6・5:ワルコフ対自動屋台

6・5・1:ワルコフ対自動屋台

「先生、とりあえず、最悪の事態は回避って事でいいの?」

 俺は、深刻そうな顔して言葉を絞り出す。


「そうねー、ワルさんが滅多な事してぇ、自動機械の群体シマシンステムOSにぃ異常でも起こしたらぁ、大変な事になったかも知れないけどぉ」

 先生は、子供のような声で返事をしながら、小皿を人数分、並べていく。


 ヴァリヴァリヴァリ!

 先生の背後で、凄まじい放電スパークが放たれる。


「アタシ知ってる、ソレ、前に姉さんが、かり出された奴でしょ?」

 禍璃マガリはテーブルに並んだ小皿に、”分厚いカリカリベーコンとアスパラがゴロゴロ入っているポテトサラダ”を取り分けている。

 なんか妙に手際が良いなコイツ。


 シュシュルルルルルルッ!

 ”自動屋台”へ向かう先生の目と鼻の先を、白い円筒が一瞬で通り過ぎる。栄養ドリンク剤くらいの大きさで、ブルーのラインが入ってる。


「そぉー、2年前のぉ、”自動機械群マシンOS事件”はぁ、けが人一人でなかったけど、完全復旧まで3カ月かかったからねぇー」

 次に先生は、出てきた”魚の煮付け”の乗った皿をつかむ。

「コレも貰いまぁす」

 ゴツい腕時計のパネルを、金目鯛の、バカでかい目玉に向ける。


 俺たちは緩衝エリアのほぼ中央、自動屋台と、すぐそばのテーブルを行き来している。


 ピッ! チャリーン♪

 ふつうの端末決済じゃ、”チャリーン♪”なんて鳴らない。

 これは、スタスターバラッド内通貨の、”宇宙ドル”で払った時だけ出る効果音SEだ。ジオフロント内部や、その敷地都市の一部では、ほぼ公用通貨と化している。

 ”特区外”で、先生って呼ばれてる人が、”チャリーン♪”させてたら、白い目で見られるトコだけど、ここ”VRゲーマー特区”では逆に、ステータスとさえ言える。


 先生の前を通り過ぎた円筒は、複雑な軌道を描いて旋回する。吹き出す白煙を風に流しながら、テーブル下の禍璃マガリの足の間を通り、飛び去っていく。


「でも、仮想空間ARからワルコフにいくら攻撃されても、実世界の自動機械には傷一つ付かねえんじゃねえの?」

 と、刀風カタナカゼ


 ドドドドガガァン!

 爆発したっぽいので、そっちを見たが、ワルコフ健在。オットットットと、歌舞伎の”見栄”を切り、爆煙をかわしている。


「ソレがねえ、んーっとね。簡単に説明すると……」

 先生は顎に握り拳を当てる。


 ”自動屋台”から、次々と発射されていく、少しずつデザインの違う白い何かドリンクちっさいミサイル


「私たちにはぁ、ボディースキーマって有るじゃなーい?」

 先生は、右手に”煮付け”の乗った皿を持ち、左手をニギニギさせ、テーブルへ歩いてくる。


 目尻を下げた刀風カタナカゼが、先生と同じように左手をニギニギしてやがる。

 ワルコフは四方八方から飛来する、複雑な軌道のすべてを読み切り、かわしてやがる。


 赤い魚の乗った皿を、俺たちが座るテーブルの上に置き、「先週ぅ、講座でぇやったところですよぉ。覚えてますかぁー?」と言って、空いた席へ座る。

 

 その時、遠くの方から、ガシャガシャガシャンと、重いモノがぶつかる音がしたので、一斉に振り向く。ワルコフが細長い棒を地面に突き立て、周囲に雷撃を放ってた。トポロジックエンジンの”待ち状態”の放電スパークとは比べものになんねえ範囲に飛び散ってる。

 何だ、ワルコフか、と俺以外全員がテーブルへ向き直り、会食準備が再開される。俺も自動屋台のはしに、くっ付いてるドリンクサーバーから、お冷やとオレンジジュースを見繕う。


 さっきの重い音は、白いミサイルが地面に次々と突き刺さりひしゃげた音だ。見た感じよりも重量設定が大っきーのかもしれねー、なんて考えるのをやめ、先週の講座内容を頭の中で検索し思い浮かべた。


「目を閉じて、自分の腕を伸ばしたときに、頭の中にある伸ばした腕の感覚、の事で良いんですよね?」

 俺は、オレンジジュース3杯、お冷や1杯をテーブルに置いていく。


「んー、大体、合ってるわね。そう。その頭の中にある、素の状態の体の形や大きさや、ナンカの事だと、思ってちょうだい。……あれ? 先生のジュースは!?」

 先生は自分の前に置かれた、お冷やを不思議そうに軽く持ち上げて見ている。


「左端のドリンクバーの所に、お酒も有ったから、そっちがいいかなと思ったんで、とりあえ……」


 先生は、禍璃マガリの顔を一瞬見て、いきなりダッシュ!


