1:キャリブレーション

1:キャリブレーションその1

 首都近郊。電子防壁で囲まれた”VR拡張遊技試験開発特区”。

 その大きさは、週単位で変動する。


 大規模な研究設備設置、基礎開発段階のβサービス運用、年間通しての大規模な賞金付きゲーム大会設営、などに伴い、周辺の立地を切り崩すようにビルド&リビルドしている為だ。

 日曜深夜から金曜日まで絶えず作業BOTによる増改築を行っており、金曜午後から週末にかけての新規VRサービスの披露行事やVRゲーム大会の開催を支えている。

 しかし、五感すべてを脳内で再構成する、いわゆるフルダイブ型ゲームというのは、現在「スターバラッド・オンラインユニバース」の1タイトルのみ。


 特区周辺で毎月のように発表される新規タイトルの殆どは、積層パネル使用の最新型HMDと立体音響ヘッドセットを介し、脳波や視線入力にも対応した、”2・5感”程度の疑似ダイブ型だ。

 それでも、ソレを補うための、残り2・5感分の”物理的増設”を実現する大型筐体のアミューズメントパークとの相性は抜群によく、需要も高い。

 逆に臨場感をオミットしないと不具合のでるレトロゲームの人気も根強く、それらを現行フォーマット上で手軽にプレイするために疑似ダイブ型の低価格VRヘッドセットも次々と発売され続けている。低価格ヘッドセットはフルダイブヘッドセットの5倍売れている。

 フルダイブ中のセキュリティーやマナーなど成熟されていない部分も多く、まだまだフルダイブ環境を個人で持つのは金銭的にも使用スタイル的にも一般的とはいえないため、特区周辺のフルダイブVR専用アミューズメント施設”VRーSTATION”は連日のにぎわいを見せている。


 その特区周辺からみて中央側の一角。公園に隣接した情緒ある洋風の大きな建物。厳重に電子防壁で囲まれ、門には「VR拡張遊技特区立ターミナル学園β」とある。

三階建てのうちの、二階部分の窓がすべて、鏡のように青空を反射していた。

 門の横に設置してある掲示板には、「講義内容や校内行事により、大規模な画素演算が発生する場合があります。その場合、校舎や周辺建物や車両の窓、データセンター経由のTVモニタが鏡面化する事がありますが、順次解消されますのでーーー」と注意書きが流れている。


「彼の地に万有が降り立ちーーー」

 サービス開始前のCMで、よく見かけた一文が、急激に立体的な厚みを伴って迫ってくる。

 文字は、水や炎や、崩れ飛ぶ岩、散る草花になって、少年に届く前に四散する。


 真っ白い床に、真っ白い一人用ソファー。前方に広い空間がとられ、突き当たりは曲面に凹んでいる。一昔前に流行った体感型シアターと言えばわかるだろうか。特に照明装置は無く、ぼんやりとした、間接的な明るさで満たされている。

 スクリーンのように真っ白いコンクリート壁に、印刷された明瞭さで、次々と現在のステータスが記されていく。


「脳波同期コネクト、視差感度フィックス、眼底MAP主観へ移行、画素演算スタート、物理解像度フィックス、BC稼働チャンネル臨界、活動電位スキャン誤差リバイズ、血流重力偏差フィックス」

 舌っ足らずで、たどたどしい子供の声に、少年は一瞬だけ首を傾げた。

 ステータスは、少年の周りを立体的に旋回する立体アイコンからも、発せられている。立体音響定位のテストが、脳波顕微鏡レンズのキャリブレーションと同時に行われているのだ。


 立体アイコンは、鏡のように反射する金属素材の逆涙滴型で、軌道によっては、床に潜り込むように消えていく。


 スクリーン状の壁面に、表示する余白が無くなると同時に、少年の眼前でアイコンが静止する。

 アイコンに顔が写り込んでいるが、その顔にはパーツがなく、皮膚もペンキを塗ったように薄オレンジ一色。その頭上には左右反転した「LV0:鋤灼驗スキヤキシルシ」という文字が浮かんでいる。

 学校指定の制服はソファーと同じように真っ白で、左手首の腕時計の表示板だけがカラフルな色彩を放ち、午後1時34分を示している。


「類像・錯視・ニューロン経路発火テスト開始。」

 壁の表示が、まばたきの瞬間にかき消え、子供のような声が響きわたる。

 ドン。ガシャン。ゴトゴト。ズドォン!

 白い空間に次々と、様々な物体が、現実的な解像度で出現した。

「アナタの複製主観コ・サブジェクティビティでは、○で囲んだ辺りが人の顔に見えていますが、それは現実感を伴っていますか?」と、家の窓の並んでいる辺りを赤で囲まれる。


 まだ操作に慣れてないのか、マネキンのような少年は、のっぺりとした眉間にしわを寄せ、「カーソル、脳内選択」などと、ぶつぶつ言いながら右手を動かす。

立体アイコンを上から鷲掴みにし、下を向いていた先端をななめ左前へ向けた。

「はい」の選択肢は無惨にも大爆発し、次の設問であろう、目の錯覚テストによく出てくるような図案に化ける。


 少年は次々と回答していく。五分ほどで、「すべての設定が終了しましたぁ」という子供声と共に、同文面の立体文字が飛び出る。

 設問の回答ごとに爆発し、転がっていた選択肢や設問の残骸が、天へ上るように光の粒子と化す。最後の文字も光の粒子に浸食される。


 何も起こらず、少年がキョロキョロしていると、手に持つ立体アイコンがぶるぶると震え、尖った部分が若干伸びて、縮む。その形状は木捻子もくねじのようになっており、尖った所がドリル状に変化していた。

 ガツン! ゴト!

 少年の手から巨大な木捻子が落ちる。

 あっ落としちゃった、壊れてないかな? というリアクションをしている少年の足下で、木捻子が、猛烈な勢いで駒のように回転し出す。

 コンクリートの床を数回はねた後、ゴゴゴガガガゴリゴリゴリッ!

 と床を粉砕しながら潜り込んでいく。ゴリガリゴリガリ!

 コンクリの破片が少年の足に当たってくる。「いて」「なにこれ痛いんですけど」

 つるつるの木捻子の上の半球部分を残して

 ガチリ! アイコンは停止する。


 ぎゅる、アイコンの表面が緑色の細かいトゲの生えた突起に覆われ、

 ポコォオオン! という起動音とともに、コンクリートの空間を一気に広がり埋め尽くす。

 ざわざわざわざわっ!

 緩急の付いたトゲは、相似形を持つフラクタル形状を波打たせるように成長を続け、四方から少年に迫る。少年はのけぞり、手で頭を守ろうとして、気づいたようだ。

 自身の体も。叫び声をあげようとしてーーー


「トポロジックエンジン・イグニッション!」

 さっきまでの子供のような声ではなく、きらきらと華やかな女性の声で、少年は目覚めた。

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