第6話 でも、魔剣はダメよね

 沙綾達が決意を新たにした次の日、また例の魔王が彼女達の元を訪ねてきた。

 今度は前回よりさらに人員が多くなっており、おまけに色々な資材や道具も運び込まれていた。

 それらを祭壇に座って眺めていた沙綾は、魔王に呆れたように言う。


「また来たの魔王? しつこい男は嫌われるわよ?」

「ふっ、案外余がいなくて寂しかったのではないか、聖剣よ?」

「いや、ないし……。てか、何処からそんな自信が湧いて来るのよ」

「余が魔王故に!!」


 胸を張って答える魔王に、沙綾は内心でガックリと肩を落とす。

 もう、何を言っても「魔王だから!!」で押し通される、そんな予感がする今日この頃だった。

 そうやって、魔王と敵同士とは思えない様な軽口をたたき合っていると、昨日の宰相と呼ばれていた人物が沙綾の前に進み出てくる。

 そして、膝を折ると深々と頭を下げるのだった。そのちょっと意外過ぎる行動に沙綾は面食らう。


「な、何よ……」

「はっ。昨日は挨拶もなく立ち去り、誠に失礼いたしました。私は魔国領で宰相を務めております、エルフ族のエリル・マキレスと申します。聖剣の神霊様におかれましては――

「あー、止めて、止めて! なんで、私がそんな畏まった挨拶を、アンタからされなきゃいけないのよ。ほら! 頭上げてよ!」

「しかし……」

「しかしも案山子も無いの!!」

「だから言ったであろう宰相。この聖剣はそんなことは気にしないと」

「アンタはもう少し、色々気にしなさいよ!?」


 はっはっはっ、と笑ってそれを流す魔王に、沙綾は若干イラッとするが、すぐに別の物に興味が移り視線をそちらに向ける。それは魔王とエリルの後ろに控えていた、三メートルはあろうかという身長を誇る髭面の巨漢だ。彼と山で出会ったらまず間違いなく、熊か何かと間違えそうだった。


「なに……エルフの次は巨人族でも連れてきたわけ、アンタ……」

「うわぁ~、うわぁ~、と~っても大きいのです!!」


 その大きさに妖精さんも興味津々なのか、大男の顔の周りをクルクルと飛び始める。すると、突然腕を上げた大男は妖精さんを捕まえる様子で、彼女の動きを追おうとする。

 気が付いてギョッとした様子の妖精さんは急いで、沙綾の背に隠れるのだった。


「……その人も視えるのね。で? 今のはどういう了見よ? 手にもマナを纏ってるみたいだったけど……」


 沙綾が魔王を心底冷たい視線で睨みつけると、彼は呆れた感じで大男を見やる。


「将軍……いつもの癖が出ておるぞ……」

「はっ!? これは申し訳ありません陛下……」

「で? アンタ何?」

「うむ、吾輩は魔王軍第一軍将軍、バルトール・ジラインと申す。聖剣殿が看破された通り、巨人族である。して、聖剣殿よ、その……そのぉ……」

「なによ、じれったい。言いたい事があるならハッキリ言いなさい」

「う、うむ。聖剣殿の後ろに隠れられた、可愛らしいお嬢さんは、どういった方でござろうか? で、出来れば紹介を……」


 なんて事を少し頬を紅く染めながらのたまうバルトールに、沙綾は口をポカンと開け、ギギギッと錆びた歯車が動く感じで魔王に顔を向ける。


「あ~、うむ。その、将軍は見た目に似合わず……その、小さく……可愛らしいものが……好きらしくてな……」


 そう答える魔王の言葉は段々と尻つぼみになり、沙綾から顔を背けようとするが、ガッと彼女から頭を掴まれてしまう。


「へぇ~、へぇ~、何? 怒らないから正直に言ってみ? ねぇ、あの将軍さんはまさかのロリペド的な変態さんなのかな?」

「いや……うむ、まぁ、一部にはそう見られるかも……しれぬな……」

「だぁぁぁ!! 魔族にはアンタを筆頭に変態しかいないの!?」


 叫びながら魔王の襟首を掴みガクガクと揺らす沙綾。

 これは由々しき事態だった。まさか、変態が増えるとは夢にも思っていなかったのだ。この分だと類は友を呼ぶ感じで、倍々に増殖していかないか激しく不安だった。

 

