4・5:悪夢その2

 風に舞う金箔みたいな、しなやかさ。

 一部の隙も無い、機械的いや、物理的なウェーブ。壁のど真ん中で発生した隆起が、壁の端まで届いて折り返してくる。透明なのに形状かたちがよく見えたのは、盛り上がってる所が、揺らぐ水面のように、ちゃんと曲がった角度の光景を映し出したからだ。

 帰りの波は、やや重力に引かれたり、天井や床で角度を付けて跳ね返ったりしてる内に、元から何も無かった様に平面に戻った。


 ……これ、ひょっとして、ワルコフを最初に見たときの―――鏡!?

 今の壁の波打ち方はアレに似てた。

 俺の姿を霧に変え、宇宙服ワルコフを映し出した大嘘付きの鏡・・・・・・。壁が長方形で、写ってる中に居るのがワルコフじゃなかったら、あんな一回みただけの、ワルコフの習性? なんか、思い出さなかった。ふつうに、波打つ透明な壁があるだけだと思ってただろう。


 俺の居る、30メートル四方の広い部屋と、鏡を挟んだ、シンメトリーの空間。

 つか、目の前のコレを、”ワルコフの鏡”って、仮定すんなら、中には、映したものと同じ物・・・が入ってるわけだから、この壁向こうに、部屋と同サイズの鏡を置けるだけか、それ以上のスペースがあるって思った方が良さそうだ。


 そして、俺の部屋には無かった物が、ワルコフの鏡部屋鏡面体には3つあった写ってた


 1つめは、血塗れのワルコフの頭。直径2メートル弱。怖ぇ! 宙に浮いてる。

 2つめは、奥の壁に光る、リング状のランプで囲まれた彩られた巨大な差し込み口コネクタ

 3つめは、差し込み口コネクタとワルコフの頭を繋いでいる宇宙服の胴体部分。直径は頭よりチョット細いくらいで、節の数で言やあ、15・6体分が数珠繋ぎになってる。あと、大小様々なサイズの宇宙服の手が、連結部分からまばらに生えてる。キメェ!


 あ、もう1個有った。

 4つ目は、俺から見て右手の壁から尻が生えてる。もちろん、宇宙服の腰から下だ。壁にある小さめの差し込み口コネクタに頭から突っ込んだ形のまま、足をジタバタさせている。サイズと言い、間抜けなポーズと言い、間違いなく、アノ部分だけは、正真正銘、いつものワルコフだ……と思う。


 俺は、他に何も変わってねーか、確認したくて、もう一度振り向いた。

 振り向く度に、鏡に映った物が、本当に・・・こっちの部屋で蜷局トグロを巻いてたら、どうしようかと、頭をよぎる―――


 背後は、映像空間パーティチャットの中の喧噪以外は、静かなもんだった。

 さて、気を落ち着かせてる場合じゃねえ、ワルコフは、一体、どうなっちまってんだよ! と気合いを入れて向き直る。


 ――― 一瞬、眼を離しただけだってのに、血濡れのワルコフの頭が、もう一本増えやがった!

 超怖ええ! もう一本の方は普段のワルコフのサイズだ。

 付け根を見ると、横にあった小さい方の差し込み口コネクタから胴体の鎖が生えてやがる。あそこに突き刺さってたワルコフは、何処行った!?


 壁のリング状のランプが、規則的に点滅しだした。

 ガ。

 ガリュリュ。

 ガリュルルルルルル。


 その回数分だけ、差し込み口コネクタから、ワルコフの胴体が伸びて来やがる。ガキュギギギギギギギ、うごめき螺旋状に、伸びていく、デカイ方のワルコフの頭。

 ゴガガガガッガガッ。

 伸びすぎて、天井に、ぶつけた頭から、ぶっしゅーーー。

 ボタボタボタ。

 天井と床に幾重もの赤色のドッドを描く。円や流線型の血痕はない。壁面の解像度は何故か低かった。斜めに走る模様とかは綺麗に描かれてるけどな。

 胴体を通じて、どんどん血流が流し込まれてるっぽい。相変わらず叫び声のせいで、音は聞こえねーけど。


 小さい方のワルコフ棒には、ふつうの腕がふつうの場所に、一対付いてるだけで、デカイ方、みてえに気持ちの悪いことにはなってなかった。

 小さい方もバイザーは真っ赤だったけど、血が吹き出したりはして無かっただけマシだ。やっぱり、新しく生えたのが、本当のワルコフか!?


 ぎゃあああぁぁぁ。

 ええい笹木ササキうるせえ!

 ぎやああああああああああっ。

 あれ? なんか喉が妙に疲れる?

 こりゃ―――「俺の声・・・か!」

 頭部ハンサムに初期設定されてる、音声ライブラリ格好良いハンサム声。渋めのカッケーおっさん、ちがうな、渋い兄さん声。

 つうか。この鏡。俺の顔の表情を・・・・・・・映さねえから・・・・・・解らねえんじゃねえか!

 眉間にしわを寄せてみたが、基本ヘッドのハンサム顔、は微動だにしなかった。

 両手で、顔のパーツをまさぐると、ちゃんと眉間にしわが寄ってる。妙にパーツが縦横に長ぇーけど、顔は顔だ。むぐり。あごを押さえて、口を閉じた。


 バガン!

