4:ウェイト・ア・モーメント

4:ウェイト・ア・モーメントその1

 足元に開いたトランクケースのフットペダルを踏む。内部のジェネレーターから飛び上がったイレイザー・キューブつかむ。そして投げる構えのまま、質問を投げかける。


鋤灼スキヤキ君、さっきから誰と話してるの? 音声チャット?」


「いえ、ボタン押しっぱなしにしてたら、コウベが付いて来ちゃって」

 後ろ髪のさっぱりしてるシルシの、初期ボディーは、カメラのシャッターを押すポーズを両方の手でしている。


「あら、大丈夫!? 調子悪いんじゃ―――」


 顔をシルシの横の辺りに向けたまま、イレイザー・キューブを、ちから一杯、”待ち状態”へ投げつける。

 虚を突かれ、不意に力が入ったのか、かなりの速度で飛んでいく。

 ”待ちウェイト状態・ボール”の、ちょっと上の方、北経で言えば50度の、極寒の地域にめり込んだ・・・・・


 バチバチと放たれる、凄まじい放電を見もせずに、シルシ達の方へ歩み寄る笹木講師。

「よーい……」

 と軽く手足をブラブラさせた後、

「どん!」

 と自分で言ってスタートし、猛然とダッシュ。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 と嬌声きょうせいを発しながら、3メートルも無い距離を、全速力ですっ飛んで来られれば誰だって避ける。


「―――っぶなっ!」

 シルシは、咄嗟とっさに足先をググっとリズミカルに動かし、横っ飛びにジャンプした。

 当然、シルシにリンクしているだけのコウベも、追従ポジショニングするので、笹木講師から遠ざかる。


 シルシは、データグローブもコントローラーも持たないまま、VRボタンを押すことで、通常疑似VR状態へ移行した。そのため、上半身はヘッドセットを操作した姿勢をモーションキャプチャされたまま、下半身は通常疑似VRのポピュラーな操作系の一つ、身体フリック入力による”自動移動オートランニング”が適応されるという面白状態で、フロアに立ち、歩き、ジャンプしている。


鋤灼スキヤキ君、なぁにぃーその、ちっさい天使ちゃんわぁー?」

 なんか声に凄みというか、映画のクライマックスで、姿を現した真犯人みたいな猫なで声。もはや笹木環恩ササキワオン特別講師(美人声)とは呼べない。垂れてもいないよだれをデフェフェとぬぐっている。


「シルシ、アレは、何なのかしら?」ガチガチガチ!

 なんか、シンパシーでも感じてるのか、はたまた普通に警戒してるのか、コウベの目がつり上がり、ギザ歯を噛んでいる。


「そういや、教壇にネコミミフィギュア飾ってたな。 こういうの好きなのかな?」

 と気もそぞろな、シルシでは到底太刀打ちできるわけもなく。


 ズサァァァ! ガッシ!


 一瞬の隙を突き近づいた、笹木環恩ササキワオン特別講師は、身動きできないNPC米沢首ヨネザワコウベ(全長20センチ)を、両手でガッチリと掴んで、目を爛々らんらんと輝かせている。

「えーへーへーへー。怖く無いでちゅからねぇぇぇぇぇ」

 妙齢の女性の、ガチ重度のマニア属性を目の当たりにし、怯んだシルシが一歩後ずさる。


 するり。少し引きつった顔のコウベが、苦もなくてのひらを通り抜けた。


 ほっと息を付くシルシ。今、コウベとリンクしているのは、あくまでシルシなので、いくら”手順さえ会ってれば後は機械が全部やってくれる”といっても、単純な合成像でしかないと処理されているモノを、掴むことは出来なかったようだ。


 ジリリリリリリ! ジリリリリリリ!

