ワルコフに気をつけない

スサノワ

ワルコフに気をつけない

X・5:ワルコフ爆誕!

X・5:ワルコフ爆誕!

「ワールーコーフー! どぉーこぉーだぁぁーー!?」

 俺は、東京湾から上陸した怪獣のように、ゆったりと、下宿の廊下を北上する。

 頭を動かす度に、ボサボサの髪と配線ケーブルが、こんがらかりそうで困る。


「ワルさぁーん! 怒らないからぁー、出てきてくださぁーい」

 25歳っていう推定年齢からは想像できねー、舌っ足らずな声が後をついてくる。


「何言ってんすか! 今度という今度はしぼり上げてやらなきゃ!」

 俺は、ゴーグルの左に付いてる丸ボタンを、押し込みながら、振り返った。


 ここは都心をはずれた衛星都市で、通称ゲーマー特区なんて呼ばれてる。

 簡単に言やあ……最新科学技術ハイテクと、映像投影ホログラフィー氾濫はんらんしてる街だ。

 周囲まわりを目に見えない電子防壁で囲まれたりしてるっぽいけど、フェンスもなければ通信制限なんてモンも無え。誰でも出入り自由だし、正式名称”VR拡張遊技試験開発特区”、ってくらいだから、催し物イベントがひっきりなしに有る。俺たちみたいな学生ゲーマーにとっちゃ、天国みたいな所だ。

 ちなみに現在地点いまいるのは、特区外周の住宅街。

 『The下宿』2階、最南端。俺、鋤灼スキヤキシルシの部屋の前だ。


「へっくち!」

 目鼻立ちの整った美人が鼻をこすってる。

 今日は、いつもの事務服と違って、大人っぽくてひらっひらのスカートだ。……オシャレしているのかもしれん。


「あ、大丈夫すか? 何か羽織はおってきた方が良いんじゃないすか?」

 俺は慌てて南下するUターン

 陽気の良い日が続いてっけど、まだ6月中旬だ。まだまだ朝夕は冷える、薄着じゃ寒みぃ。


「へーきへーきー。デバイスでぇ首もとぉ少し暖ったかぁいしー」

 美女は、帽子の星形のつば・・・・・とがったトコを、両手で引っ張って、目深まぶかかぶりなおしてる。

 ……仕草が、いちいち子供っぽいけど、には合ってるなーと思う。


 カラフルでハロウィンみたいな魔女帽子は、フルダイブVRHMDデバイスだ。これでも、イベント会場から流れてくる、お祭り気分の客たちよかは、いくらか大人しい。


鋤灼スキヤキ君の方こそ、大丈夫? ソレ・・、重くなぁいー?」

「見た目よか、全然軽いんで、大丈夫っすよ」

 俺はカッコつけて、パシパシと、てのひらを拳で打ち付けた。中肉中背、やや猫背。超インドア派で、運動なんてシたくない系。そんな俺だが、若くて綺麗なお姉さん相手には、見栄を張ってしまうお年頃だ。


「じゃ、廊下の見張りお願いします」

「了解しましたぁ、……けどぉ、鋤灼スキヤキ君ー、ワルさんのぉ悪戯いたずらなんてぇ、いつものぉ事じゃなぁい?」

 俺は無言で、人差し指を突き出した。

 魔女帽子さんは、俺の指に、自分の手のひらを当てて、何もない空中を凝視した。


「特選おやつ、残数・手羽先2個・・・・・・これだけ!?」

 美女の、眼鏡フレームの両サイドに付いた装飾かざりが、ピカピカ光ってる。


「ええ、昨日かき集めた”特選おやつ・・・・・”、ほとんど全部、食い散らかしたんですよ!」


「うにゃぁー!? つまみ食いって言うから、10個くらいかと思ってたんだけどー」

 眼鏡美女は、オデコに手を当てて、ひきつった笑いを浮かべた。


   ◇


 がちゃ。ぱたん。

 俺がドアを開けて、中を確認して閉める。

 彼女は、その間、廊下を見張る。


 がちゃ。ぱたん。がちゃ。ぱたん。

 居ねえクリア居ねえクリア居ねえクリア


 ワルコフが逃げ込んだかもしれん、5部屋のうち3部屋を捜索した。

 2階は俺の部屋以外、全部、空き部屋だから、隠れる場所はない。

 残りは、左手前の、ドアが開けっ放しの部屋と、奥の突き当たりの部屋だけ。


 俺は開いたドアから、壁に手を伸ばして、明かりを点けた。

 部屋の中には、大きな鏡すがたみが置いてある。窓が無いこの部屋だけは、物置代わりに使われてて、いくらか物がある。

 それに写った俺たちの格好は、ココが、ゲーマー特区でなかったら、通報物の怪しさだ。


 前衛:つまり俺は、フルフェイスのメットにゴテゴテした機械をくっつけたようなのを、頭に装着してる。簡単に言やあ、巨大おはぎが、どたまおおってる。この2人パーティーの”怪しさ・・・”の8割方をコレが、かもし出している。

