2:惑星ラスク

「察するに、自棄やけになって、迷走してた・・・・・ってわけねっ?」


 笹木VR専門家は、茹でだこ一言ひとことあらわした。

「はい、そのとおりどす……です」


 ふむん。あご拳骨げんこつを当てて、思案する事務服茹で蛸評論家

「……中を一新いっしんってのわ、どしたの? 最長継続稼働NPCワルさん相手に生き残るって言うなら、いちから作り直したって、戦闘アルゴリズムレベルじゃ、経験差稼働実績に追っつかないじゃない」


「はい、だから、……あたしの”初期ボディー”の……”別名で保存ディープコピー”で、……”試作コード68ヨネザワコウベ”を外装した時、……同じ初期フロアに居た中で、……一番元気よく動き回っ・・・・・・・・・・てた女子生徒さんの・・・・・・・・・、……PvP対人戦ランキングデータから……公開ログ抽出して、……深層学習ディープラーニングで模擬戦100万回やって、……勝利行動をコンボ戦闘用ライブラリ化……しました……はぁはぁ」

 長科白ながぜりふに息切れする、項邊コウベVR設計師。


「対戦形式のプレイログから、生き残る為のメソッド勝利パターンを抽出したのね。……ふふっ……VR設計師さんってやっぱり、一味違うわね……うふふっふ……ゲー特の生徒さんみたい」

 闇夜の猫のように、瞳をキラつかせる、VR専門家兼、スターバラッド愛好家ジャンキー


「一番元気よく動き回ってた女子生徒? ははん、解ったピンと来たぜ。その解析ログの発信元の機種・・って解るか?」

 難しい会話の中から、何かを導き出したらしい。ドヤァ顔で尋ねる、イケメン。


「はい? ……発信されたゲーム機の型番機器コードなら、……直ぐに出ますけど―――?」

 笹木環恩ワオン同型色違いっぽい、細い腕にはゴツすぎる、真っ白な開発者用デバイスを操作し、ログを参照するVR設計師:たこ焼き大米沢首外装の元ネタ介。

「オレ、聞かなくても解るぜ―――」

「あった。型番は―――」


 重なる商標登録商品名

「「―――SSGMR400ーRゲームローズD!!」」

 ぶひゃっひゃっひゃっひゃ!

 どうりで、NPCの方のコウベ・・・・・・・・・も、乱暴なわけだぜ。特別講座とっこーの中で、あの派手な最新型ゲームローズ使ってんのは禍璃マガリだけだぜ!」


 あの、NPCコウベちゃんの、攻撃的奔放・・さの、原因がはっきりしたわねーと、眉間に手をあて、やや思案に暮れる環恩


「さいぜん、鋤灼スキヤキはんと、……あてぇのこと、どついた、……むちゃ、けんかっぽい子が、……元ネタはん、やったんどすか!?」

 どうりで、と、さっき、禍璃マガリが浮かんでたあたりをにらむ。

 ついでにシルシと一緒に、平手を当てられた尻のあたりをさする。


「―――ザザッ―――おーい! 聞こえないのー!? 鋤灼スキヤキー!」

 座席内蔵通話チャット音声が、張りのある声を響かせて来た。



   ◇◇◇



「グギャアアアアアアッュウオウオウオウオウオウッ」

 遠くで、そんな獣声が反響している。

 とてつもなく広い熱帯雨林ジャングルのような空間では有るのだが、何か、ソレよりも大きなモノに囲まれていて、反響音がつきまとう。


 パァーン!

 足の下の、半透明の、歯車が、粉々に砕け散った。

 頭の上を見るが、同じく光の粒子と、かき消えた。


 ゴトン。

 足下を見ると、歯車状の板っぺらが落ちてて、シルシはその、上に立っている。


 横へ飛び退き、ソレを持ち上げると、その切断面は、光沢があり、研磨された、金属のように見える。

 ただし、その表面の木目のテクスチャに挟まれた、切断面は、向こう側が見える。

 何か、ミラーグラスのように薄暗く、反対側の光を透過していた。


「うわ。これ、初期フロアの床だよな!? 面白れーっ」

 コココン。叩いてみるが、木の板の立てる音と変わらない。


「笹木とか、こう言うの好きそうだな。拾っとくか」

 そう言って、1メートル弱の軽い、円盤状の歯車を小脇に抱えた。

 今の現状の奇異さは理解できても、それに動じるだけの、余裕が彼には無かった。

 周囲のすべてが、未知に溢れていて、ワクワクしすぎていたのだ。


「えーっと、さっきのは初期フロアだろ?」

 変化前の手抜き感満載の、地表は、初期フロアの地面だったと声に出して確認する。

「つまり、ここは、正真正銘の、スターバラッドの中って事だな!」


 区画エリアによっては、ファンタジー色が強く出ていたりする事もあるだろう。ソレこそ、将来実装されるであろう、未開惑星の初期パラメータ次第では、原初の地球を思わせる大自然惑星が出現することも大いにあり得る。