 教室の座席にある、ダイアルスイッチがゼロを指した。


「はっ!? 私はなにを!?」

 我に返ったのか、ビクリとする笹木講師。正気に戻ったらしく、時刻を確認したりしている。


「あっ! 10分過ぎてるじゃない! 鋤灼スキヤキ君。今日はここまでにしましょう!」

 キラキラと輝く瞳には、左右それぞれに『自動ごち』『屋台そう』と書いてある。


 バリバリ!


「はい。コウベは救出、出来ましたし、ソレはいいんですが……アレは放っといていいんですか?」


 バリバリバリバリ!


「え!?」

 顔を上げた、笹木講師の眼前に、放電の度合いを激烈に増した、”待ち状態ウェイト・ボール”が、どっしりとした存在感を放ち、浮いている。


 バリバリバリバリバリバリバリバリ!


「ぎゃっ! 何なの? 鋤灼スキヤキ君、何かしたー?」


「俺は何もしてませんよ。さっき先生が凄まじい勢いで、ECをブン投げてクリーンヒットさせたんじゃないですか」


 ”待ち状態ウェイト・ボール”の、ちょっと上の方、北経で言えば50度の、極寒の地域に、ECが、めり込んでいる。


「えーやだ怖ーい。覚えてなーい」

 親指以外の指先を全部口につっこんで、取り乱している。

 さっきまでの、格好良い姿は微塵も残っていなかった。


「ど、どうすんですか? なんか怒ってる? っぽいですよ!?」

 シルシも、ずっと、両手カメラポーズのままなので、ますます緊張感はない。

 丸い球体自体が、ブワン、ブワン、ブワン、と脈動しながら、少しずつ大きくなっている


「もー、とっととダイブアウトしとけば良かったわ」

 笹木講師は、崩れるように倒れ込む。


VR空間管理者先生の仕事で、アレを何とかしないと、いけなかった訳じゃ、無いんすか?」


「いえ、別にやらなくて良かったんだけど、あんなでっかい”待ち状態ウェイト・ボール”見たこと無かったから、反射的にEC投げちゃったのよねー」


「……あのまま、放っとくわけにはいかないんすか?」


「あんな風に、突き刺さったりしてなかったら、平気だったんだけど。ECはデバッグ装備だから管理者権限アドミニストレーターが付いてて、先生のECだってバレちゃうのよね」


「……なんか、面倒ですね」


「せめて、あの中身が稀少なモノとか、ショNPCマシンとか、高価なものじゃ無ければ、普通にレポートだけですむんだけど~」


ショNPCマシンなんて、凄いNPCいるんすか?」


「何言ってるの? コウベちゃんも、鋤灼スキヤキ君から聞いた話だと、その一種よ」


「コウベが高価!? ばかな!?」

 驚愕の表情で、再び首(と両手)だけをそっちへ向ける。


 悩む二人を余所よそに、コウベが

「ワルコフー! ハッ! ドンドコドコドコ!」

 と空中を叩き、陽気な太鼓の音を出し、変な演舞を、踊りながら呼びかけをしている。


「ちょっと待て、変な踊り踊ってないで、いい加減教えろ。ワルコフって何だ!? NPCか!?」


「ワルコフは神じゃん! 何言ってんの!?」

 バカなの!? シルシはバカなの!? と言わんばかりのあざけりの表情をし、何度も拳を天に向かって突き上げる。ハッ! ドンドコドコドコ!


「このやろ」

 シルシは腹をぷるぷるぷるっと大きく凄いスピードで回転させる。

 ポジショニングの基点は腹部にあるようだ。


「やーめーろー」ギャッギャッハハ!

 シルシの腹の、右斜め後ろの床から1メートルの高さに、ポジショニングされたコウベの主観視覚は、トルネード系のエグいジェットコースターのような有様だと、推測できる。


「仲良いわねー」

「シルシ、いいぞ、もっとやれ! 面白い!」

「くっ、3D酔いにでもさせてやろうかと思ったのに」


 キーボードを叩くような音が、”待ち状態ウェイト・ボール”から聞こえてきた。

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