6:ワルコフ追跡その2

 ジオフロント敷地の都市設計は、中央に基幹施設。その周囲が研究棟や実験設備で埋め尽くされ、外周に公園や学園や各種管理窓口などが点在している。更に外周に、若干の緩衝エリアをはさんで、住宅街、イベント会場や常設のVR施設などが有る。


 笹木環恩ササキワオンが指し示しているのは、ちょうど、緩衝エリアの内縁側の境目入り口だ。


 高さ30センチほどの、”鋼鉄製の柱と油圧システムのような横円筒で埋め尽くされた謎の文様を描いているようにも見える段差”。それがギザギザと不規則につながり、3メートル幅くらいの太さの線で、直径2・5キロの巨大な円を描いている。

 正式名称は公表されていないが、土地の者は、『モールド』つまり鋳型などと呼んでいる。緩衝アリア終端の外縁側境目出口にも、内側と同じ構造の、『モールド』が埋め込まれている。『モールド』で囲まれた緩衝エリアには何もない平地が、300メートル続いている。


 刀風カタナカゼは、いまだ、顔を赤らめながら、両手の甲を見つめ、ワキワキさせたりしている。


「緩衝エリアは、ルート外になるから、マニュアル運転しないといけないんだけど、シルシ君も私も特区内カートライセンス持って無いじゃない」と環恩ワオン


「アタシ、先週取った!」はいはーいと禍璃マガリが挙手。

「俺も、先月取りました!」我に返る刀風カタナカゼ禍璃マガリの横に整列し、挙手。


「また、ゲーム始めんなら、鋤灼スキヤキも取っといた方がいいぜ!」

 刀風カタナカゼはそんなことを言いながら、マクデブルクコミューターを掴み、片側を持ち上げる。


「わっ、おまえ、それ、200キロ以上あるだろっ」

 シート下の細かい実測値などが書かれている所に、約230キロとある。

 シルシはあわてて、駆け寄り、降ろさせようとするが、


「腰の重心で掴んで、自分ごと持ち上げる。楽勝だ」

 多少プルプルしているが、確かに大丈夫そうに見える。


「じゃ、じゃあ、『モールド』越えられる?」

 環恩ワオンは鋼鉄製の文様を指さす。


「お安いご用でさぁ!」ふんぬ。

 刀風カタナカゼは、そのまま、マクデブルクを引きずっていき、ギュムギュムと半球タイヤを凹ませながらも、『モールド』の30センチはある、かなりの段差をフンフンフンと鼻息を荒くし、乗り越えた。


 おぉーー! 感嘆する一同。


「えっと、ヨージー? はシルシと違って、筋力・・体力・・にステータスが振ってあるな。ギャッハー!」

 刀風カタナカゼの制服の校章が、一瞬明滅する。

 使い捨てのARメガネのスピーカーから、コウベの声が漏れている。

 さすがに、”500円ショップ”で売られてそうな、使い捨て前提の安物では、隠密性重視の指向性・骨伝導タイプのスピーカーを望むのは酷と言うものだ。


「おうよ、俺と違って、鋤灼スキヤキは、器用さ・・・にステータス全振り・・・だからな!」

 勝ち誇ったように言う刀風カタナカゼ

「それほめ言葉じゃねえし、何で刀風カタナカゼが、ドヤ顔してるんだよ」

 シルシ刀風カタナカゼに習って、ハンドルを掴んで持ち上げてみる。 ピクリともしない、コミューターから手を離す。


「じゃあ、こっちは3人で持ち上げるわよぉ」

 シルシがシート下の窪みを、環恩ワオンが左ハンドルを、禍璃マガリが右ハンドルをそれぞれ掴む。


 せーの、ぎゅむ。せーの、ぎゅむむ。

 シルシは腕を曲げヨタヨタと、尻を向けて進むのに対し、笹木姉妹は掴んだ両手、つまりシルシの方へ胸を突き出す格好になる。

 シルシから見て左側は、全く何の問題もないが、右側からは環恩ワオンの両腕で挟まれ強調された、弾けんばかりの弾力が、シルシの右ほほ へ迫ってくる。


 ヨタヨタと3人が『モールド』に乗り上げたところで、真っ赤な顔をしたシルシは、「い、いったん降ろしますよ~」と宣言すると同時に、コミューターをゆっくりと降ろす。


 ふー。息を付く3人。


「なによー。筋力はともかく根性無いわねー」腰に手を当て、あきれ顔の妹様。

「そうっ! シルシは根性ーが足りない、ギャワー」とスピーカーから漏れてくるが、シルシは聞こえていない振りをしている。

「違う、先生の……」

 ハンドルを掴んだままの先生を見やるシルシの視線から、禍璃マガリは気づいたらしく。

「このっ! 代われっ! アンタだけに良い思いなんてさせないわよ!」

 と鼻息荒く、シルシのすねを蹴り、場所を空けさせ、禍璃マガリが中央に陣取る。


「それ、何か違う気がするが、俺が凶弾されないなら、……いいか」

 とシルシは場所を変わる。

 ヨタヨタと、へっぴり腰で、禍璃マガリは、「ぱにゅんぱにゅん」と、奇妙な呪文を発しつつ、何とか運びきり、『モールド』の最後まで行き着いた。


鋤灼スキヤキ、代わってヤる」と刀風カタナカゼは、頼もしいところを見せる。

 3人が運んだコミューターを、刀風カタナカゼは一人で掴みあげ、引きずるように『モールド』から降ろす。

 そして、既に、緩衝エリアに止めてある、もう一台の横に並べる。


「笹ちゃん、大丈夫でしたか、こんな重いもの」

 と、環恩ワオンの手を取り、”さすさす”している。

 環恩ワオンは、私より禍璃マガリちゃんの方が大変だったわよう、とその手を振り払っている。


 平静を装い、にこやかな表情のシルシの頬を、冷や汗が落ちる。さっきの、ぽにゅんぽにゅんハプニングの所は見られていなかったようだ。


 ぜーはー。汗だくで、コミューターに、しなだれかかる禍璃マガリ


「大丈夫か? 無理すんなよ」


「う、うるさ、いわね」

 息も絶え絶えに言葉を吐き出す女子高生は、両足を地面へ投げ出している。上着を脱いで、シートへ架けるが、落としてしまう。


 シルシは、落ちた上着を拾ってやり、緩衝エリアを見渡す。


 緩衝エリアは見た目、従来のアスファルト製道路が一面続いていて、一見広大な駐車場だ。もしくは見方によっては、300メートル幅の巨大な一本の周回路ととらえることも出来る。


 素材は自己修復型ハイプラスチックで、磨耗など通常の劣化は、ジオフロントサイド地下からのマテリアル供給だけで自動的に修復される。基材もマテリアルも、再生プ高純ラス度プチッラスクのチッ料でまかなえる。


 特に入場制限はされておらず、自由に利用できるが、『モールド』を越えなければならないので、大型車両は入ってこない。

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