2:サーキットガール4

 シルシは、目の前にある、床から生えた円柱の切断面天板に、データウォッチをかざした。

 眼の前には、モニタ代わりのパネル。

 手元の円柱を半周取り囲む形で、中央が凹んでカーブしている。


 上から見た略図を、文字で説明すると、

 半円パネル―――(

 円柱――――――・

 利用者―――――シルシ


 『(・驗 』  ←こうなる。


 印刷品質で、全面に並ぶ中から、『新刊入荷』という、丸っこい文字が書かれたアイコンを見つける。

 羅列られつされていく中に、お目当てのタイトルを発見。

 貸し出し可能数―――残り1冊。


「あぶねっ、最後の一冊だ」

 書影ひょうしの横に表示されている、大きな青丸の中の文字『一週間レンタル』に指を伸ばす。


 ドカッ!

 パネルの横に落ちてくる丸くて厚みのあるバッグ。

 えっ? なんだ?

 少年は、伸ばした指を引っ込めて、パネルの横に落ちてきた物を見る。


 トッ!

 パネル上部にも何か―――


「ん? 尻!?」

 顔を上げた、少年のちょっと斜め上方。パネルの上部にストンと落ちてきたらしい。半円パネルの天辺を踏む、濃いクリーム色のハイカットスニーカー。

 膝は最大まで曲げられ、かかとが当たる尻は少年に向かって倒れ込んでくる。背中ごと落下する勢いだ。

 この背中は、少年が一度、フルダイブ中に初期フロアで見たモノと、ほぼ同じ・・・・だろう。

 髪は、ワサワサと広がり、細いうなじが見え隠れする。

「どっから降って、来やがった!?」


   ◇


 横から見た略図を、文字で説明すると、

 半円パネル―――┃

 円柱――――――■

 利用者―――――鋤灼スキヤキ


  邊 項

┃   

┃ ■ 鋤

┃ ■ 灼   ←こうなる。


縦書きだと以下のようになると思われ。


項  鋤灼

邊  ■■ 

 ┃┃┃┃    ↑こうなる。


※閲覧方法によって、全く意味を成さない場合があります。

 適宜、補完して頂けると幸いです。


   ◇


 ぐるん。

 項邊こうべは、足をパネル上部にひっかけたまま、ぶらんとぶら下がった。

 逆立ち状態で、円柱を鷲掴わしづかみ。白く、ゴツすぎる開発者用デバイスが、自動的に、利用者申請を済ませる。

 り、顔をパネルに向け、『一週間レンタル』を指でつついた。色が白く不健康そうに見えるが、少なくとも身体は、ワルコフの百万倍は柔らかそうだ。


 ぴっ♪

「”STAR・BALLAD_ザ・ファースト・エンカウンター”。一週間レンタルのご利用、誠に有り難う、御座います」

 流暢りゅうちょう合成音声マシンボイス


「あっ! ひどっ! 俺のが先だったのに!」

 書影ひょうしが、本のページが飛んでいく、アニメーションに変わる。


 項邊こうべさん、マジ汚ねえーダーティー

 とシルシが激高する中、ぐるっと回り込んで、パーテーションの、ユルい迷路をかき分け、近づいてくる生徒2人。


 伸びをする猫のような姿勢から、顔を戻してシルシ逆さまに・・・・見下ろしてくる・・・・・・・項邊こうべ

 髪の毛や、プリーツスカートは、パワーブーツ TMの慣性制動によって、接地面を基点に押さえられている。その恩恵おんけいで、邪魔ではないが、傍目はためにはとてもシュールだ。

 長い毛先は顔の向きを基点として、一斉に背後へうごめくし、プリーツスカートも、広がってめくれる動きと、制動されて閉じる動き、を交互に繰り返している。 その大きな脈動は、生物の呼吸を思わせる。


 よっと!

