就職会場

 武力で名高いウーケ国の北部は、蛮族の住む辺境地域と隣接しており、めっきり内戦の減った護国連合ごこくれんごう内でも、侵入してくる蛮族相手に、まだまだ戦闘の多い地域だという。


 おれの就職先は、その辺境に隣接したケダン地方のルフという郡部だった。


 間近に見れば巨大に感じられるのだろうが、遠くから眺めるルフ城は、背後に連なる巨大な山脈との対比で、平野に小さくぽつんと置かれた小屋のように見えた。

 漆喰とタールで固められた煉瓦づくりの城壁は、ウーケ北部の肌寒い気候と青白い陽の光に照らされて、荒涼とした雰囲気をかもしだしている。


「前にも言ったけどな、マーガル。ここの選王は吝嗇家どケチでも有名だぜ。剣士団だって維持費がもったいねえって解散させちまったというから、筋金入りだよ」


 ヨツラの話には、だからこうしろ、こうすべきという示唆はないので、どう答えていいかわからず、変わらず無言でいるしかなかった。


「……にしても、城壁には金をかけてるな。ま、蛮族に攻めこまれちゃ、貯めこんだ財産もぱぁになるからな、必要経費ってことか」

 独りごとのようでも、おれに自分の考えを聞かせたくて言っているのは明白だ。

 うっかり相づちでも打とうものなら、次から次に聞きたくもない話を延々と続けられるから、やはりおれは黙っていた。


 城門前につくと、たちまち数人の衛士に取り囲まれ、誰何を受ける。


 みな全身を金属製の大鎧で固め、手には長めの槍を構えていた。

 その穂先は二叉に分かれ、刃先には敵の体に抜き刺ししやすくするための、さび止めを兼ねた潤滑油をたっぷりと塗ってあった。

 陽光を反射し、それらは目にぎらぎらとまぶしい。

 よそでは滅多にお目にかかれない、完全武装の衛士たちだ。


 ようするに、蛮族はそれほど頻繁にこの城を攻めてくるということなのか。


 ヨツラは一番権威のありそうな衛士に本人証を手渡し、手短に来訪した用向きを伝えた。城内の担当者への取り次ぎを依頼する。


 本人証は、国から国へ渡るヨツラのような吟遊詩人や商人に、生国の政府から与えられる公的通行証だ。

 革紙に、性別と瞳や髪の色、身長、身体的特徴いくつか、などが型押ししてあり、偽造や複製を防ぐため、本人の現居住地域を治める選王――つまり居住地の地方領主――の紋章も焼き印されている。


 けれど、国はおれのような剣士にそういった証書を発行してくれたりはしない。

 剣士は国外に就職する場合、必ず身元の確かな推薦人や、もしくは正規の本人証を持つ吟遊詩人の付き添いを必要とする。基本的にどの国も自国民の、特に剣士の他国流出を無条件には認めていないからだ。


 新たに雇用される新人剣士の到着を知り、たちまち衛士たちの無遠慮な視線はおれに集中した。


 威嚇するような、挑むような目。

 

 内戦の多かった時代からいまに至るまで、護国連合内では『剣士の十法じゅっぽう』の解釈により、原則的に剣士と衛士の役割ははっきり分けられている。


 剣士は外敵から国や城を護り、衛士は城への侵入者のみを排除する。


 だから、城に攻めこむ場合以外、剣士は衛士と一戦交えることはない。

 剣で槍に勝てる道理はないからだ。


 これは『敵を最後の一兵まで殲滅する暴虐』を避ける、戦場の知恵らしい。


 重武装の槍持ち衛士に守られた城を落とすには多大な戦力と犠牲を覚悟する必要がある。敵が一国だけなら消耗戦をする価値はあっても、護国連合を構成する兄弟国五ヵ国同士はおたがいに囲み、囲まれあっていて、戦力の過度な減少は他の国につけこむ隙を作ることになるから、適度なところで手打ちをしなければならない。


