6:ワルコフ追跡

6:ワルコフ追跡その1

「これからぁ、一分一秒を争うぅ、作戦ミッションをー開始しまぁーす!」


 反応がなかったからだろう。笹木講師は涙目になりながら復唱した。

 美人が涙目で訴えているというのに、悲痛さは無い。子供のような声が、ソレを強烈に打ち消しているからだろう。総体として微笑ましい雰囲気の方が勝っている。


「なに作戦って?」

 腕組みし、仁王立ちの、ミニスカ制服妹は、童顔の眉毛を吊り上げる。


「失敗したらぁ、先生は学園長直々に怒られますぅ。たぶん」

 一体、なにしたの姉さんっ! と桃色事務服の袖にすがりつく童顔少女。


「成功したらぁ、あのー、幻と噂のー……”自動屋台”さんに、有り付けまぁす。お代も先生が、全額持ちまぁす!」

 マジカヨ、俺、今日、”自動学食”で、オニギリだけだったから、ラッキー! と早くも乗り気なイケメン。


シルシ君は、ゲームクライアントをまだインストールしてない様なので、これに記入して下さい」

 え? 手渡された二つ折り・・・・のフィル・・・・ム・シート・・・・・を開く。


 そこには入部届が表示されていた。

 シルシは、かけている使い捨てやや不格のAR好なメガネを外してみる。

 笹木講師の座席から伸びたケーブルが緑色の小さなフィルム・マットに繋がっている。


 シルシは、自分のデータ・ウォッチを見る。

 午後3時6分の表示。

 ”自動屋台”出現予定変更なし、というアプリの表示。

 交互に表示されている。


 シルシは、雑多な感情を、押し殺す様に鼻から息を吐き、笹木講師の差し出したデジタイペンザで、記名した。


 それを覗き込む童顔少女と、空間が40センチほど空いて、イケメン。


「なに!? 笹ちゃんと部活だとっ!? 許さんぞ! 俺も入るぜ!」とイケメン幅広モヒカン


「だから刀風かたなかぜ、気安いわよっ! 姉さんっ、部活なんて聞いてないわよっ!? 私も入る!」と童顔ロング


 シルシのペンを、ひったくる妹様。


 シルシの制服の胸のドット絵アイコンの隣に小さなアイコンが出現した。

 『VR研』の文字の背後にでかいエリンギ、手前に小さな椎茸があしらわれている。

 数秒後、古い映像の様に、横縞のノイズを出しながら、制服姿の人影が出現する。


「……ザッ……だよ、シルシー。何かしゃべれよー」

 ソノ人物は実物大で、シルシの腕に取り付き、肩をもうとしてくる。


「ふーっ」

 シルシは観念したように、背後の窓を振り向く。


 まだ、ワルコフは、それほど遠くないところをドドドドドと飛んでいた。


「先生、アレ何とかするとして、追いつくと思う?」


「大丈夫ーぅ! 力強い味方が出来たものぉ!」

 とデジタイ・・・・ザと紙・・・・を取り合っている、幼児体型と筋骨隆々を指さす。




「―――さー、行ってちょうだいぃ!」

 笹木環恩ササキワオンの号令とともに、一行はワルコフの漂う方向へと発進する。


「ピンポーン♪ 発車イタシマス」

 半球タイヤ仕様の~♪ 安心街乗りコミューター♪ で有名な、電動コミューターである。

 安全を重視しているため、最高時速は40キロ。それでも歩くよりずっと早い。

 ジオフロント敷地内ならどこまででも100円、もしくは900宇宙ドルで利用できる。

 目的地入力後、自動作成されるルート道順を承認するだけ、という簡単さ。

 ただし、ルートの直接指定は出来ない。パスすると次のルートか作成される。

 基本的に搭乗者は操縦しない。好みで速度をコントロールし、必要に応じて急停止などを行うだけだ。


 本来一人乗りだが、男女や、親子の組み合わせなら、何とか2人乗れる。特区条例で、親子や”仲むつまじき恋人同士”の場合において2人乗りが認められている。男男・・や、女女・・の組み合わせでも、”仲むつま・・・・じければ・・・・”条例違反では無い。ただし、座席シートから落ちそうになっていると、厳重に注意される、その場合は4人乗りの超伝導カーが即座に手配される。


