第五章 研修

研修開始

 翌日の早朝、おれはディトワに誘われ小屋の外に連れ出された。

「ひとつ質問もあるんだ」

 小屋の裏手にある薪割り用の切り株に座り、彼は開口一番、そう言った。

 朝飯もまだだった。

 ディトワの真意を測りかね黙っていると、そのことば通り続けて質問される。

「マーガル。剣を扱うときに一番重要と考えていることはなんだい?」

 気さくそうなその言い方に、ついこちらも正直に反応してしまう。

「……速さ、かな。斬撃の」

「上出来だ。……が、実は重要な要素はもうひとつある。それは重さだ」


 どうやら剣士修行はすでに始まっているらしい。

 特に教えてくれと言わずとも、ディトワは勝手に、世間話でもするように、おれの指導にはいろうとしているのだった。


 ある意味、とてもありがたい始まりかただった。


 奇剣ドゥーリガンを持つのをかたくなに拒み、彼らと口論までしていたから、今さら頭を下げる気恥ずかしさは当然あったし、未熟さを思い知らされ、結局心変わりをしたことへの屈辱に似た気持ちも、まだ心のどこかにあったからだ。


「ところで、速さと重さ、このふたつは実は調和しない」

「……剣は、速さがあれば、重さにもつながるんじゃないのか?」

「そう言われることもある。しかし、実際に剣と、それを扱う人間自身を想定すると、必ずしもそこに因果関係はないのさ」


 こういうやりとりはきらいじゃない。


 どこかの退役剣士から受けた指導のように、習うより慣れろ式では退屈でやる気も失せる。

 どんな物事にも理由や理屈、つまり原『理』というものがあり、それを知ることで、効果的に技術を習得できるはずだ。


 商家で生まれたせいか、おれは自然、そういう考え方に育った。

 商売というのは、実はひどく単純な理屈で成り立っている。


 基本的には、たす、ひく、かける、わる、という簡単な算術的考え方があって、商品も金銭も情報も、人間までその理屈で扱う。

 だから、商売をしようとしているのにそれを知らなければ、仕事はできない。


 もちろん、ただ知っているだけではだめで、実際に商売に携わりながら、知識を知恵に、経験を技術に変え、商売人として一人前になっていくのだ。


 剣技を習得するというのも、それと同じではないかと思う。


 簡単に言うと、相手を斬るための力加減と角度を知らない剣士はいない。

 それは『斬る』ということを、可能な限り知りつくし、実践の中で得たことを次に活かしてきたからこそ、得られた技術だろう。

 それはまた、自分を生かすことにもつながる。


 ただひとつ、ほかのあらゆる技術と異なるのは、剣術に次の機会はないということだ。失敗は即、死によって報復される。

 それだけに、その原理を知り、何度も反復して身体におぼえさせる修行や稽古による技術習得は、なによりも大事だし、こういった問答はおれには非常に有益と感じられるのだった。


「たとえば速さを求めるなら、ふつうは片手剣のように軽い剣を使う。膂力はなくても、素早く振れるからだ。でも威力は低い。服を着た生身の相手なら斬れても、軽装の鎧をまとった相手には苦労する。剣自体、軽く薄く造ってあるから、打撃も軽いんだ」

 ディトワはいったんことばを区切り、おれの反応をうかがった。

 先を促すため軽く首肯した。

 彼はそれを見て満足そうにうなずき、話を続ける。


「……一方、重い剣は扱いにくくて、だれもが扱えるわけじゃない。軽い剣に比べれば斬撃の速度も遅くなる。だが、その代わり威力は大きく、剣自体も頑丈だ」


 たぶん、最初はドゥーリガンに対するおれの偏見をとろうとしているのだろう。

 重く、均衡に欠けたその剣の有利性を滔々と説く気だ。


「ところで、速さを一番重要と考えているのに、なぜか両手剣の大剣を使っているな。なぜだい? おまえの好む大剣はどちらかと言えば重い剣の部類だろ?」

 たしかにそうだ。

 おれの扱ってきた大剣はどれも重く、両手で扱わなければならない。

 使う理由も単純だ。

 祖父は両手剣遣いだったので、小さな頃から剣士の得物は両手で持つ大剣こそ正統派のあかしだと思っていたし、数年前、修行に先立ち、ヨツラの相棒センギュストにもこれを使えと、両手剣の大剣を手渡されたからだ。


