9:優等生と小鳥とブラックボックス、その4

 きゅーっ、ヒュルルルルー!


 最後尾に座っていたシルシが慌てて飛び出す!


 タタタッ! ぽすん!


 小鳥騎士メジロナイトは、墜落寸前、駆け寄ったシルシに受け止められた。

 ふーっ。息を吐き、シルシは、小鳥騎士メジロナイト一式をつかんだまま、凝視する。


 左手に掴んだ確認表示サムネイル版のコウベ。

 そのかたむいた頭を凝視し、つぶやくシルシ

「HUD……出ねえ、気絶してる」

 右手に掴んだ抹茶色。

 羽根が広がったままになっている。

「こっちも、出ねえ」

 小鳥騎士メジロナイト一式をポンポンとかるく持ち上げる。

空間定位表示されてっから、問題無えと思うけど」


 シルシのファインプレーの内訳はこう・・だ。

 自分の座席の周りをうろついていた小鳥が、教卓の方へ飛んでったのを、ダイブ中の安全表示動体検出で知った少年。何か思うところがあったらしく、VRダイブを切り上げ、一部始終を見ていたのだ。

 そして、頭の上を危険なオーバースピードで飛んでいく小鳥を見上げるに至り、座席から飛び出したのである。


 壁にぶつかった時点で、縮尺スケール的に相当な衝撃を受けてしまっているが、更に無防備な状態で床に叩きつけられるのを防げた事は僥倖ぎょうこうと言える。

 颯爽さっそうと振り返る、ニューヒーロー”SUKIYAKI”は、駆け寄ってきた笹木講師に、小鳥騎士メジロナイト一式を掲げて見せた。

 ヒーローの顔には、安物のARメガネが張り付いているため、若干コミカルなのは否めない。


 ふつう室内でARキャラクタが、部屋の壁に激突しようが、内部的には、すり抜けるか、表示が無くなるだけだ。行動範囲設定がしてあったとしても、壁にぶつかる衝撃は処理されない。ぶつかったという行動アクション後、位置や運動のベクトルが変わるだけだ。

 けれど、AR・VRに特化ブーストした、この教室には強力な安全機構が・・・・・・・・施されている・・・・・・。つまり全壁面が電子防壁のため、外部との行き来には正式な手順が必要になる。手順パスコードが無ければ強制的に衝突コリジョン判定が適応される。


 仮想空間内の座標エリア制限や、画素含む可視光通信阻害、ひいては防壁に対応する量子メモリ物理的内部区画グリッドセル隔離切断パージなどが、設計段階で実現されている。と校舎の取説リファレンスマニュアルに書かれているが、VR専門家である笹木環恩ワオンですら、意識したことはない。

 その辺の話が、せめぎ合い”小鳥騎士メジロナイトは教室の壁に激突し、シルシの活躍により、気絶するだけで済んだ”という結果をもたらした事を理解できれば良いのだ。


 特区内での、お約束。

正式な手順さえ踏めば・・・・・・・・・・あとは機械が全部やっ・・・・・・・・・・てくれる・・・・。』

 ―――とは極論を言えば、”イメージの問題・・・・・・・”でしか無いと言える。


 笹木講師は、ドヤ顔の鋤灼スキヤキ受講生の手の中をのぞき込み、無事っぽいことを確認して、はふぅーと安堵の息を付いた。


 笹木講師は、小鳥騎士メジロナイトが激突した壁を見る。

 円形に入ったヒビ割れ映像が、なめらかに修復モーフィングされ、平らな壁に戻っていく。

 一瞬のコンクリート、一瞬のくすんだ地の黄緑色、一瞬の防壁区画を表す警告色、それらを塗りつぶす元の壁面の質感テクスチャ。そして、中断していた、昨日、設営された”自動学食”の献立と収支報告が、再開される。下から上へとゆっくりとスクロールしていく文字は、壁から天井まで、はみ出して繋がっている。


 笹木講師は壁の文字を追って天井を見上げ、心情を吐露とろした。

「ワルさんがぁ、昨日ぉ、壊しちゃったぁ、共用仮想空間パブリックVRの教室ぅ、ちゃんと直ってくれ自動リセットされててぇ、助かったわぁー」


 メガネ両サイドのLED光が天井にうっすらと届いている。


「本当ですよ。昨日、学校の外から見たとき、上の階の生徒が、空中で授業してたの見て、ビックリしましたよ」

「すっごい、凝った空間構造を投射するかと思えば、なんか妙に雑というか……ブツブツ」

 実際、VR専門のカリキュラムが多数有るといっても、普段から、AR・VR空間を見ているわけではない。それにワルコフの壊した共用仮想空間パブリックVRは、制約も多く、普段からあまり参照する生徒も居ない。


