5:VRE研究部発足その3

「ワルコフが欲しがったから、椎茸のお礼に、あげた」

 これはコウベの、と自分の記名入りの入部届を大事そうに見せる。口を開けギラリとした歯を見せ、得意満面である。


 シルシは自分の制服をまさぐるが入部届は出てこない。


「小鳥の分の入部届手動のパーティ申請手続きか?」

 シルシはコウベを睨みつけるが、空腹のせいか、いつにも増して覇気が感じられない。


 じっと、『米沢首ヨネザワコウベ』の文字の隣に張り付いたイラスト描きの小鳥を凝視する笹木講師は、


「記名した時点で、”ゲームクライアンント準拠の初期セーブデータ作成及ティびパーティークラス登録”は通ってるわね。よくわからないけど、ワルさんは、パーティー要員からの承認で、なんか色々出来るみたいねっ」


 不意を付き、入部届を2枚・・とも受け取ひったくる笹木講師。桃色の事務服のポケットに仕舞う。


「はい、正式に受理しました。詳しいことは追々ヤって行きましょ!」

 なんて言いつつ、出しっぱなしだった、デバッグ装備を次々と終了させ、光の粒子に変えていく。


 コウベが入部届を返せと抗議するが、小鳥も出してあげないといけないし、どのみち預かります、とにべもない笹木講師。

 代わりに、特選おやつあげると言って、デバッグ装備の中から『特選おでん』をつかみだし、コウベに手渡す。

 コウベは早速袋を開け、かじり始める。はんぺん竹輪ちくわ大根と順にかじっていく。

 「わっ、何だこれ? 口の中が楽しい!」ギャー! ドコドコドドン!

 

「それはって言うんだ。オマエも”美味しい・・・・”って言葉使ってたじゃねえか」

 上空を見上げながら、シルシは、コウベの相手をしている。


 シルシたちを見下ろすワルコフの丸いバイザー部分の外周。小さな光点が時計回りに回っている。


 ワルコフは重量感を感じさせる、ゆっくりとした動きで、上空をぐるーっと回り続け、やがて、シルシの下宿先のある方角を向いてピタリと止まった。


 ワルコフが、身構えると、右手首から、ナックルガード風の手甲が飛び出す。そして、なにもない空中を突き破る様に殴る。

 音もせずに、初期フロア、の空が割れ、教室のAR対応塗装された天井が出現した。


「うわっ!」「きゃっ!」いきなり、現実に引き戻された二人は慌てるが、ヘッドセットは装着されたままだ。笹木講師の帽子もバイザー部分が降り、補完映像が投影されている状態だ。


「ワルコフは!?」シルシはVRヘッドセットを

「ARボタンで見えるわ」笹木講師は、かけているメガネのLEDのついている辺りを指先で摘むように押した。メガネを外側から覆っている、バイザーのスルーランプが点灯している。


 シルシも、ゴーグルの左側のボタンを押し込み、離す。

 魔女帽子を目深にかぶった、笹木講師の見ている方向を向く。


 音もなく飛んでいくワルコフが、教室天井に、学園の建物を透過透視する形で映し出される。


 便宜上、ワルコフを、映し出すスクリーンと化している、教室の天井。その端まで行ったワルコフが、左右を見回して、一度は仕舞ったナックルガードを、再びガシンと飛び出させる。


 そして、教室の天井と、窓の向こうの外の境目を、突き破るように殴った。

 ガツン! ビキ! ゴシャ、ガララッ!

