第5話 アンタは今後どうすべきだと思う?

 魔王が再び沙綾の元を訪れたのは、十日後の事だった。

 今度はお付きの人が十数人ほどと大分多い。それに続いて、入口からは布の掛けられた何かが、台車を使って運び込まれて来る。大きさ的に象一頭分位はあるだろうか。

 それを沙綾は祭壇に頬杖をしながら、不機嫌そうに眺めていた。因みに妖精さんはというと、沙綾のお願いにより現在、神殿の外へお出かけ中である。


「何よ魔王、懲りずにまた来たのアンタ……」

「ふっ、未来の伴侶に会いに来るのの何がいけなぬのか」

「うわっ。マジやめてよ、鳥肌立ったわ。にしても何勝手にそんな大荷物を運び入れてんの? 何それ? やたら周りのマナに干渉してるけど……」

「あぁ、これか、見てみよ。きっとそなたでも驚くぞ」

 

 言いながら、中央まで運ばれてきた荷物に掛かった布に手をかけ、一気に引く。

 現れたのは夜空を押し固めたような漆黒の結晶だった。その星々が瞬く様な輝きは神秘的ですらある。


「マナタイト結晶……。それにしてもこの大きさって……下手すれば何処かの国宝になっていてもおかしくないでしょうに」


 マナタイト結晶。その名の通りマナの結晶体である。大きさに比例して莫大なマナをその内に蓄えることで知られている。利用としては、主に常設型の術や結界等の維持に使用し、術の構成次第で半永久的なマナ供給源として使える。しかし、その産出量の低さと希少性から、本来の用途で使用されているという話は殆ど聞かない。

 沙綾はそんな貴重品をどうしてここに運んできたのかと、訝しげな視線を魔王に向けた。


「驚いたであろう? 先日の神霊実体化結界、それを常設展開するために態々魔国領の鉱山から運び出させたのだ」

「へ~、そうですか、それは御苦労な事でって、ちょっと待って!? 今何て言った!?」


 何か聞き捨てならない事をひょろっと言われた気がして、沙綾は思わず祭壇から飛び出し、魔王に詰め寄った。


「うん? 魔国領の鉱山から――「その前よ!!」

「あぁ、実体化結界の常設化か?」

「それよっ!! アンタ一体何をしようとしてんのよ!? 私を実体化させて何するつもりなのよ!?」

「おかしな事を聞く。我が未来の伴侶を皆に見せたいと思うのは当然であろう? 人はまず余程特殊な眼を持たねば視認できぬだろうし、魔族にしてもやはり正確にそなたの姿を捉えられるのは極少数よ」


 魔王のそのさも当然といった風の返答に、沙綾はなんかもう問い詰める気力を一気に失ってしまう。


「ははっ、これだけのマナタイトを用意して、やることがそれ……、えぇ……本気で何考えてるか分からないんだけど、この魔王……」


 頭を抱えて蹲ってしまった沙綾に、魔王は怪訝な視線を向ける。因みに周囲は一部を除き、魔王様は一体何を一人で呟いておられるのかといった顔である。魔王の言うとおり、魔族でも沙綾を視認できるのは確かに少数派のようであった。