 ルルルウーーーー。うなる超伝導モーター。

「俺、もう、死んでも良い!」

 筋骨隆々イケメン刀風曜次は、ハンドル部分に座った、笹木環恩ササキワオンの尻の下に手を置いている。

「こらぁ、モゾモゾしないのぉ」と環恩。

「ハイすみません」ピシリと微動だにしなくなる刀風。


 ル・ル・ル。うならない超伝導モーター。

「何ですって!? 姉さんにモゾモゾするなんて、このアタシが許さないわよっ!」

「威勢はいいけど、もう少し急がないと、引き離されるよ」

「わかってるわよ!」


 乗り捨て電動コミューター、『マクデブルク』は、大きめの平イスにハンドルが着いた様な乗り物である。名前の由来は有名な真空実験、『マクデブルクの半球』からで、単に『半球』つながりである。

 シルシの前に、笹木禍璃ササキマガリが座っているのは、先行する環恩・刀風チームと変わらないが、ハンドルの前に足を出さず、シルシ同様、シートにまたがっている。

 がに股になるので、女性は、特にスカートの女性はとても嫌がるものだが、禍璃まがりは気にしていなかった。

 学校横の、コミューター乗り場で、「姉さんと一緒に乗れないなら、せめてアタシが運転するわ」と譲らず、さっさとマクデブルクに跨がってハンドルを掴んでしまったのだ―――


「ちょっと、変な物押しつけないでよっ!」

「え!? これ、コウベが……NPCが入ったヨーグルト瓶―――」

 小型のヨーグルト瓶のような装置だ。

 角型の瓶ヨーグルト瓶の付いた装置を1基タイプに替え、コウベ入りのPBCパーソナル・ブレイン・キューブを装填。

 連れて歩けるようにと、首から下げられるストラップを付けて貰ったのだが、

 紐が長すぎて、へその下くらいまで落ちてしまっている。

 あわてて紐を調節するシルシ。それでも邪魔になることに代わりはないので、じゃあ、そっち側に垂らしておくけど良い? と確認してから、禍璃の肩から前へ垂らす。ちょうどセーラー襟に少し隠れた校章のあたりに接地……せず、コツコツと禍璃にぶつかり続ける。


「何よこれ、うっとーしーんだけど―――」


 びゅわ。禍璃の顔の横に、米沢首ヨネザワコウベが横縞のノイズとともに出現する。


「うっとーしとは、何よ!」

 コウベは背伸びして、耳たぶをかじろうとしている。


「また元の確認サイズに戻ったな」


「あ、シルシめっけ! おーい!」

 コウベはシルシを見つけ両手を振り回す。ドドドドドドン♪

 うるっさい! 禍璃が抗議の意を示す。


「コウベ、その太鼓の音、何なんだ? うるさいぞ」

「これは、衝撃波じゃん」とバカなの? シルシはバカなの? と例のあざけりの表情を、細い肩越しに返す。


「……えっとコウベだっけ? アンタ……自由ねー」

 顔の横でバタバタされるのを、ウザがってはいるが、印象は悪くないらしい。


「そういう……マガリも……」コウベが言いよどみ、マガリの制服に刺繍された校章が一回だけ明滅する。相対的に巨大な姿を、特に胸のあたりの断崖絶壁を、眺め見てからひと言。

「……体型が、自由・・だな」

 マガリは瓶をひっつかんで投げようとしている。

「あぶねー倒れるっ」シルシの首も引っ張られバランスを崩し、コミューターはスローダウンする。

 2人と1体は同時に上方を見る体勢になった。

「「「あ」」」


「キャーッ! ワルコフさぁーん!」ドンドカンドドドドン!

 上空50メートルほどを、陽光をきらきらと受け、宇宙服が飛んでいく。全くノイズが無いので、映画か、ゲームのワンシーンかと錯覚する。


シルシはコミューターを降り、歩いている。

「オマエ、それウルセエぞ。謎衝撃波は止めらんねーのか?」


「何言ってんの!? 熱い思いは止められるわけ無いじゃん!」バカじゃん。シルシはバカじゃん。とすぐ目と鼻の下から、こちらを見上げるコウベ。


「仲良いのね~」ウルルルルルル!


 大股を開いて、一人乗りで、ウルルルルと超伝導モーター音をたて、横を付いてきた禍璃マガリにも声をかけるシルシ


「それ、見せてんのか?」ハンドルに制服のスカートが引っかかってる辺りを指さす。

「んなっ! 見せてないわよっ!」片手でスカートを押さえる禍璃マガリ


禍璃マガリちゃぁーん、鋤灼スキヤキくぅーん!」

 先行していた、環恩・刀風チームが、路地の一角で停止している。


「どうしたの、姉さん?」「どうしたんですか?」


「この段差越えるのに3人いや、やっぱり4人必要なのよねぇ」

 環恩は路地と先に続いている細い路地との境目を指さした。

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