12:キャラメイク

0・5:ダイブオン!?

「彼の地に万有が降り立ち―――」


 サービス開始前のCMで、よく見た文字が、急に立体になって、飛びかかってきやがる。

 文字は、水、炎、崩れ飛ぶ岩、散る草花なんかに変わった。

 そして、俺に届く前に、散り散りになって消えた。


 ここまでが、フルダイブVRの根幹技術ブラックボックス由来のモンがらみ現在唯一・・・・のフルダイブ機器のIPIPコアとしての意味合いも強いって先生が言ってたけど、さっぱり意味は分かんねえ。脳波顕微鏡レンズの単純な動作チェックもかねてるから、余計に外せないって話だったんだっけ? まあ、使う分には考えなくて良いだろ。


 んで、”V.R.IDシステムトポロジックエンジン起動してうごいてから、”初期フロア”に出るまでが、VR技術者の、腕の見せ所らしい。ついさっき座席に付いたハードベースの音声チャットで、項邊こうべさんが、そう熱弁してた。特別講師せんせいの”手作りソファーの質感手腕”が凄いって大騒ぎしてた。あの怪しい白焚シラタキ女史も何かべた褒めしてたし、我らが特別講師子供声……本気で、侮れないかもしんねえ。


 そんで、その手腕・・ってのを具体的に言うと、”真っ白いシアター空間・・・・・・・・・・”の事だ。”脳”と、”スターバラッドのプロシージャル・アーキタイプ・バックステージ”を同期させるための、大脳生理学上の手続きを行う全機能・・・・・・・・・が備わってるらしい。……あの、キャリブレーション中の子供声ってヤッパリ、先生自前のだったんだな。

 なんて考えてたら、その手続き・・・も無く、あの明るくて心地よい空間に飛び出た。


「―――お? 早ぇー。もう初期フロアだ。あの、気色の悪いトゲ・・うろこにまとわりつかれなくて済ん―――」

 俺が初期フロアの、風景に立った途端に、足下から感じた違和感。ぶにょぶにょして床が平面じゃ無え。

 木の板っぺらにしか見え無えけど、理論上最硬の分子構造設定値を持つはずの床に、穴なんて開くはず無え……。

 見下ろすと、俺が落とす影の、ボヤケた輪郭の内側すべてが・・・・・・、緑色のトゲで覆われ浸食されていた。

 俺は叫ぶヒマもなく、影のフリした緑色に飲み込まれた落ちた

 初期フロアに開いたは、それほど大きく無くて、俺は肘や顎をしこたま打ち付け、っ、っ―――!


 あちこち、ぶち当たりながら、穴を抜けた先には、

 ―――初期フロアと同じ床が有った。


 ドガン! ドシン!