 そして、いくら自由の利く仮想空間内の出来事と言っても、この教室の壁を防壁ご・・・・・・・・・・と叩き壊す・・・・・なんていうのは、論外本来、不可能なのだが、それを知るものは、地表ここには居ない。

 論外・・は、シルシの袖をハッキングして、キャラのブレた会話を表示させた。


■昨日ブリデゴザル。ナイスキャッチデスワー_


「……昨日ぶりで……ござるぅ……ナイスキャッチ……ですわぁ」

 急に辿々たどたどしく芝居がかる、笹木講師に少年は一瞬ひるむ。

 しかし、器用にも結構な速度で階段を駆け上がってきた、宇宙服ワルコフに気づき、指を突きつけた。


「ワルコフおまえ! 昨日、教室の天井、上の階ごと吹っ飛ばしやがって! あと自動屋台にも何してんだよ! 何とかなったから良かったけどっ……あれ? お前、何かでかくね?」

 見上げるシルシとは逆に、宇宙服は自由度の無い関節を、最大限小さく折り曲げて、シルシの手元を凝視している。

「ん? どした?」


■コウベサ、サン、ト、小鳥ハ、ハ、衝突処理リ、リリ、中ノヨウ、ウデス、ススn

■3秒後ゴ、ゴ、活動フレームワーク再開シマス、ス_

 宇宙服のバイザー部分が、断続的に”特徴的な明るい赤”に染まる。

 そのたびに、ワルコフのIME言語入力機能がバグっている。シルシの袖を読んでいたため、バイザー部分の不吉な兆候に気づくものは居なかった。


「あらぁほんとぉ? よかったぁー!」

 首を傾け、シルシの腕を読んでいた笹木講師は、安堵の表情を浮かべた。


 ワルコフの推測通りに、パチリと眼を開けるコウベ。

 シルシを見上げる相貌小さな顔

「あれ? シルシじゃん。こんなとこで何してんの?」


「おまえ、壁に激突したんだよ。覚えてねーの?」

 シルシの手の上に立ち上がる、米沢首ヨネザワコウベ推定年齢設定15~17歳。

『たこ焼き大介作成:米沢首ヨネザワコウベVer:2.0.1』

 その大げさに乱れた頭髪から、HUDがポップアップした。


「そーだった! この、抹茶色め!」

 転がる小鳥の、首のあたりを平手でひっぱたく。

「ピキュッ!?」

 円らな瞳を開き、首だけを縦にしてひと鳴き。

 スタッ! とボクサーのように機敏に起き上がる。瞳の白丸ふちどりを周囲に向け索敵。めざとく、乱れたコウベの髪を発見。即座につついて、整え出す。

『たこ焼き大介作成:小鳥コトリVer:1.0.5』

 小鳥の頭にもちゃんと表示されている。こちらも問題なさそうだ。


「―――鋤灼スキヤキくぅん」

「へ? 何すか!?」

「危ないよぉー? 逃ぃーげぇーてぇー!」

 まるで緊張感のない、”友達を誘いにきた子供”みたいな声。

 でも、その顔は今まで見たことのないほどシリアスだった。


 少年は、その表情シリアスが向いた方向を見る。

 少年シルシを真正面に捉えて、拳を振り上げている宇宙服。


「あー、大丈夫ですよ。またワルコフがフザケてるだけで、物理解像度でこう見えても、ちゃんと、映像・・だし―――」


 その右手首から、ナックルガード風の手甲が飛び出す。ワルコフの拳は圧倒的な存在感を持って、シルシの顔面を捉えようと迫る。


「アブねっ! これ、映像だって分かってても避け―――」


 チッ。

 ギョッとした顔で、頬を手の甲で押さえる少年。


 頬をかすめたナックルガード手甲が、突き出された軌道を戻っていく。


 ガキン。何かしらの溜めたパワーをとどめて置くための機構がロック作動する音。


 今度は、30センチ位、低い軌道でKGナックルガードが飛んでくる。

 速度は決して早くないが、的確に急所を狙ってきている。


 ココン。グオオングオオングオングオングオグォグォ。

 近づいてくる拳から発せられる、何かの作動音定位音響は詰まる距離により圧縮され、少年の耳に届く。


 ぱしん。

 宇宙服が繰り出し、伸びきった拳を、シルシは横からつかんだ。

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