配属前夜
ノヘゥルメを斃したときは夢中で見る余裕もなかったが、手にとってよく見ると、この戦槌のような武器は相当に凝った造りを持つ逸品だった。
平たく言うと、見た目は頭部の片方を尖らせた金槌そのもの。
とても剣とは呼べない形状をしている。
全長は両手剣の大剣ほどもあり長大だ。
刀身に当たる部分は長く、握る柄は短く、自在に扱うためには使用者に強大な膂力を強いるような構造をしている。
刀身は涙滴状の断面を持つ鉄棒で、適度にゆるやかな曲線を描いていた。
対象物に当てた際の衝撃を逃がし、折れ曲がりを防止するための工夫だろう。
この武器を『奇剣』として特徴付ける剣先部分のふくらみは、刀身の先端に大きな円錐状のくさびを、真横に取り付けたような形状をしている。
しかも、そのつなぎ目はまったくわからない。
両者を完全に融合し、一体化させる見事な加工だった。
『刃』に当たる部分は、剣先のくさびの尖った部分から、その下にある刀身の尖った側とをひとつながりに融和させ、優美な曲線を描いていた。
剣は、手入れにより見事に研ぎすまされていた。
刃の色合いの違いから、おそらく違う硬度の金属同士を融合したものと推測できる。峰の部分は鉄棒の丸みそのままの形状を保っていた。
つまりこの武器は変則的な造りをした、片刃の大剣と分類してもいいだろう。
選ばれた材質、加工の手間や精度、それを可能にする技術と経験、どれを想定してもこの武器には、相応の価値を認めざるを得ない。
そのばかげた重さと、均衡の取れない重量配分さえなければ、の話だが。
そもそもこんなに短い握り柄では、両手でも剣先の重さを支えきれず、ふつうに構えを取ることさえ難しい。
おれの結論はこうだ。
たとえこれが伝説の豪剣であろうと、どんなに素晴らしい造りをしていようと、実用に適さない武器はゴミほどの価値しかない。
使えない道具に自分の命は預けられない。
おれはドゥーリガンを木箱へ戻した。
マチウスはあきれたように口を開けた。
「あ……おいおい」
「雇用の儀、の……あの剣でいい」
いささか気も引けたが、こればかりは譲れない。
せっかくの厚意を拒否され腹でも立てたのか、マチウスは権威ある言い方になる。
「ああ、もちろんあれも持っていくといいさ。でも、これを使うんだ」
「……」
「才能はあってもあんたはまだ若い。ノヘゥルメ相手に辛勝できても、」
「あんたは勝てなかったぜ」
「……マーガル、よく思い出せ。最初は剣を突き立てただけ、つぎはとどめをさしただけだ。……ひとりで勝てたと思っているのか」
おれは黙り込んだ。
心中にはかすかに怒りの感情もわき上がってくる。
「ま、助けられたのは事実だが。……大丈夫、いまに使えるようになる……必要に迫られればな。それまでこれは預かっておこう」
マチウスはふたたびドゥーリガンを布でおおい、大事そうに持つと部屋を出て行こうとした。
行きがけに顔を横に向け、重要な事柄を世間話のように伝えてくる。
「ところで、赴任先も決まったぞ。明後日の出発だ。……俺はあんたの従者として行くことになったよ。ヒルガーテも一緒だ」
部屋に備品として置いてある姿見で背中を写すと、右側の黒ずみはこころなしか小さくなっているように見えた。
たぶん、気のせいだろう。酔いに気持ちは解放され、ものごとを楽観的にとらえているのだ。
大広間の、先ほどまでの喧噪とは異なり、夜半の自室は静寂に支配されている。
壮行の宴ではさんざんほめそやされ、持ち上げられた。
周囲を取り巻くほとんど名も知らぬ人々の前で、晴れの席の主役だとしても、不本意ながら笑顔を振りまいていたことに、かすかな自己嫌悪をおぼえた。
昨日マチウスに言われたことを思い出す。
別におれひとりで勝てたとは思っていないし、手柄を上げたなどとも考えていない。実際、おれに剣士としての才能があるとかないとか、そんなことも実はよくわからない。
たまたま剣を振っていたらできた。できるようになった。それだけだ。
他のこととは違い、剣を振っていればほめられ、ほめられれば……。
急に酔いからさめたようだった。
――やはり少し調子に乗っていたのかも知れないな
宴の熱気で汗ばんだ下着は、冷たくなっていた。
そう感じる感覚はまだ喪われていない。
明朝、出立する。
おれの赴任先はゴルエという場所らしい。
ルフ城の北方に連なる山脈の一角にあるという。
途中、ルフ郡唯一の村落に立ち寄り、先んじて駐留している剣士たちへの補給用物資を調達しながら向かうのだ。
汗くさくなった下着を着替える。