「あぐ、いや、ちょっ、しかし、将軍は立派な、軍人であって――

「変態に人権はない!!」

「!?」


 即断で言いきる沙綾に目を見開く魔王。そして、彼女はビシッとバルトールを指差すと、


「とりあえずそこ! 妖精さんの半径十メートルに近づくの禁止なっ!!」


 有無を言わせぬ迫力で告げるのだった。

 余程ショックなのか彼は、若干涙目で魔王の方へ視線を向ける。


「諦めよ、将軍。少々相手が悪い……」

「……御意」


 ある意味当然の結果のだが、肩を大きく落とし項垂れながらも、受け入れるしかないバルトールであった。

 とりあえず変態将軍の処理が済み、安心した沙綾は気を取り直して、魔王に話しかける。


「で、今日はなんの用なのよ?」

「む、昨日もその前からも言っておるではないか! 実体化結界を常設展開し、ここを余の居城とすると」

「あぁ、やっぱりそれなのね……もういいわよ、勝手にしても」

「そなたがどう反対しようと、っと今何と言った?」

「いいわよって。結界でも玉座でも執務室でも、勝手に作ればぁ」


 若干投げやり気味に言う沙綾を、魔王は目を大きく見開いて見つめる。


「な、何よ……」

「つ、ついに余に惚れたか聖剣!?」

「なわけないでしょうが!?!?」


 完全否定する沙綾だが、魔王は何処か嬉しげだった。拳を握りワナワナと震える彼女を余所に、宰相らにテキパキと指示を出し始める。

 それを黙って見つめるしかない沙綾の耳元に、妖精さんがおずおずといった様子で話し掛けてくる。


「聖剣様……」

「……何?」

「えっと……お互い、苦労しそうなのです……」


 と、それだけ言うと沙綾が何事かを返す前にサッと、彼女の背中に隠れてしまう。訝しげに思いながらも視線を前に戻すと、バルトール将軍と目と目が合ってしまう沙綾。


「「…………」」


 暫くお互い無言で見つめ合うが、そしらぬ様子で先に視線を外したのはバルトールの方だった。

 沙綾は深く大きく嘆息を漏らす。

 世界と真剣に向き合い始めた彼女だったが、どうも前途は多難の様であった。


 


 それから、十日。魔族の建築能力とは凄まじいもので、魔術を駆使した改築作業で、今やすっかり神殿は魔王の居城と化していた。

 ただ、改築と言っても昔の褒め称えられた白亜の神殿だった頃の名残は大分残っており、それだけは沙綾も安心した。

 いくら魔王の居城だからと言って、よくある黒塗りの禍々しい感じはお断りだったのである。

 あの巨大マナタイト結晶といえば、玉座の目の前にドーンと置くのもなんだという事で、今では地中に埋められている。

 地中に埋めて、実体化の術式を組む際、魔族の魔術施工専門の作業員たちが、


「こ、これは!? ここは地脈の終着点の様だぞ!?」

「マジで!! マジでか!? え、じゃあ、それと連結すれば」

「おう! 使った分だけ地脈からマナを吸い上げて、永久に術式を維持できる!!」

「おぉぉぉ!! いける! いけるぜ!! 注文の術式だけじゃ勿体ねぇ! 他のも組み込んじまえ!」

「そうだな! 陛下の新しい居城だものな、防御結界や迎撃術式なんかも盛り込んじまおう!!」

「おうおう、腕が鳴るぜぇ~、鳴っちゃうぜぇ~」


 なんて勝手に盛り上がり、沙綾が気付いた時には、ここは何処の要塞だ!? というぐらいの防衛術式が組まれていた。

 当然、魔王に抗議したのだが、「やってしまったモノは仕方あるまい」と一蹴され、沙綾自身も勝手にしていいと許可を出していた手前、あまり強く出られず、その話はそこで終わってしまった。