 教室の天井と、その上の3階部分を、一瞬で粉砕する。

 初期フロアの空とは違って、破壊された3階がぐずれ落ち、降り注いでくる。


 「「!」」シルシと、笹木講師は咄嗟に両腕で自分の頭をかばう。

 瓦礫がすべて、教室に落ち―――

 不意にシルシの横から、巨大な顔が突き出される。

「うわっはっ!?」


鋤灼スキヤキィ~。 何、笹ちゃんと二人でダイブしてんのさぁ~」

 両サイドを刈り上げ、幅の広いモヒカン頭にした、同級生らしき少年。


「LV2:刀風曜次カタナカゼヨウジ

 AR表示が、少年の姓名及び、スタバスターバラッド内のキャラレベルを告げる。


「そうよ、鋤灼スキヤキ、なに姉さんと2ショット・ダイブかましてくれてんの! あと刀風! 姉さんに気安い」

 反対側からも覗き込むように巨大な顔が突き出される。


「LV14:笹木禍璃ササキマガリ

 先ほどの少年よりも高いキャラレベルと、笹木講師と同じ名字が表示される。


 二人はシルシの両サイドに立ち、ゴーグル部分を覗き込んでいる。


禍璃マガリちゃーん! ちょうど良いところにーぃ!」

 笹木講師は情けない声で、妹らしき女子生徒へ助けを求め手を伸ばす。


 笹木禍璃ササキマガリは、姉らしき事務服講師の魔女帽子を、頭から引っこ抜いた。


 次いでシルシも、装着していたVRヘッドセットを何の宣言もなしに、引っこ抜かれる。


「姉さん、ヨダレ、出てる」

 ムググ、と笹木講師は、ハンカチで、口元を拭われている。


 ボケっとしている、笹木講師と違って、シルシは、即、反応する。


「いだだだ! 刀風! 髪の毛掴んでる!」


 あ、スマン、と、手にしていたVRヘッドセットを離す刀風。制服の胸ポケットには、シルシのと同じ、ドット絵アイコンがついている。


「なんだよ、鋤灼スキヤキ、自動学食に来ねえから、笹ちゃんにお説教でも食らってんのかと思って、来て見りゃ」

 シルシが持つ、VRヘッドセットを受け取り、座席の定位置へ仕舞っている。外見に似合わず、マメな性格のようだ。


「そうよ、納得のいく説明を、聞きましょうか!?」

 まるで映画の吹き替えのような凛とした響きを持つ美声で、顎を突き上げ振り返るジト目の、ロングヘアー。頭にきらめくブルーのカチューチャには、何かのアイコンが3個並んでいる。


「―――説明は私がしまぁす!」

 やや髪の乱れた、凄い美人が、まるで子供のような声で、起きあがる。


「その前にぃ、これドウゾ」

 事務服のポケットから取り出したのは、文庫本のしおり程度の短冊状。

 トランプカードの様に差し出される。


「えー? またなんか始めたの?」

 面倒くさいわねと、それを受け取り、片手で両耳にかけるロングヘアーササキマガリ。所作が逐一、格好良く、堂々として見えるが童顔で非常に幼児体型なので、学芸会を見ているような気恥ずかしさを醸し出している。


「え? なんすか? なんすか? 面白そう!」

 両手で丁重に受け取る、幅広モヒカンカタナカゼヨウジ。上半身を大きく左右に揺らしながら、受け取った物を両手で両耳にかける。制服の袖にはタトゥーのような意匠が表示されている。


 笹木講師の手には、最後の一枚が残っており、「俺もすか?」と受け取るボサ髪スキヤキシルシ。それを両耳にかけ、眉間のあたりをクイッと指先で持ち上げる。

 みんなぁ同じコマンドを復唱してぇ、と前置きし、笹木講師は、

「音声入力」「物理検索」「ギルドカード検索」と続ける。


「わっ、誰アナタ!? ちょっと、なんでかみつこうとするの!?」

 とは、ロングヘアーで童顔の少女。


「うをわぁ! なんで天井無くなってんすかっ!? 面白れーっ!」

 とは、幅広モヒカンでガタイのよい、かなりのイケメン。


「アレ? コウベどこ行った!? あれ? 天井もそのままだし……」

 とは、肩より伸びてるだらしない、ボサ髪で、口元がニヤケ気味の中肉中背。


 3人、いや4人を、見回し、笹木講師は子供のような声で告げる。


「これから、一分一秒を争う、作戦ミッションを開始しまぁーす」

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