2:サーキットガール3

「彼の地に万有が―――」


 ―――降り立たなかった。

 まるで聖剣を掲げる女騎士のように、大げさに携帯ゲーム機を取り出した、笹木禍璃ササキマガリ。対戦相手が、余所見をしているのに気づいて、愛用のSSGMRゲームローズ400ーRDレッドを下ろした。


「なんだありゃ?」

 すり鉢状の、VR教室最後尾の高台。その壁に設けられたドアを凝視する、刀風曜次カタナカゼヨウジ

 手にした、RRGMDゲームモードー4000ORオレンジが、手から落ちそうだ。

「ちょっと、落っことすわよ!? 鋤灼スキヤキゾウがゾウ踏んでも壊れないレジストの自作組立機コンパチキットじゃないんだから―――」

 手から落ちそうになってる、携帯ゲーム機メタリックオレンジを、刀風カタナカゼの手ごと、支える。

 イケメンの視線を、追跡トレースして、小柄な女騎士マガリが振り向く。

 背後のドアの上には、明かり取りの窓が付いていて、その向こうには、『第さんVR教室(フルダイブ乾式)』と書かれた標札がわずかに見える。

 その結構な高さの、窓の向こうに、伸ばされた白い手。脚立でも使ったのか、女子生徒が、下から跳び上がってきた。


 二人とも、その顔には見覚えが有った。

 刀風カタナカゼは、自分の学生バッグから、”VOIDチャージャー”を取り出した。

「おい、ワルコフ。お前、何やってんだぜ!?」

 ノイズ混じりに、”瓶”の直上に姿を現す小さな宇宙服ワルコフ

「あら? 宇宙服。今日はソコにいたの?」


ワルコフゥ刀風カタナカゼ殿ニ、禍璃マガリ嬢。オ早ウゴザイマース_」

 使い慣れた、シルシの制服の袖が無いためか、音声は、座席に付いた、小さな表示パネル経由で、座席内蔵の読み上げ装置から発せられている。


「おい、お前、コウベ実体化・・・・・・しただろう」

ワルコフゥ何ノ事デスカイ? 旦那 ヘヘッ_」

 宇宙軍正式敬礼を解き、自由度の低い固い宇宙服カラダで、腰を折り曲げ、揉み手をした。


鋤灼スキヤキ? も居るわね」

 ドアに付いた小窓から、男子生徒の顔が見える。


ワルコフゥエヘヘヘヘッ_」

 宇宙服は腰に付いた黒箱を、得意げに見せた。

 今日はヘラヘラした、シルシに似たキャラを模索中のようだった。


 刀風カタナカゼは、顔を近づけて、目を凝らす。

「んー? あれ? 鍵付いたままだぜ」

 箱に書かれたロゴが、施錠されたままと言うことは、基本的に、映像の実体化・・・・・・は、されて無い事になる。


「どういう事―――」

 そう言いかけて禍璃マガリは、座席から凛々しく立ち上がる。


「どうしたんだぜ?」

 

「なーんか、急に、鋤灼スキヤキの事、ひっぱたきたく・・・・・・・なっ……て?」

 首を傾げ、平手を何度も・・・・・・スイングし出す・・・・・・・、小柄な女子生徒。

「俺に聞いてどうするよ。ま、行ってみようぜ」

 弾みをつけて、座席から飛び上がる長身な男子生徒。


 ”ワルコフ”を首から下げ、学生バッグを背負う。

 セットしてあった、自分のパーソナル・ブレイン・キューブを外して、バッグの外ポケットにしまい込んだ。

 禍璃マガリも慌てて、自分のPBCキューブを外して、学生バッグに詰め込む。


 刀風カタナカゼは、制服のポケットから、青く小さいモノ・・・・・・・を取り出して、HUBハブの、中央に空いた穴に詰めた。

 厳つい逆算角形のフォルムの、青い片角だけが、HUBから突き出る。

「これで、俺たちが、また来るって分かんだろ」


 振り向くと、禍璃マガリは既にドアを開け、廊下へ走り出ようとしている。


「たまには待ってろってんだぜっ!」

 長い足をフルに回転させる刀風カタナカゼ。ドアが閉まる前にり抜け、廊下へ飛び出した。



   ◇◇◇



「何で、追っかけてくるんだよっ! VR教室で待っててくれよ!」

 中肉中背、ボサ髪でだらしのない印象からは、想像できないほどの、フットワークでジグザグ走行を見せる鋤灼驗スキヤキシルシ


 ドタ、ドタタ、ドタダタダタタタ。

 スターン、スッタンターン。


「いけずやなあ……にげるから……どすえ」

 シルシにまとわりつくように、背後を取る、長い髪をなびかせた項邊歌色コウベカイロ

 シルシとして、旋回するように高速移動出来るのは、ゲームで言う”ロックオン”状態だからだろうか。

 実際、校内警戒中のカメラ映像には、シルシの足下と、頭の上にマーカーが張り付いて見えている。


「ちょ、やめ、触んなってば」

 シルシ少年は、とても成人女性には見えない、可憐な女子生徒から、後ろ髪とか、あごとか、で回されている。


「知らん仲や無いのやし、……ちびっとくらい……構ってくれても、……ええやないの」

 悪ノリしだした項邊コウベに、抱きつかれそうになる。シルシは壁に空いた、丸い穴へ飛び込んで、ソレをかわした。壁に空いた風変わりな出入り口の向こうで、少年が盛大に転んだ音が聞こえてくる。項邊こうべの足は止まらず、廊下を数メートル駆け抜ける。


 一拍の静止、何を思ったか、そのまま加速する項邊こうべさん推定20歳。


「……音声入力」「……視線追従ロック解除オフ」「先行入力設定ゴーアヘッド:フリーランニング」


 軽くジャンプしたまま、空中でひざを曲げ、もう一度ジャンプ。

 壁を、音もなく蹴り上がり、振り上げるかかとで、高い天井へ到達。上体を重力に任せるようにダラリとぶら下げ、両足で天井を踏みしめた。

 落下しそうになるが、足の裏で掴むように、タタラを踏んで持ちこたえる。


 突き当たりの角を禍璃マガリ、ではなく曲がり・・・、壁のない廊下、ではなく天井・・を駆け戻る、制服姿の成人女子生徒こうべ


 シルシは、空間を区切る、パーテーションを次々と、コの字に迂回していく。

 一方、成人女子生徒こうべは、さえぎるモノの何もない天井を、一直線に駆け抜けていく。


 2階の多目的スペースを走り抜けながら、背後を振り返る、シルシ


 その安堵あんどの表情を、見上げる・・・・項邊こうもり


 ちなみに彼女の髪や、セーラー襟や、プリーツスカートは、パワーブーツ TMの慣性制動によって、接地面を基点に押さえられる。そのため、髪やスカートが、絶えず、はためいている程度で、行動に支障はない。

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