 ゴーグルに隠れて、顔はほとんど見えない。口元と後ろ首のあたりが、左右に開いてて、見た目よか、ゆったりしてる。

 両耳に光る輪っかリングの下から、細いのと太いのの2本のケーブルが、垂れ下がってる。動き回ってるうちに、とうとう、俺のボサ髪と絡まっちまった。

 締まりのないくち一張羅いっちょうらの長袖Tシャツに、学校指定のカーゴパンツ。真っ黒なグローブに怪獣の足のスリッパ。

 休日とはいえ、シワの入ったままの服は、女性に見せる格好としては、だらしな過ぎたかもしれん。


 後衛:

 オレンジと赤の派手な、魔女みてえな帽子。廊下を見張ってるから、後頭部の光るリングが映ってる。その下から伸びてる衛星アンテナは、黒くて無骨ぶこつで短い。

 縁無し眼鏡のフレームには、小さなLEDかざりが前方に向けてふたつ。不規則にピカッてる。

 髪型はおしゃれな感じの、ボブカット。絶えず、にこやかな口元。細いけど健康的な体つき……げふんげふん。

 化粧メイクっ気は薄くて、まつげが長い。10人にアンケートしたら、9人は『綺麗』にチェックするくらいの、すっげー美人。前衛おれと比べたら、立派で華やかな格好、……手首のやたらとゴツすぎる腕時計は、似合ってねーけど。あと来客用のスリッパを履いてる。


「……それにしても、鋤灼スキヤキ君……その長袖Tシャツ……すっごく良いわねぇー」

「えっ!? そっすか? 結構、高かったんすよー」

 俺は、褒められたのが超うれしくて、舞上った。長袖Tシャツのすそを摘んで、描かれたパスタのイラストを、よく見えるようにした。

 洗ったままで、シワだらけだったシャツが、少しピンとした。

 このぉ、フォークがぁ宙に浮いてる所がぁ、いいわぁねぇー。

 でっしょー? きゃっきゃ! やべえ、楽しくなってきた。


 フッ!

 長袖談義に花が咲くなか、姿見の中かがみを、横切る白いもの・・・・


「うわっ」「きゃっ」


 ヴォン!

 突き当たりの閉じたドアから、何か白長いの・・・・が、飛んで来た!


 ぱりぱりぱりッ!

 その先端が、青白くスパークした。


「うぉおおっ!?」

 ギリギリの所で、上体を沈ませたダッキング

 白い棒は、放物線を描いて飛んでいく。そして、後ろの魔女帽子びじょにスカーンと命中した。


 屈み込んだ、足下。

 なにか、モコモコした物が、凄まじい勢いで飛び上がってきた。


 フゥォォン!


 丸いヘルメット、丸いバイザー。現実にしか見えねー解像度。

 バーニアスラスター全開で、飛びかかってくるソレは、全長30センチの、宇宙服・・・

 俺は死ぬ気で、首をひねってけた。宇宙服ワルコフは目の前を飛び上がっていきやがる。


 たたた、とたたた、どたたたた。板張りの廊下を駆け寄ってくる、足音・・

 何だ? 視界のすみを、白いのがうごめく。


 閉まったドアを、すり抜けた1体やつ

 さっき何も居なかったはずの、姿見かがみの部屋から出てきた1体やつ

 後衛びじょの股下を、駆け抜けてくる1体やつ

 そして、前衛おれへの頭突きに失敗した、スラスター全開の1体やつ


 それは、棒を構え突進してくる、―――宇宙服ワルコフたち・・だった。


 ヴァリヴァリヴァリッヴァリリリリッ!

 四方から青白い雷撃が迫る。

「うわわっ! 勝手に増えんなっ! 心霊ホラー映画かっつうのっ!」


 絶賛大ピンチ中の、俺を、気にも止めず、美女の子供のようなボイスメモおぼえがきが、廊下に響きわたる。

「音声入力」「ボイスメモ」「ホラー映画」「アトラクション」「千客万来」「一攫千金」

 こんな時に、この美人さんは何してやがるっ。


 俺は、一回り大きな雷撃かみなり蓄えチャージしてる、真上にいる宇宙服やつに手を延ばした……けど、ぜんぜん届かねえ!

 この下宿は古めかしいけど、施工も規格も最新型で、結構高さがあるんだな、これが。

 宇宙服やつが、持ってた長い棒を投げ落す。

 しかも、投げると同時に、即、点火てんかしやがった。


 シュドドドドドッドドドドドッ!

 廊下を照らす大爆発。

 俺は、伸ばしたままの手で、高速で推進して落ちてきた棒を粉砕する。

 青白い雷光かみなりが、俺の全身をつらぬいたヴァリヴァリヴァリ


「痛ってぇー!」

 情けない声を出して、うずくまるしか出来ねー。

 まだ天井付近にEVA(船外活動)たいくうしてる、宇宙服が、ガチャリッ!

 ちっ、新しい棒を手にしてやがる!


