3:サルベージ

3:サルベージその1

「グァッ!?」

 シルシはイキナリ首根っこをつかまれた。


「どうしておまえは、直に・・俺を持つんだっ!」

 制服の襟ではなく、直接、首を掴まれた状態である。


「ドコ行ってタノ? 探しタじゃなイ」

 その不損な声を聞き、ほっと息を付くシルシ


「どした? なんかカタコトに聞こえるぞ?」

 頭を捕まれたときよりは、自分の意志で首を回せるようで、掴んだ美少女をシルシは見た。


「どう? どんな状況!?」

 シルシのデータ・ウォッチに、ネコミミ美少女のドットアイコンが、表示されている。だが、声は聞き慣れた子供声ではなく、精悍な女性の声だ。


「先生っ! 大変だ! コウベがっ!」

シルシは驚愕の表情で訴える。


「どうしたの!? 無事なの!?」

 まるで、洋画の吹き替えのような声が緊迫感を盛り上げる!


コウベの髪型が、ショートで、結構イケてますっ!」

ぱたぱたぱたたと小鳥がドコからか飛んできて、コウベの頭に停まる。


「え? 本当!? 是非見たいわね!」

 緊張の度合いをさらに高めた声だが、その内容は一気に間の抜けたモノになった。


 シルシは自分の腕を持ち上げ、データ・ウォッチへ応答する。

「先生ですよね? 声が違うから違和感、有りますよ。けど格好良い」

「えっ!? そーおー? これねー、ハードウェアレベルで、増設エクステンドしてあるから、ゲームクライアント、無くても、カスタマイズできるんだよね~」

 精悍な女性の声が、おどけた感じに解説してくれる。


「へー。流石に専門家だと、色々出来るんですねって、そんなこと言ってる場合じゃないです」

 首を掴まれ、ひょろ高いトコに、ぶら下がっているシルシは、背中をよじってコウベの姿を見ようとしている。


「状況は!?」とネコミミアイコン。


「はい、とりあえず残ってる、ひょろっとしたエリンギの足場にギリギリ立ってます」

 正確には、コウベが一人、何とか立てる足場に立ってて、シルシは首を掴まれ落ちずにすんでいる。

 エリンギは無惨にも、穴のあいたチーズのように、くり抜かれ、足場にしている部分以外は、ほとんど崩れ落ちていた。


「コウベ! あのデカイ,人型みたいなのは!?」

「もう、ドっか行っタ。―――ダルイ……お腹空いタ」


「なんだよ、さっき結構食ってたじゃねえか。もう腹減ったのかよ」

「チカラ一杯いっぱい動くト、ハラHELL・・・・

ハラヘルのヘルの部分を、凄みを増して言いたかったようだが、ちからなく尻すぼみになる。


「そっか。とにかく、無事で良かった!」シルシの顔に安堵の表情が浮かぶ。


シルシが居ナくなっタかラ、あいツ等が飲み込んダと思っテ、全部、フタ開けテやろうトしタ。けド、一つ開けタとコろデ、一斉に逃げらレタ」


 シルシが無理矢理、首を回して見ると地面の辺りに、確かに青いズングリした人型が、割れるように粉砕され、倒れている。割れた腹からはエリンギのブロックが大量にこぼれている。

「そいつは、悪かったな。心配させちまって」


「あとやっぱ、あんまり無事じゃねえな。具合悪そうだ。長い髪も、切られちまったのか? いやでも、それショートも似合ってるぞ」

 褒められたコウベが、ちからなく牙をむくが、いつもにまして迫力が無い。そして、コウベの頭からは、うっすらと、煙が立ち上っている。


「先生ー! コイツ、頭から煙出てる!」

 シルシは慌てて、コウベの後ろ頭を払おうとするが、この体制では手が届かない。


「煙? ナニそレ? エリンギごはんヨり美味シー?」

 本人は全く、意に介しておらず、力なく相貌をシルシへ向ける。


「け、煙!? なんか駄目そうねっ! 入部届にサインを貰ってから、手をつないだまま、ダイブアウトしてっ! そうすればあとは、機械が全部やってくれるからっ!」

 シルシの腕から世界の命運が懸かったかのような緊迫した声が届く。


「コウベの目的がなんだかワカランが、話なら真面目に聞いてやる。ここから実世界に行くのはイヤか?」

 シルシは、まくし立てながらも、かみ砕くように説明する。


エリンギごはん、あるナラ、どコでモ行くヨ……うヒヒヒヒケケケケケケ」

 シルシを、腹話術の人形のように持ち上げ顔をのぞき込む。コウベの顔には疲労の色が見て取れるが、耳まで裂けそうな勢いで、牙のように尖った歯を見せている。頭の煙は収まらないが、くすぶっているだけで、燃えさかる様子は無い。