 そんな微妙な空気の中、何かに驚いたような声が神殿内に響く。


「あれ!? なんかまた魔王が来ているのです!! そして、蹲ってどうしたのです!? またその暴漢に殴ったり、蹴られたりしたのです!?」


 声の主はお使いから帰って来た妖精さんだった。彼女は蹲る沙綾に、一目散に飛んで行き、心配そうに話しかける。

 その様子が視え、聞こえていた一部の魔族たちは、そーっと魔王から距離を取ると、ひそひそと話し始める。


「ねぇ、今の妖精の話を聞いた?」

「えぇ、殴ったんですって! 蹴ったんですって! あんな美しい神霊様を」

「お、俺は信じねぇぞ、陛下はそんな御方じゃ―――」

「でも、見なさい、あの神霊様のボロボロのお姿を……」

「確かに、服だけじゃなく、腕にも傷が見て取れますね、アレは相当な力で――」

「うそっー! 私、陛下に少し憧れてたのに。陛下は女の敵? 女の敵なの!?」


 しかし、離れたといっても狭い場所だ、たかが知れている。当然、殆どの内容が沙綾や魔王にも丸聞こえである。

 蹲ったままちらりと魔王の表情を窺えば、そこはかとなく冷や汗を流しているようにも見えた。

 沙綾はニヤリと笑うと、ひそひそ話をする集団へ涙ながらに駆けよる。


「そうなの! 助けて!! あの魔王、私を殴るの! 蹴るの!! 愚図だ、愚鈍だって言って!! わぁぁぁぁん。このマナタイトもきっと私を実体化させて虐め易くするための物よ!!」


 それにギョッとしたのは魔王である。まさかそんな行動に出られるとは全くの予想外だった。

 しかし、魔王の悲劇はこれでは終わらない。妖精さんも空気を読んで、沙綾に続いたのだ。


「そうなのです~。殴る、蹴るの暴行。そして言う事を聞かなければ、人質に取った私を痛めつけるぞ、と彼女を脅した極悪非道の暴漢なのです~、わぁぁぁん」

 

 まさに迫真の演技であった。それに対して魔王は焦った様子で反論しようとするが、


「いや、違う! 違うだろう! そういう一方的な感じではっ――

「でも、殴ったわ! 蹴ったわ!! 無理やり迫ったわ!!」

「です! 人質にもしたのです! 妖精さん嘘言わないのです!」


 所々内容を端折ってはいるが、事実なので微妙に返し辛い。

 魔王が答えに窮していると、集団の中から一人の青年が進み出て来た。

 深い緑色の髪を肩まで伸ばした青年だ。耳を見れば長く尖っているので恐らくエルフの類だろう。見た目的には沙綾や魔王と歳はそれ程離れてなさそうだが、怪しい所である。


「さ、宰相……」

「陛下、この者達が言っている事が全て事実とは思いません」

「そ、そうであろう。余はそこまで非道では――

「しかし、ご覧ください。この部下達の疑いの目を。特に女性陣の目を。陛下は彼女らの目を見て己に非が無いと、胸を張っておっしゃれますか?」


 宰相と呼ばれた青年が、芝居掛かった様子で右腕を広げると、何時の間にか整列していた女性陣がジッと魔王を見つめていた。勿論、沙綾達もちゃっかり端の方にいたりする。


「そ、それは……」

「はぁ。陛下、これには少々説明が必要かと。私も詳しく色々とお聞きしたい。この大事な時期に態々御身をこのような場所に移される理由や、そのせいで私の仕事量が四倍ほどになっている理由などを!!」

「さ、最後は余のせいではあるまい!?」

「だまらっしゃい!! さぁ、皆さん一旦撤収です、撤収!!」


 言いながら手を叩き、行動を促す宰相。周囲はそれに従おうとするが、魔王は慌ててそれを止めに入る。


「ま、待て! 待つのだ!!」

「待ちません。さぁ、行きますよ陛下。今夜には第一軍のバルトール将軍も到着するそうですので、その席でじっくりお話を聞かせていただきましょう」

「ひっ! 何故バルトールなのだ!! 余はサリエルナ将軍を呼んだはずだ!」

「さぁ~、何故でしょうねぇ~。伝達ミスかもですねぇ~」

「は、謀ったな宰相!?」


 宰相は、愕然とした表情の魔王の後襟を掴むと、そのまま引き摺る様にして入口へと向かっていく。

 それを黙って見送った沙綾は、呆然と呟く。


「何だったのよ一体……」

「なのです。あの魔王が来ると毎回、わけが分からないのです!」

 

 その呟きにうんうんと頷く妖精さん。


「それはそうと妖精さん?」

「はいなのです?」

「頼んでおいた、お使いはしっかりこなしてくれた?」

「ふっふっふっ。バッチリポンなのです!」


 沙綾の問いかけに、ツルンッとした胸を張る妖精さん。そして、何もない空間から、分厚い羊皮紙の束を取りだすと、それを使いながら頼まれていた内容を説明し始めるのだった。



