第13話 無事で、よかった
覚悟に覚悟を重ね、自分が消えるかもしれないという不安を抑え込み、金槌を振り下ろした沙綾だったが、結果は拍子抜けするほど手応えのないものだった。
沙綾は手に持った壊れた金槌を床に落とし、その場にペタリと座り込んでしまう。色々決意してやったわけだが、あまりにも呆気ない結末に、力が抜けてしまった。
「聖剣様~~!!」
「ははっ、やったわよ妖精さん……」
「はい! はいなのです!!」
そんな沙綾に嬉しさいっぱいで抱きつく妖精さん。平気そうな顔をして、その実一番沙綾を心配していたのは彼女だった。後ろを振り返ればジイや魔王は予想外にあっさりした結果に惚けているのか固まっているが、エリーちゃんだけは何処か満足げに頷いてくれている。
しかし、そこに水を差したのは黒小人たちだった。彼らは口々に騒ぎ始める。
「ミトめない!」「ミトめないぞ!!」「これはズルだ!」「ヒキョウなワナだ!!」「ムコウだ、ムコウ!!」「そのオンナはオレらがツレてイく!!」「そうだ!」「そうだ、そうだ!!」
喧々囂々と非難する黒小人達。しかし、エリーちゃんがそれを一喝する。
「ちったぁ黙らねぇかこのすっとこどっこい!!」
あまりに大きな怒声に黒小人だけならず、沙綾達もその身を竦ませてしまう。
「お前さんらはその剣を折れると言って、あの金槌を貸したんだ。それができてねぇのに代償を求めるとは、どういう了見だい。ああん??」
静かになった部屋に響くエリーちゃんの声には、底冷えするような怒気が含まれていた。
しかし、それでも黒小人達は諦めない。ドーヴェが前に進み出て、
「そんなのはシらない! アレはナニかのマチガいだ! オレらはケイヤクのリコウをヨウキュウする!!」
ふてぶてしいまでに堂々とした様子でそう言い放つ。
しかし、それを受けエリーちゃんは不敵に笑う。
「ほぅ、つまり何かい、お前さん達は魔女を目の前にして、契約違反があったにも関わらず、その代償を求めるってぇのかい……」
「そうだ!! オレたちはマチガっていない! これはワナだ! オレたちはハメられた!!」
尚も自分達の要求を通そうとするドーヴェ達。だが、彼らは気が付いていない。エリーちゃんの纏う雰囲気が先程まで彼らと交渉していた時と、まるで違っている事に。
「そうかい、そうかい。なら、仕方ないね……素直に謝るなら命だけは取らずにいてやろうと思ってたってぇのに」
そう言うとエリーちゃんはサリエルナの契約書を手に取り、それにマナを流して一瞬にして消滅させる。
と同時に、黒小人達が悲鳴を上げた。
「ひぃぃ!?」「ケイヤクショが!?」「モえる!? モえる!?」「ウソ、ウソだ!」「マジョのインボウだ!!」
見れば彼らの方が持っていた契約書の鑑に蒼い火が点き、煌々と燃え広がっていく所だった。そうして火はやがて炎となり、契約の羊皮紙を燃やしつくすと、今度は彼らに襲いかかる。
黒小人達は逃げようとするが、まるで生き物のように意志を持って動く炎に簡単に捕まり、蒼炎でその身を骨の髄まで焼かれていく。
「アツい!! アツいよぉ!!」「オノレ、マジョめ!!」「このウラみ、イツカきっと!!」
最後には灰すら残らず消え去ったそれに、エリーちゃんは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、
「はんっ。何が恨みだってんだい。魔女相手に不正契約を履行しようってぇのが、土台間違ってんのさ」
呆れ果てたように吐き捨てるのだった。
そんなエリーちゃんに沙綾はよろめきながら近付くと、唖然とした様子で話しかける。
「驚いたわね。魔女の契約書に対する強制介入力がここまであるとか……それともお婆ちゃんが別格なの?」
そんな沙綾を暫くじっと見つめてから、エリーちゃんは何かに気が付いたようだが、知らない風を装って答える。
