9:優等生と小鳥とブラックボックス、その5

鋤灼スキヤキ君ー、今日のぉワルさぁん、実体・・有る・・っぽいよぉー」


 宇宙服は堅い関節を最大限に使って、ブルリとシルシの握力から抜け出す。


呑気者のんきものですか! そういうの、早く言ってくださいよ」

 困惑しながらも、ワルコフから距離をとるシルシ少年。


「これって一体どうなって!?」「わぁーかぁーらぁーなぁーいーわぁー!」

 結構な大声で会話しているが、シルシ以外にダイブアウトする生徒はいない。


 ププゥーーンププンピュン。

 宇宙服ワルコフは、今までと違う効果音を出した。


 少年と講師はぎょっとした表情で、見つめ合う。

 何よりもまず、色が不吉だった。

 薄暗い教室内を半球状に反射していたバイザーが、明るい赤色に発光していたのだ。ここVR特区やジオフロント、ひいては量子データーセンターでは、魔法じみたオーバースペックの象徴として、この、赤色を配色することが多い。


 ”開発者すらその原理をオーバーテクノロジーや理解していないオーパーツ”とすら噂される、謎の技術特徴的な明るい赤色なのだ。不測の事態が発生したら、その対処法を知らなければ、即お手上げだ。基本的に逃げるしかない。


 古いタイプの静電プロッタみたいな音を立てるワルコフの頭。

『□』ジジジジーッ

 赤く発光するワルコフ宇宙服バイザーの中央に、白いアイコンが大きく表示された。四角の枠の中に、丸いバイザーとモコモコした輪郭が描かれたヤツワルコフを模しただ。

 すぐに特大アイコンは消え、同じ大きさの文字が表示された。


『プ』


「プねぇ」「プですね」

 状況も表情も、緊張の度合いを増しているが、相手はワルコフで、謎が謎を呼ぶ謎のサインは”プ”だ。緊張感も削がれる。


 ジジジジジーーーッ

 謎のサインには続きがあったらしい。

「レ、イ、ヤ、ぁーコロォン、鋤、灼、驗、ヲ、驚、異、ト、認、定、てぇん、接、敵、行、動、ニ、移、行、シ、マ、シ、タ、まるぅ


 という文面を続けて表示した。※朗読:笹木環恩ワオン

 うるさいほど響きわたった、プロッタ音の反響が消えると同時に、ワルコフの傍らに白い影が出現する。


鋤灼スキヤキィ! こういう面白そうな事は、俺も混ぜろつってんだろがぁ!」

 いつの間にか近寄ってきてた、筋骨隆々イケメンが腰を落とす。

 そしてワルコフにタックルをかま―――す事なく、向こう側へ突き抜け、スライディングした。


 片手を使うため、シルシは反対の手のひらに小鳥騎士メジロナイトをバランスよく乗せていた。


 「おっと」

 刀風カタナカゼに気を取られ、小鳥騎士メジロナイトを落とす。

 地面にも、設定床面にも落ちることなく、小鳥は羽ばたく。

 パタタタタタタタタッ! ピピュイピピュイ♪

 「ギィイヤァァァーーッ!」

 宇宙服の天辺てっぺんに停まった小鳥騎士メジロナイト”ナイト”部分コウベは叫び、舞台役者のように両手を広げ、何かをつかむ仕草で静止した。

 明るい赤光を放つ双眸そうぼうはまっすぐにシルシを見下ろしている。

「目標、プレイヤー、スキヤキシルシ、目的、VR兵装の無力化」

 NPC米沢首ヨネザワコウベは、鋤灼驗スキヤキシルシと、初めて出会ったときのような静かな口調で、淡々と単語を並べていく。口調だけ聞いてれば優等生にしか聞こえない。


「やだっ! 昨日のぉ、自動屋台みたいなぁ事ぉ言ってるうっ!」

 大口を開けて、取り乱すVR専門家。

「コウベちゃん、っ! っだからね!」

 へっぴり腰で、両手を振り回している。


「コウベ!?」 シルシは、一歩近寄る。

「自動屋台にウイルスでも貰ったか!?」

「それともさっきぶつかった時、やっぱりどっか壊れたのか!?」


シルシが、つかむから、だって言ったよね?」

 ぽそりと、発した言葉には、笑うような成分が含まれている。


「バトルレンダ起動」

 ”ナイト”部分コウベの静かな宣言ののち小鳥騎士メジロナイトは爆発した。


 正確には爆発したのは、コウベの後ろ斜め下。

 棚引く1対のツインテール。その先端がバチバチと線香花火のように爆発している。小鳥騎士メジロナイトを包む、爆発の光が異常な軌道を描く。

 それは急加速とホバリングを多用しながらも、どこか生物的な挙動と言えた。


 全長3M弱の船外活動用宇宙服EMUは、ハイパー小鳥騎士メジロナイトを目の前で、蚊を退治するように叩く。


 コウベっ! 叫ぶシルシ

 刀風カタナカゼは、あまりの展開に付いていけず、振り向いたまま立ち上がれずにいる。


 宇宙服は、以前、初期フロアVR空間内でやって見せたように、小鳥騎士メジロナイトを引き延ばすように放り投げた。

 グワッっと、実物大のサイズになるNPC米沢首ヨネザワコウベ

 まだ火のついたままのツインテと、制服のセーラー襟と、プリーツスカートをはためかせ、スタンッと、教室の電子防壁シールドされた床に降り立つ実物大リアルサイズ・コウベ。その姿は半透明ではなく、北窓の明るい風景を通さない、物理解像度で表示されていた。清楚系美少女優等生がまさに顕現したのだ。