 お使いの成果に沙綾は真剣に目を通し、妖精さんの話に真面目に耳を傾ける。

 沙綾が妖精さんに頼んだお使いは三つ、まずは神殿の外に出られない彼女に代わって、外の様子を調べ、魔王の言動が真実か調査すること。

 結果、分かったことは魔王の言うとおり、国の人的被害は皆無だという事だった。それに加えて、今では多くの魔族が瓦礫の撤去や家屋の修復に尽力しており、この街でも急速に復興が進んでいるという事だった。


「何それ……復興にまで手を貸してるわけ……」

「はいなのです! そして、今では魔族と人間は良い感じに仲良しなのです!!」

「いや、分けわからんし……」

「どうもこの国はもともと貴族等特権階級を優遇して、税の取り立てなどが厳しいばかりか、民衆に不利な法律が数多くあったようなのです。そこに魔王軍が攻めてきて、現王権は敢え無く崩壊。これはますます酷くなると、思っていたのに何故か魔族は優しいし、復興にも手を貸してくれる状況なのです。税や法律等は魔国領のものに変更されましたが、元と比べると税は軽いし、法律も理不尽という程ではないと、手を叩いて歓迎されているのです」

「うわぁ~、頭痛い……どんだけ酷かったのよ、ここの国王……。じゃあ、さながらあの魔王は、圧政を布く現王権を打倒した救世主ってところかしら……?」

「そんな感じで割と高評価なのです!!」


 同意する妖精さんに沙綾は溜め息をつく。もう少し非人道的な事をやっているかと思ったら、話を聞き、資料を見る限り英雄そのものだった……魔王なのに……。

 けれど、少し疑問もあった。


「税や法律も受け入れられたって、よくこの短期間で浸透したわね? なんで? 資料を見ると魔王軍がこの国に進行を開始したのは二ヶ月前、最後の要だった第二王都であるここが落ちたのが十日前、少し早すぎない?」

「それはアレなのです。魔王は侵略した地域の村や街、都市にその都度新制度について説明を行ったのです。そのお陰で然したる混乱もなく移行したと思われるのです。さらに、侵略された地域の民衆の一部は義勇兵として魔王軍に加わっていたようなのです」

「…………」

「その義勇兵達が、一般人に扮して何食わぬ顔で、非占領地域へ新制度の有用性を伝えに行くと、圧政に耐えかねていた他地域も徐々に蜂起し、最後はさながら革命じみた勢いで王都は陥落したようなのです。そして、最後に王族が逃げ込んだ第二王都であるここも、民衆と魔王軍に取り囲まれ僅か三日で陥落なのです」

「ははっ、革命って……人同士も争ったのに犠牲が出てないとか……」

「それも理由があるのです。蜂起しそうな地域には回復専門の魔王軍部隊が逐次派遣されていたそうなのです」

「どんだけ気を使って侵略行為をしてるのよ、あの魔王は……」


 沙綾は溜め息を吐きながら、祭壇に突っ伏す。その状態で読むのは妖精さんの資料。そこには魔王軍の侵攻前の王国の情勢が事細かに記されていた。政治腐敗に始まり、格差の増大、貧困、人種差別等々、魔王が攻めてこなくとも近い将来に革命が起こってもおかしくない状況だったのは、まず間違いない。

 そして、もし魔王が攻めてこずに民衆だけで革命が行われていた場合、被害は尋常ではなかったはずだ。少なくとも、今の様な人的被害ゼロという奇跡は起こっていない。

 というか、これは本当に侵略作戦だったのかと、疑いたくなる。実は、現王権に心痛めた義勇心溢れる一部権力者が、魔王軍と協力して起こした軍事クーデターでした、と言われた方がまだ信じられた。