 センギュストは現役時代、片手剣の、それも二刀づかいだったくせに、おれには両手剣を使え、職業剣士になるつもりならひとつの道具に両手を預けてみろ、と言った。

 両手剣なら、短剣や短刀など小手先の装備に頼らず剣一本で戦うしかなくなるし、剣速も他の軽い剣に劣るから、両手剣を使う人間は一撃の重みと大切さをよく知って、結果として強くなるのだそうだ。


 いま思うと、どうもそれはあの男独自の精神論だったのだろう。


 死んだゲールトの言ったとおり、本来、大剣はおれの体格に合わない。

 長すぎるし、重すぎる。

 だからそれを使い続けるために、意識して膂力や体力を鍛え、剣の振り方にもあれこれ工夫を重ね、それでやっとある程度の剣技を身につけられたのだと思う。

 新たな剣を学ぶとすれば、そういったこれまでの蓄積を捨て、ふたたび修行に臨まなくてはならない。

 いままでの苦労はなんのためだったのか、ということにもなる。


 それがいやで奇剣の扱いを学ぶことに抵抗したのだと、たったいま気づいた。


 ディトワは手に持つドゥーリガンを掲げた。

「この剣は鋼鉄製で、重い剣の部類に相当する。全重量のほぼ三割が先端に集中しているから、剣としての均衡にも欠け、扱いも難しい。……だがもし、これをふつうに扱えるならどうだ。その速さ、威力は想像を絶するものになる」


 そうさ。

 きのう、あの巨蟲との対戦でそれをいやと言うほど感じさせられた。

 それで学ぶ気になったんだ。


 おれの渾身の一撃は、化け物の足一本すら切り落とせなかったのに、ディトワの扱うドゥーリガンは固い甲殻に包まれた棘だらけの脚を、斬る、というより、断ち割るように胴体から切り離した。

 要するにこの剣は対人用としてではなく、ノヘゥルメやマコロペネスのような人外の生き物との戦闘に使われるべきものなのだ。

「……その剣はつまり、化け物用なんだな」

 結論を出すのが唐突すぎたのか、彼は目を丸くした。

 そのあとで、にやりと笑う。

「……かもな。もとはそういう目的で造られたんだろう。しかし考えても見ろ……まあいいか、すぐに分かる。この剣の凄さをな」

 ディトワはことばを呑み込み、なにかを言い含んだ。


 またそれか。


 知らなければならないらしいことは、ほかにもたくさんあるというのに、それがもうひとつ増えてしまった。

 どうにも釈然としない。

 でも、もうそれを知りたがって声を荒げるようなマネはすまい。

 いまはマチウスに言われたように、『いずれわかる』と信じて先に進むしかない。


「いままで大剣を手持ちの得物として選んできただけあって、おまえの基礎的な体力や膂力はすでにできあがっていると考えてもよさそうだ。ドゥーリガンを完璧に扱うにはまだ足りないけれど、それはある程度技術で補える。だから、いきなり型の指導にはいろう。時間もないことだしな」

 時間もないというのは、きのうのあの託宣に関連していると言うことだろう。


 いつ、なにがやってくるというのか。


 けれど、いまのおれにとっては、ディトワのひとことで謎の解き明かされない不満も多少緩和されたことのほうが重要だ。

 一般的に剣の修行というと、どんな指導者についても、やれ基礎練習だ、体力増強だ、以前の型は忘れろ、となり、知りたい肝心のことは先延ばしにされてしまう。

 別に出し惜しみをしているのではないだろうが、はじめからそうでは、やる気は確実に失せる。


 その点、彼は話が早い。

 やはり現役で戦っている男は違うのだ。


 おれは若干の期待感をふくめ、そんなことを思う。

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