 いわばこれはそのために作られた決めごとだ。

 不利な方に強い武器を与え、攻めにくくするということなのだろう。


 おかげで数多のいくさを経ても他国に自国の貴族たちが根絶やしにされたり、所領を完全に奪い取られることはない。護国内で長く続くいくさは、領地に多少の増減はあれ、これまでのところどれも兄弟ゲンカ程度で済んでいた。


 ところで、実力では勝るはずなのに、衛士のなり手は少ない。


 城内にこもりがちの勤務形態に加え、全身鎧ずくめという出で立ちに閉塞感や圧迫感を感じて、人気もないらしい。待遇も剣士と較べれば低いのだそうだ。

 考えてみると、おれの職業選択にも衛士という職種はなかった。


 まあ、そういうわけで一般的に、衛士は剣士をうらやみ、やっかむものなのだ。


 ほどなく、城内から案内係とおぼしき男が現れ、おれとヨツラを招き入れてくれた。無事に入城許可はおりたらしい。

 衛士たちの不穏当な視線を背後に感じながら、おれたちは案内されるまま、薄暗い城内へ歩を進めた。





「聞いていたよりも小さいな。五ファーブから六ファーブ未満、というところか。背中の大剣も体格に比して大きすぎるように見えるが、使いこなせるのか?」


 ルフ城の人事担当者は控えの間に入ってくるなり、おれを見てそう言う。

 名乗りもしない。

 多少薄くなった黒髪に香油をたっぷり塗り整えているので、頭頂部付近にできた毛髪の光輝は冠のように見える。大きく肩幅の広い偉丈夫だ。

 三十路はとうに越しているだろう。


 ちなみにおれを指して言った『五ファーブから六ファーブ未満』というのは、おきまりの表現で、成人男子の標準的体格を示す。

 一ファーブはおよそ成人男子の頭ひとつ分だから、おれの背丈は頭五つから六つ分程度に見える、ということだ。


「ですが、ゲールトさま、腕の方は確かで」


 すかさずヨツラ・テイルは補足した。

 もみ手こそしていないものの、甲高い猫なで声をだし、満面の笑顔を作っていた。


「『語り専門テイル』殿の話では、百人。……貴殿は剣士百人に匹敵するという触れこみだった。……こうしてみると、存外に若いし……そうは見えんがな」


 渋面をつくった人事担当者ゲールトは、おれに向かい苦情めいた声音をだす。


 語り専門の吟遊詩人のうち、剣士の斡旋に従事するやつらは歌詞と歌奏とで売りこみたい剣士を讃え、王侯貴族に紹介することを生業としている。

 だから担当する剣士の実力についていくらかおおげさに表現したとしても、それはまだ一般常識の範疇と考えてもよい。


 けれど、剣士百人力というのはいくらなんでも言い過ぎだ。


 たとえ先日の農道盗賊団程度の相手だとしても、ひとりの人間が百人と戦って勝てるはずもない。そんなことを可能にするのは、彼ら吟遊詩人に英雄と謳われる、実在も定かでない伝説の剣士たちだけだろう。


