6・5・2:ワルコフ対自動屋台2

 そういやテーブルの隅に置いといた、コウベの入ったパーソナル・ブレイン・キューブが無くなってる。


「ワルコフの応援に行くって言って、自分で・・・ラジコン・・・・操作して・・・・走って行っちゃったわよ」と並べ終わった食卓を見て満足げな禍璃マガリ


 ラジコンてのは、オープンチャンネルで操作も可能な簡易給仕ロボだ。

 テーブルにPBCコウベを、ワイヤーもかけずに、置いといたのがまずかった。まあ、自力で逃げ出すとは思っても見なかったが。

 俺はグウウーーっと腹を鳴らしつつ、辺りを見回した。少し離れたところを、腕の付いたカートみたいなのが、元気にキュラキュラと走ってる。


「とりあえずほっといても大丈夫かなー」

 周囲に誰もいないし、広い範囲を使う場合の白線表示も出てねえしな。


「まず食わねぇっ?」と言う刀風カタナカゼの意見に全員がうなずく。

 見たら、フォアグラの唐揚げ、特上牛ヒレステーキ、上トロ海鮮丼なんかが追加されてる。ちゃんとしたメニュー名が、テーブルの空いてるトコに表示されるので、わかりやすい。グウウウウウウ。キュルルルルゥ。同時に腹を鳴らす先生と俺。


「でわぁ、みんなお疲れー。かんぱぁーい」

 黄金色の飲み物をお冷やで割って、2倍に増やした先生は、そのうちの一つを軽く持ち上げる。俺たちもそれに習ってオレンジジュースを持ち上げる。


 禍璃マガリは、さあ、気合いを入れて戴こうかしら、とポケットから取り出した結束バンドで、キュギッと、後ろ髪をひとまとめにした。

 使う? と手渡されたので、蛍光グリーンの荷造り用のソレ・・で、禍璃マガリのように、後ろ髪を、キュギッっとまとめた。


 向かいに座る禍璃マガリはフォアグラの唐揚げを、その隣に座る先生は小皿の”ポテサラ”をおかずに”上トロ海鮮丼”を食べ始める。俺同様、やっと飯にありつけた先生の目尻には涙なんか浮かんでる。


「あれ? 俺の”地鶏の丸焼き”が無い?」

 さっき確かに、先生に頼んだはず。あれ?


「あれじゃねえか?」

 ”腕の付いたカートみたいな奴”を、ステーキナイフで指す刀風カタナカゼ


「ん? 天板の上にはPBCコウベが乗ってるだけだったろ?」

 俺は、遠くの走行音を聞きながら、誰も手を伸ばしてなかった、上トロじゃない方の海鮮丼に醤油を垂らす。


「ひたのはん」

 刀風カタナカゼは、ステーキをくちに詰めたまま、フォークでカートコウベをもう一度指し示した。フォークの先には、形よく面取りされた、ちょうどよい大きさのニンジンが刺さってる。


 俺は海鮮丼を一口かっこんで、コウベの操るカートを見ようとしたんだけど―――


「う、うんめぇぇぇぇぇぇぇ!」

 俺は、ヤギのように叫んで、米粒を飛ばす。

 この空腹状態で、この高級食材使用のメニューだ。美味うめぇ、ひたすら美味うめぇー。


 ちょっと! キタナイわね! と自分が確保した皿を手直に引き寄せる禍璃マガリ


 「フマン、フマン」

 モグモグン。俺はもごもごと返事をしながら、咀嚼そしゃくする。

 モグパクモグパクモグモグゴクン。俺は海鮮丼の半分位を、一気にかっこむ。はーっ、美味ぇーっ! 強烈な腹の虫もコレで一段落してくれるだろう。オレンジジュースを飲みながら、今度こそカートを見た。

 ちょっと遠くまで行ってしまってるが、何とか見える。確かに、天板下の棚に、まるまるとしたシルエットの地鶏の丸焼きが乗っている。


 テーブルに向き直り、俺はひとまず目の前の”上トロじゃない海鮮丼”を平らげる。

「次、近海魚のお造り出るけど、欲しぃーひとぉー?」

 ”上トロ海鮮丼”を平らげた先生は、空になったドンブリを”自動屋台”後方の、流し台へ突っ込みながら、聞いてくる。


「量はいらないけど、ちょっとだけ食べたい」と小さく挙手する禍璃マガリ


「俺も少し食べたいっす」食べ終えて空になった鉄板皿を持って、刀風カタナカゼが立ち上がる。


「じゃ、お造りコレもシェアしましょー♪」

 先生は表示板へ腕時計をかざす。


 ビッ! チャリーン♪


 ”自動屋台”には、天板が3枚付いてた。ソレは自動屋台の設営とともに、中央の1枚が高い位置で、薄く広くスダレみたいに展開して、風雨除けのほろになった。

 もう一枚は客用テーブルになり、自分で客のそばに寄って来たので、ちょっとキモかった。コレにも大きなパラソルが開いたけど、食卓が薄暗くなるので、手で押し戻して閉じた。

 最後の一枚はさらに半分に分かれ、リアルタイムのメニュー表示やテレビにもなる表示板と、ラジオープンコンチャンネル操作も出来る自動給仕ロボになった。


 先生はリムレスフレームなしの自分のメガネをかける。周囲が明るいのでLEDは点灯してない。メガネの左端を指先で摘む。


「まだ、ズゴゴゴゴって言ってるわね」

 俺たちの使い捨てARメガネと違って拡張映像のオンオフも可能だ。けど、どんなデバイスを使っても、一度リンクした拡張音声は、対象がログアウトかロストするまでオフに出来ないって講座で聞いた。

