3:サルベージその2

 明るい教室の座席で、気が付いたシルシは、外しかけたVRヘッドセットを、もう一度装着し直す。


「ひょっとして、これで見られるのか?」

 と、ゴーグル部分の左側の丸いボタンを押し込む。指の下には『拡張:物理検索』と未来的なイメージのフォントで書かれている。ゴーグルに付いた外部カメラのスルーランプが点灯している。


 ヨーグルト瓶の付いた装置を見ていると、数秒後、古い映像のように、横縞のノイズを出しながら、制服姿の人影が出現する。ノイズはあくまで演出であり、実際にはなくすことも出来る。それどころか、デバイスを必要としない、完全ホログラフィーも可能なのだが、現在、特区内での使用は制限されている。


 「コウベかっ!?」


 ヨーグルト瓶の上に、袖や裾が少し破けた制服姿の、米沢首ヨネザワコウベが浮いている。確認用サムネイルのためか、全長約20センチほどだ。


 丁度1/8スケールになったコウベは、パクパクと口を開けている。

 シルシが近づいてよく見ると、ギッザギッザな歯をガチガチ噛んで威嚇しているのだが、音が聞こえない。


「えっと、音声入力?」「拡張音声検出」

 コウベの頭と、教室の天井のスピーカーと、笹木講師の頭にサークル状の描線が張り付く。シルシは指で、瓶の付いた機械のちょっと上辺りを、ポイントし続ける。


「……なた、だぁれぇ? 変な顔! あと何そのでかさ! ギャハー!」

 年頃女子の声が、サイズに見合った、ボリュームを絞った大きさで聞こえてくる。にじんだり垂れていた血は消えて、血色も良くなっている。くすぶっていた髪の毛も、カタコトなのも直ったが、制服の少し破けたトコは直っていない。


 変な顔というのはVRヘッドセットの事で、”でかさ”というのは、コウベから見たシルシの身体のサイズのことだろう。

 ちなみにコウベが見ているの主観映像は、教室内のカメラ映像から、他ならぬコウベのホログラフィー風のAR画・・・素自体・・・が、算出し、足下のPBCパーソナル・ブレイン・キューブを介し処理されたモノだ。


 音声、室温、風向なども最寄りの座席の物理検索オープンデータから自動的に画素メタデータへ送られている。


 まあ、この辺の理屈は笹木講師VR専門家ですら完璧に把握しているわけではない※。”正式な手順を踏めば機械が全部やってくれる”とは、疑似・フルダイブ問わず、VR界隈で真っ先に聞かされるお約束ごとである。


「俺だ俺」

 シルシは、ゴーグルと一体化したバイザー部分に、自分の顔を印刷品質レベルで表示させる。ちなみにこれは、裸眼でも視認可能だ。完全ホロ・・・・グラフィー・・・・・の技術を利用し、材質表面に投影している。禁止しておきながら、物体表面に投影するならO.K.というアバウトな運用指針も特区故かもしれない。


シルシだっ! ぎゃははははははばばばばばばば!」

 ウケている。笑いすぎて、苦しんでいるが体調に問題は無いのが見て取れる。


「何とか、こっちにこれたな。小鳥は?」


「ばばばっ……い……いないよ」左右を見回して、腹を押さえながら返答する。


「そっか小鳥は、入部届に書き込ん・・・・じまった・・・・んだっけ。あとで先生に何とかしてもらおう……」


「ボサボサ!」腹をよじって、シルシを指さす。

 そう言われた、シルシはVRヘッドセットの下から、はみ出るように伸びる襟足を指でつまんでみせる。


「わかった、わかった、ボサボサだなー」

 ダイブ中は、詳細なスキャンデータを元に自動調整された初期ボディーが、自身の身体モデルになる。ゲームクライアントが立ち上がれば、もっと自由が利くが、”初期フロア”では、強制的に初期ボディーが適応される。

 つまり、実世界でのシルシは、数ヶ月前の詳細スキャン後、一度も散髪に行っていないのか、伸び放題で、ボサボサである。


「それにしても、先生遅くね? えっと、こっちも押せば、見れそうな―――」

 シルシはゴーグルの、右側の丸ボタンも押し込んで、隣の座席を見る。指の下には『仮想:外部スケール』と未来的なイメージのフォントで書かれている。ゴーグルに付いた外部カメラのポジショニングランプが点灯している。


「先生ーどうしたんですか? 無事、コウベを保護できましたし、そろそろ……」


 ―――軽い目眩のようなバランス感の喪失の後、シルシは、初期フロアへ立っていた。といっても五感変換のない、通常の疑似VR状態である。

 有線接続状態の、VRヘッドセットならではの、裏技だ。シルシは通称ARボタンで、コウベが見れたから、通称VRボタンでフルダイブ中の笹木講師も見られるだろうと、押してみたようだ。


「あれ? まだ10分っ……えい! 過ぎてっ……おりゃ! 無いよね?」

 笹木環恩ササキワオン講師は戦っていた。


 ぶんっ! ゴツ! ばりばりばりばり! ズドン!