いよいよ蛮族と命のやりとりをするというのに、ここ数日、なにもない日々を送ったせいか、城に来た当初よりも、ずいぶん気持ちはたるんでいるように思う。
ノヘゥルメと戦ったことさえ、すでにどこか現実味の欠けた記憶になっているし、呪いで感覚を徐々に喪うといっても、痛みを感じないというだけでは危機感を持ちにくい。
しかし、城の地下で見た光景だけは、それらとは別格の感情をおれにいだかせた。
無表情に横たわり、死んだように眠る男たち。
身体や顔に積もったちりやほこりとともに、ただそこにあるだけの存在。
だれを必要ともせず、だれにも必要とされず、流れゆく時間の中に永遠に埋もれゆく無機的な人々。
その姿におれは恐怖を感じたのだった。
だから、もう一度彼らをこの目に焼き付け、たるんだ自分への戒めとしていこう。
扉脇の壁に立てかけられた集光石の杖を持ち、自室を出た。城の地下へ降りていく。マチウスの先導はなくても、なんとなく道程は記憶にあった。
「だれか!」
城内の警護を務める夜番の衛士に呼び止められた。
杖を自分の前にかざし、顔を見やすくしてやりながら応えた。
「剣士マーガルだ」
「は、失礼しました!」
顔見知りではなくとも、向こうはおれのことを知っていたようだ。
まだ若く、自分とそう変わらないような年齢だった。
経験もなさそうなこんな若者をひとりで夜番に立てるなんてどうかしている。
ふと、経験のないのは自分も彼とそう変らないじゃないかと、苦々しく思う。
直立して道をあけるその衛士の脇を足早にすり抜け、地下に降りる階段を先へ進んでいく。
他の衛士にはそれきり会わなかった。
昼間にくらべ人手を要する夜間の城内なのに、さっきの若い衛士といい、人員不足は本当に深刻な状態になっているのだろう。
通路の奥に例の部屋の扉を発見する。
よかった、道を間違わずに済んだらしい。
近づきながら、マチウス不在で部屋の番人に扉を開けさせられるかどうか不安になる。顔見せは済んでいるものの、城の秘密に相当する場所らしいから、新参者のおれは番人にどう判断されるのだろうか。
――いや、おれも呪われているぜ
そう考えると大丈夫そうだ。
でも扉を拳で叩く前、緊張をほぐすための深呼吸をする。
ほのかに、なにかのよい香りを感じた。
それがなんの匂いか記憶を探りながらも、がんがんと音を立て鉄扉を叩く。
すぐに小窓は開き、その向こうに番人の目を見る。
「……マーガルだ。……剣士の」
なんと言えばよいのかわからなかったので、とりあえず名乗ってみる。
番人は答えず、しばらくこちらを凝視していた。
「数日前に……」
言いかけたとき、扉は解錠された。
先日のような案内は不必要であることを番人に告げ、ハシゴで階下に降りる。
先端の集光石の光を遠くまで届かせるよう杖を高く掲げると、木台の列はうすぼんやりと視界に浮かび上がった。
変わらず整然と、部屋の奥に向かい並べられている。
特有のひんやりした室温とカビくさい臭気に加え、今度は聴覚までなくしたのかと思うほどの静けさに、身も引き締まった。
集光石を下げて進行方向を照らすと、おれは広い室内を奥に向かって歩いていく。
歩数から判断して、ちょうど数日前ヒルガーテに連れてこられたあたりにいるはずだ。ちゃんと数えていたわけではないが、歩いた距離や時間で、そう考えたのだった。
木台は金属の杭で石床に固定され、人ひとりやっと通れる程度の間隔を空けて均等に並べられている。
ふたたび集光石の光を掲げて自分の周囲を見渡すと、ところどころに人の載せられていない、空いた木台をいくつか発見した。
先日はまったく気づかなかった。
そのひとつに近づいてみる。
木台上に堆積したほこりは人型の枠を作っていた。
載せられていた人間を運ぶ際にひきずったらしく、その一部は擦過痕となり、崩れていた。
近場のほかの空き台を確認すると同様の状態になっている。
つい最近までその台には、哀れな『死せる生者』も載せられていたのだ。
しかし、だれかが彼らをどこかに持ちだした。
……だれが、いったいなんの目的で?
あちこち見回ってみると、そう多くはないものの、ひとの載っていない空き台はところどころいくつも散見できた。
だが、それらの擦過痕上には、さらにほこりも堆積し、さっきの場所で見たほど新しくもなければ、近場同士で数台まとまっていることもなかった。
ちょっとした謎に存外な探求心をそそられる。
ただ、残念ながら、明朝の出立を思うとこれ以上探索を続けるのもはばかられた。
迷いを振り切り、おれは来た道をもどった。
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