 先生はメガネを再び外す。俺は断然、メガネ有りの方が、頭良さそうに見えるから好きだ。実際、頭は相当に良いらしいけど。刀風カタナカゼ絶対に・・・”どっちでも良い”って豪語してたっけなー。


「まあ、でも実際、自動屋台にありつけているわけだし、ワルさん大手柄よぉ」

 先生は黄金色の飲み物をコップに注いで、後ろ手に隠し戻ってくる。


「ね・え・さ・ん!」

「いーじゃなぁーい! お給料日前のぉ贅沢はぁ至宝ぉー!」

 きゃはははは。いくらか、出来上がってきてるのか、はしゃぐ子供みたいな声がいつもにまして甲高く響く。

「今日は、運んでくれる人だって居るんだしぃー!」

 こっち側に座る男二人にやや赤くなってきた顔を向ける先生。


「ほへに、ははせてふははい! ほおまへへもほほふりひはふほ!」

 刀風カタナカゼは、イカリングとオニオンリングを口一杯に詰め込んでいる。


刀風カタナカゼ、なに言ってるかわかんない」

 ジト目で立ち上がった禍璃マガリの手には空になった皿。


 ……俺も、折角だから、食い溜めしとこかな。

 ”自動屋台”の表示板によると、”お造り”に多少時間がかかるので、サブ内蔵調理機クッカーではデザート作りが始まってる。デザートの品目は分からないが、コレにも時間がかかるだろうし、ソレまで食い物が無いのも寂しい。


 となるとさし当たって、コウベが持ってった、”地鶏の丸焼き”を回収せねば。


 俺はARメガネをかける。

「ほんとだ、まだズゴゴゴ言ってる」


ズゴゴゴゴゴゴ……。”自動屋台”のディープコピーが大爆発した名残だろ。


キュラキュラキュラ。コウベがカートで走り回ってる、実世界こっちの音だろ。


ブブブーーーーーッ。そうブブーーッって、この音はクイズ問題で外れたときとかタイムアップの時とかに鳴る音だ―――


「ワールッコフ! ワールッコフ! 頑張れ頑張れワルコッフッ!!」

 わー! ドドドドドドドドドンドドン!

 一人応援団と化している米沢首ヨネザワコウベ20センチサムネイル

 俺はコウベのそばまで、歩いて行った。地面のあちこちに大穴が空いてたけど、足を取られることも無くたどり着く。車内販売用のカートみたいなソレの天板にパーソナル・ブレイン・キューブが置いてあり、転がらないようにアームが押さえている。


「コウベ」

「シルシ! シルシも応援しなさいよ! ワルコフさんマジピンチだよガブーリ!」

 ほほでもつついてやろうかと突きだした指に、噛みつかれた。

 俺はデータグローブも無く、使い捨てARメガネで参照してるに過ぎないはずなんだが、げに恐ろしきは”手順さえ会・・・・・ってれば後・・・・・は機械が全・・・・・部やって・・・・くれる・・・”だ。さて―――


『2年前の、”自動機械群マシンOS事件”で完全復旧までに3カ月もかかってしまった主な原因は、”構造リグ身体性スキーマ”と別名保存ディープコピーの実質的な差異を、機械的に検知できなかったからである。

 ◯か×で答えよ。』

 勢いよく掲げられた、びっしりと書かれたプラカード。

 ソレを持つノイズ混じりの”自動屋台ディープコピー”。

 あれ? あなたついさっき、大爆発してませんでしたっけ?

 ま、ソレを言ったらワルコフだって初撃くらって粉砕し迎撃されてたけど。


 その真ん前で、キーボードを打ち込んでるっぽい宇宙服ワルコフ

 俺たちはもう少し近くまで行ってみる。


 m_ カッ

 まr_ コカッ

 まる_ タンッ

 丸_ タンッ

 円_ タンッ

 。【句点】_ タンッ

 .【ピリオド】_ タンッ

 満留_ タンッ

 巻_ タンッ

 團_ タンッ

 Malle_ タンッ

 

 ワルコフと”自動屋台ディープコピー”の間の地面・・に、入力された文字がそのまま表示されていく。

 俺の制服の袖をハックして表示してたやつだ。


 たぶん、状況から察するに、マルバツの◯を表示させたいんだろう。


 CIRCLE_ タンッ

 ㊤_ タンッ

 ①_ タンッ

 ◉_ タンッ


 あーなんか使わない、訳わかんない記号が先に来ちゃってて、中々目当ての普通の◯にたどり着けないらしい。


 ◯_ タンッ


 やった! ワルコフやったぜ!

 そこだ! ワルコフさん! マジパネェ! ギャーッ!

 俺まで、本気で応援してしまった。


 ◍_ タンッ


 あっ! 行きすぎたっ!

 なにやってんの! ワルコフ!? ギャギャー!

 ワルコフは俊敏な動きで、なんかアタフタしている。


 「ワルコフ! 上矢印で戻る!」

 俺は助言してみた!


 ◯_ カッ


 よし戻った! 『Enter』押せ!

 ワルコフ! そこだ!


 ブブブーーーーーッ。タイムアップ! どこからともなく合成音声が響き渡る。さっき聞いた音はコレか。

 ”自動屋台”の表示板を見ると、デジタルカウンターが”00:00”って表示されてる。むむむ。全く意味はわからねえけど、俺たちが旨いモノ食ってる間にもワルコフは闘っていたのかと思うとなんか悪い気がしてきたので、真面目に助けてやることにする。


◯×マルバツ答えるだけならジェスチャーでも良いんじゃねーか?」

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