第12話 私なら何とか出来る

「これはまた……サリエルナの馬鹿娘も厄介なモノを持ちこんだねぇ……」


 エリーちゃんは露骨に迷惑そうに金槌を睨みつけながら呟く。

 それを聞き、魔王は深刻な面持ちで彼女に問い掛ける。


「それほどに面倒な代物なのですかアレは……」

「はんっ。面倒な代物かって? 考えるのが馬鹿馬鹿しくなる位に厄介なモノだよアレは。アレはね、黒小人どもが作ったもんさ」

「なっ……黒小人ですか……」

「そうさぁ。それだけでも面倒だってぇのに、この馬鹿娘何かしらの契約までやつらと結んじまってる……」

「なんと……」


 不愉快極まるといった感じで、吐き捨てるように言うエリーちゃんの台詞に、魔王は思わず言葉を失ってしまう。

 そして、それは魔王に抱きかかえられている沙綾も同じだった。

 黒小人、それは一説には神代の時代から存在していたいとわれる、この世界最古の種族その一角だ。古くは神々の武器や防具、装飾品などをその鍛冶の技術を駆使して作っていたとされている。

 しかし、神の鍛冶師として栄華を誇っていた彼らは、何時の頃からか唐突に歴史の表舞台から消えてしまう。そして時は流れ、再び人々の前に現れたとき、何処でどう間違えたのか彼らは、神に仇なす魔の鍛冶師へと変貌していた。

 多くの学者が、その理由を調べたが答えは判然としなかった。けれど、再び現れた彼らの作る道具は、その悉くが多くの不幸を招いたために、理由はどうあれ黒小人たちは神と袂を分けたのだという見解に至った。そして、その後の歴史を黒小人たちは、魔の鍛冶師として紡いでいくになる。

 そんな曰く付きの種族が作った金槌が今、目の前に転がっている。当然、それがまともである保証は何処にもない。

 加えて、サリエルナは彼らと契約をも取り交わしているのだ。簡単に終わるような話ではない事は誰の目にも明らかだった。

 

「……陛、下……」


 誰もが押し黙り、暗い雰囲気だった室内に、その弱々しい声は殊の外大きく響いた。

 全員が声の方へ振り向けば、倒れていたサリエルナがようやく気が付いたようだった。

 ジイに支えられながら、上体を起こした彼女は酷く憔悴した表情で、魔王を見つめる。普段は銀色に輝いているその眼は、今はどんよりと灰色に濁りまるで生気がなかった。


「サリエルナ……どうして……何があったのだ一体……わけを申さぬか」

「あぁ、陛下……そうですか、ワタクシは……失敗、したのですね……」


 魔王の問いかけに答える事はせず、しかし、何かに気が付いたサリエルナは力なく微笑むと、ぐったりとしてジイに体重を預けてしまう。


「サリエルナ!?」

「あ~もう、騒がしいったらないね、坊。ちったぁ落ち着きな。そう今すぐにどうこうなるってもんでもなし」

「しかし――「わたしゃ二度も同じ事は言わないよ? 静かにおし」

「…………」

「よし、いい子だ。そこで大人しくしていな。その腕の中の小娘も本調子じゃなさそうだしね」


 沙綾を見やり鼻を鳴らしたエリーちゃんは、サリエルナに向き直る。


「さて馬鹿娘、お前さん黒小人達と契約をしたね? その内容は何だい?」

「…………」

「この期に及んでだんまりを決め込んでんじゃないよ。これは場合によっちゃぁ、坊にまで被害が及ぶ事なんだ。ちゃっちゃと話しな」


 最初はまったく反応しなかったサリエルナだったが、魔王の事が出た途端ゆっくりと腕を動かし、懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、震える手でそれをエリーちゃんに渡す。

 受け取り、中身を確認してエリーちゃんは憚ることなく舌打ちし、顔を顰める。


「この馬鹿娘が、なんてぇ無茶苦茶な契約を結んでんだい……馬鹿を通り越して大馬鹿もんだよ」

「エリー、ちゃん……一体何が書いてあるのです?」

「ああん?」

「いや、余を睨まないで頂きたい……」

「はんっ。あたしからすりゃ坊も十分責任があるんだがね、今は置いておこう」

「は、はぁ……」

「この契約を簡単にまとめりゃ、あの剣を叩き折る道具を黒小人どもが貸し、馬鹿娘はその対価に自身を差しだすってぇふざけた内容さぁ。全く、今日日命を対価に契約するなんざぁ無茶が過ぎる。加えて、期限付きときた。呆れ果ててものが言えないよ……」


