1:ダイブオン!?

 理論上最硬を誇る、初期フロアの床をすり抜けた、鋤灼スキヤキシルシ

 同期接続確立ネゴシエイト中の、走馬燈キルイメージがしでかす悪夢みたいなヤツじゃない。彼は本当に・・・システム上の機能によって、理論上最硬の床を切断して通り抜けた。


 瞬時に、少年は、初期フロアの遥か下に広がる、”地表”に出現する。

 以前、NPCコウベに、頭をひっつかまれた状態で見た景色と、だいたい同じだった。大小さまざまな、”エリンギみたいな固まり”が生えてて、ちょっと遠くの方には、ソレを切り刻んで回収している”ふくよかな人の形をしたモノ、数体。


 『000ゼロ』ピッ♪

 シルシの眼前に、表示されていた、カウントダウンが終結し―――

 グウォウォウォウォ!

 隆起する脈動に飲み込まれていく。


 どこかで、何かが大爆発している。

 ドドン! ドドドン!

 今度は、ちょっと近いところで、土砂が空高く舞い上がる。


 作りモノっぽい簡素なデザインの木。

 まだ生えたばかりの小さなエリンギの列が作る、デコボコした階段。

 転がる、現代彫刻のようにウネる形状の棒。コレは枝か。

 転がる、角張ったポリゴンを感じる路傍ろぼうの石。コレは煉瓦レンガみてえ。

 そして、地下から湧き出る噴水のように、ボコボコと飛び跳ねる土。

 ”土”と言っても、一粒一粒の粒子サイズが、大きめの肉じゃがのジャガイモから、大きめのグレープフルーツくらいまで、まちまちだ。

 ゴッ、ゴッゴッ、ゴッゴッ、ゴッゴッ、ゴッゴッ、ゴンッ!

 不規則な、打突音は、少年の足下へ到達。

「痛い! 痛い! こんなんばっかだな!」


 ソレが作り物の感覚だって事はハッキリと解る。

 解ってはいるが、この作り物の体にぶち当たる、運動エネルギーは、現実の感覚を伴っている。

 シルシは確信した。「こりゃ複製主観コ・サブジェクティビティとか言うヤツ、つまり俺、固有の・・・演出か?」


 グワラグワラガラガラガラと、宙に浮かび上がる物体。

 改めてよく見ると、簡素化されたような、手抜きにも思える、その造形物達は、空中に螺旋を描き上っていく。

 やがて、そのウネリは、四方から押し寄せ、シルシを天高く弾き飛ばした。

 落としたり、放り上げたり、急がし一っつの!

 少年は眼をつむる。ゲームが疑似的に再構成している作り物の感覚だと解る。解るが―――

「雑っ! 雑だなー―――!」


 未来感あふれるパッケージ。不敵に笑うメインREVOLVERヒーローーSWORDや、華麗に微笑むメインヒロインPLOT−AN。その背後をアニメーションして、飛び去っていく宇宙船。

 少年が初めて手に取ったその日から、早数ヶ月。スターバラッド・オンライン・ユニバーズへの、ダイブオンは、果たされた。



   ◇◇◇



「なんだぜこりゃ!?」


 ”初期フロア”の”理論値最硬”に、歯車状の大穴・・・・・・が空いていた。

 シルシがすっ飛んで、いや、落っこって行った、証拠だった。


「忘れてたぁ! 鋤灼スキヤキ君はぁ、コウベちゃん……NPCの方のコウベちゃんにー、突き落とされてー、初期フロアのぉ本当の地表にー、落っこったまま・・・・・・・だったぁ!」

 スタイル抜群の容姿にソグわない、舌っ足らずな子供みたいな声が響きわたる。


「そらぁ、大丈夫なんか?」

 刀風カタナカゼは、慌てて、初期フロアに開いた穴を・・覗き込む。

 大気に霞む地表には、何かが、うごめいているように見える。


「野良NPCとかぁ、廃棄された追加プログラムサブシステムとかぁ、意図されず生じた”別名で保存ディープコピー”とかぁ、賑やかしになるからってー、全部この初期フロアの天盤にー、ポイされるのねぇー。そしてぇ、ほっとくとぉ、柵を飛び越えて落っこちるぅ」

 専門家は、講座で一言ですませた部分を、掘り下げて解説する。


 筋骨隆々のイケメンカタナカゼは、歯車の上に体育座りで、拝聴はいちょう

 清楚で可憐な美少女コウベカイロも、歯車の上に正座し、顔を向けた。


「一回ぃ、階層座標が”底”の地面の方まで下がったらぁ、スターバラッドのシステム上ぉ、ダイブオンしてもー、通常の座標にはぁ”出現”出来なくなってるのねぇ」

 ※※V.R.IDシステムトポロジックエンジンとスターバラットクライアント固有の仕様です。


「もしー、特殊能力ユニークスキルでダイブオン出来たりー、ソレがたとえプレイヤーでぇ、ダイブしたとてもぉ、惑星表層の既定ポイントにはぁ、出現出来ないはずー」

 美人特別講師のほほを、冷たい汗がつたう。


「爆盛りで、大ピンチじゃねーか! 鋤灼ぃー!」

 床の歯車大穴に、滑るように近寄り、いつくばって穴を覗き込む。本気で心配し出す、男気イケメン


 ひたいに細い手を当てて、よろめく美少女な女子生徒。

「……そないな事が。……確かに、運営に……ポイント稼ぎアピールするのに、……強そうなの・・・・・とか、……特殊能力を持った相手・・・・・・・・・・が居たら、……勝負しなさい・・・・・・って……試作コード68ヨネザワコウベの、……”第一原則やること”に記述コーディングしたけど」

