5:VRE研究部発足その2

「せめて、”自動屋台予測追跡アプリ”は、ちょうだいね」涙目である。


「いいですよ、でも、このアプリ、”オープンチャンネルまとめ”で、出回ってたアルゴリズムを元に、俺が組んだ奴なんで、動作の保証は出来ませんよ」


「あら? お手製ハンドメイド? 講座に来てるくらいだから、こう言うの苦手だと思ってた」


「VR界隈に疎いだけで、必要なものは結構自分で作りますよ。つか、2Dゲーム周りではデバイス・・・・から何から・・・・・自作しな・・・・いと対戦・・・・も出来ない・・・・・暗黒の時期があったので、出来るようになるしかなかったって言うか」


「ふうん。さすがゲーム・・・特待生・・・ね。先生、見直しました」

 とシルシの胸ポケットのドット絵アイコンを見て、頭をなでようとする。

 シルシは、笹木講師のしなやかな指を、ダッキングしボクサーの様に今度は完璧に避けた。


「いや、見直さなくても、いいですよ、実際、フルダイブはおろか、疑似VRだって、さっぱりです。だから先生の講座取ったんだし」

 と不甲斐ない自分に言うような面もちで、言葉を吐き出す。


「拙者にも……拝見させて……いただきたく候」


「わ、なんすか? 大丈夫すか? 今すぐ購買行って、何か食べましょう!」

 心配げな表情で、狼狽するシルシの袖を、シルシが見やすいように、引っ張る笹木講師。袖に文字が流れているリピート表示


■拙者ニモ、拝見サセテ、イタダキタク候_


「あ、ワルコフか! 紛らわしいな、また、キャラ変わってるぞ」


 ちょーだい。と両手の平をシルシへ向ける、機敏な宇宙服。


 何だオマエもほしいのか? 別に構わんが……と、表示中のアプリを、指先で摘み、ワルコフの手の平へドロップしてやるシルシ


鋤灼驗スキヤキシルシ殿ノ使用サレタ自動屋台予測アルゴリズムハ、拙者ガ公開シタモノデスゾ_


「えっそうなの!? オープンチャンネル非暗号接続IDが確かに『warkov』ワルコフだった気がする……しかし、キャラが安定しないなオマエワルコフ


「ワルさんは、恐らく、最初期の実験段階のころからの初期フロアプロシージャル・アーキタイプ・バックステージの生き残りですよ。プレイヤーの成りきりプレイや、廃棄NPCたちの会話から色んなキャラ特性を身につけすぎちゃったのかもしれないわ」


「まあ、良しとしますか。自動屋台のアプリも頂いたし、次の機会にチャレンジを……」

 ごつい腕時計の盤面を操作した笹木講師の目が、悲壮の色を帯びる。次の出没予定は3週間後だって、と呟きガクリと項垂うなだれる、笹木講師。


「じゃ、いっそのこと、”自動学食”の残りメニューでも……」

 自分のデータ・ウォッチを操作しようとした、シルシの腕にアイコンが表示されたので、見ていると、


■自動学食ハ、タッタイマ、3分間ノ、ラストオーダーニ入リマシタ_


 いくら、大量の材料が有っても、提供時間というのはあるし、全員が注文済みで、人が並んでいなければ早めに終了することも有る。教室から、設営場所の噴水までは急いでも5分はかかる。自動学食は、ラストオーダー以降の注文はいっさい受け付けず、撤収作業が平行して行われる。あと、ラストオーダーといっても、表示されているメニューを頼むかどうかを決めるだけで、献立が選べる訳ではない。


「うううぅぅぅぅぅぅーっ、オナカ空いたー」ポロリと涙を流す、外見からの推定だと25歳の女性。声を足すと推定18歳。声だけだと推定10歳。


僭越センエツナガラ、オ力添チカラゾエエシテ、差シ上ゲテモ、ヨクッテヨ_


「だから、なんで、ころころとキャラが変わるんだよ」


「ワルさんの、人格キャラが多彩なのは、会話型アブダクションマシンだけに……ディープラーニング深層学習の弊害かもしれないわね」

 顎に拳を当て、笹木講師は、また専門的なことをぶつぶつと考えている。


■オフタリハ、自動屋台ヲゴ利用ナサリタイト?


「はい、ソレはもう」

「俺も、出来るなら旨いものを、たらふく食いたい」


■デハ、バトルレンダ起動ノ承認ヲシテ下サイ_


「え? 何ソレ怖いんですけど」

「ちょっと待て!? 何か危険な感じの単語が入ってたぞ」


「いーよー! 許可するよー! ギャハー!」


 余りにも大人しく、ずっと椎茸に取り組んでいたせいで、コイツの存在をすっかり忘れていた。


 シルシが振り向くと、石突きだけになった椎茸の上に立ち、米沢首ヨネザワコウベが、つま先立ちで、くるくると回っている。気持ち下っ腹がポッテリとしている。

 そのショートの髪が、回転する度にするすると伸びて、やがて、シルシが最初に出会ったときよりも、長髪になった。

 「やっぱり、ワルコフさんのご飯は、栄養が違うっ!」

 そう言って腹を叩いて引っ込めながら、飛び降りる。空中で腹太鼓の音がドンと鳴った。

 伸びて広がった後ろ髪を、耳の後ろでまとめるように、赤いリボンが出現し、自動的に結ばれる。


「何かってに許可して―――」


 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 ワルコフから発せられる不穏な電子音にシルシはまた、振り向かされる。


■パーティー名『VRエンジン研究部』。パーティー要員『米沢首ヨネザワコウベ』ノ口頭ニヨル”バトルレンダ起動承認……受理サレマシタ!


 ワルコフは「目標、自動屋台、目的、VR兵装の無力化」などと不穏な台詞を並べ立てている。


「わ、ちょっとまって、ちょっとまって!」

「何でコウベNPCの言うこと聞いてんだ!?」

 ただただ右往左往するばかりである。


 背中のバーニアが青白い光を爆発させる。

 ヒュドドドドドドドォォォォォォォォ!

 とても小さなスラスターから大きな光球が連続的に放たれ、連続的に消滅する。


 幻想的な空の色の中を、ワルコフはゆっくりと旋回しながら高空へ昇っていく。

 青白い炎は、今にも失速しそうで、爆発寸前の打ち上げ花火の様にも見える。


 上空を見上げていると、何か白いモノがゆっくりと降りてくる。

 ヒラヒラリと舞うソレは二つ折りの紙っぺらで、目の前に落ちてきたそれをシルシは掴み、広げた。


『顧問:笹木環恩殿―――私は『VRエンジン研究部』に入部したく此処に届け出いたします。』


 その下には氏名記入欄があり、当然のように『Warkov』と書かれていた。

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