4:ウェイト・ア・モーメントその2

 ■t コッ

 ■タノsh_ コココッ

 ■楽シソウデスネ_ コカコカカコカカカ、タン


「ん? なんだこの音?」音に気づいた鋤灼驗スキヤキシルシは、両手カメラまま、そちらへ向き直る。


 ”待ちウェイト状態・ボール”は放電を止めている。球状のUI出力に突き刺さって角が見えているイレイザー・キューブは、見方によっては”種からでた芽”か、”卵を内側から突くクチバシ”にも見える。 UI出力に、埋もれた部分のECは透明で、その透明球の表面が波打ち、鏡面化した。


「処理が終了したみたい」状況が進んだ事で、安堵の表情を浮かべる笹木環恩ササキワオン講師。 イレイザー・キューブが押し出され、フロアに落ちる。笹木講師は慌ててECを回収する。

「よーし、まだ時間は大丈夫ね。屋台行くわよー!」

 懸念が晴れたからだろう、実によい笑顔である。


 ブウゥゥゥゥゥンと音を立て、鏡面化した球が、形を変えていく。とてもなめらかな変形だったので、二人が見とれてしまっていると、それは高さ2メートル、幅1.5メートル、奥行き1メートル程度の直方体の鏡となった。


 踊り続けていた米沢首ヨネザワコウベが、ヒートアップする。


「ワ・ル・コ・フ!」ギャー! ドカドカドドドンカカカ!

「ワ・ル・コ・フ!」ギニャー! ドンドカドドンカドッカッカ!

 五月蠅かったのだろう、シルシは、腹をさっきの倍のスピードで振り回す。

 シルシの首(と両手は)まっすぐに、鏡の方を向いている。ちょうどシルシの全身が写り込んでいる。


 鏡の中のシルシは、両手ともカメラのシャッターを押すポーズのまま、腹を一心不乱に振り回している。


 鏡の中のシルシが、色の付いた霧になって霧散、一瞬後に元の形に凝縮する。

 シルシの顔がツルンとした滑らかなモノに変わる。

 シルシの身体が無機質で直線的なモノに変わる。

 シルシの、いや、もはやソレはシルシではなく、宇宙飛行士と言って差し支えないモノだった。


「わ、俺が変わったっ!? 気持ち悪っ!」

「……宇宙飛行士かしら?」


 宇宙飛行士は、シルシよりも幾分大きい。

 宇宙飛行士は、シルシの動きを真似するのをやめ、鏡にぶつかるように、前進する。

 バッリリリリリリリリリリィィィィィィィン!

 ガシャンガラガララパリィン!


 鏡でできた直方体の箱は壊れ、破片は光となって消える。


 ソコに残されたのは、白地にオレンジ色のラインや金色のパーツをくっつけた船外活動用宇宙服EMUを着たヒトだ。


「コレがワルコフゥ!?」

 シルシと笹木講師が声をそろえて驚く。

 ヘルメットに付いた丸いバイザーはミラーグラスのように二人を写し込んでいて、中は見えない。


「ワルコフー! ギャー! イェーイ!」ドンカッカッドドドドン!

 コウベはまさに最高潮を迎えている。


 ワルコフから再びキーを叩く音が聞こえてくる。


 ■h コ

 ■ハイ、ソウデs コカカ

 ■ハイ、ソウデス。私ガワルコフデs コカコカカコカカカカ


「はい、そうです。私がワルコフです」

 笹木講師が、突然、話し出す。


「わ、一瞬、先生が操られてるのかと思った。これ現実じゃないんだっけ! いや現実でも、そんなの有るわけ無いけど!」

 フルダイブではない、従来の技術を駆使した疑似VRでも、必要十分な水準で仮想現実感を味わう事はできる。


鋤灼スキヤキ君の制服の袖のところに、文字が流れてる」

 笹木講師は、自分の腕に沿って、指を沿わせる。


 シルシが、カメラ手のまま、手と顔の隙間から袖を見ると、制服の縫い目に沿って、肩口までうねうねと文字が流れては消え、袖口から再び流れ始まる。

 文字の前には、四角いアイコンの中に宇宙飛行士のヘルメットが描かれている。


 制服の袖には、表示機能が付いている。普段はデータ・ウォッチで事足りるので使用することはないが、フルダイブ・疑似ダイブ両対応なので、VR空間内部でも利用することができる。


「アナタ。 制服の袖は、腕章とか表示するためのモノでオープンチ非暗号ャンネル回線仕様とはいえ、いきなりハッキングなんて……やるわね」

 笹木講師は、専門的なことを誉め出す。


 ワルコフ宇宙服はその外見とは裏腹に、かなりの機敏さで、誉められた事へのお辞儀をする。そして、シルシの方を向き、ついさっきまで鏡の中でしていた、両手カメラポーズをする。そして、がに股になって重心を落とした。


