2:ハラペコ学園

2:ハラペコ学園その1

 すぽん。ガシャリ。

 薄暗い教室内、すり鉢状に並んだ座席中央の最後列。

 桃色の事務服の女性が、メガネに付いたLEDで座席を照らす。座席番号を確認し、生徒の頭からVRデバイスを、持ち上げて取り外す引っこ抜く

 フルダイブ型VRデバイスと言っても、脳へのアクセスはあくまで脳波への同調干渉のみで、外科手術や、大がかりな機材は必要ない。

 女性の顔の脇で光るLEDは、B級映画のクリーチャー”悪夢の処刑人ナイトメア・エクスキューショナー”の眼光を思わせる。


「っわわわわわわわわわわ」

 薄暗い教室に、VRデバイスを引っこ抜かれた少年の声が響く。

 落ちる夢から覚めたみたいに、チョット飛びあがった後、しきりに地面の有無を確認している。


「どうかしましたかぁ?」

 悪夢の処刑人は、子供のような声で訊ねる。

 備品の最新型VRヘッドセットの後頭部脳波リングから、PBCパーソナル・ブレイン・キューブを外し、少年の座る座席の机に置く。

 その5センチほどの真っ白い立方体キューブにはグロテスクな脳の図案が平行投影された形でデザインされており、図案が、上から1センチの厚みで朱色・・に染まっている。


「あら? 鋤灼すきやき君?だったかしら? スタバSTAR BALLAD ONLINE UNIVERSEに今日はサインインしてなかったよね? 比重拡張ビット減ってるよ?」 だぁーいじょうぶぅー? と、まるで子供に言うような口調で、事務服の女性は、シルシを気遣っている。


 PBCパーソナル・ブレイン・キューブとは、フルダイブの為の副脳・・のようなもので、実際の脳に変わって、各種負担を受け持つ。内部量子状態の劣化により、白い部分が目減りしていき、すべて朱色になると、VR空間へのダイブができなくなる。体調の悪いときや疲れているときにダイブすると、減りが早いと言われており、朱色になってしまった部分の、量子状態を回復させるには専用の装置が必要だ。


 女性が軽く腕を持ち上げ、「音声入力」「照明オン」「鏡面化強制解消」と虚空へ宣言する。一瞬の後、室内が白色光で満たされ、薄暗かった窓の外が、鮮やかな風景を取り戻した。メガネのLEDも目立たなくなり、悪夢の処刑人は姿を消す。

 壇上に飾ってある、ネコミミ美少女フィギュアの持つプラカードによると、此処は『特別講義トッコー:VRエンジン概論アウトライン』の教室。

 事務服の彼女は特別講師の笹木環恩ササキワオン


「はっ!? コウベー!? エリンギがぁ!?」

 肩まで伸びたボサ髪を振り回して、鋤灼驗スキヤキシルシ

不可解な言葉を発っする。


「え? コウベ牛とエリンギのソテー!?」と、特別講師は聞き間違え、眼の色を変えた。

 どこだどこだ!? と周囲の生徒たちまで、一斉に、シルシの”美味うまそうな言葉ワード”に食いつく。


 我に返ったシルシは、「あ……違う違う、えっと、なんか急にそんな料理が食べたくなって……つい口からぽろりと」


 「なんだよー。学食出たのかと思ったぜー」

 「私なんて、今日は朝から抜いて来んだからね」

 「まったく、名字まで美味しそうって、どういうコト!」

 生徒たちは、口々に批難しつつ、戻っていく。

 悪ぃ、すまんと、片手をあげて周囲にびを入れるシルシ


「今のは君が悪いよー。なんたって今日は、”自動学食”の日だからねぇ」

 自動学食というのは、学園と公園の敷地内に現れる、神出鬼没の全自動調理機群フル・オート・ケイタリング・システムのコトである。


「あの、先生! もう一回ダイブさせてくれませんか!?」

 シルシは講師が手に持つ、ヘッドセットに掴みかかる。


「えっ!? えーっ! 今日はもう、先生、店じまいだしぃ、自動学食さん、そろそろ出そうだって、出没予測出ちゃってるしぃ・・・・・・」

 細い手首には不釣り合いなゴツい腕時計には、30分以内に98%の確率で公園東に出没するとの予測が表示されている。

 シルシも自分のデータ・ウォッチで確認し、真っ直ぐに講師を見つめ、取って置きの良い声イケメンボイスで、誠心誠意、告げた。


「”自動学食”よりも、使用食材が数段高価な、”自動屋台”のアプリと引き替えではどうですか!?」

 気のせいか、見方によっては多少イケメンに見える。


「どこでそんなお宝レアアプリをーーーじゃなかった! 先生は、そんな賄賂には屈しませんよぉ。屈しませんからねぇ」

 なぜか顔を赤らめ視線を逸らしながら、年上ぶった子供のような口調で逡巡しゅんじゅんしている。

 自動学食、自動屋台、共に、備蓄食材を廃棄前に調理し、原価提供してくれる学生には有り難いシステム。場所・時刻未定な上に、”メニュー献立選べないランダム”という最大の欠点があるが、利用者は特に意に介していないようだ。


「”自動学食”出たってよ!」

「公園南東噴水の近くで、設営始まってるってさー!」

 うをををををををっ!

 ズドドドドドドドドドドドド!


 地響きをたてて、広い教室が、二人を残して空になった。


 何しろ、自動学食はそれ自体が、早い者勝ちのところが有る。

 メニューがランダムなのに、早い者勝ちとは矛盾しているようだが、ソレには訳がある。

 自動学食は、食材分量は大漁に有るので、食にありつけないと言う事は無い。

 無いのだが、大人気メニューを作るための食材が切れてしまったら、それ以降、そのメニューは出ないからだ。そのため、まずは即座に現場待機できなければ、お目当ての大人気メニューにありつくことは、難しくなる。


 その上、ランダムの名は伊達では無く、先着順で良いモノが重点的に食せる訳では無い。工程数の多い料理は、人気のあるメニューであることが多く、工程数の多い料理は、ある程度、実際の調理工程を経て、食材運用指針が算出されてからで無いと、

メニュー候補にすら挙がってこないからだ。


 メニュー候補とは、件の、自動学食アプリの、第二フェイズで使える機能である。

 自動学食の現在の調理工程から、次に出て来る、2~8種類のメニューを予測。

 その提供順の確率変動を、メニュー候補同士のレース形式で見ることが出来る。


 定番大人気メニューと、超格安の目玉メニューの、一騎打ちの場合には、一対一の格闘勝負が繰り広げられ、その勝負自体が、賭になる。

 現場配布の整理券を、BETし、勝てば優先的に勝ったメニューを実際に食せるというわけだ。


 人気は有る物の、これらすべてを面倒くさく思う層も、存在しており、それらに対応するためにも、自動食堂アプリは利用されている。


なお、自動食堂アプリの開発者は、「VR拡張遊技特区立ターミナル学園β」の卒業生と言う事しかわかっていない。

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