 廊下の柱を蹴る、来客用スリッパ・・・・・・・。しなやかな体が、三角飛び。

 子供声や、普段の落ち着かなさに反して、基本的な運動能力は、低くなかったっぽい。スカートだから、いろいろあられもねー感じだったけど……げふんげふん。


 スッタァーーーーン!

 両足で着地した、スタイル抜群の美女が、「ふしゅるるうぅぅぅっっ」って、息を吐く。来客用スリッパの片方が、落っこちる。

 宇宙服ワルコフのやろうは、大人しくなった。残り3体も、光の粒子キラキラを残して、消えた。


「よぉーーーーっし! つっかまえたわぁよぉうぅーーーっ!」

 魔女帽子は、最大でS4センシングフォーのAR完全対応だ。俺みたいにデータグローブが無くても、上手にAR物体をつかむことが出来る・・・・・・・・・


 美女がドヤ顔で、宇宙服逃亡犯を突き出してきた。

 内心、ちょっとウゼーとか思ったけど、顔には出さなかった。お手柄っちゃお手柄だし正直、あの棒を連続で食らってたら、無事じゃすまなかったかも知れん。


 そして、その逃亡犯ワルコフの側面から、なんでか、赤い光が漏れた。


 ばしゅっ! すっぽーーーーーん!


 宇宙服が、ツタンカーメンの・・・・・・・・棺のように・・・・・、パカリと割れて、中から何かが飛出してきた。


「ニャオーーーーーーーーーーン!」

 薄暗い廊下に、咆哮ほうこう木霊こだました。


 それは、褐色かっしょくの太いしっぽを、器用に回転させ、ピタリと滞空ホバリング。そのまま手ばたき旋回して、俺へ向き直った。


 「当方には」

 ドン!

 明るい紺色のワンピース。


 「『ワルワラ=ミミコフ』という」

 ドドン!

 ポケットの付いた真っ白なエプロン。


 「れっきとした正式名称めいしょう?があるコフーっ!」

 ズドドン!

 ヘッドドレスを押しのけ、生えている褐色の猫耳。


 「正式な捕虜ほ…りょ?としての待遇とく…ぐう?要求よう…きゅうするものであるコフーっ!」

 ドガァァァァン!

 いさましくも、つたない日本語で、宣言する全長約20センチ。

 詳細不明の宇宙服ワルコフ内容物なかみ

 その後ろに、詳細不明のカラフルな爆煙ばくえんが立ち上った。

 む、ちょっとカッケーんでやんの。ワルコフの中身のくせに。


 自称『ワルワラ=ミミコフ』は、回転しっぽを更に高速で回し、俺の、目の前まで進み出た。そして、顔に掛かった、ピンク色のくせっ毛を、両手でき上げ、鼻で、スーピーっと一呼吸。

 呼吸に合わせた、ゆっくりとした動きで、遠くを見るときのポーズの両手版、両手で眉毛に手刀を当てるようなポーズを決めた。

 腰を落とし、ひざを広げ、こつんとスエードのブーツのかかとを揃えて見せる。その顔は、超真剣・・・


 数字の「8」にも見える、こいつは、そう―――ワルコフ得意の、『惑星ラスク宇宙軍正式敬礼』だ。

 ちなみに、VRMMORPG:スターバラッドの世界に、宇宙軍なんて無えー。無ーんだけど、設定上存在し・・・・・・、軍属であるNPCも、数は少ねーけど居るって話。

 相変わらず、「バカにしてんのか」って、ひっぱたきたくなる・・・・・・・・・ポーズだけど、本人はいたって真面目だ。


「なぁにこれ? どういうことなのぉ? かわいいかわいぃいぃ~」

 『ワルワラ=ミミコフ』を、ガシリと抱きしめ、廊下に座り込む、魔女帽子装着型美女。


「ワルさんの中身、こんなにかわいかったんでちゅか~!?」

 ぎゅーっと、全身で抱きしめるように掴んで、放さない。

 そうなのだ、この美人さんは猫耳とかフィギュアとかが大好物なのだ。

 かわいい、かわいい♪

 ウ゛ニャーーーっ(断末魔)!

 俺は、ため息をついた。


「ワルちゃん、いえ、ワルにゃん~!」「ギニャニャ!」

 魔女は、約1/8のスケール差を考えてない。かじりつかんばかりに、ほおずり攻撃中。

 ぎゅーっ! すりすりすりすりっ!

 ギィニャアァァァァァァァァ!


 ポンコツと化した美女の、魔女帽子フルダイブ・デバイスは、S4規格センシングフォーまでのAR完全対応だ。俺みたいなデータ・グラブが無しでも、自身のシルエット・・・・・をARコントローラー化できる。どう言うことかって言えば、つまり彼女のアナログ入力のハグぎゅーっには、AR側ミミコフへのシステム的な安全弁セーフティーが効き難いってことだ。


 猫耳を倒して、うなだれる様が、……気の毒かつ、悲惨で、痛ましかった。

「―――助けてやるか」

 美人さんの頭から、魔女帽子がスポンと引っこ抜かれ、猫耳メイドさんミミコフが釈放される。

 逃げていくミミコフの背中を、俺は片手でつかんだ。

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