 今、彼の目の前に、広がる世界には、雑多で煩雑な大自然と、そこをうごめく形容しがたい、カラフルな生き物であふれかえっていた。

 圧倒される大自然。それでも、妙に整頓された印象を受けるのは、薄暗いのと、地面に落ちている物が無いからかもしれない。

 厚紙のような触感の、地面自体も発光していて、穴の空いてる天井と、同じタイミングで、僅かに光を強くしたりしている。


「葉っぱの一枚も落ちて無えのは、何か、違和感があって面白いかもなー……っても、コレ正規の出現地点じゃねえよな、どう考えても。項邊コウベさんが言ってた建物なんて無えし……」

 独り言を言いながら、自分の手を見るが、初期フロアで見た自分の物だ。肌色をしてて、何の変哲も無い。

 履いている真っ白の靴を脱いで、真っ白い靴下をめくってみたが、やはり自前の初期ボディーの足が出てきただけだ。


現状:初期ボディースキヤキシルシの人体に、初期装備っぽい服装一式。ややSF気味なデザインの服は、全てが真っ白で小道具の類いも一切無い。

VR/AR対応の腕時計型デバイスは、金属の光沢を放っており、手首に巻かれたままだ。


「あ、そう言や、あん時、先生子供声がログインし直しても戻れないとか、言ってたのはコレか!?」

 彼は、頭を抱えるわけでもなく、むしろキラキラした眼で、周囲を見渡している。

 結構な上空に、膜のようなモノが見える。そのあちこちに丸い穴の空いた、ドーム状の天膜で、空間は仕切られている。穴の空いた向こうには、又、別の膜に区切られた空間が続いている。明らかに人工物と思われる、多面体が膜の随所に埋め込まれていた。

 地面や膜の淡い光。多面体から発せられる、木漏れ日のような光。全体的には周囲を何とか見渡せる程度の、明るさが保たれてる。


 薄暗い中にも、不規則に膜を透過して、降り注ぐ強い光もあって、行動には全く支障はない。この、閉じた風景の中に、何か凶暴なまでのパワーが内包されているような、肌に感じる緊張感。ソレは特別講師お手製の、”真っ白シアター”を彷彿とさせた。