 不機嫌そうに頭を掻くエリーちゃん。その話を聞いて、魔王は完全に言葉を失ってしまう。

 呆然とする魔王に代わりジイがエリーちゃんへ尋ねる。


「それでエリー殿、この契約を無効にする手立てなどはないものなのでしょうか?」

「ああん? クソジジイ、ついに頭まで耄碌しちまったかい?」

「ぐっ……」

「お前さんも分かっておいでの筈だよ。この手の契約に穴なんてありゃしないよ。ましてやこれは、あの陰険な黒小人共がこさえたもんだ。下手に手をだしゃぁ、こっちが大火傷だよ」

「しかし、エリー殿ならば……」

「ああん? お前さん、この大馬鹿もんの為にあたしに命張れってぇのかい? ふざけた事をお言いでないよ。それにね如何にかしようにも時間がないんだよ」


 そう言うとエリーちゃんは、面白くなさそうに部屋の隅へ目を向けた。全員がその視線を追うと、そこにはずんぐりむっくりとした、六〇センチ程の人影が三つ。

 

「まったく仕事熱心なことだねぇ。奴さん達、もう取り立てに来やがった……」


 そして、トコトコとやや駆け足で近付いて来る人影に、


「止まりな。それ以上一歩でも近づくんじゃぁないよ」


 エリーちゃんが床にマナを鋭く奔らせ警告する。それを受け人影達は沙綾達から十数歩離れた所で立ち止まった。

 そして、ようやくその正体をはっきりと視界に捉えてから、沙綾達は思わず息を飲み込んだ。

 それは頭の先からつま先まで真っ黒な、まるで影が歩いている様な異様な存在だった。ニタリと笑った口から覗く、黄ばんだ不揃いな歯がその存在の不気味さを加速させる。

 

「これが、黒小人……」

「あぁ、そうさ。こんな風体だが、油断するんじゃないよ坊。奴さんらこう見えて恐ろしく腕が立つからねぇ」


 呟くように漏れた魔王の言葉に、エリーちゃんは注意を促す。黒小人は見た目も不気味だが、その能力自体も恐ろしい事を彼女はよく知っていた。

 暫し睨み合っていると、先頭にいた黒小人が言葉を発する。それは硝子を金属で擦ったような酷く不快な声音だった。


「マジョだ、マジョがいる……」


 その黒小人が口を開くと残り二人も次々に喋りはじめる。


「ホントウだ、マジョだ」「マジョ、ナゼいる?」「マジョ、ナゼ、オレらのジャマする?」「これケイヤク、ケイヤク、ヤブれない」


 三人が三人次々に話し始め、部屋中が不協和音で満たされていく。全員が思わず耳を塞いでしまうほどの騒音だった。

 そんな中、エリーちゃんは両手で耳を押さえ、顔を顰めながら、


「ちったぁ静かにしねぇかい! ギャースギャースと烏合の衆みてぇに騒ぎやがって! お前さんらの頭は飾りかい? 契約云々抜かす前に、しっかり筋を通しやがれってんだよ!!」


 黒小人に負けない程の大きさで怒声を浴びせる。

 そうすると黒小人達は、肩を寄せ合いぶつぶつと何事かを相談すると、


「ワかった。オレ、ダイヒョウでハナしする。ナマエはドーヴェという」


 最初に声を上げた黒小人が、前へ進み出てくる。それをエリーちゃんはどうでもよさそうに見つめながら、


「はんっ。初めからそうやってりゃいいんだよ。ああん? あたしの名かい? 魔女でいいよ魔女で。お前さんらに名を教えるとか、空恐ろしくてやってらんないよ。それに、どうせお前さんも偽名だろう? 魔女に名を教えるほど馬鹿じゃないだろうしねぇ……」


 値踏みするようにニヤリと笑うのだった。しかし、ドーヴェはそれを気にもしない様子で話を続ける。

 

