9:優等生と小鳥とブラックボックス、その3

 薄暗い教室内。すり鉢状に並んだ座席には、VRデバイスを装着した生徒たち。

 南側の窓が、遮光性のある模様テクスチャで覆われている。室内は、かすかな作動音で満たされ、点在する高輝度のARガイド表示と相まって、さながら深海を模したパビリオン展示の様相を呈している。


 黒板前の教卓の上を歩き回る、約20センチの人影サムネは、半透明に光り輝いている。


「ワオン。おやつくれっ!」

 舞台役者のように手のひらを、大きくつきだす人影コウベ


 黒板前の空間に表示中の、”機能を模したアイコン”や、”生徒の主観映像を映し出すウインドウ”。それらを、操作していた講師が返答した。

「ちょっと待ってくださぁい」

 黒板に表示されたツールアイコン(はさみ)を、ウインドウ内の生徒へD&Dしつかんで投げ入れてから、教卓へ向き直る。


 教卓の上の小さな舞台俳優は、再び、手のひらを大きく突き出して見せた。

 その、堂に入った迫真の”おねだり”に、目を細める環恩ワオン


 グレーのオーバーブラウスのポケットから、光る小袋を取り出す。

 細い指先には事務用の指ぬき滑り止め

 ナノシリコン製の分子レベルで滑らかな指先は、より正確にカーソルを操作出来るため、VRアイテムの一つ一つを直接ターゲットしつかみやすい。


 メガネのサイドに灯る、2つのLEDに隠れているが、10人にアンケートしたら、7人は”キレイ”にチェックするくらいの美人講師は、

「はぁい、どうぞぉ」と子供のような声を出した。


 舞台役者は30キロの米袋ばかでかいサイズの”特選おやつ:手羽先”を、飛びつくようにひっつかむ。

 所有権が移った、”特選おやつ:手羽先”は、瞬き、舞台役者の手のひら程度の大きさになった。

 逡巡せずノータイムで袋を開け、中身にかじり付く役者。その味に大げさな表情で、驚いて見せたのち、講師へ牙を剥く100%の笑顔を見せる


 パタタタッパタタタッパタタタタッ。

 そのとき、生徒たちの座る座席の一つから、飛翔する抹茶色・・・

 上体を起こす男子生徒が一人。


 飛び立った、ノイズ混じりの抹茶色半透明は、北側の窓の明るい風景に、姿を溶け込ませる。

 上昇下降を繰り返す、紙飛行機のごとき軌道を描き、教卓ステージに降り立つ。

 ピピピュイッピピピュイッ♪ と自分にも寄越せと、舞台役者制服姿の美少女へ詰め寄った。


「うを! 離せ! コレはアタシのだい!」

 鳥獣ことりは、その大きな縮尺のままで、手羽先の半分をむしり取ったばくり。小鳥へ所有権の移った”特選おやつ”の半分が、くちばしの中で震え、倍増対応サイズへ変化した。でろーんと飛び出した”特選おやつ”を、満足げに、飲み込んでいく小鳥。

 小さな役者は、小さな眼を吊り上げる。そして小鳥の鳥足をローファーの先で、何度も何度も蹴り飛ばした。


「……まぁ、いいか。NPCにもぉ、おやつにもぉ、遺伝情報がぁあるわけじゃないしぃー」

 笹木講師は、なにやら困惑の表情をしながらも、生徒たちの補佐及び監督作業へ戻っていく。


 北窓に切り取られたグレーの空を、鳩のむれが横切っていく。

 ここは、公園に隣接した情緒有る洋風の大きな建物の2階の一角。厳重な電子防壁シールドで囲まれ、門には「VR拡張遊技特区立ターミナル学園β」と学校名が彫り込まれている。


 本日、笹木講師は、グレーのオーバーブラウスに、紺色の9分丈パンツズボン、銀色のミュールという服装。金曜午後は各種イベントがらみで、すぐに放課となるので、普段より、ラフな格好なのだろう。

 舞台俳優たち小鳥騎士一式の食い意地の張った怪演に、当てられたのか、彼女はズボンのポケットから、携帯食ヌガーを取り出した。

 細長いパッケージには、デフォルメされ頭身が半分になった、B級映画のクリーチャー〝悪夢ナイトメア処刑人エクスキューショナー〟がえがかれている。

 朝、食べてる暇無かったから良いよね~と、教室中を見渡し、とがめる者が居ないことを確認―――居た・・

 別にとがめているわけでは無いだろうが、VRデバイスを外し着席したまま、教卓を見つめる男子生徒が1名。

 教卓の隅に表示されているブリンクする、ダイブアウトの文字と座席番号。その横には『鋤灼驗スキヤキシルシ』の文字と、少年が自分で設定したであろう角の生えたモンスターのシルエットトレードマーク


 この薄暗さでは、お互い何をしているかは解らない。それでも笹木講師はバツが悪そうに横を向いた。そっちには黒板横の準備室のドアくらいしかない。

 窮屈なパッケージから、白っぽい中身をグリグリと押し出す。そして、今まさに、ナッツとキャラメルの塊携帯食に、かじり付こうという瞬間、ガッチャリと、準備室のドアが開いた。