「ぷっ」笹木講師は吹く。


「っやだ、鋤灼スキヤキ君みたい! あははは」

 シルシはここへダイブしてからずっと、両手カメラポーズのままだ。


「だってこれ止めたら、接続切れそうで……」と言い訳をし、

「なんだよオマエ、フザケてんのか?」とワルコフへ遺憾の意を表明するシルシ


「……いいえ、我が宇宙軍の……正式な、最敬礼には……最敬礼で返さねばと……」とシルシの腕を読みあげる笹木講師。


「思う次第であります。……だって」プフーッ。


鋤灼スキヤキ君さ、言おう言おうと思ってたんだけど、そのVR・ARボタンはもう一段階押し込むと、押しっぱなしにもなるし、音声入力って・・言った後で、ボタン持続って・・続けて言えば、手を離しても接続しっぱなしになるよ」


「は、早く言ってくださいよ」

 シルシの声がうわずっている。


「ポリシーかと思って……」

「そんなポリシー無いですよ!」

 シルシはグリっと力を込めてから、手を下におろした。


 ワルコフからキータッチ音。


「ポリシーは……大事だぜぇ。……へっへっへっ」とシルシの腕を読む笹木講師。


 ■ポリシーハ大事ダゼェ。ヘッヘッヘッ_

 声と同じ文面が袖を流れていく。


 ワルコフへ首だけ向けて怒鳴るシルシ

「うるせえよ! だからポリシーじゃねえ! あとなんでキャラ変わってんだよ!」


 ワルコフは凄まじい機敏な動きで、バカにしたようなポーズの最敬礼? を返す。


「あ、先生に言ったんじゃないですからね、ワルコフのやろうに言ったんですからね

 シルシは大きく向き直り、弁明する。コウベが大きくブレる。


「大丈夫、判る」とシルシなだめつつ、ワルコフの丸い顔? を指さす。


「ポイントしても、プレイヤー名も、NPC名も、表示されないから、スタバスターバラッド廃棄抹消データか何かが野良化したのかしら」


「ワルコフー、アレくれー! アレくれよー!」

 コウベは、たかるように、何かを要求している。


 ワルコフは、最敬礼を止め、コウベへ向き直る。

 聞こえてくるタイプ音。


「おう! 又、アレくれよ」ギザ歯を見せるこうべ。


「えっと、君は……この間……お会いし……ましたね」

 シルシは袖をつかみ、笹木講師と自分に見やすいようにし、ワルコフの台詞を読み上げていく。コウベは、明らかにシルシが読み上げるよりも早く応答している。


「この間よりも……小さくなりましたね……コレではモノを……持つのも大変でしょう」


 ワルコフは、少し屈み、映像でしかないコウベを、手で掴み・・・・持ち上げた・・・・・


「「んなっ!?」」


 便宜上、コウベの姿は表示されているだけで、本来の接続とは無関係な状態である。現に、ついさっき、笹木講師は捕まえることが出来なかったはずである。


 驚く二人を後目しりめに、ワルコフは、コウベの頭とかかとつまんで引き延ばすようにして、放り投げた。


 グワッっと、実物大のサイズになったコウベは、地面に降り立ち、そのまま床を踏みしめ体の具合を確かめている。ついでに足元の何もない空中も、けっ飛ばす。

 さっきの変な舞踏が作用しっぱなしなのか、ドドドンと太鼓の音が響く。

 破れていた制服はキレイに元通りになっている。ベリーショートなので、活発な優等生といった感じの美少女がそこにいる。


 ■コレデ、イインジャネー_

 キャラ違いの台詞が、シルシの袖を、流れていく。


「どうやって、実世界のPパーソナルB・ブレインCキューブにアクセスして、コウベちゃんの接続を確保してるのっ!? わかんない! あとコウベちゃん、カワイイ!」

 フロアへ再接続するだけでも結構な手順が必要なのに……ブツブツブツあと、コウベちゃんカワイイカワイイとつぶやきながら、考え込んでしまう笹木講師。


 シルシに至っては、驚いたモノの、具体的に何を驚けばいいのか判らないのか、口を開けたままだ。


 ■ソレト、アレヲ、ゴ所望デシタワネ_

 次いで流れた台詞もキャラが違っていたが、誰も見ていなかった。


 ワルコフは、何もない空中から、木槌と木の杭をつまみ・・・出して・・・、コウベの足元に打ち込んだ。

 特別講座で、笹木環恩ササキワオン特別講師が、木の板っぺらにしか見えないフロアの硬度を、理論値最大の立方晶窒化ホウ素と同じと、説明したのは一昨日おとといの事だ。すべての物体構造を分子レベルで再現する事が、売り・・のトポロジック・エンジンの根底を覆す所業しょぎょうである。ワルコフの持つ、木の杭の分子構造が、同じく理論値最硬だったとしても、一撃でめり込んでは立つ瀬がない。


「先生!? コウベとか、床とかどうなってるんですか!?」

 振り向いたシルシの目の前で、笹木講師は、フロアにぺたりと座り込み、腕時計に向かって口頭でメモを取りはじめた。


「音声入力」「ボイスメモ」「VRカテゴリ」「リアルタイム通信介入」「分子構造改変」「一攫千金」「悠々自適」

 シルシは、肩をすくめ、時計をみる。午後2時34分。


 ■ドウゾ、ゴ査収下サイ_


 シルシの袖に文字が流れる。


 顔を上げたシルシの前に、大きく、とても肉厚で立派な椎茸が生えていた。木の杭から生え育った椎茸は、高さ3メートルの幅4メートルくらい。

 コウベはその上に、ぺたりと座り、早速千切って、かじり付いていた。

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