「前に、聞いた感じじゃ、厄介な状態になってると、思ったんだけど、コレはコレで、ナンカ、……おもしろそうだな」

 彼はご満悦だった。

 その理由の一つは、彼の周囲を、うろつく、”U4”の存在だった。

 遠くの方には、もっと大きな生き物も居たが、今、彼の周囲にいるのは”U4”だけだった。


 短い毛で覆われ、全体のフォルムは、やたらと細い猫のような印象。顔もどことなく猫に近い。精悍な顔立ちをしているが、雑な行動から、あまり思慮深そうには見えない。

 色は寒色系。いや、背後に隠れている、サイズの小さい個体は、ピンクとかオレンジとかの暖色系だ。成長とともに色味が変化するのだろうか。

 一番近くに居る、彼らの中では最大クラスの、青と緑の混色グラデーション。時折仲間を振り返る背中には、白のぶちが浮き出ている。


「なんか、ルフトさんに、似てる?」


 ”U4”:手足の長い、青い短毛で、ひょろ長い顔の猫。

 ルフト:細身のシャーシに青いカウル、先鋭的なフォルム。

 どちらも1メートル程度の全長。確かに、酷似していた。


 足先は山羊のようにひづめが有り、2足歩行している。別の個体とヒソヒソと耳打ちしあって、音声会話もしてるっぽい。知能はソコソコありそう。

 ジリジリと近寄ってくる、寒色系の最大クラス。

 彼は身構えた。

 ……けど、眼の前で、……ボックスステップを踏み出したのを見て、彼は大口を開けて笑った後、歯車を座布団替わりに、胡座あぐらをかいて座り込んだ。


 敵意は無いと判断し、近寄るに任せることにしたのだと思われる。

 第5種接近遭遇時直接接触の、友好的作法の一つと言える。


 彼は、”U4”のステップに合わせて、手を叩きリズムを取ってみた。

「1,2、3,4,5,6,7,8、ハイハイハイハァイ♪」 

 スタッスタッスタッスタッ。スタッスタッスタッスタッ。スタッスタッスタッスタッ。

 完璧である。良いセッションだった、と満足げにしていると、華麗なボックスを披露した、”U4”の一個体いちこたいが、不意に近寄り、彼のひざへ手を乗せた。


 ぺたり。

 すると驚くべき事が起こった。


 小さな4本指+手首の突起が接触している。

 真っ白な体・・・・・の表面を、青と緑の色彩が、流れ出た。

「わ、キモッ!」

 とっさに中腰になる。

 彼の膝から伝播していく、寒色系。

 驚き、飛び退く”U4”。その手先の一本が、背中のぶちと同じ真っ白に脱色・・していた。

 彼が寄りかかった背後、巨木に刻まれている『U4』の巨大文字。

 その文字は加工された物ではない。

 凹んでいる角に、折れた様子は無く、丁度文字の末端の所から、小枝が突き出したりしてる。小枝に付いてる小さな葉っぱ。摘まんで裏を返す。


 ポツポツと気孔きこうの並ぶ中に、小さな『U4』の文字を発見。


「なんだこりゃ!? ”U4”ってお前等の種族名・・・じゃなかったのか!?」

 声に驚き、更にもう一歩飛び退く、妙に細っこい猫。狭いヒタイには、”U4”の白抜き文字。


「ごめん、ごめん。怖くないよお」

 再び座りこんだ彼は、第5種接近遭遇時直接接触の、友好的作法に乗っ取り、目を閉じて、じっとした。


 近寄ってくるステップ音。

 スタッスタッスタッスタッ。スタッスタッスタッスタッ。スタッスタッスタッスタッ。

 彼の口元がにやけている。



   ◇◇◇



「広域MAPでも、……検索出来ないんじゃ、……キャラ登録前に……ロストしちゃったのかな? ……ぶふふっ」

 もーオモシロスギ、と不測過ぎる事態に、笑いを堪える、成人女子生徒。

 ローファーで踏鞴たたらを踏む、項邊コウベは、NPCコウベと、あまり見分けが付かない。

 はっきりとした違いと言えば、リボンの結び方くらいか。

 NPC版は、両耳の後ろに流すツインテール。

 成人女性つ、たこ焼き大介版は、肩甲骨けんこうこつのあたりで、ゆるく2つにくくった感じ。


「でも、鋤灼スキヤキのオンラインステータスは、惑星ラスク第弌惑星ってなってるわよ?」

 立体的なカチューシャアイコンが、各自の視界の隅で明滅する。


「そうね、とりあえず、行って……みましょうか? プッ! キャラ登録前にロストしたのに、ステータス表示されてるって……ど、どういう、ブフフフッ!」

 桃色の事務服を着た、スタイル抜群のおしゃれボブササキワオン

 音声チャットの妹と、瓜二つの声で、笑い声をかみ殺している。


 VR業界人には、なにか鋤灼驗スキヤキシルシの、規格外アウトサイドっぷりが、ツボに入るらしい。


「姉さん、その、声変える奴。紛らわしいから、やめ―――」

 音声チャットは、苛立ち気味に、言い放つが、轟く雷音にかき消された。


 バリバリバリバリッ!


 眩しい光が、残っていた三人を、覆い隠す。

 歯車は全て消失した・・・・

 床に空いた、歯車大穴も、ノイズを巻き散らしながら、消失し修復された。



   ◇◇◇



 とにかく現状を確認しようと、メニューを呼び出した。


「―――ごらあー! 返事くらいしなさいよー!? 鋤灼スキヤキー!」

 とたんに、座席内蔵通話チャット音声が、張りのある声を響かせてきた。


 『STATUSオンラインステータス惑星ラスク第弌惑星

 立体的なカチューシャアイコンが視界の隅で、明滅している。


「えー? 笹木ー? 今、どこなのー? ふふふー」


「ぷっ。アンタは女子か! 気安いわね! そっちこそ、どーなってんのよ!?」

 妙に浮かれて、楽しげな、渦中のひとの声に、禍璃マガリ安堵あんどの声を張り上げた。


「えーっとねー! 色が付いたー!」

 彼は、カラフルにカラーリングされた自身を見下ろした。

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