破邪の剣

 身体の採寸には予想以上の時間もかかり、おれは少しくたびれていた。


 任地配属の前に、防具や具足一式を新調してくれるのだそうだ。

 それでようやくこの城に雇われたという実感も湧いてきていた。


「マーガルさま、ヨツラ殿の行方はご存じないでしょうか」


 ルフ城の家士が恐縮しながらも、そう言っておれの居室を訪ねてきた。

 やつの名を聞いて不機嫌な表情にでもなったらしい。

 家士は本当に申し訳なさそうに、ヨツラを探している理由を語った。

「あの……ガリエリという方がヨツラ殿を訪ねていらっしゃっていて……」

 聞いた覚えもない名前だ。

 こんなところまでやつを訪ねて来るとは、ケネヴの借金取りかも知れない。

 ちょっとしたいたずら心から、おれはヨツラの客人を部屋に通すよう命じた。


 家士は退出し、しばらくしてから再び姿を現した。

「マーガルさま、お連れいたしました」

 日焼けして浅黒い肌のその中年男を見ておれは驚いた。

「農道盗……」

 そのことばを言い切る前に、そいつはあわてた様子に大声をだす。

「せ、先般は助けていただいて、本当にあり、ありがとうございました!」

 怪訝そうな顔で入り口に立ったままの家士をねぎらい、部屋から追いだすと、おれは扉を閉めた。

 とたん、ガリエリと名乗る盗賊の態度は豹変した。

 狡猾そうな油断のない目つきで値踏みするようにおれを見る。

「……たいそうなご出世だね、マーガルさま。どケチのヴァイゼルヴェルド王に雇われるなんて、見た以上に、よほど腕が立つんだな。……まあただ者じゃねえとは思ってたけどよ」

 農道盗賊団の頭目は、皮肉めいた口調で世辞を言う。


 選王をその姓で呼ぶからには、この土地の人間なのかも知れない。

 慣習的に土着の平民は自分たちの戴く王に敬意を払い、名ではなく、家系を示す性で呼ぶからだ。


「ここに、なんの用だ」

 うかつにこんなやつを入れたことを少し後悔した。

「わりぃが、あんたに用事はねえ。……詩人さんに用があるんだ」

 本当にこいつはヨツラに用事があるらしい。

 ガリエリは部屋の中を見渡した。

 さすが盗賊、もう獲物を物色し始めているのか。突如ふりかえり、尋ねてくる。

「酒はねえのか?」

 おまけになんとも厚かましい。

 と、そのとき部屋の扉が勢いよく開いた。

「おれに客だと? どこだ」

 ヨツラだ。

 こいつは部屋の住人に許可を得て入るという最低限の礼儀すら守れないのか。

「あ、へ、へへ旦那、あんときは、どうも」

 ガリエリは腰を低くかがめ、上目遣いに作り笑いのような笑みを浮かべた。

 おれに対するより下手な態度をとる。

 ますます気に入らないやつだ。

「ん、どこかでみた顔だな……ああ、そうか」

 眉間にしわを寄せたヨツラはようやく相手がだれか認めたようだった。

「農道盗賊団……そのまんまの名前だったよな」

 以前とまったく同じセリフを吐き、どこがおかしいのか笑い出した。

 盗賊も追従笑いでさらに低姿勢に、わざとらしい笑顔になる。

「へへ、旦那。覚えていてくれたんですね。おれはガリエリというもんです。以後お見知りおきをお願いします」

「ここにいるとよくわかったな」

「無氷の剣士マーガルさまが、こちらにいらしたとの噂を聞きやしてね」

「む、もう噂になってるのか」

「そりゃもう……どケチな選王が珍しく新しい剣士を雇ったってね。当然おれたちも散々あちこちで宣伝しましたぜ」

「で、用向きはなんだ」

「……気前のいい吟遊詩人さんのまわりには、もうけ話も多いかと思って」

「なんだ、そりゃ」

 あきれかえったような声を出しつつも、ヨツラは機嫌良さそうに笑う。

 ガリエリも今度は照れたような顔になって笑う。


 ただし、眼はお互いに笑っていなかった。


「いまは? ひとりか?」

「いつでも集められますぜ」

 このいかがわしい吟遊詩人と盗賊はどこかで意気投合したようだった。

 それにしてもこんな話は城の中でするようなものではない。

 場末の酒場でも使えばいい。


「悪い……が、違う場所で話してくれないか。まだ準備もある」

 本当は少し横になりたかった。

 痛覚を喪っていても、肉体の損傷がなくなったわけではない。

 おそらく痛めた背中はまだ悲鳴を上げ続け、肉体の休息を求めているに違いない。


 意外にもヨツラの聞き分けはよかった。

 ふところから手鏡を出し、少々毛繕いをすると、おれの苦情にあっさりとうなずき、礼まで言ってくる。

「マーガル、助かったぜ。いくら客分待遇といっても、外界から訪ねてきたおれの客を招き入れるにゃいろいろと手続きもあるみたいだしな。こいつもいろいろ調べられちゃまずいだろう。……あ、そうそう」

 ガリエリと連れだって部屋を出ていこうとしてふり返り、思いだしたように言う。

「なあマーガル、この城の地下には昔の剣士たちの墓地があるって話、知ってるか?」

 口を開こうとして一瞬ぐっと息を詰まらせた。


 ――あの場所のことか


 黙ったままのおれを見て、やつは肩をすくめた。

「知ってるはずもねえよな。けどよ……まあ、別にいいか。もうこの城の人間だし」

 含みのあることばを残すと、やつらは出ていった。


 なにかをたくらんでいることはすぐに理解できた。あのいやらしい笑い顔をしたときのヨツラは、かならずその裏に周到な計算と計画を持っているからだ。

 

「知り合いか?」


 不穏な二人組と入れ違いにマチウスが部屋を訪ねてきた。

 少しのあいだ寝床で休もうとしていたので、おれは半裸状態のまま、敷布を身体に巻いて応対した。

「見かけないやつだ。こそ泥みたいな顔つきだった。あの吟遊詩人には似合いだが」

 ガリエリのことだろう。

 まったく、その慧眼には恐れ入る。

「休むところか。悪いな。ヒルガーテに聞いた。……痛みのないのは厄介だな」

 たてつづけにしゃべりながら、マチウスは手に持っていた布包みを部屋の中央にある大卓に載せた。

 大きくて細長い形状をしていた。

「興味あるだろ?」

 にやりと笑い顔を見せ、マチウスは布を取り外す。

 質素な木箱の中にあったのは、見覚えある戦槌のようなあの剣だった。

「気に入らないか?」

 もの言わぬままのおれを見て、彼は声を落とした。

 首をかしげたような姿勢になる。

「新品ではないのは申し訳ないと思う。いずれ、あんた専用のを作らなきゃな。だが、いま城にあるドゥーリガンはこれだけなんだ」

 あのとき、聞き違えたわけではなかったらしい。


 マチウスははっきりこれを『ドゥーリガン』と呼んだ。


 天承時代の神話に出てくる剣王ドゥール愛用の豪剣。

 天から授かったとされる破邪の剣。


「ドゥーリガン……この剣がか?」


 つぶやきにも似たおれのことばを、彼は自信たっぷりに首肯してみせた。

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