がるのかもしれない。


 姉さん!?、先生!?、笹ちゃん!?

 ギョッとした3人は、声を揃える。

「「「ソレ? どうなってんの?」」…んだぜ?」


『アバターを直接掴んで、対戦中の空間に投げ入れる』

 コレは、さっきまでの、アイテムを投げ入れたりするのとは、訳が違っていた。


「先生……それは、ワルコフのイケズと……おんなじ手口ハックと……違いちゃいますのん?」

 このチャット対戦空間は、シルシ歌色カイロの持つ、キャラクタ同士が、V.R.IDシステムを使い、限定的に開かれたもので、その量子鍵QKDを相互に監視することで、接続を維持している。VR・AR問わず利用出来、ポピュラーだが、個人間通信としては、大げさといえる。


 量子鍵QKDを持つ、他のキャラクタが、介入した時点で、鍵は書き換わり、リアルタイムに通信を維持する事は、不可能なはず。つまり、この対戦空間は接続が切れるはず・・・・・・・・

 この辺までは、あまり理論上のことを深く勉強できていない、シルシ刀風カタナカゼにも、理解できる事だ。


 本来不可能な、リアルタイム通信への介入。

 宇宙服不可能×特別講師不可能。不可能の2乗だ。


 通信中の対戦空間は、大きな買い物カートみたいな物で、アイテムを出し入れしたりは出来る。だが、荷物の入った買い物カートに、別のカートを入れようとしても、クラッシュするに決まってる。

 簡単に言うとこんな感じ―――VR関連の特別講座中にチョットだけ触れた、”V.R.ID間リアルタイム通信”の説明。その猫耳好きな特別講師の壇上での言葉を借りると、そう言うことらしい。


「ワルさんのぉ、リアルタイム通信介入ハッキングのぉ、ログを取って置いたんですけどぉ」

 環恩ワオンは、VR対応のゴツい腕時計型デバイスを、目の前に持ってくる。オレンジと赤でデザインされた、小さな〝空間認識用アダプタドングル〟が差し込まれている。


「ワルさんの手順だと、量子鍵QKD生成にー、力任せな雑なトコが有ったからぁ、量子鍵QKD検出モジュールと一体化してみたんですけどぉ。そしたらぁ、処理効率を2%も改善UP出来ちゃってぇ」

 デバイスの表示面を突いて何かを確認する。そして、側面に付いた小さなスイッチカバーを開いて、中のボタンを押した。


「そのお陰で先生もー、ギリギリだけど、回線の量子状態をー維持したまま、リアルタイム通信に介入出来るようになりましたぁー❤」

 カヒュッ。圧縮空気の抜けるような音がしたかと思うと、腕時計デバイスの、表示板面が空へ飛び上がった。ソレは幾重にも積層表示された、処理モジュール自体・・だった。


「先生ぇ、……理論上宇宙最ステガ暗号通信規グラフ格の、量子鍵ブラックボックスに、……介入しただけじゃのうて……2%改善って……」

 細身で巨漢な悪夢の処刑人が耳をふさいで、うなりだした。

 禍璃マガリの腕一本分くらいの長さに伸びた、何千枚もの処理モジュール積層表示。その、最上段てっぺんが、巨漢のうなり声に引き寄せられるように、ゆっくりと降りてくる。光の粒子になって消えていく最上面の内容を、受け継ぐ度に、降りてくる平面の輝度が増していく。


 まあ、危険色明るい赤色の出てない、特別講師が、リアルタイム通信への介入をヤッてのけた事は、大問題である事は間違いない。

 VR設計師も、似たようなことを、すでに披露しているが、資格を持つものライセンス所持者が、多少強引な手順を踏めば可能な範疇だ。


 実際ワルコフは、接続維持に必要な、シルシのチャットアバターだけでなく、セキュリティー上、最優先のはずの本体・・にまで影響を及ぼしている。

 不可能を可能にしすぎである。


 そして、特別講師謹製のチャットアバターは、今まさに、乱入者ワルコフに対して、乱入・・を仕掛け、あまつさえ、その胸ぐらをひっつかんでる・・・・・・・最中だ。

 先行入力された、チャットコマンドで言えば、『@F @F @F @F @C』。


 VR対応のゴツい腕時計型デバイスを、戦闘出力稼働全拡張ビット開放させっぱなしの、猫耳ヒューマノイド。腕時計にかじり付き、苦渋の表情で、呪文を、……呪いの呪文を吐いている。

 「お給料日前の」「高課金量子演算ぜいたくは」「卵かけご飯」「ふりかけ」「塩パスタ?」

 腕時計の角に付いた、表示板を留めている様にも見える、大きめの捻子ネジが、結構なスピードで旋回している。何を意味しているのかは、解らないが、節約レシピが、どんどん質素なモノになっていく事と、無関係では無いだろう。

「えっと、水?」

 不可能を可能にしすぎである。


鋤灼スキヤキ、どこ行っちまったんだぜ!? 大丈夫なんか!?」

 オロつく刀風カタナカゼ。四六時中つるんではいたが、親友と言うほどには、付き合いの深くないシルシの事を、本気で心配して居るようだ。

 鋤灼驗スキヤキシルシに、お前は生まれついてのネイティブイケメンだなあと、言わせる由縁と言える。


「そうでしたぁ、鋤灼スキヤキ君をー、返してぇー! 出来るだけ早くー・・・・・・・・!」

 刀風だけで無く、環恩ワオンも、取り乱す程度には本気で心配してるように見える。……本日以降の食事メニューの心配も、若干じゃっかん含まれているようだが。


 残りの二人は、直接、ワルコフ達の、強制バトルレンダ赤色の凶行を目の当たりにした事がないせいか、静観していた。少しくらい、変なことがあっても、まさか、VR空間内部での事が現実に、影響を及ぼしかねないとまでは、思っていないのだろう。

