物資補給

 おれたちの乗るグマラシ車は、赴任地ゴルエにほど近いドゥルフェン村に着いた。

 ヒルガーテはがんばって猛烈な速さでグマラシを進ませたので、城を出てから半日しかかからなかった。


「ここで、食料や酒を調達するんだ。……ここの地酒はうまいぞ」


 マチウスは大きく身体を動かし、御者台でとっていた妙な姿勢のせいで固くなっただろう上半身の肉をほぐした。

「マチウスさま」

 珍しそうにおれたちを囲む村人の人垣をかき分け、村の責任者らしき老人が近づいてきた。

「おお、ゴナシェ。久しぶりだな、元気そうだ」

「ありがとうございます。マチウスさまこそ、お加減はいかがで」

「……うん、まあ、ぼちぼちというところか。……この人はマーガル。マーガル、こちらは村長のゴナシェだ」

 世間話のついでに紹介されるとは思わず、おれはあわてて辞儀をした。

「お若い……それに体格も……」

 辞儀を返すゴナシェはいぶかしげにマチウスの顔を見る。

「だが……もうノヘゥルメを倒した」

 村人たちは少しだけどよめく。

 彼らもあの巨怪のことを知っているのか。 


 ひそひそとおれの名を伝え話す彼らの様子にまんざらでもない気になりそうで、密かに自戒する。

 そう、おれは単にとどめをさしただけなのだ。


 ゴナシェは大きく目を見開き、こちらをじろじろと感じ悪く眺めていた。


「干しマジューの数は足りない。タチオイクルの実も」

 補給物資を検品していたヒルガーテはおれたちのところに来て、そう報告する。

「嬢さま、申しわけございません。ただいま準備をさせております。なにせ急なご依頼で」

「その言い方はやめて。……足りないのなら別なものを用意してもらう」

 恐縮するゴナシェに、きつい調子のことばを返し、彼女は地上での自分の仕事にもどる。

「しかたないな。おれたちも運ぶのを手伝おう」

 首をすくめ、マチウスは歩き出した。おれもその後を追った。


 これ以上載せられないほど荷物の満載されている荷台から、いくつか木箱を下ろし、ヒルガーテの指示でもう五つばかり食料や酒の入った木樽を積み込んだ。

 下ろした長方形の木箱には、なにが入っているのか、とても重かった。

 マチウスは済まなさそうな表情でゴナシェに木箱の保管を頼む。

「少しだけここに置かせてくれ。……この荷物を下ろしたらすぐに取りに来る」

「しかし……」

「心配するな。『コエン』さえあれば大丈夫だ」

「左様でしたな。……一応、その他の御用意はしておきましたが」

「ありがとう。が、事情が変わった。今晩は必要ない」

 マチウスと村長の謎めいた会話を背後に、積み込み作業の終わったおれは村人たちの様子を不審な思いで観察する。


 彼らは不自然なくらい距離を置いておれたちを見ていた。


 マチウスは『さま』付け、ヒルガーテまでも『嬢さま』と呼ばれ、村長からそれなりの敬意を払われているようなのに、だれひとり作業を手伝うものはいない。


 気づくと、その遠巻きの円は微妙にずれていた。おれたちというより荷車からおろした木箱から離れようとしているようにも見える。


 近くにくすくす笑う声を聞き、その方向へ首を向けると数人の村娘たちがおれの近くに立っていた。

 先ほどの話で興味でも持たれたのか、こちらを見ながらひそひそと話し、目を合わせると小さな嬌声を上げるので、なるべく彼女らを見ないよう素知らぬふりをするものの、声のたびに、ついつい目を向けてしまう。