 おれでさえ初耳のでたらめな話を吹聴し、こんなところまで連れてきたヨツラに、今度こそ本当に愛想を尽かしてしまった。


 わき上がる怒りに黙したおれを凝視し、人事担当者は首をすくめる。


「返事も無し、か。ま、実力はいずれ明らかになる。話半分ほどなら生命……」

 口の中にことばを丸めこんだような発話で、その語尾は良く聞き取れない。

 案内の係に、おれたちの旅の埃を落とし着替えさせるよう命じると、ゲールトはさっさと部屋を退出していった。






 王の間に続く廊下壁面には、いにしえの英雄譚から題材を取ったと思われる壁画や、刺繍の入った壁掛け用の毛織物も掲げられていた。

 それら数々の芸術品の合間には充分手入れされた槍や剣などの武器が架装してある。敵に攻めこまれても不足のないようにとの備えだろう。


 ルフの選王ディラスは、さすがウーケ国王に辺境の護りを一任されているだけあり、武闘派の趣を強く城内に押しだしているようだった。


 選王というのは、国王に『選ばれた』地方領主という意味だ。


 王とつくので紛らわしいが、立場としては、国を治める王の一家臣に過ぎない。

 ちなみに、国王も本来は『民を』司る王ということで正式には『民王みんおう』という。

 ただ、肝心の『民の側』からすると、そのことばを使う人間はまれだ。

 国王の方がわかりやすいし言いやすい。


 それにしても、城内の廊下にさえ費用をかけ充分な備えをしている。

 吝嗇家とあだ名されるにしては、ちぐはぐな印象を受けた。


「マーガル、おい、見ろよ。弓矢だぜ」


 並んで歩いていたヨツラは小さな声でおれにささやきかけてくる。

 気づかなかったふりをし、正面を向いたまま通路を歩き続けた。

 わざわざこいつに言われずとも、ひと目見れば分かる。弓矢はところどころにある架装の中央を占めているから、気づかない人間などいないはずだ。


 『剣士の十法』を定めた『剣王ドゥール』に卑怯者の武具と呼ばれたことから、弓矢はいつしか剣士たちの侮蔑や禁忌の対象となった。戦場では使われなくなって久しく、いまでは狩猟用途限定の道具という印象さえある。


 護国連合内のどの国よりも剣士の名誉と体面を重んじ、それゆえ『武の国』と謳われるウーケ領でもさらに一、二を争う武闘派のルフ郡で、卑怯者の武具を日常的に使用しているとは考えにくかった。


 いや、違うのかも知れない。


 名誉や体面などに構っていられないほど陰惨な激しい戦闘が続いていて、外地の蛮族相手に弓矢を使う行為は『卑怯』と考えられていないとしたら。


 合理的に考えれば、飛び道具はどんな敵に対しても圧倒的に有利な武器だ。


 剣や槍を持つ相手がどれほどの達人であろうと、その技倆を体得するために費やした時間や経験の差がどれだけあろうと、そんなことに萎縮したり、恐怖を抱く必要はない。なにしろこちらは離れたところから敬意も払わず、ときに顔すら合わせず、一瞬にしてその命を奪えるのだ。


 まさに『卑怯者の武具』という蔑称にふさわしい。

 

 歩くうちに、不自然な廊下の傾斜に気づいた。

 進行する先に向かい下がっている。

 ヨツラもそれに気づいたようで、数歩先を進む案内係におずおずと声をかけた。

「なあ、下ってないか? この廊下は」

 案内係は正面を向いたまま、左様でございますと答え、ずんずん前進していく。

「王座の間は下にあるのかな?」

 聞こえよがしの大声に独白し、ヨツラは首を傾け、ちらりと背後に目を走らせた。

 おれたちの背後にぴたりとついてくる槍持ち衛士の反応をうかがうためだろう。


 常識的に王座はたいてい、城の一番見晴らしの良い、安全な奥の場所にあるものだが、地表より下の場所にあるというのは聞いたこともない。やはりこの地域特有の、なにか軍事的な配慮でもあるのだろうか。


 廊下はさらに傾斜を増し、足に加わる負荷から目的地は地下にあると確信した。

 いまや窓ひとつなくなった廊下の壁のあちこちにはところどころ、高価な集光石が設置されている。昼間、陽光にかざした時間と同じだけ暗闇で光を放つという、その淡いはかない光に、向かう先はこの世の場所ではないような、不思議な感覚に捉えられた。

 珍しい物や刺激的なことの大好きなヨツラでさえ、押し黙ったままでいる。


 それからほどなく、おれたちはようやく目的地らしい大扉の前に到着した。

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