 それは恐ろしいまでの実感ディテールを伴い、ドアを開けて・・・・・・入ってきた・・・・・

 日常風景にはとても似つかわしくないはず異質なのに、今では見慣れてしまった感がある。

 教室内を広角に映し取る、”船外活動用宇宙服EMU”の丸いバイザーと目が合う。

「ワルさぁん?」

 ―――声をかけたが、返答は無い。

 笹木講師のひたいを緊迫の汗が流れ落ちる。

 彼女の挙動から、彼女の心境は次のようであったと推測される。


 1:ドアの裏表に点灯する施錠ランプが、宇宙服に完全にさえぎられ、目視確認ビジュアル・チェックできない。

 2:薄暗い中でもはっきりと床に落ちている、宇宙服の影に違和感はない。

 3:準備室の非常灯が作る淡い影までも、リアルタイムに再現されている。

 4:完全ホログラムにも弱点がある。幾重にも環境マッピング反射や照り返しが発生すると、現実の演算速度に負けるはずだが、今のところ齟齬そごは起きていない。

 5:何より、コレ宇宙服は、現実のドアを開けて入ってきたのだ。

 6:これがワルさんじ・・・・・ゃなかったら・・・・・何なのかしら・・・・・・!?


 完全に物理的な解像度で構成されており、映像と見分ける術は無いレベルであるとVR専門家は判断したようだ。かじり掛けていた携帯食ヌガーをくわえ、包装紙パッケージを丸める。

 一歩一歩踏みしめ、重心に細心の注意を払う宇宙服EMU見慣れた・・・・軽快軽薄な動きとは違う、重厚な

 宇宙服の手が放れ、閉じていく準備室のドア。ガッチャリ! ピピピ♪

 自動的に施錠され、静かな教室に電子音が鳴り響く。

 緊張に耐えきれなくなった特別講師トッコー、いや、笹木環恩ワオンさん推定25歳は、行動する。

 てのひらに乗せた紙弾を、宇宙服侵入者へ向かって、発射した指で弾いた


 放物線を描いて飛んでいく直径2センチの弾丸。それは、絶対的な境界を二分するはず―――


「あっ! ワルコフだ! あれ? なんかデッケーッ!? ギャッハハハハハハ!」

 紙弾発射と同時に、飛び込んでくる、米沢首ヨネザワコウベの一声。

 暴風にも似た、緊迫感プレッシャーは、その場で霧散した。

 何もなかったかのように、窓の外を飛んでいった鳩のむれが引き返していく。


 紙弾は宇宙服に当たる直前、見慣れた・・・・軽快軽薄な動きで、叩き落とされた・・・・・・・


「んなぁっ!?」声を漏らす笹木講師。


 舞台役者美少女優等生は、羽繕はづくろいに没頭していた抹茶色小鳥の羽を掴んで飛び乗った。小鳥騎士メジロナイト完成である。

 無言で”緊迫感・・・”を指さす”ナイト”部分コウベ

 ピキュキュイ♪ さっきのおやつ分くらいは働こうというのか、素直に飛び立つ”メジロ”部分小鳥

 パタパタタパタタタタッ!


 キキュキュキュキュキュウゥン!

 コウベに看破かんぱされたためか、一気に以前の軽快軽薄さを取り戻した宇宙服は、教卓へ一気に詰め寄る―――


 銃撃のようなキータイプ打鍵音

■通リスガリノs_

■通リスガリノ、シガナイ宇宙飛行士ヲ、演ジテ_

■通リスガリノ、シガナイ宇宙飛行士ヲ、演ジテ見タノデスガ、コウベサンニハ、バレテシマイマスn_


 黒板上の、”機能を模したアイコン”や、”生徒の主観映像を映し出すウインドウ”を全て押しのけ、黒板中央で会話を始める”宇宙服ワルコフ”。


 黒板へ、一瞬、視線を走らせた、笹木講師(逃げ腰)は、床にへたり込んだ。

「モグモギュ……脅かさはひでふははひほ、……モグ……はれ?……ほんほにー、……ゴクン……大きくなってるぅ?」

 くち一杯の歯ごたえ甘いやつを飲み込みながら、宇宙服ワルコフを見上げる笹木講師。

 昨日はちょっと首を向ける程度だったのに、今日は、見上げると仰け反るほどなので、威圧感がハンパない。


 ワルコフ宇宙服をヒラリとかわした小鳥は、そのまま螺旋機動バレルロールする。丸っこい体型からは想像できない俊敏さだ。天井に腹を向けたまま一度羽ばたき、”下降しながら戻ってくるスプリットS”。


 床に落ちた紙弾を、タッチアンドゴーの要領で上手につかむ。

 パタタタタッ!

 そのまま高度を上げながら大きく旋回し、”ナイト”部分コウベが落ちそうになる前に、水平飛行へ戻る。

 一直線に教室最後部へ向かう小鳥は、紙弾を両足でつかみ直す。標的ターゲットは、教室後ろの高台に置かれたゴミ箱らしい。

 

 投下された紙弾は見事ゴミ箱へ命中


 ワルコフからキータッチ音。

■オ見事デs_ コカコカカコカ

 黒板に文字が流れる。


「そうねぇー、アナタたちー、ほんとぉに色々出来るのねぇー」


 ギャッハハハハハハッ―――ピギャッ!

 いや、それほど芸達者でもなかったらしい。”ナイト”部分コウベ勝ち鬨かちどきをあげた直後、小鳥騎士メジロナイトは壁までの距離を見誤り、―――激突した!

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