2:惑星ラスクその2

「うふふふふふふぅ」

「あははあははあははは」

 宙に浮かんだ、一枚の映像空間を前に、折れ曲がる笑い苦しむ成人女性ゲラ2名。

 リアルタイムLIVEスクリーン映像ショット空間は、30センチ×25センチ×15センチの定格サイズで表示され、薄暗いジャングルのような場所を切り取っている。彼の周囲だけで無く、遠景までが見えるのは、見る物の主観に風景が、ジオラマの書き割りのように、表示されているからである。


 ここはスターバラッド・オンライン・ユニバース内、”第弌惑星だいいちわくせい”。

 現在、この星以外に、稼働中の論理サーバーが無いため、全員がこの、”惑星ラスク”に出現する。

 4人が居るのは、学園βベータに併設の公園にも似た、開けた空間。区画番号を表す立体文字がパーンとはじけて、紙吹雪となって場を盛り上げている。

 やや、未来的なオブジェや、立体的な表示板が点在しているが、普通の公園だ。ただし、公園の周りを取り囲む、森を抜けた向こうに見えるものが、普通では無かった。


 強度が心配になるほどの、自由な形状の超高層建造物や、空の5分の1を埋め尽くすほどの巨大惑星を、バックに浮かぶ、宇宙ステーション。

 物理的な両目で最高解像度6億万画素弱で、このスケール感に浸り、全天を覆い尽くす星の海を眺めるだけでも、全く飽きないプレイヤーもいる。この世界を訪れるプレイヤーの全てが、血を沸かせブラッドフィーバー肉踊りたい&ミートダンサーな訳ではないのだ。


 楽しげに折れ曲がる笑いの収まらない、成人女性たちを眺め、生徒2名は、何が面白いのか、今一つピンとこない顔をしている。

 何せ、姿形だけなら、周りを歩いている連中の方が何倍も面白いのだ。


 優雅に会釈し歩いていく、極普通のフォーマルな装いの、紳士のだけが、小型の”電子レンジ”だったり。

 植え込みから飛び出してきた、奇っ怪なフォルムの、サイボーグと悪魔と刃物の混血ハイブリッドみたいな異形の、腰から上だけが、びっくりするくらいの美少女だったりとかしてるのだ。ちなみに異形美少女は、スペイスギルドのロゴの付いた白ビキニを着用。

 VRE研の面々の、すぐソバ闊歩かっぽする、魑魅魍魎ちみもうりょうの方々は、プレイヤーの方々である。公式NPCや案内NPCではない事が、その異様な姿・・・・から分かる。


 彼らの奇抜さから見れば、むしろ、映像空間リアルタイムスクショの中で、イレギュラーな状況に陥っている、シルシや、謎生物U4の方が、至って普通の、宇宙開拓時代スターバラッドの有り様と言ってしまってよいかもしれない。


 真っ白い・・・・、妙に細長い猫みたいなのに、懐かれ、爆ご満悦の鋤灼スキヤキシルシ少年。

 画像の上部に、『@ShovelSteak』と、送信元VRIDが銘打たれている。


「ザッ―――アンタ結局、どこに居んのよ!?」

 その風体は、有り体に言えば、海賊か。身長は目測で、190センチ。レリーフのあしらわれた大きめの三角帽と、ブーツのヒールが足されるため、とてつもない巨漢に見える。筋骨隆々でハチキレんばかりの逆算角形。スペイスギルドのロゴの入った簡易宇宙服に身を包んでいる。確か、ロゴ入りのコスチューム着用で状態異常による減衰値が緩和されるとか何とか。作動音を立てる、推進ノズルと機械作動パーツの付いたゴツいブーツ。

 モーターの付いた細身の大剣を背中に背負って、妙に幅の広い短剣を腰に何本も下げている。剣術をメインとした、接近戦タイプに見えるが、袈裟懸けに巻かれた、弾帯は何に使うのか解らない。


