倉庫搬入
小屋の中は余計な間取りもなく、ひと間のみの構造だ。
やはり倉庫として使われているようで、ただし、部屋の東角には寝台やテーブル、机や椅子など、ひとり用の生活備品も置かれている。
だれかがそこで寝泊まりをしている様子だ。よく考えれば倉庫は倉庫だし、万一の盗難防止のため常駐の張り番も必要なのだろう。
両開きの大きな扉のおかげで、荷物の運び入れはかなり効率的に進む。
食料品の入った大樽を両肩と頭に乗せ、両腕で支えると三つ同時に運び込んだ。生家の手伝いでおぼえたくだらない技なのに、ここで役立つとは驚きだった。
「あとは細かい物だけ。それは私が運ぶから、部屋の荷物をきれいに並べて」
もう何度もこういった作業をしているだろう、手慣れた様子で荷物を仕分けするヒルガーテの指示に従い、仕事をすすめる。
こんな倉庫整理も、よく両親にやらされたことのひとつだ。
部屋にすでにあった食料品は手前に、きょう持ってきた食料の樽はその後ろに並べた。いわゆる先入れ先出しというやりかただ。
こうしておけば古い食料を先に消費するため、長期保存時の腐敗や死蔵による無駄は少なくなる。
ほかの木箱は、形の同じものは積み上げ、小さい物ほど手前に置いた。
あのまま故郷にいれば、こんなことを毎日させられていたのかと思うと、つくづく剣士の職に就けてうれしく思う。
「いや、手慣れたもんだ。俺じゃこうはいかない」
その声に、マチウスかと思いふり返ると、見たこともない男だった。
瞬間、不測の事態にいつでも対応できるように身構える。
しまった、大剣は外にある。
その動きに目を留め、男は感心したように言った。
「へえ……素早いなあ」
肩幅の広い三十歳前後の男で、マチウスよりがっしりしていて若干大きい。長い総髪を後ろで束ね、粗めのざっくりとした布で作られた、暗色の服装をしている。
「ディトワ、これで終わり」
小物の入った木箱をかかえ、室内に入ってきたヒルガーテはぎょっとしたように立ち止まった。室内で対峙する二人の男と、その間に張られた緊張の糸に気づいたのだろう。
「そう言えば……紹介はまだね……ディトワ、彼は剣士マーガル。剣士マーガル、彼はディトワ、ゴルエの守護剣士」
「よろしく、マーガル」
ディトワは大きな目の灰色の瞳をぎょろりと動かし、人なつっこそうな表情になった。
「……よろしく」
相手の正体はわかった。
けれど、気さくそうにおれの名を呼ぶ彼に、戦闘の最前線を預かる剣士の雰囲気はあまり感じられない。
おれの動きを見逃さなかった鋭い目つきも、もう見せていない。
そもそも、それすらおれの気のせいかも知れなかった。
通り一遍のせりふで、見知らぬ者同士の引き合わせを終えた彼女に、ディトワは訊ねた。
「ヒルガーテ、弩と太綱は……」
「もう祭壇に」
「そうか、マチウスも来ているのか。……それじゃしばらく任せてていいな」
言うと腕を伸ばし、手近な木箱を積み上げ始めた。
腰の抜けそうなくらい重い荷なのに、ひとりで軽々とそれを扱う。
服の袖からのぞく彼の腕を見て驚いた。
なんて太さだ。
特に手首の太さは尋常ではなかった。
肘から先はまるで一本の丸太のようで、手のひらまでまっすぐ、まったくくびれていない。それでいて、その動きはふつうだ。
あれだけ筋肉がついていると手首の可動域も制限されそうなものだが、作業を見ている限りそんなことはなく、筋肉自体とても柔らかいのだと推測できた。
その場を動かず、自分を凝視しているおれの視線に気づいたのか、剣士ディトワはこちらを見て、笑顔となった。
「なあマーガル、出身はどこだい?」
そのことばで我に返る。
正直に答えた。
「ウーラ……だ」
「ウーラか、商売の国だな。もうしばらく行っていない。いいところだよな」
「……そうだな」
それ以上どう答えていいのかわからず、さっきまでの作業を続けようとヒルガーテの持ってきた小物の中から細い縄の束を取りだした。
壁に造りつけられた棚のどのあたりに置こうか思案を始めた矢先、ふたたび声をかけられる。
「ああ、悪い、それは載せなくてもいい、すぐに使う」
ディトワはおれの手にある細縄を指し、床に置くように身ぶりで示した。
指示通りにすると、からかうような口調で言う。
「そういや、ゲールトに小さいって言われなかったか?」
急にその名を言われたので、記憶を探るのに手間取った。
「……ゲールトは死んだわ」
脇から答えるヒルガーテのことばを聞くと、彼は驚いた顔になった。
「なんだって? いつ?」
「先週よ。ノヘゥルメに……」
「なんてこった」
「衛士も半分以上やられて」
「どういうことだ、なにがあった? ……マチウスもいて、なぜ……ん、じゃあ、城はいまだれが見てる?」
「……シグルト」
ディトワは眉をひそめ、感想を述べた。
「ディラスもどうかしちまってる。なんだってあんなやつに……」
一介の駐留剣士のくせに人前で主君を呼び捨てにするとは、礼節のない男だ。
ヒルガーテはディトワにかいつまんで事情を話した。本来は、マチウスから報告、連絡すべき内容なので、いままで説明を控えていたらしい。
マチウスはやはり、どう考えても相当な信頼と実力ある剣士だった。
なのに、防御の手薄になった城を不在にさせてまで、なぜおれみたいな新人の従者などになっているのか。
ディトワもそこに不審をおぼえたらしかった。
「マチウスを戻さなきゃ、いずれ城も困るだろうに。……そうか、シグルトか。……あいつのやりそうなことだ」
新任の政務執行官に対し、いろいろ含みもあるような、そんな言い方をする。
「今回こうなった原因はほかにもあるけど……とにかく最後は彼がとどめを刺した」
ヒルガーテは事実そのままに告げ、こちらを伺う。
ディトワもおれを注視した。
「じゃあ、もう呪い憑きなのか」
「ええ」
いやな言われかたをする。
「ドゥーリガンの腕は?」
おれとヒルガーテ、どちらに聞いているのか、唐突な質問。
「拒否してる」
すかさず彼女は答えた。
「拒否? なにを?」ディトワは再度おれを見た。
「持つのも、扱うのも」
「どうして?」
「さあ、形がきらいとか、重すぎるとか、いろいろあると言う話」
「ふうん……マチウスはちゃんと説明したんだろうな」
「そう聞いてる」
話題の中心となる人物を目の前に、本人以外のふたりで勝手に会話を進めるという無礼な状況に、とうとうおれも声を出さざるを得なくなった。
「剣として美しくないからだ」
「なんだって?」ディトワはあきれたように口を大きく開けた。
「それに、おれの手に余る。扱えない道具に、価値はない」
「ははあ、なるほど」なぜか勝手に納得される。
「ばかね。あの剣じゃなきゃ、勝てないわ」
ヒルガーテは淡々とした口ぶりながら、おれを批判した。
「……勝ち負けは、おれの腕で決まる。剣の種類で決まるもんじゃない」
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