 あーそう言う事かと、刀風カタナカゼ生徒と、笹木特別講師は、てのひらを拳で叩く。


「そら、悪い……事したわねー。でも、鋤灼スキヤキ……シルシ君、そんなに強そうには・・・・・……見えないわよね?」

 女子生徒は、オロオロしながら、イケメンの男子生徒に、同意を求めた。

 男子生徒は、大きくうなづく。事務服の女性も以下同文右に同じ

 一瞬、視線が交差した男子生徒と特別講師は、”鋤灼驗スキヤキシルシ”の特殊能力?イレギュラーに付いての説明を、はぶいた。

 恐らく、非常に、説明が複雑になってしまうため、面倒くさくなったと思われる。


 大穴を囲んだ3人は、大きく何度もうなづき有う。

 本人の居ないところで、”鋤灼驗スキヤキシルシは、強そうには見えない”という、客観的印象・・・・・が浮き彫りになった。


「コレ、……このままで、……大~丈夫かな?」

 立ち上がる、成人女子生徒。真っ白いブレザーに、紺色のセーラー襟がくっついたアドオンされたような制服を、当然のように着こなしている。紺色のチェックのプリーツスカートから伸びる細い足が、シルシの残した痕跡を、コツコツと指し示す。

 気づく者は居ないが、ナノ合皮ローファーに入ったシワの形に至るまで、寸分違わず、NPCコウベの衣装と同一だった。

 そして、その顔は、若干、何かをこらえてるようにも見える。


「システム上ぉ、物理的な齟齬そごは無いわねぇー。バグレポートも真っ白だ無いしー、放っておけばぁ、自己修復リペア更新されるでしょお。……ところで~」

 足を動かさずに、女子生徒へ向き直る、桃色の事務服ササキワオン


「NPCコウベちゃんわぁ、どうしてぇ、……ザザッ……項邊こうべさんと、クリソツなの?」

 VR専門家にして、特別講座”VRエンジン概論アウトライン”担当特別講師。彼女は、子供声から一転、やたらと張りのある声に変わる。


「何だぜ? 笹ちゃん、その禍璃マガリみてえな声は!?」

「あら? 禍璃マガリちゃんの声って分かる?」

 ウフフフッ。まるで、たった今世界を救ってきたような、精悍せいかんなボイスで不敵に笑う事務服ワオン


 フルダイブすると、まず”初期フロア”へ出現する。

 その時の出で立ち背格好は、”初期ボディー”と呼ばれる、生身のプレイヤー本人に極近いものとなる。詳細なスキャンデータを元に作られ、身体管制リグ・コントロールド規格クラス完全対応品。早い話、ダイブ中の身体感覚のベースとなる外装ボディーだ。いや、この後、ゲームクライアントを介して、さらに、外装をカスタマイズしていく事を考えると、”外装”と言うよりは、”骨格”と言った方が、正確かもしれない。


 発声なども、身体管制リグ・コントロールド規格クラスから、本人以上に本来の声で、生成される。笹木VR専門家のように、ハードウェアレベルで、増設エクステンドでもしなければ、ゲームクライアントの無い状態で、音声をカスタマイズすることは出来ない。


「いくら、内部構造を……変えても、……全く、ワルコフ宇宙服に……勝てなかったんで、……中も外も一新いっしん……してみようと思って……」


「自分の、初期ボディー、を直接NPCの外装に使ったのね?」

「こんな、個人データ満載のモン、使っちまって、大丈夫なんか?」


「それはもう、……あてぇは……じゃなくて、あたしは、……3人並くらいには……見方によっては……物好きぃな男ん人が見たら……ほんのちょっとだけ……カワイイかもしれないんで……、てへへっ……もう、ソレ込みで、……売ってこうかなって」

 真っ白い全身が、紅潮しだこの様相を呈する。”たこ焼き・・・・大介”の面目躍如である。


「はははっ! 確かに、アンタ、10人居たら、10人が”美少女”にチェックするぜ!」

 やや軽薄だが、イケメンカタナカゼの面目躍如である。

 刀風カタナカゼは、この、新入部員を好ましく分類選り好みしたようだ。

「な、何を、……言ってはる……のどすか」

 ますます、茹で蛸になっていく蛸焼タコヤキ大介。


噓雨キョウ言葉、可愛いわよ?」

 部員生徒への肌理きめ細やかな配慮。特別講師にして顧問の面目躍如である。

「え? あ、……嘘雨訛きょうなまり、出てもぅた」

「気にしてもしょうがねえぜ。オレと鋤灼スキヤキは、昨日、散々聞かされたしな」

 ※※嘘雨土きょうと府南部で使用される由緒ある方言。


「い、いけず……意地悪やなあ」

 急造ながら、部員間の連携チームワークの様な物が生まれつつあった。



   ◇◇◇



 ピッ。

 ロモーーーーーーォン。

 リ。リリ。リィリリリ。


 さっきまでの爆発音が、消えて、何とも言えない、電子音や、シンセサイザーで合成されたような、とても静かな喧噪けんそうで包まれた。


 シルシは、躊躇ちゅうちょしながらも、ザリザリと足下を確かめた。

 上空へ投げ出されたはずの体は、地面に足を着けていた。地面がボコボコしているため、足を取られて、よろめく。手を突き、地面のボコボコさを確かめた。

 そして顔を上げる。


「―――なんだこりゃ!?」

 ダイブオン後、目の前に、広がっていた世界は、形容しがたいモノだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る