ドラゴレス

九北マキリ

第一章 就職

就職道行


 無口は美徳だ。


 すぐ先を進む、護国内ごこくないでは珍しい金髪の吟遊詩人を見ながら、十八になったばかりのおれはそんなことを考えていた。


 とにかく、こいつと来たらよくしゃべる。のべつまくなしだ。


 道中の会話も、ひとこと返事をする間に、こいつは十どころか、五十も百もことばを発する。

 そもそも『語り専門テイル』だから、しゃべるなというのは無理かも知れない。

 それに、こいつの場合は本当に楽器ひとつ持ち歩かず、歌奏よりも口だけでしつこく売りこみをかける都合上、余計ことばも多くなるのだろう。


「なあ……ヨツラ」


 とうとう我慢できなくなり、無理矢理やつのひとりごとに割りこみをかけた。

 だがやつはおれのことばなど聞いてもいなかった。変わらず自分の話だけを延々と垂れ流している。

 話題はいま向かっているおれの就職先に、いかに苦労して売りこみをかけたかという恩着せがましい自慢話で、これまで何回も同じ話を聞かされていた。

「ヨツラ・テイル!」

 数回目の呼びかけで、ようやく反応した。


「ん? なんだよ、まだつかねえよ。もっと向こう、ど田舎なんだ。いま話してたろ?」


 吟遊詩人ヨツラはいいところで話を遮られたせいか、少しだけおれをふり返り、いらだったように言う。

 高価な香油を垂らした短めの金髪はてらてらと陽光にきらめいている。

 まるで女のようにきめ細かな白い肌と紅を塗ったような唇。

 おれより年上なのは確実だが、年齢不詳に見える男だった。


 腹を立てた振りをして、おれもきつい調子にことばを返す。

「行き先の話じゃない」


 お互い、しばらく無言のままだった。


 やがて我慢しきれなくなったらしく、ヨツラは口を開いた。

「……だからよ、いったいなんの話だってんだよ! 続きはどうした!」


 別に用事のあるわけではなかった。

 おれはただ、こいつのおしゃべりを少しの間やめさせて、ぽかぽかとした小春日和のうちに農道を歩き、周囲を取り巻くのどかな秋の田園風景を満喫したかったのだ。

 なんとかそれを達成できて、満足している。


 ヨツラはふくれ面で説教し始めた。


「この際だから言っとくけどな、マーガル。せっかくいいところに就職するんだから、少しは他人との会話ってもんを覚えろよ。もう何度も教えてやってんだろ?」


 別にこいつから教わることはなにもない。


 礼儀作法や立ち居振る舞いなら、おれを気に入りあれこれと面倒を見てくれた、こいつの相棒にもう教わった。

 この調子のいい吟遊詩人のしたことときたら、高額な紹介料を取れるカモを探してきて、その相棒にも無断でおれを勝手に斡旋しただけだ。


 いずれにせよ、安い口車に乗ってしまったおれも悪い。

 こいつとの道中がこんなに退屈で苦痛だと知っていたら、この話には乗らなかったかもしれない。


「いいか、おまえの就職先は、ど田舎とはいえ、ウーケでも名高い、ご立派な選王なんだ。いくら剣士全盛のこのご時世だっても、少々腕の立つくらいで、実績や経験に乏しい新人剣士を破格の条件で雇ってくださろうっていう、ありがてえ話なんだぞ? なのに、ひとと会話もまともにできねえんじゃ、この先どうなるか!」


 一向に返事をしないおれの態度に業を煮やしたのか、ヨツラは立ち止まり、体ごとふり返った。相手先から変な人間を斡旋したと言われ、自分の取り分が減らされる、あるいはこの話自体なくなるのを心配しているのだ。