っ!」

 俺は勢い付いた落下の衝撃を、足で受けきれず、尻餅を付いた。


「なによ、トゲ鱗・・・って」

「それはぁ鋤灼スキヤキ君のー、キルイメージ・・・・・・ですねぇ」

「キルイメージ? って何だぜ? 笹ちゃん?」

 目の前に立つ、桃色の事務服の美人、小柄な女子生徒、大柄な男子生徒、つまり見慣れてきた凸凹でこぼこトリオが、次々と会話する。

 ここはV.R.IDシステムOトポロジックエンジンSが立ち上がって、まず最初に訪れることになる、通称”初期フロアー”だ。

 高い塔の上に作られた、板張りのかなり大きな平面。


「キルイメージっていうのはぁ、君たちの脳がぁ本来感じるはずの五感をー、仮想空間由来のぉモノにー切り替えるときに見るぅー、……なんて言ったらぁよいのかしらぁ?」

 頬に手を当てる、VR専門家にして特別講師の、笹木環恩ササキワオンさん推定25歳。


「おい、お前、……トゲ鱗・・・なんて見たこと有るか?」

「なによ、貴様、……そんなもの・・・・・見たこと無いわね」

 あいつ等は、何か、ささやき合ってっけど、極希ごくまれに普通に仲良いよなー。あれは、ちょっと普通に、羨ましいっ。


「―――強いて言うなら、……五感を遮断キルされた脳が見せる、……”走馬燈”って感じが近いかも」

 専門家の言葉を補足する、VR設計師にして編入生フリーエージェントの、項邊歌色コウベカイロさん推定20歳。


「言い得て妙ねぇ! さぁすが、VR設計師わぁ一味ひとあじ違うわぁー」

 さっき、項邊コウベさんから貰った、仮想空間対応のちょっとヨレた名刺を、取り出して見てる。裏に確か、対応できる設計規格や使用ツールの詳細が書いてあったっけ。

 今、先生が手にしてる名刺は、昨日の夜、俺が貰って制服のポケットに、入れっぱだったやつだ。

 さっき初顔合わせした時、先生に「リアルコウベちゃんだぁ! がわいーっ」て、散々抱きつかれてた項邊コウベさん。過剰なスキンシップに、耐えきれなくなって、名刺を渡してのがれようとしたけど、「……名刺切らしてた」ってなって。ジタバタもがく様子が、あまりにも不憫だったから、俺が自主的に返してやった名刺よれたヤツ


「いえそんな、笹木さんの、……初期フロア同期プロセスの……鮮やかさって、まるで、……魔法みたいで、か、感動しました!」

 なんか、あごの下で、両手を組んだりしてますよ?

 おやあ? 大人しいと言えば大人しいけど、一度ひとたび火がつけば、NPCのコウベよりも狼藉者ろうぜきものの、あの、項邊歌色コウベカイロさんが、見る影もない。逆に、にわかに色めき立つ禍璃マガリそでつかんで、なだめる男前カタナカゼ


 さっき、禍璃マガリに俺ごと、吹っ飛ばされた後の項邊こうべさんと来たら、妙に大人しくて、最初に合った時の可憐な美少女みてえで、調子が狂う。

 つい、NPCのコウベと間違えそうだから、これはこれで区別が付いていいけどな。


項邊こうべ……さん。そうしてると何か、一端いっぱしの社会人みたいですよ」

 俺は、借りてきた猫のようになってる成人女性に、耳打ちしてやった。

「ごあいさつやなあ……あてぇは……まだ一端いっぱしのVR設計師とは……言えへんけど、……立派な成人女性・・・・・・・どすえ」

 声を潜めて、妙に、しおらしい感じで、太股の内側あたりを、撫で回してうつむく借りてきた項邊こうべさん。

「300万宇宙ドル分の、……キャラメイクをみせて……差し上げたるさかいに……鋤灼スキヤキはんも……あんじょうおきばりやす」

 俺は袖を引っ張られ、からかい気味にかつを入れられた。


「ア、ウン、ソゥーデスネ」

 俺は、ついさっき捕食・・されかかったときの感触を思い出し、眼を反らした。そして、その視線の先でなぜか仁王立ちの禍璃マガリと眼が合う。小柄な女子生徒が、再び、平手を構えたので、俺は緩んだ顔を引き締め、慌てて話を進めた。


「それで、こっからどうすれば、ゲームに入れるんすかね?」


「そうねぇ、鋤灼スキヤキ君はぁ、講座の進行にあわせてぇ進めたいからってー、VR周りのことー、ぜんぜん進めてー無かったわねぇー」


「そうだぜ。俺がいくら誘っても、”講座で最初から設定してけはー、接続料金プレイ代とか色々、節約できそうらー”つってVRIDを取ったっきり、全く、進めやがらねえんだぜ?」


「そうね、鋤灼スキヤキもいれば、もっと効率よく序盤のLV上げも出来たのに」


「悪かったよ、でも今日から、参戦するよ!」

 拳を握りしめ、颯爽と振り返ったのに、そこには誰も居ねえ。


「そうよねぇ。早く公式NPCになった、コウベちゃんの事ぉ、迎えに行ってあげなきゃねー。うーふーふーふーふーっ」

 む。特別講師にまで、からかわれている気がするが、そこには誰も居ねえ。


「何言ってんすか! 俺は別にコウベの事なんか……あ、ナンカって言っても項邊こうべさんの事じゃないっすからね?」

 項邊こうべさんに向かって、弁解してみたモノの、やっぱり誰も居ねえ。


「こっちだぜ」

 声のする方を見上げた。

 床から2メートルちょっと位。半透明のギザギザした歯車みたいなのに、乗って浮かんでる。全員が一人用の歯車に乗ってた。つまり、歯車×4な。


「何ソレかっけー! 俺も俺も! やりたーい!」

 子供のように、手を振って飛び跳ねる、男子生徒


自分のデバイス・・・・・・・で、VRメニュー開きなさいよ―――」

 禍璃マガリは、真下に歩いてきた俺の頭を、バカこら、真下・・に来んなって言って踏みつけて来る。けど、接地面から下には届かねえみてえだ。わっはっは、ターコイズ・ブルー。いいぞ! よく似合ってる。


