1:キャリブレーションその2
風になびく髪、どこからか舞う花びら、踏みしめる板張りのフロア。それらを自然と感じられる事に感心している様子で、少年は深呼吸したり鼻をひくひくさせたりしている。
ガコーン♪
騒々しいSEと共に、猫耳娘の
「みなさぁーん! まずは
わーぱちぱちぱち! ここは、すべてのフルダイブ型VRサービスの”
さっきまで、立体アイコンの発していた子供声と同じ声がアイコンから聞こえてくる。
ボクセル・アイコンの大きさは四畳半の部屋くらいあり、かなりでかい。
「本日の
少年、いや、頭上の「LV0:鋤灼驗」と言う文字をみるに、彼の名前は”スキヤキシルシ”だ。シルシは周りを見渡すが、ポツポツと離れたところにいる同級生らしき人影の誰ひとりも聞いてないのを確認すると、自分もふらふらと歩き出す。
特に可も不可もない顔立ちのシルシ少年は、
やがて、今いるフロアーの先に、何かあることに気づき、ゆっくりと慎重に歩きだし、駆け出す。
シルシは、手すりに両手を付き、息をのむ。
遠景は空気でかすみ、見渡せないほど開けた空間が広がっている。そこは、大自然の中に乱立する城や町や、巨大な生物らしきモノがうごめく様までが一望出来る、とてつもなく高い塔の上だった。
小鳥が肩にとまり、制服の上からでも、足爪のむずがゆい感触が伝わってくるのか、こらえられずニヤニヤし出す。
楽しげな顔で、無造作に小鳥をつかむ。その鳥の頭上に「たこ焼き大介作成:小鳥Ver:1.0.4」とHUD表示されたのを見て、ため息を付きながら小鳥を軽く放り投げた。
小鳥はピチュピチュピチュ!と抗議しながら、大空へと羽ばたいていく。
クスクスクス。
鈴の音のような心地よい微笑が、シルシの耳に届く。
振り返った彼の前には、目を細め笑いをこらえ、シルシを見つめる、少女の姿があった。
少し太めの眉毛と、風に揺れる長いまつげ、切れ長の瞳。切り揃った前髪、両耳の後ろで束ねられた栗色の長い髪は、まっすぐ背中へ落ちている。
シルシと同じ白いブレザーに、紺色のセーラー襟が付いたような制服、セーラー襟と同じ色合いのチェックのプリーツスカート姿。誰がみても完璧な優等生。
シルシは口を半開きにし、少女の口元を押さえる細い指先や、華奢な体つきから目が離せないでいるようだ。
「君さー、いま、小鳥、掴んだわよね? 手で、無造作に」
優等生は、ほころばせていた口元を鋭角に曲げ、
シルシは、自分より頭一つ小さな少女に、剣呑なものを感じたのか一歩後ずさった。”かわいい小さな花が、よく見たら、
優等生に見えたモノは、どちらかというと優等生とは正反対の性質を備えていたようだ。シルシは少女をポイントするような、視線を向けていたが、彼女の頭の上には何も表示されないままだ。
少女は2歩目を踏みだし、腕を振り抜く。
ピピピピ!
アラートが響き、目の前の空間にHUD表示が現れる。
シルシの眼前に
「あっぶねっ!」
シルシは体を半身にし、かろうじて、ソレをかわす。顔は後ろへ飛んでいくダガーへ向いている。
少女は3歩目も、同じ動作でダガーを投げた。
ピピピピ!
再びのアラートで追加された小さなHUD表示に、シルシの体がビクリとはねる。
何を思ったのか、去っていくダガーに腕を伸ばし、つかみ取る。手が滑り、すっぽ抜けそうになるが、腕を伸ばした姿勢のまま、ダガーを追って、飛んだ。
背後からの攻撃を示す、真っ赤な三角形が少年の顎の前辺りに表示されている。
飛んだ勢いのまま、クロールの要領で、上体をひねって向き直る。つかんだダガーを鳩尾の辺りで構え―――。
ガキン!
飛んできた銀色のダガーを防いだ。
「物理100%:自動追尾」という
「ほんっと危ねー! なんだよ―――!!!」
シルシは尻餅を付くはずの地面が、目の前を迫り上がっていくのを見て困惑した顔をしている。
首を傾け足の方を見やり、すごい勢いでどんどんと昇ってくる木の骨組みを眺める。そして、今度は見上げ、手すりの支柱と支柱の間の板がソコだけ外れて大穴があいているのを見て、ウンウンと頷きながら”手のひらを、握り拳の底で叩く”。やっと、目の前を昇っていく物が
ばたばたばたばたばたっ! 下から吹き上がる強烈な風がシルシの周囲を突き抜けていく。シルシは硬直したまま動かない。
「うわっうわっうわっうわっうわっうわーっ!」
その落下する臨場感は、どれほどのものだろう。シルシは、涙を流し、叫んだ。
その絶叫を聞きつけ、手すりの辺りに制服姿のクラスメイトが数名集まって来る。
遠くから「では本日は解散! 時間まで好きに遊んでて良いけど、野良NPCが絡んできても、相手にしないでねぇ。ほっとけば直ぐに、どっか行っちゃうから~。なお、このアイコンは自動的に消滅しま―――」
と子供の声がうっすらと聞こえてくる。
塔最上部のフロアが、かなり遠くなったが、かろうじて手すりと人影のシルエットは判別できるであろうギリギリの距離。
フロアの手すりに立つ制服姿一名。
風にたなびく
スカートがはためき、周囲の女子が、慌てた様子で、スカートを押さえようと手を伸ばす。
その手を振り払うように、高飛び込みの要領で、クルクルクルと回転ジャンプ! ピッと一直線に足を伸ばす。だが、
「オマエは何がしたいんだ!」叫ぶシルシ。
少女はそのまま、コントロールできずゆっくりと回転し続け―――
シルシはこわばる手足が広がるままに、空気抵抗を全身で受け減速していたため―――
かなりの速度差で、少女は背中からシルシに激突する。
シルシを襲った優等生モドキは、「きゅうっ!」と発し、気絶した。
後ろから抱きつくような形になったシルシは、少女の太股に顔を挟まれた状態。怖いとか言ってられない。
「おい! なんだよ。寝てんのかおまえっ!?」
もがきながら、妙にゴツいブーツを履いた両足をつかみ、少女の体を180度水平に回転させる。
「おい、起きろよ。落ちたって死にゃしないけど、
本音らしきモノを叫びながら、両肩を揺さぶる。
少女に背後から抱きついた形のまま少年シルシは落ちてゆく。
ひゅるるる!
ひゅるるる!
ひゅるるる!
ひゅるるる!
落ちるのにも慣れてきて、いっそのこと早く落ちねえかなあ、という顔をシルシがすると同時に、”ダガー投げ優等生モドキ回転飛び込み風美少女”が、ぱちりと目を開いた。
「んっ!?」シルシの目の前に何か現れる。
つまり優等生モドキの頭の上から、HUD。シルシは一字も漏らさず読み上げる。
「
シルシは
「何だよ! オマエも、
シルシ達二人は初期フロアの真下に生えていたピンクと青のまだら模様の―――小さいビルくらいはありそうな―――巨大なエリンギを粉砕し、
「ちなみに、このフロアの下は、システム制限一切無しの”魍魎跋扈”《もうりょうばっこ》の
舌っ足らずな声は、アイコンとともに、ボワァンと、巨大な煙となって消えた。
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