「ふんっ。あれくらいどんな魔女でもやってのけらぁね。それと小娘、あたしを呼ぶ時は――「あーはいはい、エリーちゃんでしょう?」
「分かってんなら、最初からそう呼びな!!」
「痛ッ!? 殴ること無いでしょう!? こっちは割とボロボロなのよ!?」
「ふん、まだ案外元気じゃないか」
「うわっ、ムカツクこのお婆ちゃん」
「エリーちゃんとお呼び!!」
再び殴られギャーギャーっと言い合いを始める沙綾達。
そんな沙綾に近づいた魔王は、背後からそっと彼女を抱きしめた。
「!? ちょっと何やってのよ魔王! 離しなさいよ!!」
顔を赤くしながら抗議するが、魔王は腕の力を緩めない。
「は~な~せ~!!」
「――――――った」
「え? 何?」
「無事で、よかった」
耳元で微かに聞こえたその声は、今にも泣き出してしまいそうな程、酷く震えていた。
それを聞いて沙綾は固まってしまう。何か言わなくてはいけないと思うけれど、上手く言葉が出てこない。
顔を赤くしたまま動けずにいると、小さな笑い声が聞こえてきた。そちらに目を向ければ、エリーちゃんが口に手を当てて笑っていた。
「いやいや、お熱いねぇお二人さん」
「なっ!? なっ!?」
「とっとと一緒になっちまいなよ。そうすりゃあたしの手間も減る」
「ならないってのよ!」
エリーちゃんにからかわれた沙綾は、叫ぶように言い返すと勢いそのままに力一杯腕を広げて、魔王を引き剥がす。魔王から数歩離れて、肩で息をする沙綾。まだ顔が少し赤いのは、きっとアレだ、急に叫んだり、動いたりしたせいだと自分を納得させる。
そんな彼女を見て、エリーちゃんはやれやれといった感じで肩を竦めていた。
「あ~も~!! 魔王は私なんかよりそこ!! その女将軍をさっさと医務室かなんかに連れて行きなさいよ!!」
やり場の見つからないモヤモヤした気持ちを倒れているサリエルナに向ける沙綾。とりあえず、今は魔王から少しでも離れたかった。
それに魔王は憮然とした表情で答える。
「いや、しかし、そう言うならそなたも一緒に……」
「いいからさっさと行けってのよ!! 第一私はここから離れられないでしょうが!!」
「む、ならば尚更、余はそなたの傍にいなくてはなるまい。サリエルナはそうだな、ジイが連れて行ってくれればよかろう」
「!? ソレはアンタの臣下で、忠臣でしょうが!! それとも何、かの魔王様は自分の為に頑張ってぶっ倒れた部下を労わる事もしないっての!?」
「いや、そういうわけではなくてだな……」
とりあえず沙綾としては、ノリと勢いで圧倒して魔王を暫く何処かへやれればそれでよかった。
そんな彼女に流石の魔王も反論できずにたじたじになる。こういう時の押しの強さなら、まず魔王に負けない自信が沙綾にはあった。
沙綾の言葉に困惑した様子の魔王の肩を右はジイが、左はエリーちゃんがポンポンと叩く。
「む、なんだそなたら」
「陛下。ここは先ず聖剣殿の言う通りにされた方がよろしいかと。御心配ならば小生が残ります故」
「いや、しかしだな……」
「馬鹿だねぇ坊。察しておやりよ、気になる男に素直に甘えられない乙女心って奴をさぁ」
「な!? ち~が~う~!! 本当ムカツクお婆ちゃんね!! 誰がそんなクソ魔王――痛っ!?」
「エリーちゃんって呼べって言ってんだろうが小娘!!」
「何よ! この暴力お婆!!」
「よーし上等だぁ。その喧嘩買ってやろうじゃないか、小娘!」
「望むところだってのよ!!」
「えーい、止めぬか!! 分かった、分かった、余がサリエルナを医務室まで連れて行こう。ここは爺に任せる。エリー、ちゃんも一緒に来ていただけますな? 契約の事に関しては魔女の貴女がいて下さった方が心強い」
またぞろ戦いの火蓋が切って落とされそうになった瞬間、魔王が間に割って入っる。見れば沙綾もエリーちゃんもマナを集め出しており、割と本気の状態だ。
その様子に深い溜め息を吐き、二人が矛を収めたのを確認してから、魔王は気を失っているサリエルナを抱きかかえ、出口へ向かって歩き出す。