「マジョ、ケイヤクのトオり、そのオンナをワタす」

「ああん? いくらなんでもそれは暴利が過ぎるってもんだろうぅ? たかが金槌一本貸し出すだけで、命まで取ろうってぇのかい、お前さんらは」

「それ、そのオンナがノゾんだこと。オレらワルくない」


 じっとこちらを見つめるドーヴェを無言で睨み返すエリーちゃん。

 そんな彼女に、魔王はそっと話しかける。


「エリー、ちゃん。そのどうなるのだ?」

「うん? 気は進まないがねぇ、一応交渉ぐらいはしてあげるよ、それがこんな場所に居合わせちまった魔女の務めだ。けどね変な期待はすんじゃないよ。元より話の分かる相手なら、あんな無茶な契約書なんて作らないんだ」

「すまぬ、よろしく頼む」

「はっ。坊、一国の王が簡単に頭なんて下げてんじゃないよ」


 深々と頭を下げる魔王に鼻を鳴らしながら、エリーちゃんは再びドーヴェを見据える。


「悪くない云々の話じゃぁないってんだよ。ただ貸し出すだけで、この代償はおかしいって言ってんだ。契約ってぇのにも通すべき筋があるってもんだ、それとも何かい? お前さんらは穴倉生活が長すぎて、そんな事も忘れちまったてぇのかい?」


 エリーちゃんの言い分は最もだった。確かに、魔剣や術書等と契約する場合、一方が不利な契約というものは間々ある事だが、それでも命を奪われるほどの契約というものは極めて少ない。

 そして、今回の契約は明らかに代償が大きすぎる過剰請求だった。本来なら、そんな契約は結べないのだが、どうしてだかそれが締結されてしまっていた。エリーちゃんはその問題点を指摘している。

 しかし、ドーヴェは自信ありげにニヤリと笑い、聖剣を指さす。


「あのケンをオる。それぐらいのダイショウ、ヒツヨウ。オレたちナンのツミもない」

「それ程の剣だってぇのかい、アレは……」


 エリーちゃんが聖剣を苦々しげに睨みつけると、ドーヴェ達はうんうんと頷く。


「だがね、結局あの金槌であの剣を折る前にこんな状況になってんだ。その辺の事情を汲み取って、もう少し代償を軽くする事は出来ねぇのかい?」

「ムリ……そのタメの、ケイヤクキゲン。ケッカがどうでも、オレたちカンケイない」

「チッ。その辺もしっかり織り込み済みってぇわけかい……本当に忌々しい連中だよ、お前さんらは」


 エリーちゃんは頭を抱えたくなる。黒小人達はどうあってもサリエルナを連れ去って行くつもりなのだ。

 これはいよいよ強硬手段を考えなくてはいけないと、彼女が思い始めた時、


「ちょっといい?」


 まだ少しぐったりとしている沙綾が、魔王の腕の中でおずおずと話しかけてきた。


「なんだい小娘、こちとら今は忙しいんだ。無駄話なら後にしておくれ」

「ふふっ。これはご挨拶ね、お婆ちゃん。私なら何とか出来る、って言ってもそう邪見にするのかしら?」

「なんだってぇ?」


 何処か不敵に笑う沙綾を、訝しげに睨むエリーちゃん。この状況を目の前の弱り切った神霊に、如何こうできるとは到底思えなかった。

 

「要するにさ……」


 言いながら立ち上がろうとしてよろめく沙綾。魔王が慌てて支えようとするが、それを手で制し彼女は聖剣へと近づいて行く。

 そして、床に転がっていた金槌を何の気負いもなく拾い上げると、


「この金槌で私を、聖剣を殴れば全部解決する話でしょ?」


 そうニヤリと人を食った様な笑みを沙綾は浮かべるのだった。それに慌てたのは魔王やジイだ。


「な、聖剣よ何を言っておるのだ!?」

「そうですぞ、聖剣殿!! そんな事をして何の意味が!!」


 しかし、エリーちゃんはだけは何処か得心したようだった。ただ、その真意をはかりかねる様子で沙綾を見つめている。


「小娘、どうしてそこまでするんだい? お前さんには関係ない事だろう? たかが魔族の馬鹿娘が一人下手ぁ打って勝手にくたばるんだ、人を護る聖剣が手を貸す事じゃぁない」

「別にぃ、その人を助けたいからやるんじゃないしぃ……」

「じゃあ、何だってんだい」

「ただ単純にそこの小人が気に入らないだけよ……」

  

