1・5:ウォール・イーター
1・5:ウォール・イーター
遙か上の方に開いた穴から青空が差し込んでる。
なにか遠くで反響してる。ココは静かだ。
「現実だったら、無事じゃねーよなー」
チラっとしか見なかったけど、斑色の平らべったいトコに落っこった。花粉とか胞子とかっぽいのが、降ってくるから、植物か菌糸類っぽい、柔らかい中に突っ込んだんだろな。
『たこ焼き大介作成:
視界の隅をHUDが横切る。
ちなみに、フルダイブ空間内でも各種AR機能がエミュレートされるため、俺が漢字に
現状:『背中から突っ込み埋まった俺の上に、優等生モドキが、飛びかかってきた猫みたいに乗っかってる』
俺は動揺を悟られぬよう平静を装う。俺を殺す気満々だった奴だが、外見は少なくとも、美少女だ。しかも、潰れるほど押し当てられた双丘は、呼吸のたびに、じんわりとこっちを押してくるし、髪から届くシャンプーの匂いまで再現されてるってんだから、緊張するっつの。
正直言って、フルダイブ環境マジパねえぇー!
「で、オマエ、……何で俺を狙った?」
俺は俺の腹の上で、くつろいでる奴に言い放つ。
「くすくすくす」
優等生モドキが俺の心音を聞くような体勢から、物憂げに頭だけ持ち上げる。
「
尖った歯を見せる。ギラーン。
「
モドキいや、
そういうのいーから。俺をときめかせなくていーから。
あぶない。フルダイブ環境さんマジ危ない。廃人になる。
「
俺を名前で呼び、モジモジとハニカミながら、親指ナイフで自分の首を落とす
奇襲かけてきたんだから、理由聞いたって、教えてくれる訳がねえと思ったら、あっさり吐きやがった。それにしても、ホントにコイツNPCなんだなと再び感心する。
「せ、設計師の意向って、『たこ焼き大介』の意向ってコトか?」
迫真のデス顔で、俺の制服に垂れてしまったよだれを、自分の制服の袖で拭きながら、「……わかんないけど、そう言えって
ペらり。
『何か困った時には、
俺はメモ書きを元通りに折り直して返してやる。
「……
面倒になってきたので略す。
「有るわけ無いじゃんガブー」
深い話は何にも知らねえんだなコイツ。それと会話に飽きたっぽい。制服の上から、俺の肩に噛みつきやがった。急所でもないので、
ぐわ! 近い近い! 顔が近いですから! もー。マジ勘弁。ああああ―――
ガシッ! 放せ
コウベの両肩をつかみ、バーベル上げの要領で、体からべりっと引きはがす。舞う、ツインテール。
「痛ってえな! 全く!」
痛くない肩を動かして、ニヤけてしまう表情を取り繕い、動悸を落ち着ける。垂れたツインテールが結構重い。
放すと又抱きつかれそうなのでバーベル上げのまま続ける。
「ゲームにサインインする前のプレイヤーを、無差別攻撃すんのが目的か?」
「ちがうよ、シルシを狙ったんだよ。ピンポイントでーキシャアァァッ!」
まっすぐ俺を見据える眼は、薄暗闇の中で発光しているように見える。猛獣のような威嚇をしてくるが、目つきが悪いだけで、概ね美少女の範疇なので問題無い。残念さも含めて、少し慣れてきた。
「え!? 俺狙われてんの? なんで? よっこらせ!」
疲れたので、コウベを壁の方へ、板っぺらみたく立てかける。
そのとき、パタタタタと頭上から羽音が。
「さっきの、小鳥か?」
仲良く小鳥を見上げてると、小鳥は足に
それは、俺がフロアで、はじき返したナイフだった。
刃を下に向け、一直線に加速し、俺の腹に突き刺さった。
あー、コウベの奴を立て掛けないで、そのままにしとけば良かったな。
まあ死ぬことは無いんだが。
ぐにゃり。
腹のナイフは、俺に触れている部分で、直角にひん曲がってる。
フルダイブ空間内では、刃物や凶器の扱いは一律で、武器や道具としての使用以外で予期せぬ当たり方をした場合は、ゴム製のオモチャのように感じる仕組みになってる。刃をしっかり挟んで安全に持てば堅いままなので、ナイフ投げの要領で投げたりも普通に出来るって感じだ。
さて小鳥に殺意が無かったことは、わかったが、一瞬とはいえ、冷たい金属が差し込まれる感覚は余り気持ちの良いもんじゃねえ。
俺は再び、降りてきた
「
してやったと言う顔で、コウベが再び俺に覆い被さってきたので、その勢いを利用して、今度は反対側の壁へ立て掛けてやった。小鳥を手にした腕は上へ回避させたので、小鳥は鷲づかみされたまま元気に
「えっとね、
いつの間にか手にしていたナイフの切っ先を俺に向けている!
