第8話 聖剣は神々が創造した

 魔王が人を探しに何処かへ行った、次の日。

 沙綾は妖精さんと二人だけで、久々にトランプ遊びに興じていた。

 ただ選んだゲームは、大富豪、豚の尻尾、ダウト、神経衰弱等々。毎度二人だけでやるには、あまりに不毛な戦いだった。

 それくらいに二人とも暇だったのである。そんな時だ、執務室の扉がノックがされたのは。

 

「? は~い、どうぞ~?」


 反射的に返事をしてから、沙綾は仕舞ったと思った。魔王ならノック等しないで入ってくるからだ。という事は、これは魔王に用事がある別の誰かと言う事だ。

 ドアが開き入ってきたのは、黒いドレスに身を包んだ銀髪の女性だった。腰まで伸びたその髪も特徴的だが、一番のそれは両目を覆う、顔の半分を隠す程の眼帯だろう。


「えっと、どちらさまでしょう? 魔王なら現在不在ですが?」


 一応、魔王がいない事を伝えてみると、相手の女性は高く澄んだ声で、


「ええ。存じております。ところで、貴女が聖剣の神霊ですか?」


 そう言うと、何かを探る様に見つめてくる。その様子から沙綾はある事に気が付いた。


(あの眼帯……見えてるわね……という事は、アレは恐らく魔眼を抑える封印具……)


 魔王に不意打ちをくらってから、この手のモノに沙綾は敏感になっていた。まぁ、それでなくても違和感大ありサイズの眼帯である。何かあると疑うのが自然だった。


(でも、封印具を使うクラスの魔眼って……)


 魔眼にも色々なレベルがあるが、封印具で抑え込む程の強力なものは極稀である。

 それだけ強力な魔眼を持っていて、魔王を訪ねて来れる位には権力がある、ということはただの魔族ではないだろう、と沙綾は思った。


(さて、ならここで素直に、私が聖剣の神霊だというのは、得策か否か……)


 と、そこでピンっと閃いた。沙綾は、対面に座りトランプと睨めっこしている妖精さんを無造作に抱え上げ、


「いえいえ、私ではなくこの方が、聖剣に宿っておられる神霊様です」


 しれっとした顔で、平然とそんなとんでもないことを言い始める。

 妖精さんは、突然の事に自分が何故、沙綾に抱えられているのか分かっていない様子である。

 その妖精さんを、女性は繁々と眺める。


「そう、貴女が……まさか聖剣の神霊がこんなお姿とは……」


 わけが分からない妖精さんは、説明を求める様に沙綾へ顔を向けるが、いつにない素晴らしい笑顔を返されて、全てを諦めるのだった。この笑顔の時には何を言っても無駄だと、そろそろ学習した妖精さんであった。

 その諦めの表情を、どう受け取ったのか、女性は慌てて眺めるのを止める。


「あ、これはごめんなさい。ワタクシとした事が、不躾に……。仮にも神霊である方に対する態度ではありませんでしたね」


 言いながら女性は姿勢を正し、そのまま自然な動作で会釈する。


「挨拶が遅れ申し訳ございません。ワタクシ、魔王軍第二軍を預かるサリエルナ・エクリノと申します。以後お見知りおきを」


 それを受けて、黙ったまま固まっている妖精さんの脇腹を、沙綾は指で軽く突きながら、小声で指示を出す。


『何か言いなさいって!』


 ハッとした様子の妖精さんは、数度咳払いをすると、


「は、はいなのです。こちらこそよろしくなのです」


 慌てて会釈を返すのだった。

 次にサリエルナは沙綾へ視線を向ける。


「えっと、貴女は?」


 当然の疑問であった。この小さな妖精っぽいのが聖剣の神霊ならば、お前は誰なのかと。


「えぇ~っと彼女はなのですね、え~っと」


 何かを言わないといけないと思い、焦り始める妖精さん。ここで失敗してこの後、理不尽に怒られるのは嫌である。

 しかし、それは杞憂だった。後ろにいた沙綾がにこやかに、


「あぁ、私ですか? 私はただの亡霊です♪」


 そう平然と言ってのけたからだ。

 