 サイズアップした宇宙服ワルコフと一緒に見ると威圧感のようなモノが出てくる。

 コウベの眼の赤光が、暗闇の中でより顕著になり、かたわらをパタパタと羽ばたく小さな鳥を眼で追っている。

 やがてコウベの首が止まった。

 小鳥は大きくも、物理解像度にもならないようだ。近くの座席の、女子生徒が装着しているVRデバイスに着地して、シルシをじっと見ている。


 薄暗い教室最後尾。機材設置や運搬を考え、大きくスペースが取られている。

 笹木講師はオロオロと壁際まで下がった。

 刀風カタナカゼは、ようやく起きあがり、VRデバイスに乗った小鳥を手で払ったりしているが、小鳥は、姿をチラつかせるだけだ。


 不意にコウベがシルシへ突撃する。

 シルシの周囲を、凄まじいスピードで走り回る。その歩調に緩急がつけられ、まるで、分身の術のように光る残像を残している。

 膝を高くあげ、上体を前に傾けて走るため、次第に姿勢が低くなる。

 バチッバチッバチバチバチッ! 燃える毛先が短くなってきたようにも見える。


 コウベの手刀が一閃。「うっわ!」


 かわされたコウベはシルシの背後に一瞬で回り込んで、燃えるツインテールを目の前に残しシルシの視界をふさぐ。


 シュッゴォォォォォォォォォ! 火花から噴出するジェットが、シルシの髪をジュッと焦がす。


 シルシは、火を避けるため、上体を屈めた。

 直後、フォォンと空を切るローファー。

 コウベは目視せずに、最速でシルシの位置だけを狙ったのだ。


「つおっとととととっ!」

 回し蹴りの風圧にあおられ、よろめく少年。決して荒事が得意なようには見えない。


「だいじょうぶぅー!? すきやきくぅーん!」

 まるで緊張感のない、”友達を遊びに誘いにきた子供”みたいな声を聞いて、少年は、ちょっとニヤけた。


 その左後方死角から、ココン。グオオングオオングオングオングオグォグォ

という音が迫る。


 うおおおおおおお! 刀風カタナカゼは、シルシを狙う宇宙服を粉砕すべく、飛び込みながらの、2段蹴りを決める。

「あ゛っ!? あれ?」

 派手な金属音で吹っ飛ぶ宇宙服と、バランスを崩して、着地と同時にスリップする刀風カタナカゼ

 思ったよりも鋤灼スキヤキ少年が頑張っているのを見て、心配よりも応援の分量が増してきちゃった様子の当講座の主ササキワオン

「ふっつたりともぉ、がぁんばぁれぇーーー!」


 スゥ―――――――――


 不意にコウベの靴音や、ワルコフの作動音が止む。

 笹木講師と刀風カタナカゼも、何かに気を取られているのか、静かになった。


 背後を振り返るシルシ。ぺたぺたぺたぺた。

 そろえて置かれたローファーに丸めた靴下。ぺたぺたぺたぺた。


「む!? 裸足!?」少年は、軸を小さくして回転するが、靴音ヒント無しでは到底、ネズミ花火と化している清楚系美少女優等生は捉えられるものではない。


「スキヤキくぅーん! うえー!」


 上? みるスキヤキ少年。

 空中に、少年を見下ろす、鋤灼驗スキヤキシルシの姿が小さく浮かんでいる。その姿は血に染まったかのようで、周囲を火花の軌跡が幾重にも渦巻き―――


 それは滞空し、今まさに構えたナックルガードを振り下ろそうとしているワルコフのバイザーだった。気のせいか、ナックルガードの表面を放電する光が走って見える。

 少年は眼をキツく閉じ、歯を食いしばる。両腕をクロスしてガードを固めた。


「スキヤキくぅーん! バトルゥレンダァー!」

鋤灼スキヤキ! バトルレンダー!」


「そうだよ! こいつら、一斉にそれ・・で飛びかかってきてんだろうが! 先生も何言って……っわっ!」

 体勢を崩し、尻餅を付いてしまうシルシ。クロスガードの横から壁際をみる。

 笹木講師は、至ってまじめな顔で、自分の腕を指先でナゾっている。

 その仕草を隠すかのように、シルシの視界へ割り込む細い人影。


 ぺたぺたぺたぺたっ!

 プリーツスカートがめくれあがるのも、いとわない裸足の優等生。


 尻餅を付いたシルシへの攻撃チャンスと踏んだらしい。コウベは、恐ろしく低い姿勢から突き上げるように掌底しょうていを放つ。


 刀風カタナカゼの声が轟く。

違う・・! お前が叫べ・・・・・! ”バトルレンダ・・・・・・!」

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