「さて、聖剣様次の報告なのです」


 資料も読みながらう~う~唸っている沙綾に妖精さんは報告を続ける。


「いや、なんかもー、お腹一杯なんですけど……、それに結果は大体予想できるんですけど~」

「それでも聞いてくださいなのです。この十日間、寝る間も惜しんで頑張ったのですよ!」

「頑張り過ぎなのよ、アンタ……」


 妖精さんは放置すると危険、という事を改めて確認した沙綾だった。

 次に調べさせたのは、他国の状況と陥落した国の王族等権力者のその後に関してだ。

 まず、この国以外で落ちた三カ国も、どうも似たり寄ったりな状況だったようで、報告内容は同じ感じで終始した。


「……酷い……酷過ぎる。なに、この世界では革命が流行してるの?」

「け、決してそんなわけではないのです」

「でも、報告内容がほぼ同じで、魔王軍が攻めてきてからの革命じみた一斉蜂起って……」

「あ、アレかもなのです! 魔王軍の情報操作なのかもです!! こう、数年かけて民衆の間に現政権や王権に対する不安要素を植え付けていく的な!! そして最後に仕上げで刈り取るのです!!」

「刈り取るって、アンタ……いや、でもないでしょ、それは」

「何故なのです?」

「そんなことするより、力押しした方が楽だから。その後、今みたいにしっかりした事後処理をしても結果は変わらないわよ。まぁ、多少の混乱は今より出るでしょうけど」

「あー……かもです?」

「多分、アンタが調べてきた通り、民衆に政治不信があったのも本当だし、その政治が腐敗していたのも事実なのよ」


 言いながら沙綾は資料の中にあった世界地図を取り出し、ある地点に印をつけていく。


「見てみなさい、妖精さん」

「あ、これって……」


 沙綾が印をつけたのは四つの地点。それは丁度、魔王軍に侵略された四カ国で、加えてそれらは魔国領と隣接する国だった。


「そう、恐らくこの四カ国は人の支配領域と、魔国領を隔てる防壁の様な役割があったと思うの」

「なるほどなのです。だから、魔国領の侵略に対する備えという名目で、民衆に多くの税を課していたのですね」

「えぇ、そして、自国が防壁になっているという自覚があったから、内陸の他国にも多くの援助を求めていた」

「その権益に群がる貴族や商人のせいで、内部の腐敗が進むのです」

「正解。そこに魔王軍が攻めてきて、今の生活よりより良いものを提示されたら……」

「民衆はそっちに転がりかねないのです……」


 同じ結論に至り頷き合う二人。これが全て計算して行われたことなら、それは驚愕すべき事だった。自軍の戦力はそのままに、現地の兵力を最大限に生かして戦う。理想的だが最も面倒な戦いを魔王軍は難なくこなしたことになる。

 しかし、これを実現するためには生半可な情報収集では無理だったはずである。それこそ、数年単位で考えた長期の計画が、そこにはあるはずだ。


「これは魔王が世界統一とか言ってたのは、案外本気なのかもしれないわね……」


 呟きながら、その事を再確認する沙綾。恐らくあの魔王ならやれる。漠然とした確信が沙綾に芽生え始めた瞬間だった。

 

「それで? 残りの国と落ちた国の王族やらはどうだった?」

「はいなのです。まず、落ちた国の内二カ国は民主主義制を採っていたので、何事もないのです。議会を解体され、権力者は一旦魔国領に送られたようなのです」

「民主主義制を採ってた国ってあったのね……で? 魔国領に送られたって?」

「はいなのです。ただ、その後がよく分からないのです。魔族たちの噂話だと、特段酷い扱いを受けているわけでは無いようなのですが……」


 歯切れの悪くなる妖精さんの言葉に、まぁ、仕方ないかと沙綾は思った。国交も何もない魔国領に送られたのでは、情報収集にも限界がある。というか、十日でこれらの事を全部事細かに調べてきた妖精さんは誇ってすらいいと思う。なので、沙綾は微笑んで先を促した。


「まぁ、いいわ。それは追々調べましょう。その他は?」

「はい! 立憲君主制を採っていた隣国のマルメシア王国は王族が他国に亡命しただけなので、問題ないのです。問題は絶対君主制だったこの国なのです」

「何か想像付くけど……言ってみ?」

「この国、ペルシス王国国王は亡命した後、どうも討伐軍の編成を各国に打診しているのです」

「そうなるわよね、普通……」


 奪われた物を奪い返しに来るのは人の世の常だ。そして、議会を通さない分、絶対君主制を採っていたこの国、ペルシス王国はある意味でフットワークが軽い。マルメシアとは違い、亡命したその足でそのまま各国に話を通しに向かったのだろう。