「ぼ、亡霊ですか?」

「はい♪ それがなにか?」


 サリエルナの疑問に、キラキラとしたピュアスマイルで答える沙綾。まぁ、ピュアはピュアでも、純度百パーセントのピュアブラックではあるが……。

 その眩しい笑顔に若干たじろぎながらも、サリエルナは話を続ける。


「いえ、ワタクシが知っている亡霊、まぁ、いわゆるゴーストと言われる魔物の類ですが、それとは随分印象が違うものですから……」

「あぁ、それは私が聖剣様の加護を受けているからです。この方は闇に呑まれそうだった私を、御救い下さったのです。あのままでは私も、サリエルナ様が仰るような、魔物になり果てていたことでしょう。聖剣様には感謝してもしきれません」


 沙綾は、まるで最初から準備していたようにスラスラと嘘を並べていく。その様子を妖精さんは呆れつつも、ある種の感心を持って見守っていた。


「そうだったのですね……流石は神々の創った聖剣という事でしょうか」

「えぇ、ですので私も何時か恩返しがしたいと、未だ天にも昇らず、ここを彷徨っています」


 少し憂いを残しつつ微笑む、沙綾。そこには自然の摂理に逆らって彷徨いつつも、それでもなお聖剣に恩を返したいという、健気な少女の思いが感じられた。まぁ、勿論、全て演技なのだが。

 しかし、沙綾のそんな性格を知らないサリエルナは、その姿勢に甚く感心した様子だった。

 だが、流石の沙綾も長々とこの手の話を続ければ、ボロが出るのは明らかだった。なので、彼女は早々に話題を変える。


「私の話はこれ位にしましょう。続けても楽しいものではないですし。ところで、サリエルナ様は聖剣様に何か御用事があったのでは?」

「あぁ、いえ。特にはないのですよ。ただ、挨拶もまだでしたので、一度お会いしたいと思って伺ったのです」

「へぇ~、そうなんですか~」


 そこで話が途切れ、二人の間に嫌な沈黙が降りる。間に挟まれた妖精さんは、いい迷惑であった。

 今、沙綾はサリエルナに対してある種の不信感を抱いていた。まぁ、元から魔族相手に信用なんてものは無いのだが……。


(私に会いに来た? でも、何でアイツがいない時に……)


 気になっているのは、その一点だった。全てを言葉通り受け取るなら、サリエルナは魔王がいない時を狙って、沙綾に会いに来た事になる。しかし、理由が分からない。

 そうして沙綾は考えながら、此方に向けられる眼帯の奥の視線を感じて、一瞬怖気が走った。そこにはまるで蛇に睨まれているような、妙な不快さがあった。

 思わず息を呑むと、サリエルナはすっと視線を逸らす。


「あぁ、いけません。もうこんな時間ですね。少々長居をし過ぎたようですわ。では、ワタクシはこれで失礼いたします。今度は陛下がいらっしゃる時に、お伺いしますね」


 そう言うと会釈をして彼女は、執務室を去って行った。

 沙綾は深い溜め息を吐きながらソファーに座り、力を抜いて楽な姿勢をとる。その瞬間、ポカッと頭を軽く小突かれた。

 見れば、妖精さんが少し怒ったように、沙綾の頭の横を飛んでいた。


「説明! 説明を求めるのです!!」

「何のよ?」

「全部! 全部なのです!! 何で私が聖剣に宿っている事になっているのです!?」

「フェイクよ、フェイク!! さっきの人が怪しかったから、そのまま正体を言わない方がいいかなって」

「…………」

「何よそのあからさまに怪しんでますって視線は!」

「……ダウト! ダウトなのです!! 絶対、面白可笑しく混乱させたいだけなのです!!」

「まぁ、それがないとは言わないかな、うん」

「ほら~!! なのです!!」


 キィーッと叫びながら両手でポカポカとしてくる妖精さん。沙綾はそれを宥めながら、少し真剣な視線で妖精さんを見つめる。


「な、何なのです……」

「うん、でも思い付きだったけど、やっぱり妖精さんを囮にして正解だったと思うわ」

「囮なのです!?」


 与り知らぬ所で、囮になっていた妖精さんは素っ頓狂な声を上げるが、沙綾はそれを無視する。

 やはり思い起こせば起こす程、あのサリエルナという女将軍は何処か怪しかった。

 特に最後のあの視線。アレは明らかに好意的なものでは無かった……。


(アイツも魔族が一枚岩じゃないって言ってたし……これは用心するべきかな?)