 それほど真剣じゃない事もあるが、鋤灼スキヤキシルシ少年、自体・・はともかく、そのプレイヤーとしての、キャラクタ構成には、全く、興味がなかったのかもしれない。


 妙に、慌てふためく猫耳と、魔女っ娘イケメンを目の前にして、禍璃マガリが、音声チャットへ怒鳴った。

「ちょっと、鋤灼スキヤキ!? アンタ、今何処に居るのよ!?」


「ザザッ―――えー? 笹木ー? うふふー、どこだと思うー?」

 オラついた同学年に対し、にこやかな応答をする音声チャット。


「だからアンタは女子か!……何よ、ちゃんと居るじゃ……」

「ザザッ―――俺はねぇー、なんか、宇宙っぽいとこにいるんだけどサー」


 刀を背負った海賊が、安堵あんどの声を上げる。

鋤灼スキヤキ、居たわよ! 何処だか解んないけど、宇宙・・に居るって言ってる!」

 メカ猫耳を頭から生やした、作り物のように整った美少女が振り向く。

 そして、側にいた魔女っ娘と、平手を打ち合わせて、消失したハンサムサイボーグの安否確認を喜んだ。


 項邊歌色コウベカイロも、何かをしようと思ったのか、シルシの周囲を映し出すはずの、映像空間を、素手・・で、ひっぱたいている。

 素手と言っても、腕に巻かれた、ゴツくて白い腕時計型デバイスから、はみ出すように積層表示されているのは、明るい赤の地色に・・・・・・・・真っ白い文字・・・・・・だ。

 それなりの効果はありそうだったが、瞬間的に、明暗が生じる程度で、依然砂嵐スノーノイズのままだ。ちなみに、特区にも、スターバラッドの世界にも、スノーノイズアナログ放送は無い。


 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_


「ワルさぁん!? 何とか言ってくださぁい! 怒りますよぉ!? 鋤灼スキヤキ君をー返してくださぁーい!」

 かわいらしいお出かけ服に身を包んだ、4頭身のピンク髪の猫耳が。

 落書きのような4頭身の船外活動用宇宙服EMUの耳から。

 手を突っ込@Cんで、奥歯をガタ@?ガタ、させようとした時。


 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_


 チャットに表示されている、ワルコフの書き込みに気づいた、刀風カタナカゼ兼魔女っ娘。


 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_


「なんだぜ、こりゃぁ!?」


 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_

 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_


「修復を、……試みとる、……ようどすなあ」


 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_

 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_

 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_


「姉さん、叩きすぎたんじゃないの?」

「そうかもだぜー、旅館のテレビじゃ無えからなー」


「先生は、まだ、何もぉしてませんよおー?」

 『@D』

 ”ける”入力により、ワルコフに掴みかかっていた、猫耳がペリッと手を離した。


 ■現在、破損個所ノ修復ヲ試ミテイマス_

 ■現在、一生懸命ニ、破損個所ノ修復ヲ、試ミミル事ガ、急務ト思思ワレレレレマs_


「あ!? なんか、……ワルコフいけずの……緊急システムメッセージが……日和ひよりよった!」

「調子悪いみたぁい……ワルコフシステム・・・・・・・・? 的にー、良くないー兆候よねーこれぇ」

「……そうどすなぁ。IMEろれつ……も……なんか……回らなくなってしもて……」

 専門家達は、不吉なことを言い出す。


「ねぇー、鋤灼スキヤキ! あんた、しょうが無いから、一回、ダイブアウトしちゃいなさいよ!」


「ザザザッ―――そーすっかな……おーい。ワルコフー、居るのかー!?」

 かすかに届く、10秒4回の呼吸。

 その間も、4頭身の素朴な印象の猫耳と、4頭身の落書きみたいな宇宙服は、ややうつむいて、顔をつき合わせている。

 見方によってはほほえましく。見方によってはもう、とっくにホラーだ。


「……ワルコフここには居ないみたいだし、一回教室に戻るよ。ピピ♪」

 シルシが、VRメニューを開く音が聞こえた直後。


 砂嵐スノーノイズの詰め合わせみたいになってた、定格サイズの映像空間が、復活した。


 何故か青ざめる、美人女性陣巨漢と猫耳

鋤灼スキヤキはん、……逃げなはれ!」

鋤灼スキヤキ君ー、逃げてぇー!」


「ザザザッ―――えー!? どうしたんすかー?」

 映像再開直後、逃げろと言われ、顔をしかめるハンサムスキヤキサイボーグシルシ


「ん? なんだ、どした、そこが宇宙?……なんか殺風景なペントハウスみてえな」

「ほんとね、なんか、真っ白くて、ワルコフの家? なのかしら? どうしたの姉さん、項邊コウベさんも……」


 魔女っ娘カタナカゼ海賊マガリが肩を並べて、注目する映像空間の中。真っ白い壁、床、左側に大きく開けた窓には漆黒の夜空。散りばめられている星の1つは、惑星ラスクからも見る事が出来る、第惑星の様に見える。

 透けて見える、映像空間の向こうの、美人女性陣巨漢と猫耳が、寄り添って、ガタブルしだした。

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