5:VRE研究部発足

5:VRE研究部発足その1

 ザクザクザク。


 コウベは、銀色に光るナイフで、自分の座る焦げ茶色の表面を、切り取っていく。

 厚みのある円盤状ホールに切り分け、ソレを8等分。出来たケーキ型の謎椎茸を、ナイフで刺してガブリ。


「凄くおいしそうね」ダラリ

「そうですね」ダラリ

 二人とも出ていないよだれを、袖でぬぐう。


「フロアの底で、かじった、謎エリンギは、全く味しませんでしたけど、こう目の前で、旨そうにパクつかれると」


謎食エリンギをかじった? フロアの底は”異界”だって言ったのに……」

 気の毒そうな顔を向ける講師。

 あれ? 何かまずかったですか? とうろたえる受講生シルシを、言い伝えの類だから問題無いわ、となだめる笹木講師。


「そんなことより、”自動学食”に備えて朝は、コーヒーだけで済ましたから、もうだめ。お腹空いた」


「そんなことよりって、まあ、いいですけど、俺も、朝、バナナ一本だけなんで、もう無理です」


 すでに午後2時半を大きく回っている。”自動学食”に有り付くつもりで、二人とも朝から食べていない様だ。自動学食の日は生徒はおろか教職員の大多数も、朝食抜きで来るというアンケート結果が購買部横の掲示板に表示されている程だ。


「先生、もう学校出ないと、”自動屋台”に絶対に間に合わないですけど、どうしますか?」

 グゥーーーーー!


「……ワルコフさんの、圧倒的な技術水準トポロジック・エンジン・ハックの一端でも垣間見られれば、”自動屋台”じゃなくて、本物の高級料亭も目じゃないのよねぇー」

 グキュルルーー! 片手で腹を押さえ、もう片方の手で魔女帽子の頭を押さえる。

 埴輪はにわの様なポーズで、くびを左右へ傾け苦悩の表情。

 ぐぐぐぐーーー! 再三さいさん鳴り続ける、腹の虫に、意を決したような笹木講師は宇宙服へ一歩歩み寄った。


「あのう、ワルコフさん? アナタについて技術的な興味が有ります。ちょっと時間がないので、率直に聞いてもいいですか?」


 ■ハイ、何デショウカ? ナンナリt_

 直立不動だった宇宙服が機敏な動きで、モミ手をし、首をわずかに傾ける。

 シルシは、笹木講師と自分に見やすいように、位置を入れ替わり、制服の袖を持ち腕を水平に伸ばす。コウベはもう自身の接続で、ここに存在している様で、シルシがいくら動いても、椎茸の天辺から微動だにしない。


「あなたは、プレイヤーではなく、NPCでもないみたいだけど、一体何なのかしらっ?」


 笹木講師は、目の前の宇宙服へ指を突きつけた。

 人間、空腹には勝てない。もはや一刻の猶予もなく事態を収拾し、一目散に”自動屋台”出没予測地点へ出発しゅっぱつせねばならないのだろう。


 ■イイエ、私ハ、NPCデス。人造人格アーティフィシャル・キャラクタβナンバー0002ノ、世界最古ノ、会話型アブダクションマシン、デs_ カチャカチャチャカチャララララッ!


 先ほどまでよりも、かなり早いタイピングで、即答してきた。


人造人格アーティフィシャル・キャラクタβナンバー0002!? わ、ほんとにお宝じゃないの!」

 と笑みがこぼれる。公表されてない、未発見のナンバリング・NPC。

正式稼働には至らなかったモノの、”初期フロア”のみ成らず、スターバラッド内部でもその存在が目撃されていた。

 βナンバー終息後、公式なNPCとして開発された、ゲーム内を自由に行動できるワンダリングNPCとしての、メインヒーローREVOLVERーSWORDメインヒロインPLOT-ANなどがいる。


「あらでも、さっき、ポイントしたのに、何も表示されなかったわよ!?」


 ■ソレハ、息ヲ止メテイタカラデス_ カチャラララッ!


「息を止める?」

 そんな機能有ったっけ? とブツクサ言いながら、すーっと息を吸い込み、笹木講師は、自分の頭の上をしきりに指さす。


 腕を水平に保ち見やすくすることに専念していたシルシは気づくのにワンテンポ遅れた。


「あ、待って下さい」

 シルシは慌てて、笹木講師のきめ細やかで膨らんだ、頬の辺りをポイント指さした。


「ほんとだ! HUD表示、出ませんよ!」

 すはぁ! と笹木講師が大きく息をすう。


「へー! 知らなかったわね、トポロジック・エンジンの、こんな機能。というかダイブ中に息を止めるなんて、必要ないから絶対にしないものね」


「そう言えば最初に、コウベと有ったときも、HUD出ませんでしたよ」


「あら。じゃあ、NPCはソレを知っていて、意図的にソレを使う息を止める事が出来るのかしら」


 ■ハイ、NPC開発コード付ハ、ソレヲ知ッテイテ、プレイヤートノ円滑ナ、関係ヲ築クタメニ、役立テテイマs_ カチャララララカチャララララ


 ■奇襲イベントヤ、プレイヤーニ知ラセル必要ガナイ、単ナル移動中ナドハ、息ヲ止メテイルコトモ多イデス_


「それは初耳だわ」

 音声入力、ボイスメモ、VRカテゴリ、息止めでHUD消える、NPCは日常的にソレを使う。先生はボイスメモをせっせと取っている。


「それで、何で、オマエ、”処理落ち”? なんかしてたの?」

 シルシは何となく聞いてみた。


 ■先ホドモ、申シマシタトオリ、最古参ノ、NPCトモ成ルト、稼働時間ガ膨大ニナリ、必要ノナイ経験ログヲ圧縮スル必要ガアリマス_


 ■ソノタメ、定期的ニ、スリープ状態ニ入リ、リソースノスベテヲ使イ、全ソースノ精査ヲ、全力デ行ワナケレバ成リマセン_


「夢をみて重要な記憶を定着させたりとか、デフラグみたいなものか」


 ■ソノ両方デス。ワルコフデータベースに、入力サレタデータハ、”量子メモリ内部デ実際にコラム構造”P(パーソナル)B(ブレイン)C(キューブ)化サレマス。ソシテ、人間ト同ジヨウニ、新シイ入力、特ニ対話ニヨル想起デ、呼ビ起コサレ、入力サレタ事ノナイ帰結ニ辿リ付イタリシマス_


「ふーん。でもオマエ、こんな人通りのある、”初期フロア”の、ど真ん中で、そんな、無防備な事してて平気なの?」

 現に、笹木講師にちょっかいをかけられている訳で、シルシの懸念は正しい。


■ハイ、本日ハ、”フル・オート・ケイタリング・システム”ノ開店ニアワセテ、メンテ・・・ナンス・・・ヲスルコトニシタノデスガ、生憎アナタタチト出クワシテシマイマシタ_


「そっか。俺たちも、本当なら”自動学食”行ってたからなー」

「そうねー」

 とボイスメモを取り続けていた、笹木講師は、ゴツい腕時計に表示された時刻を確認し、

「あー、もうダメねー! 流石に、今からじゃ、間に合わないわー」

 と両手をついてガックリとうなだれた。

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