そんな魔王を目で追いながら、エリーちゃんは何の気なしといった感じで沙綾に話しかける。
「貸し一つだよ、小娘」
「……察しが良すぎて結構なことで。流石は年の功かしら」
「なま言ってんじゃないよ小娘。下手な芝居に付き合わせやがって」
「別にいいじゃない。それにこうでもしないとアイツ動かないじゃない……」
「はっ。本当に食えない小娘だよ。まったく何だってぇ聖剣の癖にそこまで魔族に気を使うんだか」
言って呆れたように笑うと、エリーちゃんは魔王の後を追いかけて去っていく。
そして、二人が十分離れたのを確認してから、沙綾はその場に音もなく倒れ込んだ。
「「聖剣殿(様)!?」」
あまりに唐突な事に、ジイと妖精さんは驚きつつも、慌てて駆け寄る。
「聖剣殿、どうされたのです!? やはりお身体が何処か……」
「大丈夫なのです!? 大丈夫なのです!?」
「大丈夫、だから……でも、ごめん、動けそうにないから、お爺ちゃん……そこのソファーまで運んでくれる?」
沙綾が目を向けた方には、多少傷付いているが、まだ使用可能なソファーがあった。
「畏まりました」
ジイは沙綾を抱きかかえ、その軽さに目を見開く。マナの集合体故に、それ程重さは無いとは思っていたが、あまりにも軽過ぎた。
そうして、大した苦も無く沙綾をソファーへ運び終えると、ジイは外へ向かおうとして、その袖を彼女に掴まれる。
「何処へ行こうってのよ、お爺ちゃん?」
「…………」
「アイツに知らせに行くんでしょう?」
「…………」
「駄目よ、絶対に、駄目」
「……しかし」
「なら、こう考えましょう、お爺ちゃん。私は今、まったくの無防備なの。お爺ちゃんがアイツを呼びに行っている間に、誰かに襲われたらどうするの?」
「それは……確かに、そうではございますが」
「だから、ね? お願い……」
「…………承知、いたしました」
ジイが渋々といった様子で頷くと、沙綾は弱々しく微笑む。
「うん、ありがとう……」
しかし承服したものの、今の沙綾の状態はあまりにも心配だった。
このまま消えてしまうのではないかとすら感じられるほどに。
「ですが、本当に大丈夫なのですか、聖剣殿……」
「うん、大丈夫、暫く休めば、大丈夫、だか、らぁ――
そこで言葉が途切れると沙綾は目を閉じ、まるで気を失う様に眠ってしまう。
それを若干不安そうに見つめながら、ジイは妖精さんに話しかける。
「小さなレディ? 聖剣殿はあのように仰いましたが、本当に大丈夫なのですかな?」
「大丈夫、だとは思うのです……でも」
「でも、何でございます?」
「うぅ。妖精さんはこう見えて、実は聖剣様とマナで繋がっているのです。繋がるといっても、お互いが何処にいるかぼんやりわかる程度なのですが……」
「ほう、その様な力をお持ちだったとは」
「なのです。でも、その繋がりが、今とっても薄くなってるのです……。切れてるわけじゃないのです。でも、とっても薄くて……こんな事は今までなくて、それで……」
言いながら妖精さんの目元には段々と涙が溢れだしてくる。
そんな彼女をジイは優しく抱きあげ、微笑みかける。
「大丈夫、大丈夫です小さなレディ。その繋がりを信じましょう。それに、聖剣殿はそんなに弱くは無い筈です」
「……はい、聖剣様は強いのです……とっても強いのです」
「えぇ。だから、信じましょう。小生も無神経な事をお聞きしました。一番不安なのは貴女だったというのに……」
「別に、いいのです。それだけお爺ちゃんも心配してくれたということなのです」
「……早く、お目覚めになるといいですなぁ」
「なのです……」
先程から沙綾はまるで糸の切れた人形のように微動だにせず、小さな寝息を立てている。
その様子を二人は不安げに見詰めながら、沙綾が何事もなく再び目覚めるのをただ祈るしかできなかった。
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