 聖剣の祭壇はというと今現在、魔王の希望通り玉座間の裏にある彼の執務室に置かれていた。

 そして、その執務室で魔王は今日も仕事に励んでいる。


「ねぇ、魔王?」

「…………」

「ねぇってば! 聞こえてるんでしょう?」

「…………」

「いい加減返事ぐらいしなさいよ!!」


 ガツンッとあまりに無視されるので、沙綾は魔王を思わず殴ってしまう。

 殴られた魔王は、後頭部を擦りつつ、ようやく沙綾へ目を向ける。


「なんだ、聖剣。見ての通り余は忙しいのだが。宰相め……暫く魔国領へ戻るといって、大量の書類を置いて行きおって……。で、何なのだ、一体?」

「暇!」


 その傲岸不遜極まる端的なもの言いに、魔王は額にピクピクと青筋を浮かべながらも、深呼吸をして心を落ち着かせる。こんな事では怒ったりしない。魔王は出来た大人の男なのだ。


「うむ、暇か……」

「そう、暇なのよ! 勇者選定もそれはそれは暇だったけど、今はもっと暇だわ!!」

「妖精とまたトランプとやらに興じておればいいではないか……」

「あれ、妖精さんが飽きたって!」

 

 魔王は深いため息をつく。彼がこの執務室で仕事を始めてから、沙綾は万事この調子だった。やれ暇だなんだと言ってちょっかいを掛けてくる。そのせいで予定の半分も書類の山が削れていない。宰相が帰って来た時の事を思うと、今から若干胃が痛いぐらいだ。


「はぁ~。まさか、聖剣の神霊がこれほど騒がしいとは思わなんだ……」

「それは、それはご愁傷さまです魔王様。嫌になったんなら、私を諦めて国にお帰りになってもいいんですよ?」

「むっ、それは出来ん!!」

「何でよっ!!」

「最近はこれにも慣れてきて、そなたを更に愛おしいと思い始めたのだ。何としても抜いて余の愛剣とする」

「!? まさかの重症化してる!?」


 魔王の耐性の高さに沙綾が慄いていると、執務室の木製のドアがコンコンとノックされた。

 