クルン、パシッ、ドカ! グサ、ザクザク!
片手の指先だけでナイフを逆手に掴み直し、手近な壁面を器用にも、ケーキの形に切り取ってる―――あの、何をなさっているのですか?
「しかも
そして、ナイフに刺さった壁ケーキをかじりだした―――あのう、何をなさっておられるのでしょうか!?
「
「
と、パクパク、ムシャリ。一心不乱に食べていたが、ふと手を止める。
物欲しそうに眺めていたと思われたのか、切れ端を俺に投げてよこした。
俺の制服の上に転がる、壁、もといエリンギ。これエリンギなの? じゃあ、このバカでかい構造物の正体はエリンギ!?
菌糸類は
「どういうことだ? 正直言って俺はフルダイブ型VRシステムに疎い! やさしく教えろ!」
どちらかと言えば、俺は旧式の2Dゲームに
「えーメンドいなあ。パクパクパクパク」
コイツ、NPCの存在意義を放棄しやがった。
「ピピュイ♪ ピピュイ♪ ピピュイ♪」
小鳥が、変な節を付けて鳴き出す。
「なん―――」
『何だ』と言おうとして、コウベに凄まじい強さで、頭をつかまれる。
「だぁ―――」
俺の声の残響が残っている刹那の間に、コウベは俺を掴んだまま、音も無く爆発した。その勢いで、それほど大きくない穴を、俺はぶつかりながらも通り抜け、落下直前に見た、ピンクと青の斑模様の―――小さいビルくらいはありそうな―――巨大なエリンギの直上に飛び出た。
天辺に穴の空いたエリンギは、エリンギよりも少し大きく、ふくよかな人の形をしたモノに四方を取り囲まれている。
人の形をした物は、尖った指の部分を見えないほどのスピードで動かして、外周の部分からエリンギを寸断し、手のひらの穴から吸い込んでいく。
「あっぶないとこだったあ」
俺の頭を左手で鷲づかみの、コウベが、ギラつく尖った歯を見せ豪快に笑っている。声は可憐なのに、化け物みたいな恐ろしい表情で見下ろしている。右足から血が出ているが、声をかけられなかった。
上昇する勢いを重力が奪い、ベクトルが下降へ切り替わる。
このまま落ちれば、絶賛切り刻まれ中の、エリンギビルと、
『はーい! 今日の特別講座は、ココまででーす』聞き覚えのある子供みたいな声。
同時にフルダイブ対応のデータ・ウォッチ盤面にカラフルな猫耳美少女が表示される。
交互に表示されている、
周りの空中に
VR使用中の安全と没入感を天秤に掛けた結果、現実世界で動いている物の輪郭を抽出し、その部分だけVR映像よりもコンマ数秒遅らせて表示しているのだ。
動いている物の輪郭もわかり、通信ラグのような画像の乱れなので、すぐに気にならなくなる。ちなみに学園施設内や地下の
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