 ぶおん! ドガ! ばばりばりばりり! ズドム!


 手に、30センチほどの、PBCパーソナル・ブレイン・キューブいや、パーソナルとは呼べない、巨大なBCブレイン・キューブを持ち、なにやら放電スパークしている丸いモノ・・・・へ次々と投げつけている。

 ぶつかった巨大BCは一瞬で朱色に染まり、超重力に引かれるように、一瞬でフロアの床に落ちる。丸いモノはそれに抵抗するように、スパークの度合いを激しくしている。

 

「ワルコフ!!」

 シルシの横に浮いている、ちょうど、1/8スケールフィギュアサイズのコウベが小ボリュームのまま叫んだ。


「ん? なんだコウベも、付いてきたのか?」

 知らぬうちに、正式な手・・・・順を踏み・・・・機械が全・・・・部やって・・・・くれた・・・のだろう。シルシ有線接続リンクに、さらにリンクする形で、VR空間にコウベも出現していた。


 VR仮想AR拡張問わず、表示されていれば、そのキャラクターNPCの顔らしき位置からのVR/AR映像主観が自動的に演算される。


 シルシが、コウベの方へ身体ごと振り向くと、コウベがソッチへ逃げるように移動してしまう。シルシは首だけを、そーっと、コウベの方へ向けた。


「ワルコフ! ワルコフ!」

 コウベは、両腕をつきだし、全速力で走っているが、いかんせん、今のコウベは、単純に笹木講師のフルダイブ主観を、別視点から参照覗き見しているに過ぎない。シルシの右斜め後ろという固定位置から、自分で動くことが出来ない。


「わるこふぅ? なんだそりゃ?」

 コウベは笹木講師の闘っている相手を、わるこふぅと呼んで、今にも飛びかからんとしている。

 シルシは、着席したまま、足の筋肉をちょこちょこと動かし、VR空間をスタスタと歩いていく。笹木講師の横まで歩いて―――


「先生、大丈夫? あれエネミー・モンスター?」


「ちがうわ。フロアには、プレイヤー以外入ってこないモノ。廃棄された捨て

NPCノン・プレイヤー・キャラクターとか、作りかけの野良NPCとかが、紛れ込んでくることはあるけど」

姿形はいつもの事務服姿で、特に代わり映えはしていないのだが、とても様になっている。


「先生、いつものアイコンネコミミじゃ無いんだ。なんか格好良い。まるでアクション女優かと思った」


「えっ!? なぁに? ほめても何も出ないわよ」

 以外とまんざらでもないのか、しきりに格好良さげなポーズを取りだす。


 いつもと違う颯爽としたたたずまいに加え、いつもと違う大人の女性の声が合わさると、ただ・・のVRエンジンの特別講師専門家には、とても見えない。映画スクリーンの中の、”吹き替えの日本語を喋る”、凄腕の秘密エージェントか、要人警護の女性SPだ。

 桃色の事務服も、むしろ潜入捜査アンダーカバーっぽくて、逆にキマって見える。

 ただ攻撃手段は、”巨大BCブレイン・キューブを、砲丸投げで投げつける”、と言うもので、あまりスマートとは言えなかったが。


 スパークする物体の周りには、真っ赤になった巨大BCブレイン・キューブがゴロゴロ落ちている。


「それで、PBCパーソナル・ブレイン・キューブ投げて何してんの先生?」


「えっとねー。どう説明すればいいかしら?」

 普段よりもキリッとした顔で、拳をあごに当てること数秒経過。丸い物体は、スパークが弱まり、丸い輪郭をくっきりとあらわす。


「あれは、トポロジック・エンジンの、”待ち状態処理中”ってことなんだけど、あそこにある、何か・・の処理データが大きすぎる・・・・・って事なのね。だから、コレ・・、ぶつけてデータを強制的に転送して、データを軽くしてあげようと思ったんだけど、全然、解消されないのよね」

 笹木講師は巨大BCを手に持ち、丸い物体を指さす。


「強制的に転送する? コウベにも入部届じゃなくて、それ使えばよかったんじゃないすか?」


「無理無理! コレは通称ECイレイザー・キューブっていうVR空間内部でしか使えない模造品。一時的に量子状態を転送できても、保持できないもの」


「”消しゴムイレイザー”か。そりゃ駄目だな」


 ※『モニタなどに表示する画素ドットを、空間定位ローカライゼーションする課程プロセスにおいて、発生する余剰ビットを演算に利用する。そのプロセスは、仮想空間内に置いても効果を発揮する』というジオフロント内部と、その地表都市でのみ可能な、もはや魔法。その根幹技術はブラックボックス化されており、ジオフロントに必ず設営されている、量子データ・センターがもたらす恩恵の一つ。

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