 そう呟きながらも沙綾の視線は、何故か魔王を見つめていた。彼は酷く情けない弱り切った顔をしていて、アレが魔王だと言っても今なら誰も信じないだろうな、と沙綾は思った。


「……本当にそれだけかい?」

「ふんっ、これ以上は野暮ってものじゃないかしらお婆ちゃん?」

「ふふっ。確かにそうだねぇ。小娘のお前さんがそれだけ覚悟を決めてんだ。これ以上、探るのは粋じゃない」

「そう言う事よ。案外話が分かるじゃないお婆ちゃん」

「ふんっ、生意気言ってんじゃないよ小娘が。だが、分かってんだろうねぇ? 失敗すれば――

「その時は頼むわ、お婆ちゃん。若者の手助けをするのも先達の努めでしょ?」

「本当、坊に聞いた通り食えない小娘だね。お前さん、いい性格をしてるよ……」


 困った様に頭を掻くエリーちゃんに、沙綾は儚げに笑いかけると聖剣に向き直る。

 その肩にそっと妖精さんが乗る。


「あら、妖精さん……」

「妖精さんもお供するのです!!」

「いやいや、別に何処か行くわけではないからね?」

「そうなのです? でも、そこはかとなく最後の別れっぽかったのです!!」


 きょとんとして小首を傾げる妖精さん、彼女は何時もマイペースだ。けれど、今はその無邪気さに救われる思いがする沙綾だった。

 背後で魔王がこちらに向かって来ようとする気配が伝わってくる。しかし、それをエリーちゃんが止める。


「なぜ止めるのだ婆!! あんな事をして何の意味がある!! 無駄に犠牲が増えるばかりではないか!! ええいそこを退けよ!! 余が魔王として命じているのだ!! 退けぬか婆!!」

「女の覚悟に水差すんじゃないよ坊。そして、あたしの事はエリーちゃんと呼べと言ってんだろうが、クソガキ!!」

「ごふっ!? ぐっ、エリー、ちゃん……」

「へ、陛下ぁ!?!?」


 魔王が殴り倒される音とジイが慌てて駆けだす様子を感じながら、沙綾は深く嘆息して呟く。


「本当、何やってんのかしらね私は……」

「うん? どうしたのです??」

「いんやぁ~。そこはかとなく自分に呆れただけよ、妖精さん」

「……好きになったなら、仕方ないと妖精さんは思うのです……」

「はぁ!? 好きとかそんなんじゃないし。アンタなんか勘違いしてんじゃない!?」


 突然爆弾発言を放り込んでくる妖精さん。それにあたふたとして顔を赤くしながら、沙綾はしっかりと否定する。

 そう、別に好きとか、恋とかそんな甘い感情じゃない。そんなことでこんな博打じみた事はしない。

 ただ、なんとなく、本当になんとなく、このまま終わったら魔王はこれから先ずっとあんな情けない表情をするんだろうな、と思ってしまった。けれどそれはどうしても許せなかった。

 魔王には、聖剣のライバルとして何時も自身に溢れた存在であって欲しい……そう思ったら体が勝手に動いていた。……だから、断じてこれは恋なんかじゃない。


「……そうなのです?」

「そうなのです!! あ~も~何か妖精さんのお陰で覚悟が台無しよ!!」


 頭に手を当て、呆れたように盛大な溜め息をつく沙綾に、しかし妖精さんはニッコリと笑う。


「でも、何時もの聖剣様に戻ったのです。何時も明るく元気に! 聖剣様にあんな深刻な感じは似合わないのです!!」

「…………」

「うん? 聖剣様?」

「いや、アンタには敵わないなぁ~と思っただけよ」

「おぉぉぉ、なんか妖精さん褒められたのです!?」

「あ~はいはい、良かったわねぇ。じゃあ、妖精さん一つ派手に行きますか!!」

「なのです!! 今こそ聖剣のなんたるかをここに示してやるのです!!」


 妖精さんのその掛け声とともに、沙綾は振り上げた金槌を聖剣の刀身目掛けて振り下ろす。

 誰かが声にならない絶叫を上げているが、もう遅い。

 金槌は聖剣の刃へと当たり――そして、


 ――斬ッ――と大した音もさせず、いとも簡単にまるでバターでも切る様に、聖剣は金槌の頭を両断したのだった。

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