「うん、何だ?」

「陛下、ベイヤード侯爵がお目通りを願っておりますが、如何なさいますか?」

「ベイヤードが……? まぁ、よいここに通せ」

「畏まりました」


 暫くして執務室に入ってきたのは、額の角一本と鉤鼻が印象的な長身痩躯の男だった。服は体にピッタリとフィットした燕尾服を着こんでいる。


「これはベイヤード侯、遠路遥々このような所に何ようかな?」

「陛下、私がやってきた理由がお分かりにならないので?」


 ベイヤードの若干怒りを含む低い声に、魔王は肩をすくめて応じる。


「くっ、分かっておいでのはずです、陛下!! 今すぐ魔国領へお戻りください!!」

「それは出来ぬ」

「何故? とは問いますまい。あの聖剣とやらのせいで御座いましょう?」


 いきなり見ず知らずの男に指を差され、思わず身を竦ませる沙綾。

 そして、ベイヤードは芝居がかった調子で腕を広げ、


「あぁ~、何と嘆かわしい。陛下は既に立派な魔剣をお持ちではありませぬか! それなのにあのような出自も曖昧な聖剣に誑かされるなど……」


 最後はガックリと肩を落として見せる。一々行動が大げさな男だった。

 それに魔王は溜め息混じりに応じる。


「はぁ~。ベイヤード侯……」

「分かってくださりますか陛下!?」

「そなたで、十人目だ」

「はい?」


 いきなり人数を言われ、首を傾げるベイヤード。


「この手の上申や直談判を装ってここへ来たのは、そなたで十人目だといっている」

「な、なんと……」


 魔王の言葉に目を見開く。

 そして、魔王は何かを見透かしたような様子で、しかし、どうでもいいという風に続ける。


「侯にしては、此度は些か行動が遅かったな。北の防備を任せていたのだから、無理もあるまいが」

「へ、陛下? 私には陛下が何を仰っているのか……」

「分からぬと申すか? まぁ、よい。他の者にも申しておけ、来るだけ無駄とな」

「陛下! 陛下が何を思っておられるか分かりませぬが、私は魔国領の事を思えばこそ――

「くどいっ! このまま黙って帰れば余も何もせぬ。それでもというなら、後は分かるな?」


 魔王の紅玉の如き瞳に睨まれ、ベイヤードは思わず息を呑み、そのまま適当な挨拶をして、執務室から逃げるように去ってしまう。

 彼が出て言った後、魔王は大きな溜め息を吐き、執務椅子の上でだらりと態勢を崩す。

 そんな魔王に沙綾は困惑したように問いかける。


「何だったのよ、アレは一体?」

「魔国領も一枚岩ではないという事よ」

「なに? アンタ、世界統一とか言いながら自国もまとめきれてないわけ?」

「そういうわけではないのだがな……何時の世も何か行動を起こす者を、嫌う者は出てくるという事だ」

「アンタも色々苦労してそうね……」

「それが王族というものだ。生まれた時から血で血を洗う権力闘争の中で、時として親兄弟とすら争うのだ。これ位どうという事はない」


 言いながら天井を仰ぎ見る魔王の表情は、しかしどこか疲れたようだった。


「なんだ、聖剣。珍しく余を心配そうな目で見てくるではないか」

「別にぃ~そんなんじゃないし~」

「ふふっ。照れるでない。そういうわけ故、余の傍で支えてくれる存在が欲しいのだ。聖剣よ、そろそろ余の物にならぬか?」

「うん、無理♪」


 相変わらずの即答で断る沙綾に、魔王は微笑みを返し、目を瞑る。別に自分の物にならずとも、こうやって軽口を言い合う今この瞬間が、彼には何よりも大切に感じられた。勿論、沙綾には秘密ではあるが。

 

「それはそうと、ねぇ、魔王?」

「うん……?」


 執務椅子に背を預け、目を瞑って少し休む体勢に入っていた魔王は、薄らと目を開け沙綾を見る。彼女はいつの間にか魔王の横に来ており、ニコニコと笑って彼を見つめていた。魔王は欠伸を噛み殺してから、訝しげな視線を彼女へ向ける。

 その様子に妖精さんは何か勘付いたようだったが、当然魔王は気付かない。

 そして、沙綾はとびきりの笑顔で魔王に問うのだった。


「ねぇ? 立派な魔剣を持ってるってどういう事?」

「なっ、何!?」

「ねぇ、魔王様? まさか、まさかと思うけど、私に散々迫っておいて、既に愛剣をお持ちという事は無いわよね??」


 上から見下ろす形で問われ、魔王は思わず息を呑む。

 実は持っているのだ。その剣、いわゆる魔剣は初代魔王から代々受け継がれてきた品だった。そして今、この時もその魔剣は彼の腰に吊るされていた。


「私もね? 何も全ての剣を持つなとは言わないわ? でも、魔剣はダメよね、魔王様? さっきのオジサンの口振りだと当然、何かが宿ってるんでしょう? ねぇ、なんとか言いなさいよ?」


 更に詰めよる沙綾から、魔王は冷や汗を流しながら顔を背ける。その表情はまさに、浮気現場を押さえられた男のそれであった。

 そして、哀れにも魔王は、沙綾に淡々と問い詰められていく。

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