「ザッ―――鋤灼スキヤキぃー、これ、キャラ作って無えから、お前のV.R.IDそのまま見えてっぞ」

 その風体は、有り体に言えば、魔女ッ娘か。身長は目測で、130センチ強と言った所か。とがり帽と手に持つ長大な魔法杖ロッドのせいで、全体的には小さい感じは受けない。そして、スレンダーな慎ましさは、禍璃マガリの初期ボディーを彷彿とさせる。

 魔女姿でも、PLOTーAN公式メインヒロインと同じ印象を受けないのは、そのカラーリングと、刺繍のような凝った縫い目がデザインの基点となっているからだろう。向かって右側がオレンジ地に、赤い縫い目と大きなボタン。左側は白地に、真っ黒の、留め具トグル。むしろ、笹木特別講師愛用の、VRデバイスに似ている。

 手にしているのは、真空管が先端に埋め込まれただけの簡素な魔法杖ロッド。その形状や型番から、さしずめ、整流用二極管レクティファイアと言ったところか。効率化支援補佐を目的とした一般的な杖だ。やたらと長いのは、直接攻撃にも使うためかもしれない。


「ザザッ―――とりあえず、ここがどこかは、さっぱりわかんねえよ」

 雑音を立てる、VR教室の座席に付いている音声チャット。VR空間に依存しない、別系統ハードベースの音声チャンネルのため、どうしても、かすかに雑音が入る。


 惑星ラスク地表には、数十有る大陸ごとに、出現ポイントが設定されている。そのすべてが、スターバラッド世界の、公的機関によって管理された都市内になる。一般的には公園とか、スペイスギルド本局の中の、キャラクタ設計ルームに、出るはず。

 決して、薄暗いジャングルに、出現したりはしない。


 ちなみに第いち惑星と言っても、恒星からこの惑星ラスクまでは、数個の到達不可能天体の軌道が横切っている。つまり、第弌だいいちというのは人類到達可能惑星としてのナンバリングだ。


「ザッ―――ちょーっと待って、放してー。今、メニュー操作してるからねー」

 シルシを中心に、切り取られた周囲の空間。禍璃海賊や、刀風魔女っ娘が、宙に浮いた、カク付く映像をじっと見ていると、シルシや顔の長い猫が、時折動く。

 VR空間内や、特区内では、通信による遅延は起こりえない。実際の処理に手間取っているか、大きさや距離を表すための演出である。

 飛び飛びの映像と彼の科白によると、シルシが指先一つ動かす度に、真っ白く長い猫たちに、小さな手で、しっかりと掴みかかられているっぽい。見方によっては可愛らしいかもしれない。


 そのシルシの一挙手一投足に、食い入る成人女性環恩と歌色たち。その肩の震えは止まらない。


 シルシは、禍璃マガリのキャラ外装”海賊風”が着ている、細身の簡易宇宙服に似た、SF風味の衣装に身を包んでいた。簡易宇宙服から、各種のアタッチメントや、炭素カーボン系を思わせる、追加装甲をいっさい取り払うと、こんな感じになるだろう。

 カラーリングは、猫たちの美的感覚に任せた物にしては、及第点と言えた。寒色系のベースに、アクセントとなる暖色系。左胸だけがパッチワークのようになっているが、ソコは細かく区切られた、スペイスギルドのロゴの有る部分なので、仕方が無かったと言えよう。

 潜水用スキューバのウェットスーツに外骨格となる人工筋肉パワースキンが、ネジ止めされて、近未来サイバー感が醸し出されている―――はずなのだが、どうも、どこか印象が、牧歌的というか、暖かみがあった。