 両足と片手で支えていた、全身を伸ばし、両手で円柱の天板をつかむ。

 天板が斜めになってる為か、フラツく逆立ち項邊コウベ


 ピピピピッ♪

『CONTINUOUSL連続稼働によるY_OVERFLOW物理管制に異常発生! 緊急エマージェンシー制動ブレーキング!』

 白くてゴツい、腕時計型デバイスへ通達される、緊急ダイアログメッセージ。

 文面は読めずとも、シルシにも、ソレの意味する所は伝わる。

 なにせ、文字盤の背景色は明るい赤色#FF263Eだ。


「きゃっ! また・・、……詰まジャムりはった!」

 見れば、スニーカーの靴底ソールだけでなく、つま先とかかとに内蔵されている衝撃吸収機構ショックアブソーバーまでもが、赤く危険な色で発光している。


「危ねっ! 何やってんだ!?」

 項邊コウベが足を、バタつかせているが、スニーカーはわずかに接触しているだけなのに、パネル上部に張り付いて、ビクともしないようだった。

 シルシは、支えてやろうと、手を伸ばす。


「……音声入力」「……強制排出イジェクト

 爆砕ボルトのように、爆発し、寸断される靴ひも・・・

 リード線であり、多層基盤でもある、靴ひもそれ結び方・・・により、様々な回路サーキットを形成し、玩具向け慣性制御規格ジャイロマスターのサブシステムとなる。その有する機能のうちの一つ、”抵抗爆発パージ”は、最も重要な機能の一つだ。


 スニーカーが脱げ、自由になる。慣性制動されていた、髪が、ハイ・プラスチックの床に引き寄せられる。脱げたスニーカーは、パネル上部に縫いつけられたままだ。

 昨夜、項邊コウベが裸足だったのは、緩衝エリアで、ワルコフの痕跡を探るために、カッ飛んでたら、緊急エマージェンシー制動ブレーキングを食らったためと、推測できる。

 コミューターの様に有る程度大きな、物理電池フライホイールを内蔵していれば、前借りした慣性を・・・・・・・・一括返済したり・・・・・・・、キャパオーバーしたベクトルごと、回生充電に回す事も可能だ。

 だが、パワーブーツ TM内蔵のモノは、極小型のモノで、瞬間的・・・な慣性の貸し借りしかできない。

 一度オーバーフローしてしまえば、帳尻が合うまで、空間に固定される事にビクともしなくなる。


 全身をゆるく、つつんでいた、項邊コウベ本位・・慣性制動ベクトルが消失。

 エイのような、濃いチェックのプリーツスカートが、シルシ少年の顔へ襲いかかる。

 細く白い、一対の捕食腕・・・までもが、シルシ少年の頭部につかみかかった。

 この捕食腕脚線美は、少年が一度、フルダイブ中に初期フロアから落ちるときにはさまれたモノと(後ろ前が逆だが)、ほぼ同じ・・・・ものだろう。


「おまえ、それ、……白!」

 定型科白せりふは、最後まで言い切れず、状況説明に徹する少年。ナイスだ!


「ふが、はが、んもふへ! ふほんはふん!」

 項邊歌色コウベカイロの、細く真っ白い太股に挟まれ、もがく男子生徒。

 痩せてるとはいえ、成人女性一人分の体重が、顔面にのしかかってるのだ。もがけばもがくほど、付け根の質感が顔面に押しつけられていく。

 眼福……だったのも一瞬で、息が出来ない苦しさで、ジタバタと、もがくことしか出来ない。

 プリーツスカートに噛みつかれているお陰で、顔が見えず誰か分からない事が、せめてもの救いかもしれな―――。


「ほらやっぱり! 鋤ー灼ースーキーヤーキー!」

 顔は見えず、誰か分からない筈なのだが、その場へ出くわした生徒2人組のうちの一人が、エイに噛まれた哀れな犠牲者の名を看破する。

 その小柄なわりに、立ち振る舞いが凛々しい、女子生徒は、何度も・・・素振り練習をしてきた・・・・・・・・・・ような正確さで・・・・・・・シルシ少年の後頭部を、ひっぱたいた・・・・・・

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