試用検証
翌日、犠牲者たちの葬儀はひっそり、しめやかに執り行われた。
あのゲールトも助からなかった。
巨怪の鎖で頭蓋をたたき割られていたのだ。
葬儀で読み上げられる彼の本当の肩書きはルフ城の政務執行官だった。
城の人事のみならず、剣士としても優秀な男であり、選王ディラスの片腕として、衛士長のエドゥアルトと協力し、ルフ領内をよく治めていたそうだ。
逆に、おれの背中の調子はすこぶる良く、命がけで動き身体中の筋肉を使ったためか、あの戦闘以降、痛みを感じることはない。
おかげでもうあの湿布を塗らなくて済んでいる。
巨怪に肋骨を折られたマチウスは、先日おれの寝ていた養生部屋の寝台で、驚いたことに自分の従者らしき男たちの看病を受けていた。
「結局、あんたは従者じゃなかったんだな。従者に従者がつくなんて見たこともない」
「従者になるかも知れない、とは言ったが、もとから従者の身分だと言った覚えはないな」
感想ともつかないおれの質問にこの骨折男は、いいわけにもならない詭弁で答えた。
雇用の儀は、城内の様子の落ち着くまで、ひとまず中止となった。
とは言え、ノヘゥルメ討伐の功労者を部外者扱いにするわけにもいかないらしく、当座は食客待遇、つまり報酬のでる非正規雇用の嘱託剣士扱いにされた。
城の事務方によれば、雇用の儀を経て結ばれる雇用契約のない現状では、それで精一杯の対応らしく、いわば試用期間みたいなものだと言う。
当然、剣士就任の支度金も兼ねる雇用契約金の支払いは、儀式後となる。
もっとも報酬そのものは、雇用契約の有無に関係なく毎月決まった時期にもらえるようだったし、おれとしても、いまはその条件になんの不満もなかった。
ヨツラは逆に剣士雇用契約金の支払いが遅れることにたいそう不満で、なんとか雇用の儀の執行を早めることはできないか、それが無理なら契約金の前払いをと、城の事務方へ日参していた。
契約金には、自分の取り分となる斡旋手数料も含まれるからだ。
実際問題としてそれがなければ、ヨツラはルフ城を退去することも難しいらしい。
ここまでの旅中で、やつは路銀をほとんど使い果たしていたのだ。
事務方との直接交渉ではなかなか進展もないと見るや、やつはおれから選王に直接申し入れさせようとして、毎日部屋を訪ねてくる。
すでにヨツラと同室の客用部屋ではなく、ルフ城内の個室をあてがわれていた。
「だいたい、おまえ、この話を断ろうとしてたじゃねえか。……それがいったいどういう風の吹き回しで残る気になったか知らねえが、おれは早くおさらばしてえ。異常だろ、この城は。やばいよ、実際!」
何度来ても、おれの良い返答を得られないことから、ヨツラは毎回愚痴を吐く。
確かに一度は就職を辞退しようと考えていた。
理由もこいつが言ったとおりだ。
蛮族に狙われる辺境の地、地下に囚われていた不死身のノヘゥルメという巨怪の存在、謎めいた選王たちの言動――。
まともな人間なら関わりになりたくない条件ばかり。
だがノヘゥルメとの戦闘を経て、状況は変わってしまった。
城の謎に好奇心が湧いた、などという子どもらしい理由からではない。
残る気になったのは、ノヘゥルメをこの手で斃したときおれの身に起こった出来事のせいだ。
それを解決しなければ、この地を離れられない予感もあった。
しかし、そんなことはこいつには話せない。話したくもない。
語り専門の吟遊詩人は眉間にしわを寄せ、ため息をついた。
「けどよ……おまえは本当にしゃべらねえよな。……おれは最近おまえに嫌われてるんじゃねえかって……そんな気にもなっちまってるよ」
他人の気持ちや考えに無頓着で鈍感な人間は、ある意味哀れで滑稽な存在だ。