 外で飲むのは止めてー! 姉さんの事、おぶって帰るのもうーよ!

 先生に負けじとダッシュする禍璃マガリ

 こう言うところは、ふつうに姉妹っぽい。


 ヴァリヴァリヴァリヴァリヴァリヴァリ!

 またバリバリやってんのかと再びワルコフを見た。


 さっきまでの、ワルコフの身長程度の金属棒じゃなかった。

 それは、モールドの向こうに生えてる非暗号オープン回線用チャンネルの電波塔と同じくらいの高さがあり、最上部に何かノズルのようなモノがついてる。


 爆煙と土煙が晴れ、テクテク走る”自動屋台”が丸見えになる。

 ちなみに、緩衝エリアに土は無え。


 「あ……」俺の口から声が漏れた。


 またもや全員がワルコフを見る。10メートルほど離れた所に”自動屋台”が逃げるように走っている。


「アレが、彼ら、自動機械さんの、いわば身体性・・・ですぅ。便宜上ぉ、リグ・モデル・スキーマとかリグ・スキーマ、仮想空間の記述言語によってはリグ・コントローラなんて呼びまぁす」

 先生はテーブルに座り、黄金色の液体をなみなみと注いだコップを大事そうに置く


「それ、一杯だけだからね」

 禍璃マガリの厳しい声が先生の声に続く。


 トントントーーーン!

 とワルコフは棒を持ち、その場で、ジャンプした。

 頂点で、スラスターに点火。


 ドドドドド。

 全く同じ仕草で見上げる笹木姉妹、オレンジジュースを一気飲みしながら見上げる刀風カタナカゼ、口を半開きにして見上げる俺。


 ワルコフは30メートルほど上空から、槍投げの要領で巨大な五寸釘のような……巨大なら五寸・・じゃねえけど―――


 古い映像みてえな、横縞のノイズを出す、”自動屋台”が、巨大五寸釘に、撃ち抜かれた。


 満足したのか決着が付いたのか、ワルコフは、空中で背泳ぎをしてその場から距離を取ってる。


「「「「終わった!?」」」」

 口をそろえた瞬間。


 五寸じゃねえ巨大な釘のノズルから、天空に向かって噴射開始。


 シュドドドドドッドドドドド!

 噴射はワルコフの推進力と同じ色だ。けど、その勢いは凄まじく、噴射と言うよりも天空へ向かっての砲撃と呼んでもいいぐらいだ。

 巨大五寸釘は沈降を開始し、”自動屋台”は無惨にも小さな爆発に包まれてく。


 ぼかんどんばんどっかん!


 五寸釘が地面に埋まり、”自動屋台”は地面に縫いつけられたまま、緩衝エリアの幅と同じくらいの大爆発を起こした。ソレは、破壊以外の機能を持つとは到底想像できねえ代物で、頭の中を真っ白にするには十分だった。


 呆気にとられたままの俺たちに、先生が言葉をかける。


「仮想空間にー、構造リグ身体性スキーマをー、別名ディープ保存コピーしてぇ、そこから先はぁAR映像・・・・・そのものが・・・・・思考します・・・・・ぅ」


 刀風カタナカゼでさえ、ビビって微動だに出来ない、凄まじい爆風の中、先生は、全く気にせず、説明を続けてくれる。暴風の中でも聞こえるのはそう言う調整機能が多少、効いてるんじゃねえかなと思う。


「そして、仮想空間からの攻撃に対し迎撃防衛する仕組みですぅ。まあ、コレは講座で来月くらいにヤるところだからぁ、まだ、覚えなくていいんですけどねぇー」


 子供みたいな声だけど、まがりなりにも、大人すげえなと、俺は、素直に感心し、先生を見直した。

 その顔には……その顔には、トレードマークのメガネが無かった。


 俺はARメガネをいったん外してかけ直す。

 爆煙は消えたのち、再びノイズ混じりに復活した。


 俺はARメガネを外して、制服の胸ポケットに畳んで仕舞う。

 禍璃マガリ刀風カタナカゼも俺に習う。


「やーいい天気ねえー」と禍璃マガリ

「本当だな。一時はどうなることかと思ったぜ」いや、刀風カタナカゼ、問題は解決してないぞ。”自動機械の群体シマシンステムOS異常”って、こう言う事で起こるんじゃ無えのかぁ!?


「そういや、コウベはどこ行った!?」

 俺は、顧問や、部員に習って、当たり障りのない話題を振った。

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