「あー、まだ、ギニャギニャ笑う余裕有るな。もう少し踏ん張れ」


「先生質問。コイツ等実世界につれてって、食べ物って、あるの?」

 外というのはヨーグルト瓶の中のPBCパーソナル・ブレイン・キューブの事だ。


「サンプルが有れば、複製も出来るし、NPC用の特選おやつは、分子エディタでも作れるわよ」


 動かない首で、わずかにうなづシルシ

「エリンギ、念のため、少しちぎってい……」

 その声を聞いたコウベは、カラダをよじり、空いた右手で、自分の制服の左ポケットをまさぐり―――

「……かなくてもいいな。持ってるならそのまま入れとけ。出すな。すげー邪魔だから」

 コウベは小さなポケットには、とても入りそうもないほどの、でかい白いのを出そうとしていた。シルシは、目の前に現れた、一抱えもあるソレを、ポケットに戻させている。


 次いで、シルシは、内ポケットから、二つ折りの入部届を出し、自分の腕へ訊ねる。

「この紙どうやって書けばいいんですか? ペンとかないんですけど?」


「アイテム譲渡と一緒、モノを人差し指で選択して、渡したい対象に指先を当てればOKよ」

 この声のアシストが有れば、世界の平和も守れそうな顔つきで、シルシは渋い顔をする。

「つまり、こうか?」


「こうべ、人差し指で、自分の頭の上のHUD触れるか?」

 プレイヤーにはHUDに触ったときにも触感があり、UI操作に一役買っている。

 コウベは、くすぶる頭を自分で突く。

「できタ」ギヌロ。にらみ顔で、得意げだ。

「そしたら、そのまま、ここへ押しつけろ」

 シルシは紙を出し、『この辺』と記名欄を指さす。


 コウベは指先に自分の名前・・・・・居眠りこ・・・・いてる小鳥・・・・・をくっつけたまま、入部届に押し当てた。


 コウベの頭の上にいた小鳥も、一緒に選択してしまったのだろう。

「ちょっと待て」とシルシが、止めようとしたが、時すでに遅く。


 指先が波打ち、文字と小鳥はプルンと震え、入部届へ吸い込まれる。

 入部届の記名欄には、表示フォントそのままの文字と、イラスト化された小鳥が、ならんで印字プリントされた。


「あー。……なんて、アバウトな。ま、いっか、どうせおまえ小鳥も連れてく予定だったんだし」


「先生、サイン貰いました」


「じゃ、手をつないだまま、ダイブアウトしてね」

 笹木講師は、フロアに立ったまま、指示を出した。


 ポコン♪

 シルシが、ダイブアウトし、NPCコウベ達PBCパーソナル・ブレイン・キューブへの転写が無事成功したことを知らせる。

 細い手首に巻かれた、ごつい腕時計に”量子状態の転送に成功”の文字が表示されている


「デバッグ装備ツール一式、出しちゃったけど、必要なかったわね」

 周囲には、急拵きゅうごしらえながら、不測の事態への備えらしい、使用法のわからない、謎の物体が数点、置いてある。

 その中の一つ、羊羹ようかんのようなモノが回転する謎機械が、カラフルなレシートを吐き出す。


 ジジジジジージジ。

「なにかしら?」


 レシートを手に取り笹木講師は、検出結果らしきモノを読む。

「なにか居る……?」

 と、背後を振り返り、巨大な”待ち状態ウェイト・ボール”と遭遇する。

 最近はあまりみないが、今よりも数世代前の、OSで使用されていた、処理に時間がかかっている状態を示すUIユーザー・インターフェース出力である。


 キューブが立体的に球の表面をランダムに旋回し、その軌跡で球状が形作られている。その直径は2メートルほどで、わずかにスパークしている効果と相まって、かなりの存在感がある。


「でかっ! 何このでかい・・・演算中Wait a moment』!?」

 特区やフルダイブ空間で、通信の遅延ラグは起こりえないため、データ処理自体のオーバーフロー桁あふれだと笹木講師は推測したようだ。


 笹木講師は、ひるむ。

 ダイブアウトすることも忘れ、手直な道具を掴んだ―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る