その滑稽さゆえ、おれはこいつのことを少し許容できるような気もした。
「そんなことはない。……感謝している。ここに来られたのもあんたのおかげさ」
形ばかりのねぎらいに、ヨツラはちょっとうれしげな表情になった。
今朝、最後の重傷者だった衛士が、城の中で息を引き取った。
結局、ノヘゥルメによる衛士の死者は二十三名になった。
死傷者数全体では五十名を越えたそうだ。
国同士の争いによる大規模な攻城戦、しかも殲滅戦でもないかぎり、衛士にその数の犠牲者は出ない。
大抵の戦闘は、城に攻めこまれる前に和平の手を打つからだ。
一見、犠牲者拡大の直接的な要因は、巨怪の恐るべき膂力と体力による破壊力とも思える。
しかし、実は巨怪が不死身であることのほうがより重大で本質的な要因だった。
無数の槍を刺しても、矢を撃ちこんでも斃れず襲いかかってくる。
被害は巨怪が城内を徘徊する時間の長さによって拡大した。
衛士たちには、さめない悪夢のように感じられただろう。
さらに、その影響でいま、ルフ城の衛士隊は崩壊の危機に見舞われていた。
職を辞したいと願う衛士が、続々と現れはじめたのだった。
「城の中はずいぶん騒がしくなったようだな」
見舞いのおれの顔を見るなり、寝台のマチウスはそう訊ねてきた。
おれは心持ち首を縦に振る。
「エドゥアルトも、心休まる間はないな」彼は嘆息した。
衛士長は確かにそうだろう。
無言で佇むおれを見て、マチウスはいぶかしそうに眼を細める。
おれも意を決し、単刀直入に話を切りだした。
「……あの巨怪……ノヘゥルメに止めを刺したときのことだ」
マチウスは瞬時に険しい表情となった。
構わず先を続ける。
「あの剣でノヘゥルメの頭を陥没させた直後、頭の中に声が響いてきた」
あいつの急所から出る一筋の白い煙を見た直後、自分に起こった怪現象のことを伝えた。
「……そうか、やはりな。すまん、本来なら俺が受けるべきだった……で、なんと?」
マチウスは表情を変えた。
あの状況でなにが起きるのか、起きたのか、よく知っている者の話しぶりだ。
巨怪を斃してすぐ、おれの脳裏にはだれかのことばが響いてきた。
それは、聞いたこともない異国のことばのはずなのに、どうしてか、その意味をはっきりと理解できた。
託宣のようにも聞こえた。
『汝、受くるべき報いを受けよ。残された日数を正しく数え、恐怖におののけ』
重々しく禍々しいその声に続き、二百八十三という数字を思い浮かべた。
それがおれに残された『日数』ということなのだろう。
マチウスはその数字を聞くと、いくぶん安堵したような表情を浮かべた。
「二百八十三……日後には、なにかが起こるんだな?」
おれの問いにうなずく代わり、マチウスは怪異の正体とその意味を詳細に解説してくれた。
「ノヘゥルメの頭部には弱点がある。不死の肉体を持つあいつら唯一の急所だ」
「あいつら……何人もいる?」
「そうだ。で、その急所はたいてい呪われている。呪いは、それを打ち壊した者にのみ、かかるようになっている。数字は……呪いを受けた者の身体から、ありとあらゆる感覚を喪失させるまでの日数を示す」
おれは自分の目で見えるもの以外は信じない男だが、これは自分の身に起こっていることだけに信じざるを得ない。
やはり、なにかの呪いだったのか。
「つまり、眼で見ること、耳で聞くこと、味もにおいも手触りも、己の肉体の全ての感覚は消え失せていく」
「それは死ぬ、ということか?」
「……口で説明するより、見た方が早いだろうな」
マチウスは苦しそうにうめきながら、身体を起こした。
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