 抗議を続ける妖精さんを片手であやしながら、すこし真剣に悩む沙綾だった。

 考えてみれば、魔王がいない今、沙綾は敵地のど真ん中に孤立無援の状態でいるに等しいのだ。何かしらの用心をしておくに越した事はない。

 魔殺しの聖剣である彼女が、今の今まで無事であった事の方が、おかしいのだから。 

  



 執務室を後にしたサリエルナは、一人難しい顔をして大理石の廊下を歩きながら、先ほど出会った二人について考えていた。


(陛下は何故、あの小さな神霊にあそこまで心を奪われているのでしょう……。それにあの亡霊の少女……。ただの人の亡霊にしては、マナの視認性が低すぎます……。アレでは結界が無ければ、殆ど魔族にも視えないでしょうに)


 魔王に魔剣の返還を頼まれた時には、あまりの事に対して聖剣に純粋な怒りがあったが、今ではそれはだいぶ鎮火していた。

 それよりも何故、魔王が聖剣を欲しているのか、その理由こそをサリエルナは知りたかった。

 その理由が分かれば今一度、魔王を諌める事が出来るかもしれない。彼女はそう考えていた。


(まさか、陛下は小さいからあの神霊がお気に召している? そういえば、あの少女も小柄だった様な……。あぁ、そういえばバルトールもそういう奇特な性癖だったような……。はっ!? だから、ですか? あの木偶の坊が私より先にここへ呼ばれたのは!!)


 などと思考が妄想の沼に片足を突っ込み始めた頃、


「これはサリエルナ将軍。久しぶりですな」


 突然、声を掛けられた。考えに気を取られていて、周囲に全く気を配っていなかった。サリエルナは慌てて声の主に顔を向ける。

 そこにいたのは、額に一本の角を生やし、鉤鼻が印象的な男だった。


「これはベイヤード侯爵殿。お久しぶりです」


 男、ベイヤードへ流れるような動作で会釈をするサリエルナ。


「申し訳ございません、少々考え事をしていたもので」


 一応、声を掛けられるまで気が付かなかった事を、謝罪しておく。相手は貴族だ、後々何かしら言われても面倒だった。こういったちょっとしたことから足元を掬われるという事は、往々にしてあるものなのだ。


「いえ、いいんですよ、お気になさらずに。ただ、遠目にも随分と思い詰めた様子でしたので、声を掛けさせて頂きました。将軍も大変ご苦労をなさっているようで」


 サリエルナは内心で舌打ちし、自身の迂闊さを呪った。考えに没頭し過ぎていた。


「苦労と言うほどでは。それにご多忙なのはベイヤード侯爵殿も同じでしょう。聞いておりますよ、北方の諸国に動きがあるとか……」

「ははっ。お耳が早いですなぁ。しかし、私は倅もおりますので。今も北の防備を、代わりに任せているところです」

「優秀な御子息に恵まれ羨ましい限りです。ワタクシの部隊は、それ程信頼できる者はおりませんから」


 その言葉に満足そうに頷くベイヤード。とんだ茶番だとサリエルナは思う。さっさと切り上げてこの場を去りたいのだが、


「そういえば、サリエルナ殿は聖剣を拝見しましたかな?」


 ちょっと予想外の話題を振られて思い留まる。


「えぇ。先日、陛下に見せて頂きました。大変素晴らしい名剣かと思います」


 実際、確認したのはつい先程だが、そこは隠す。魔王がいない時に、執務室に入った事が知れれば、それをネタにどういった事に利用されるか分かったものではないからだ。


「そうですか、サリエルナ殿の眼を持ってしてでも、そう映りますか」


 どこか嘆息したように漏らす言葉に、怪訝な視線を向ける。今の口ぶりは、まるでサリエルナが何かを見落としていると、言外に言っているように感じられた。

 故に、憮然とした態度で言葉を返す。


「それはどういった意味でしょうか、ベイヤード侯爵殿」

「いえ。私も先日拝見したのですが、確かに素晴らしいと思える剣でした。しかし、それだけです。陛下があそこまでご執心なさる理由が分からない……」

「それは、確かに……」


 サリエルナ自身も感じている事だった。何故、魔王はあそこまであの聖剣に拘るのか。その理由が分からない。

 口さがない連中の話の中には、聖剣の神霊に恋焦がれているというものもあるが、それこそまさかだった。彼女の知っている魔王は、そのような一時の感情に支配されるような人物ではない。