 大きい方のワルコフ棒の、胴体の一個が弾けた。

 どばばばばばばばばば。

 大量に吹き出す赤い濁流は即座に、床に吸われて、消える。

 切れた先の、結構な長さのグネグネが、凄まじい早さで床に落ちた。

 ドガンゴゴゴン!

 消え続ける、赤い水面。

 それでも追いつかずに、結構広い、ワルコフ部屋の床面が奇跡の称号明るい赤色で染まる。

 そして、ゆっくりと、壁を下から染め上げていく。


 確かに、こんな光景もん、最近はホラー映画でだってお目にかかれねえ。

 見慣れねえハンサムで見たら、叫びもするだろうよ。

 あれ? でもなんか、こんな恐怖体験を、毎日してるような気もする。何だったっけ?


 床に落ちた、グネグネ。千切れたワルコフ棒の、デカい頭の付いてるヤツ。

 死んだかと思ってたら、トンでもねえ取り乱し方で、のたうち回る。長ひょろくて、生物的な動き。見てるだけで卒倒しそうだ。

 しかも一回、床からあふれた、血の水面は、いつまで経っても、床に吸い込まれ無くなったもんだから、跳ね回るワルコフの胴体で、血だまりが盛大に、まき散らされて、阿鼻叫喚だ。

 照明がギラついて、すべてが超高精細で見えてるのに、瞬間的に消えて跳ね返る血流だけがドッドで、あと、一切の音がしない。

 部屋が奇跡の血色で一色になっていく。小さいワルコフの方が、まだ、結構白いところが残ってるくらいで、壁も天井も白い部分の方が少なくなってきてる。

 これは悪夢だ。ちょうどパーティーメンバーに”悪夢のナイトメア・処刑人エクスキューショナー”が居るから、この悪夢を俺ごと刈り取ってくれねえモンか。


 また叫び出しそうだった、堪えの無い顔を押さえて耐える。

 ―――よし、叫んでねえし。


 ややうつむいてると、ちょっと冷静になる。

 避けろだの、バカだの、鋤灼スキヤキだの、映像空間パーティチャットの連中が遠くから、騒いでる以外は静かなもんだ。

 鏡向こうからは、本当に物音一つしなくなった。VR空間の臨場感から、聞こえたように感じてただけかもしれねえ。


 それにしても、”避けろ?”ってなんだよ、ヤジにしちゃ、まるで、「ソコ、よけないと危険ですよ」って言ってるみてぇじゃねーか。ははっ。

 あわてて、押さえていた顔を上げ、手をどける。


 目の前の水面に、血しぶきが立ち昇る!

 デカいワルコフの頭が鏡スレスレに、落ちて来やがった。


 ビキッ!

 鏡にヒビが入る。

 鏡の裏側か、透明の壁に、飛び散った血が、こっちの部屋に飛び込んできた。

 一直線に、伸びてくる赤い液体。血流がとぎれ、赤い液体が消える。


 ―――なんか、連日、恐怖に苛まれてる実感。

 俺は、床に転写されたようになってる、解像度の荒い血痕に、近寄った。なんか、後ろ髪が逆立ったからだ。


 ―――この感覚は、知ってる。

 立体的なフラクタル構造みてえな、緑色のトゲ

 何処からともなく、飛び出してきて、状況を粉砕して、俺を初期フロアに立たせるシグナルしるし

 ……解像度の荒い角張ったブロック状の血痕を見る。

 指先で、引っかいてみたけど、印刷されたみたいに定着してる。

 輪郭が曲線じゃなくて、なんつうかフラクタル画像の拡大図みたいな、丸い小さなトゲが無数に飛び出してた。


 確信したやっぱりだ。この部屋。V.R.IDトポロジックシステムOSの初期フロア同期プロセスだ。ダイブオンのときに、見せられる同期接続確立ネゴシエイト


「誰のかって、そりゃ、ワルコフのだろうけど……」


 俺は、ワルコフに頭突き喰らって、喰われた・・・・んだろな、やっぱ。

 項邊さんリアコウが、軒並み喰われたって、頭突きの瞬間の写真見せてくれたし。さしずめNPC墓場? 此処ここ、ワルコフの胃袋の中・・・・って事か!?


 確かに今のこの光景血塗れは、有る意味胃袋・・って感じがしないでも無えけど、……この血痕、つか、この血流すべてが、ワルコフのキルイメージ走馬燈か!?


 でもな、NPCって、生身の脳とPBCの複製主観コ・サブジェクティビティとかを、切り替える必要無えんだから、下手すると、同期接続確立ネゴシエイト自体無くねー?

 最初に接続したら、基本的には接続しっぱなしなんだから―――


 ―――ガッシャァァァアアアン!


 いけね、考え込んで、また眼ぇ離しちまった!

 鏡だか、透明建材だかが、大きくたわんで、大きく細かく長く短く無数に砕け、飛び散り、降りかかってくる!

 その隙間から、大きく太く小さく細く赤い水流が、幾重もの軌跡を描いて俺を貫ぬこうと触手のように伸びてくる!


 ワルコフの鏡が壊れた後は、前例を考えると、割れたときに映ってたもの・・・・・・が飛び出てくるはず。


 ―――あの馬鹿でかいワルコフの頭が、突っ込んでくる!

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