 例の木箱は彼女らにはなんの効力も及ぼしていないようだ。


 何度目かに目を移すと、村娘のひとりはなんと胸を両手でたくし上げ、服に隠れた自分の乳房の大きさをおれに見せつけるようにしていた。

 あまりの露骨さにあわてて目を背けてしまう。


 おれのその所作に村娘たちは、はしたなく大きな笑い声を上げた。


「気楽そうに立っているなら、手伝って」

 ヒルガーテはいつのまにかおれの横に来ていて、皮肉にも聞こえる発言をした。

 感情のこもらない、いつものしゃべり方とは異なり、いらついたような声音だ。

 それに、変わらず従者のことばつきとも思えない。

 今回は少々腹に据えかね、おれも声を荒げた。

「いやみか? 『嬢』さま」

「……やめて、マーガル」

「おれの従者のくせに、いつも呼び捨てだな」

 ヒルガーテはものも言わず、投げるように金槌を手渡してきた。

 とうとうカッとなる。

「おい!」

「……そこ」

 彼女の指さす先に荷台の割れた部分があった。

 過積載で荷台への負担も尋常ではないようだ。

 うまく気を逸らされたようで、噴出しかけた怒りは、すぐにまたおれの腹へ戻ってしまった。

 しぶしぶ手を彼女へ差し出す。

「……板をくれ、補強するんだろう? 釘もだ」

「用意するわ、いまから」

 準備もなしに頼むつもりだったのか。

 その真意を測りかねた。

「グマラシの扱いに疲れた? それで虫の居所も悪いのか?」

 彼女は首を振る。

 ふと思いつき、からかうつもりの軽口を叩いてみた。

「まさか、嫉妬でもしてるのか?」

 ヒルガーテは無表情におれを一瞥し、くるりと後ろを向くと、板と釘を探しに行った。


 村での用事自体は比較的短時間で済んだものの、日の落ち具合を気にし、結局一泊だけ滞在することになった。


 夜間の走行はできるだけ避けたいというヒルガーテは、やはり疲れていたと見え、村長の家での夕食後、すぐに用意された寝室へ下がっていった。

 本当におれの従者なら、それもどうかと思うが。


 おれとマチウスは地酒をふるまうと言う村長のもてなし後、ほどほどに場を切り上げた。

「マチウス。昼間のことだが」

 寝室へ向かうわずかの時間、ふたりだけになった機会に、訊ねてみた。

「あの木箱はなんだ」

「……いずれわかるさ」

「いまじゃだめか?」

「おやすみ剣士殿」

 マチウスはあてがわれた寝室に入る。

 いつものように首をかしげたまま、おれの面前でばたんと音をたて、扉を閉めた。



 翌朝早く、おれたちは朝食もそこそこにふたたび出立した。


 御者はヒルガーテ、その両側に座る人間も並びも昨日とまったく同じだ。

 赴任先のゴルエはルフ郡最北のドゥール山脈ふもとに位置し、北方の護りの要だという。


 はじめてルフ城を遠くから眺めたとき、その背後に見えた山脈こそそれだった。


 山脈の名は剣士の十法を定めた護国の開祖、剣王ドゥールの名にちなむ。

 それだけに、この場所は古くからの言い伝えを数多く持っていて、たとえば、護国一統国教聖典のひとつ、『剣王ドゥール正統紀』によれば、神承時代、ドゥールは『名のない神』に譲り受けた地から、怪物や魔物、蛮族を、この山脈の向こうへ追い散らし、新たな国、つまり護国を築いたとされる。


 正直なところ、それを史実と考えているのは熱心な信仰者たちだけだろうし、そうでなければ、たいていは子どものころに聞かされた昔話の英雄譚だと思っているだろう。


 ――だが、道など存在しない山脈のその向こうは事実、蛮族の住む異国の地であり、かれらは肥沃な土地の多い護国へ攻め上ろうと、いまだ身の危険もかえりみず山脈を越えてくる。

 要するに剣王ドゥールの正当紀は作り話でもでたらめでもなく、蛮族たちの力や性質をよく表わすために、昔の吟遊詩人たちにより、怪物や魔物などという暗喩、比喩で表現されているのだ――。


 ……よく大人たちに聞かされるのはまことしやかに昔話を解説する、そんな話ばかりだ。

 ここ数日の出来事がなければ、おれもそれで納得したままだったかも知れない。

 しかし、怪物――ノヘゥルメ――はここにいた。

 

 ということは魔物だって本当にいるかも知れない。


 平和な現代生活には、『命がけ』の機会は極めて少ない。

 命がけで働ける仕事に、どれだけの人間が携わっているというのか。

 命がけで戦う理由に、生涯どのくらい巡り会えるというのか。


 平和ボケし、安定と安全を望む剣士など剣士とは言えない。

 でもいまはそんな剣士でも大手を振って剣士と名乗れる時代だ。

 呪われたことで、おれは、死を覚悟した先に見える『生の充足感』にどっぷりつかっている。

 その快楽に身を委ねていた。

 

 この土地で剣士になりたい理由はたぶん、それをもっと味わうためだったのだ。

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