「ですから、サリエルナ殿程の眼をお持ちならば、何かしら見抜けると思ったのですが……」

「申し訳ありません。私の眼には何も……」

「そうですか……しかし、やはり気になりますな……。あぁ、いや、サリエルナ殿のお力を疑っているわけではないのですよ、しかし……」

「ベイヤード侯爵殿。はっきり仰られてはどうです? 何か御懸念が御有りなのでしょう?」

「ははっ、流石はサリエルナ殿。何もかもお見通しのご様子」


 困った様に笑うベイヤードに、サリエルナは心中で苛立つ。早く話を進めろと言いたかった。コレだから回りくどい話の多い貴族連中は嫌いだった。

 こういう輩をにこやかに捌けて、その上あわよくば利用するエリル宰相はもっと嫌いだ。


「いえ、単なる噂ですよ。あの聖剣は神々が創造したと」

「ええ。それはワタクシも聞き及んでいます。神々が創造し、人に授けた最強の神器であると」

「私が懸念しているのは、まさにそこですよ、サリエルナ将軍」

「はい?」

「それが真実ならば、あの伝承にある神々が人に授けた神器です。何かあると思いませんか? それこそ、陛下を魅了して平常心を失わせるような特殊な力が……」

「それは……」


 問われて言い淀む。

 伝承にある神々。古より昔、神代の時代に世界を創造したと伝えられる存在。その多くが魔族を極端に嫌っていたという。そして、かなりの悪戯好きだったとも。

 その悪戯で痛い目を見た人間や魔族の話は、神話の中に数多く残っており、数えるのが馬鹿らしくなるほどだ。それ程、神は人も魔族も弄ぶ。

 聖剣を本当にそんな神々が作ったのなら、何かしら仕掛けがしてあっても不思議ではなかった。


「それに聞く所によれば、魔剣の類にはそうやって人を惑わし、破滅させるものもあるそうではないですか。私はそれも気掛かりでなりません。あの出自の不明な聖剣も、そういった魔剣を聖剣と偽り、人が祀っていたのかもしれませんし……」

「…………」


 確かに疑問に思うと、あの聖剣は何処までも怪しかった。

 その存在が確認されたのは約五年前。その前までは全くと言っていい程話に上らず、噂にすらなっていなかった。

 そう、突如としてあの聖剣は現れたのだ。

 人間達は神が授けたというが、考えればそれもおかしな話だった。本当に神が存在するなら、聖剣など授けずに、自ら魔族を殲滅すればいいのだ。そうしないのには、それなりの理由があるはずだった。


(聖剣の出自そのものが偽りで、ただの特殊な魔剣を聖剣に見立てていた? ……でも何故そんな事を?)


 そこでサリエルナはとある話を思い出した。この国がかつて何と呼ばれていたか。


(あぁ、そうです、この国は神が守護する奇跡の国と呼ばれていましたね。そして、この神殿の母体教団であるエルセレス教は、聖剣を神殿に祀っていた事で各国にかなりの発言権があった……つまりそういう事ですか……)


 サリエルナの中で一つの仮説が導き出された瞬間だった。

 聖剣はこの国とエルセレス教が、各国に対する発言権と影響力を強める為にでっち上げた紛い物だ。

 金と権力欲しさしに、ただの魔剣を聖剣と偽り大々的に宣伝した。どうりで聖剣が出現してからも、選ばれし勇者というのが現れないわけだ。勇者は現れないのではない、そもそも選定そのものが嘘なのだ。

 だからこの国も、聖剣を擁していながらかくも簡単に落ちた。聖剣に元からそのような奇跡の力など無いのなら、国を護れるはずもない。

 それに今思えば、あの聖剣の神霊と言っていたのも、どう見ても妖精の類だった……。


「ベイヤード侯爵。面白い話をありがとうございました。ワタクシは少し調べなくてはならない事が出来たようです」

「ほう? まぁ、将軍もご多忙でしょうから、これ以上引きとめてもアレですな。では、私はこの辺で」

「はい。申し訳ありません」

「いえいえ。元より声を掛けたのは私ですし。では、これで」


 そう言うベイヤードにサリエルナは会釈をし、その場から立ち去る。

 一刻も早く真実を確かめなくてはいけなかった。そして、事と次第によってはあの聖剣を……。

 逸る気持ちを抑えながら、足早にある場所へ向かうサリエルナ。だから、彼女は気が付かなかった、彼女が立ち去る瞬間、ベイヤードが酷く暗い笑みを浮かべていたのを。

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