 禍璃マガリが自分の指のデバイスを操作して、一瞬。

 足下の歯車が高速回転する。歯車は、半透明の角張った突起を、ゆっくりと真下に伸ばしてきた。


「あぶねっ」

 俺は突起をよける。

 直後、禍璃マガリの歯車から雷が放たれる。

 俺は無言で飛び退く! あっぶね! 死ぬっっつの!


 バリバリバリバリッ!

 眩しい光に、溶けるように禍璃マガリは歯車ごと消えやがった。

 消える瞬間、凄い勢いで、上空へすっ飛んで見えた。

 歯車から飛び出す突起は、推進装置なのかもしれねえな。


「ソレぇ、当たっても平気だけどぉ、いろんな意味でぇ、真下には居ない方がぁ良いわよーう?」

 床にいつくばる俺に、優しく諭すように声をかける、特別講師推定25歳。


 ……なんか、刀風カタナカゼまでもが、ジト眼で見下ろして来たので、ふざけるのをやめる。

「VRメニュー? そんなの有ったっけ?」

 俺は腕に巻いた、データウォッチをつついた。

 小さな画面の中の、『機能』アイコンが、スクロールタイプのメニュー選択画面に、切り替わる。手の甲を指先でつついて、下にスクロールさせてく。

 すると、見慣れた画面の中に、見慣れない『VRメニュー』の文字。

「どうだ? 有ったか?」

 ひざを抱えて、しゃがみ込んだ、刀風カタナカゼが、俺の心配をしている。

「おう。コレを押しゃあ、良いんだな?」


 『VRメニュー』を指で押した。


「まず、スターバラッドの……スペイスギルド本局の中の、……キャラクタ設定ルームに出るから、……そこで待ってて下さい。……合流次第、キャラメイク……開始しましょ」

 よそ行き声の項邊こうべさんは、そう説明する。心なしか急いでいるようにも見える。

 そりゃあ、成人女性が、学校に編入F.A.までして来たんだから、一刻も早く、開発者として、米沢首コウベに合いたいのだろう。しかし、直接のアクセス権は、代理で受け取ってしまった俺のID・・・・に、固定されてる。

 ちなみに、入部届は速攻で受理された。これで、リアコウさんは正式な部員なんで、俺立ち会いの下でなら、開発者権限を行使出来るし、コウベのNPC登用の実績も正当なモンになったはず。


 俺はポップアップした積層表示の中から、『V.R.ID』>『SIGN-IN』と選択していく。


 俺の足下に半透明の歯車が出た。確かに床から浮いている。


「やったぞ、刀風カタナカゼ! 俺も出来たぞ!?」

 と言って膝を抱えてしゃがむ、イケメンを見上げた・・・・


 あれ? なんで俺だけ、床上5センチ?

 あれ? なんで俺の頭の上にも歯車が出来てんの?

 俺は、明らかに刀風カタナカゼ達と違う、今の状態を何とかしようと、積層メニューを連打した。


 『DIV(id)EーON!』ピロン♪

 あ、なんか押せた。


 バリッ! 轟く雷音。

 なんかちょっと、違うけど、ちゃんとスターバラッドの世界に飛べるっぽい。

 引きつりながらも、刀風カタナカゼをドヤ顔で見上げてやる。

 ―――あれ? イケメンの眼が、俺じゃなくて、俺の頭の上に・・・・・・向いてる。

 俺は、横へ乗り出して、上を見た。

 俺の頭の上の歯車は、角張った突起を、つのみたいに天高く・・・、伸ばしてた。……しかも、ワルコフの槍みてえに、凄え長えの。

 ―――あれ? あれ? アレって推進装置じゃ無かったっけ?

 ―――なんで? 進行方向あたまに付いてんだ!?


 バリバリバリバリッ!

 眩しい光に、溶けるように、俺は歯車ごと消えた。

 飛び上がる感じをイメージしてたんだけど、逆だった!

 理論上最高の硬度を誇るはずの、初期フロアの床をす―――――――――

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