「何処かが討伐軍を編成して、ここに攻め込んでくるという事は予想の範囲内だから、まぁ、いいわ。残りの国の情勢は?」

「はいなのです。今は各国、国境の防備に軍を割いている状況なのです。仮に討伐軍が編成されても大分先だと思うのです。各国の政治情勢は、四カ国ほどは酷くはないのです。ただ、魔国領に近くなればなるほど情勢不安が増すのが現状なのです」

「はぁ~了解。よくこの短期間で各国の事を調べてくれたわ。ありがとう妖精さん」

「…………」

「な、何よ急に黙り込んで……」

「ほ、褒められたのです! 素で感謝されたのです!?」

「アンタ、本当に人の事をなんだと思ってるのよ……」


 感動に震える妖精さんに、呆れたような視線を向けつつ、今後少しずつ妖精さんに対する態度を改めようと決意する沙綾だった。

 そして、少し間をおいて沙綾は妖精さんに問いかける。まだ、お使いの最後の答えが残っていた。


「それで、妖精さん? アンタは今後どうすべきだと思う?」

「そ、それは……なのです」


 最後のお使いは、調べた結果、今後をどうするかという判断。

 そもそも、沙綾が妖精さんに調べ物をさせたのには理由があった。勿論、魔王の言っていたことの真偽を確かめるという理由も確かにあった。けれど、沙綾には気になることがもう一つあったのだ。

 それは、自分が女神ないし神から、転生時に与えられていた知識と現実の魔王や魔族が余りにもかけ離れていた事だ。沙綾の知識の中で彼らはもっと禍々しい存在だった。けれど実際出会った彼らはどうだろう。

 魔王は見た目は殆ど人間だし、加えて聖剣に惚れたとぬかす変態である。魔族にしても、確かに人とは違う体を持っている者も多いが、妖精さんの報告を見聞きする限りでは、凶悪という程のものではなかった。


「ねぇ、妖精さん? アンタはどう思うの? 私は女神が、神が言うほど魔王や魔族が悪い者には思えないのだけど」


 それがここまでで沙綾が一先ず出した結論だった。元より戦いを嫌い、聖剣の役目を半ば放棄していた沙綾だが、このまま神が示す通りの道筋に乗って、魔王を討つのは何かがおかしいと、改めて思い始めていた。


「私は、私はなのです……よく、よく分からないのです……。神様には教えられたのです。魔族は悪しき存在だって、滅すべき存在だって。でも、でも、皆笑っていたのです。外に出てみると、人と魔族が手と手を取り合って、街を修理したり、誰かを助けたりして、最後は皆、楽しそうに、嬉しそうに笑うのです……。ねぇ、聖剣様? 一体何が正しいのです? 神様が言っていた滅すべき悪とは何なのです? あんな、あんな笑顔で笑っていたのに、魔に落ちたとあの人たちも断罪するのです? 皆、今を必死に生きているのに……」


 床に座りポロポロと涙を流しながら語る妖精さんを、沙綾はそっと抱き締める。


「せ、聖剣様?」

「うん、そう、そうだね。何が正しいか、分からないよね……」


 そう分からなかった。報告だけだと魔族は確かに悪い存在ではない。けれど、神は彼らを滅しろという。そこにどんな意味や理由があるのか、沙綾にも分からない。


「だから、だからさ、妖精さん」

「はいなのです?」

「これから二人で見つけて行こう、何が正しくて、何が間違っているのか。彼らは本当に神の言う様な存在なのか」

「……はい……はいなのです!!」


 沙綾の言葉に涙を拭いながら笑顔で答える妖精さん。彼女もそれに釣られて笑顔になる。

 難しい問題だと沙綾は思う。それでも、やはり向き合わないといけない問題だった。

 この五年間逃げ続けてきた問題だ。もっと早く気が付いていれば、もう色々と解決していたかもしれない、していないかもしれない。それでも沙綾は立ち向かう決心をする。もう何かに流されたり、逃げたりするのは、そろそろ止めるべきだ。

 沙綾はここに来て、ようやく真剣にこの世界と向き合いつつあった。

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