「ザザッ―――なんか、鋤灼スキヤキ簡易宇宙服スペーススーツ、モコモコしてない?」


「ザッ―――あー。これさー、ここ来たときは、真っ白だったんだけどサー。このたちに抱きつかれるたびに、このたちのカラフルな毛の色が、ワサワサって移ってさー」


「ザッ―――じゃ無いでしょーが」

「ザッ―――そうだぜ。顔長ぇー猫だぜ」

 禍璃海賊や、刀風魔女っ娘が、空間映像を、じっと見る。

 薄暗いジャングルのような空間で、細長い猫にたかられてる、シルシ

 やや、向こうが透けて見える空間映像の向こう側から、猫耳型ヒューマノイドと、骸骨のような顔面が凝視していた。


「うをぉー!?」「っひゃぁ!?」

 飛び退く、”海賊マガリ”と”魔女っ娘カタナカゼ”。

 とっさに出た声。それは音声チャットでは無く、VR空間内の肉声として発音された。それぞれ気色悪いほどに、”巨漢声”と”幼女声”だった。

 VR空間内で会話する場合、肉声の音声チャットを使用する時の方が、意識的に行わなければならない。無意識に出てしまう声は、キャラメイク時に設定したゲーム内音声で、VR空間へ向けて行われる。


「ザザザッ―――色が移った・・・・・って言ったぁ!?」

 この声は、もはや聞き慣れた、子供のような。つまり、VR専門家にして、特別講座VRE概論講師、笹木環恩ワオン推定25歳その人の地声だ。

 全長150センチ程度、カーボン製の追加装甲の付いた、イブニングドレスに身を包んだ、やや、メカメカしい印象の猫耳娘。耳としっぽが鋼鉄製だが、見えている肩の関節などに繋ぎ目はない。目尻に小さくモールドが出ている以外は、メカ猫耳のコスプレをしている人にしか見えない。だが、体の動きにあわせて時折、手足に小さな数字や、ゲージの数々が浮かび上がっては消えている。おそらくは手足に内蔵されている武器の、残弾数や、エネルギー残量であると思われる。


「ザッ―――その、”U4”っていう記号の意味、……ようやっと、……わかりましたえ」

 この嘘雨きょう言葉と、裸足。VR空間内部では嘘雨きょう言葉を隠すつもりは無いのかもしれない。ボロボロの作業服ツナギに包まれた、身長は、やや高めの2メートルくらい。

 モトクロス用のフェイスガードの張り付いた顔面。その暗いゴーグルの奥から、閃光を放つ双眸そうぼう。腰に吊した、むき出しのマチェット。背中に背負う、特大の赤いハンマー・・・。背中に背負ったモノが死神の鎌では無い以外は、B級映画のクリーチャー、悪夢のナイトメア・処刑人エクスキューショナーそのものであった。


 ギガガグギギガガッ……ッァ!

 処刑人は、血濡れのマチェットで、何もない空中を指し示す。

 ボンヨヨヨオォン♪

 空中の粒子が集まるように、突如現れた雲が凝固していく。楽しげな効果音SEとともに、区画番号を表す立体文字が現れた。


「あらぁ、”U4”ねー!」「ほんとだぜ”U4”だぜ!」

 オネエ言葉の『大剣士見習い:まあがりん』と、勇ましいダゼっ娘の『ひよこ魔法修道士:ダイズプリン』。


「ザザッ―――鋤灼スキヤキ君わぁ―――」

 ノイズ混じりの、子供声。

 区画番号の放つ輝きを受け、強制的に頭上にキャラクタ名がポップアップしている。猫耳型ヒューマノイドの頭上には、『拳聖:にゃんばるくいな』。


「|ザザッ―――鋤灼スキヤキはんわ―――」

 ノイズ混じりの、嘘雨訛きょうなまり。

 骸骨フェイスガード顔の処刑人の頭上には、『鍛冶士:トイバルカン』。


 猫耳型ヒューマノイド拳聖にしてVR専門家と、悪夢の鍛冶士にして処刑人VR設計師が、自分たちの足下を指し示すブーイング


「「この、直下おそらく、2000メートルに居ますぅー」……おりますえ」


 ―――その場の全員が、やや緊迫した面もちの中、彼は口を開く。

「ザッ―――えー? 何の話ー? ……あ、……こら、だめだって、袖を引っ張ったらぁー」

 彼は、顔の長い猫に、引っ張られて、画面からフェードアウトした。

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