 なによりも自分の利得に敏感で忠実な、その行動基準を理解しやすい男ではある。


 と、そのとき、やつの背後、前方の森入り口に人影をとらえた。

 そいつらは道を挟み、左右に広がっていく。

 無言で指さすおれの視線をたどり、おしゃべりな吟遊詩人は道の先へと向き直り、そいつらを見た。

 不安そうにつぶやく。


「……なんだあいつら、まさか」


 そのまさか、だろう。

 目を細めてよく見ると、出で立ちからしてまさしく不逞の輩、どこの街道沿いにでもよく出没する、追い剥ぎや盗賊の類に見えた。


「……まかせたぞ。また武勇伝がひとつ増えるな? え、マーガル?」

 ヨツラは気色悪い猫なで声を出す。

 仕方なくこいつを追い越し、先にでて歩を早めた。

 どうせなにもしないつもりだ。

 吟遊詩人というわりに楽器さえ持たず、なのに、どういうわけか護身用の剣だけはこれ見よがしに腰帯へ吊している。

 そのくせ、それすらも抜いたことはないのだ。


「止まれ。若いの」


 手を挙げて合図をしてきた男はきっと頭目だろう。

 日焼けした浅黒い肌の、たくましい中年男だった。

 おれは止まらず、素早く背中の大剣を抜く。


「こいつ! ひとりでやる気か!」

 頭目の脇にいるもうひとりは吠えた。

「野郎!」

 別の男がおれの前に飛びだしてきた。

 いかにも先頭切ってケンカを買います、というように好戦的な表情を浮かべている。手にはすでに抜き身となった長剣を携えていた。


 頭目らしき男は特に制止もしない。

 たぶん部下の行動には干渉しない主義なのだろう。


 先手を打たれる前に少し跳んで間合いを詰め、上段から無造作に大剣を振った。

 相手はその斬撃を受けられない。

 噴きだす血しぶきに、場はあっという間に騒然となる。


 剣を振っているときのおれの顔は、青白く無表情で、仮面のようだと言われたことがある。人間を斬るのに慣れた、沈着冷静な剣士のようで、実力以上の腕に見えるのだそうだ。


 そんなことはない。


 やはり人間を斬るのには、まだ相当の抵抗はある。

 顔から血の気が引いたり、無表情に見えるのも、その緊張感のせいだと思う。

 これで五度目なのに人を殺めるのは決して気分のいいものではない。

 たとえそれがこいつらのような咎人とがにんだとしても。


 続けて二、三人を斬り伏せたところで、賊たちは、ようやく泣きを入れてくれた。

「か、勘弁してくれ!」

 頭目の中年男は、浅黒い肌の額から大粒の汗を流し、おれに懇願した。


「そうはいかねえよ」


 いつのまにやらヨツラはおれの背後にいて、薄気味悪い笑顔を作っていた。

「そら、集まんな。おまえらいったい、なんてざまだ」


 斬ったやつらを加えても全部で八人ほどの集団だった。

 全員男、この界隈で盗賊、追い剥ぎを生業にしているという。

 頭目は自らを農道盗賊団と名乗った。


「そのまんまじゃねえか、しまらねえ名だ。……いいか、よく聞け」

 ヨツラは笑いながら生き残った数人を座らせ、有無を言わせぬ口調で話し始めた。

「おまえらは運がいい。こいつ……このお方はな、無氷むひょうの剣士マーガル……さまだ。知ってるな?」

 盗賊たちは互いに顔を見合わせた。

 知っているはずもない。

 おれはまだ若く、公的にどこの剣士職にも就いていない。

 従って吟遊詩人の歌奏に値する活躍、喧伝できる手柄ひとつ立てていないのだ。


「知らなくても、おまえらの無知を責める気はねえ。が、今日、この瞬間にもう覚えたな? このお方はなんという?」


「む……ムヒョウの剣士? ……マーガル」

 頭目はとまどいの表情を浮かべ、復唱した。

「さま! さまをつけろ!」

 ヨツラは怒鳴る。

「……マーガル……さま……?」

 盗賊たちは釈然としない風情に、敬称を付け足した。


 ふところから出した手鏡で自分の頭部を見ると、ヨツラは、はねた金髪を数本、片手でなでつける。

 まったく、こんな時にまで身繕いするとは。


「いいか? おれの話を覚えるまでおまえらは解放しないからな」

 その後、やつはおれの宣伝用経歴を長々とひとしきり講釈し、いちいち盗賊たちに復唱を求めた。見ているおれが気の毒に思うくらいしつこく、それを念入りに何度も繰り返させる。


 あの歌まで歌わせた。


 <山の向こうの、そのまた奥地、天才剣士顕現けんげんす>

 <ことば少なく、愛想も知らず、しかしその技、冴えわたる>

 <だれが呼んだか無氷の剣士、天才マーガルここにあり>


 おれは最初、ヨツラとその相棒がこの歌詞に曲をつけて歌ったのを聞いて卒倒しそうになった。本気でこいつらと出会ったことを後悔した。


 のちに剣士斡旋を専業とする語り専門の吟遊詩人テイルたちについて、その実態を知り、歌奏専門の吟遊詩人ミルトでない以上、これでもそうひどくはないと分かったので、いまはなんとか我慢できている。


 もちろん自分で歌う勇気はない。

 年齢は若くても、人並みに恥は知っているつもりだ。

 だが気の毒なことに、盗賊たちはその歌詞と曲を覚えるまで歌わされたのだった。


「そら、これを受け取れ」


 農道盗賊団の生き残りは、以前出会った追い剥ぎたちよりは多少物覚えも良く、『無氷の剣士』なるこっぱずかしい通り名の剣士についてある程度語り、歌えるようになった。

 ヨツラは機嫌の良さそうな笑顔を浮かべ、ドゥリス銀貨を数枚、頭目に手渡す。


 ケチなこいつにしては、随分と気前のいいことだ。


「いいか、おまえらの命は助けてやる。そのかわり、無氷の剣士マーガルに、手も足もだせずにやられちまったことと、ありがたく助けていただいたことを話せ。あちこちでな」

 ようやく解放された一団は、仲間の死骸もそのままに、おれたちの進路とは逆方向へ、一目散に逃げていった。


「これでおまえの評判が、またひとつ広まるな? え?」


 こんなやりかたで本当にそうなるのかどうか疑問だった。けれどヨツラはおれのそんな呻吟にはまったく気づいていない。

選王せんおうってのは、意外に通俗的なやつが多くてね。巷で評判の良い、人気の高い剣士を気に入るもんさ。この調子でもう何組かあんなのがでてきてくれるといいんだが。向こうに着くまでにおまえの噂がもっともっと広まってくれりゃ、契約金をつり上げられるしな」


 通俗的なやつほど、通俗的な人間をばかにするようでもある。

 だいいち金を渡したって、仲間を殺した仇のことをよく言う人間などいるものか。


 尋ねもしないのに、独りよがりな皮算用をぺらぺらしゃべる吟遊詩人の姿を見て、おれは内心、やっぱり来るんじゃなかったと、もう何回目かもわからなくなった後悔を心中でくり返していた。

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